魔神、目覚める
王都・剣気の庭園。
十剣が研鑽を重ねる為に作られた庭園、その奥深く、静けさに包まれた中庭にて、二人の男が対峙していた。
「久しいな、師匠。……いや、“ヴァロル=リーグス”」
凛とした気配を放つ剣士――アマテラス=ライドスターが、腰の名剣に手を添えたまま、まっすぐにその視線を向けていた。
向かいに立つのは、銀の縁取りをまとい、ただ佇むだけで空気が歪むような男。
十剣第三位、そしてアマテラスの剣の師――ヴァロル=リーグス。
「随分と堅いな。昔のように、“アマ”と呼ばせてはくれんのか」
口元に笑みを浮かべながらも、その声には妙な冷たさが混じっていた。
「……あなたが、変わってしまったからだ」
ヴァロルの目が一瞬だけ見開かれた。しかし、すぐにかすかな笑みに戻る。
「ほう。何が“変わった”というのだ?」
「かつてあなたは、剣を振るう意味を“守るため”と説いた。だが今のあなたからは……何も感じない。師よ。あなたは、誰のために剣を振るう?」
「誰のため、か――フッ……」
笑い声が風を切る。
「そうだな。今の私は、“我”のために剣を振るう。そしてその“我”とは、かつての人間ごときではない。崇高なる存在、《魔神》となったこの私こそが、この世界を正すのだ」
「……やはり、闇に堕ちたのですね」
アマテラスの目にわずかに怒気が走る。
「それが真実だとするならば……あなたのことを、私はこの手で斬らねばならない」
「来るがよい、弟子よ。かつて教えた型で、この私を倒せるものならな」
次の瞬間、二人の気配が爆ぜた。
神託の庭園を揺るがす剣気が衝突する。
《ハルモニクス》と、ヴァロルが抜き放った漆黒の剣《魔神刃インザルグ》がぶつかり合う。
⸻
同時刻・王都騎士団本部
「十剣ヴァロル=リーグスの異常な魔力反応が拡大中……!封印結界が維持できません!」
「各隊!防御陣形を整えろ!王都を巻き込ませるな!」
最強ギルド、神託の騎士団の精鋭たちも総動員され、王都中枢に立てこもるヴァロルの制圧へと向かう。しかし――
「意味はないよ、そんなもの」
静かに響いた声。
その声とともに、空が黒く裂けた。
空間そのものが捻じれ、次の瞬間、王都中心部に**“巨大な漆黒の翼”**を持つ異形の存在が現れる。
それは、完全に《魔神》へと変貌したヴァロルだった。
「これこそが、我が理想の姿……人の枷を断ち、真に自由なる神となった我を、讃えるがよい……!」
狂気に満ちた咆哮。
その声だけで、神託の塔の上層部が崩壊する。
「ラッシュウェル!コジロウ!行け!」
アマテラスが叫ぶ。
二人の十剣――ラッシュウェル=グランドとコジロウ=コーエンが動いた。
「行くぞ、コジロウ!」
「ああ。我らが最強を名乗るために、この化け物を討つ!」
重さ5トンの大剣がうなりをあげ、名刀《武蔵丸》が煌めく。
二人の一撃が魔神ヴァロルに叩き込まれる……が、
「無駄だ」
漆黒の魔力が周囲を包み込み、二人の一撃を完全に無効化した。
「ッ……!? 効いていない……!?」
「まるで、“世界ごと拒絶された”ような……!」
ヴァロルは笑う。
「概念を拒絶する。これが、魔神たる私の力だ。あらゆる攻撃も、力も、私の前では無意味。まさに絶対たる存在!」
次の瞬間――王都の地が、音を立てて爆ぜた。
神託の塔が、城壁が、街並みが……すべて瓦礫となっていく。
「……く、ああああああああっ!!」
アマテラスが絶叫する。
「誰か……誰か、止めろ……!」
だが、止まらない。
ヴァロルは、まるで神の如く王都を焼き払い、そして姿を消した。
⸻
一方、その頃──
王都から離れた南方の街、ラゼル村近くの森。
オシャルたち「星風の剣」は、ギルドからの依頼で遺跡の探索任務に赴いていた。
「終わったな。けっこうアッサリだったじゃん」
エムルが両手を上げて笑い、オシャルは汗を拭う。
「うん、でも何か変だ。……空が赤い」
遠く、王都の方角から立ち昇る巨大な黒煙と炎。
地響きのように、かすかに耳に届く爆発音。
「……嘘だろ。あれって……王都……?」
誰かが呟いた。
そして次の瞬間、全員が見た。
王都――それは、かつての栄光など微塵も残さぬ、“火の海”だった。




