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魔神の記憶

――第二階層に踏み込んだ瞬間、世界が一変した。


吹き荒れていた瘴気は消え、空は晴れ渡り、草の香りが風に乗って漂ってくる。そこは、まるで異世界――いや、記憶の中の世界だった。


「……ここは……?」


エムルが目を細めて周囲を見渡す。


「遺跡の中とは思えないな……妙に懐かしい空気だ」


ゼイドも訝しむように目を細める。

すぐに魔力探知を試みたが、ここでは“敵意”も“殺気”も感じられなかった。


「なにかの結界か、幻か……いや、もっと深い“記憶の領域”かもしれない」


そして、その草原の中央に、ひとりの男が立っていた。


――それは若き日のヴァロル=リーグス。


荒々しいが無垢な瞳を持ち、今よりも細身で、まだ人間の面影を色濃く残していた。焚き火を囲み、重厚な剣を脇に置き、ひとり空を見上げていた。


「……あれ、ヴァロル?」


「若いな……だが、間違いない。あれは“かつてのヴァロル”だ」


そのとき、もう一人、草原に歩み寄る男がいた。


その姿を見た瞬間、オシャルは目を見開いた。


「……父さん……!」


――現れたのは、ガレン・ファルク=リヴァンス。


鋭くも優しい眼差し、柔らかく揺れる銀の髪、そして背に携える漆黒の剣。

それは、オシャルの記憶の中でしか見たことのない、若き日の父の姿だった。



「やあ、久しぶりだな、ヴァロル」


「……お前か。天才剣士様が、わざわざこんなところに何の用だ?」


「剣を振るう理由、見つけたんだよ。話したくなってな」


「またか。……お前は昔から、意味のないことを語る」


ガレンは微笑むと、草に腰を下ろす。


「意味なんて、自分でつけるもんさ。俺にとっての剣は、“誰かを守るため”のものだった」


ヴァロルの表情がかすかに揺れる。


「俺は……“誰も守れなかった”。才能のあるお前とは違ってな……!」


「そうか?」


「俺はどれだけ剣を振るっても、天啓の声を聞けなかった。“才能”がなければ、どれだけ努力しても“最強”にはなれない……俺は、それを思い知らされた」


「でもお前は、俺より何倍も剣を振っていた。俺にはなかった“努力の才”を持っていた」


「……簡単に言うなよ、ガレン。お前は選ばれた剣士だ。俺とは、違う!」


そのとき、ヴァロルの背に、黒い霧が漂い始めた。


「……これが、“闇”のはじまりか」


ゼイドが低く呟いた。


その“記憶”の中で、ヴァロルの心に初めて宿った“魔神の影”。

憧れ、嫉妬、渇望――その全てが、剣の形を変えていく。


だがガレンは微笑みを崩さなかった。


「……それでも、お前の剣は俺を震わせた。努力の剣が、才能を超える瞬間はある。俺はそれを……お前の背中で知ったんだ」


ヴァロルは、声もなく目を見開いた。


だが、その瞬間、草原が崩れ、空が黒く染まっていく。


これは、“記憶の終わり”。


「ぐっ……!」


オシャルたちは記憶の空間から押し出され、現実の魔神城の第二階層に戻ってくる。


そこはすでに、地獄のような魔界の空間に変貌していた。



「見たか……俺の過去を」


頭上から響く、禍々しく歪んだ声。


そこに、真の姿を現した魔神ヴァロル=リーグスが立っていた。


彼の右腕は獣のように肥大化し、全身は鎧と肉体が融合したかのような異形。

眼光は赤く染まり、かつての理性の欠片も感じられない。


「お前の父、ガレン。俺が“唯一倒せなかった男”だったよ」


「……殺したのか?」


「さあな。奴は……俺の記憶にしか、もう存在しない。生きていようと死んでいようと、今となってはどうでもいいことだ」


「なら――俺が、今ここで証明する!」


オシャルが剣を抜く。


「父の剣ではなく、俺自身の剣で、お前を斬る!!」


「いいだろう、来い。人間の限界を……その命で知るがいい!!」



魔神の咆哮とともに、第二階層全体が激震し、魔力の嵐が吹き荒れる。


「全員、構えろ!!」


ゼイドが叫び、〈星風の剣〉の面々が陣形を取る。


「これが……魔神ヴァロルとの、最終決戦だ!」

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