星風吹き抜けて
ナイール遺跡は、静寂に包まれていた。
かつてあれほどの戦火と咆哮が飛び交った場所とは思えぬほど、穏やかな風が吹いていた。
瓦礫の中、朝日が差し込む。
「……終わったんだな」
ゼイドがぽつりと呟く。額には包帯。だがその目には、確かな安堵が宿っていた。
教団――「聖鍵の教団」、滅四鬼人、そしてアクセレイ=ゲオ。
全てを討ち果たした《星風の剣》は、戦いに勝った。
だが、失ったものもある。負傷者も多く、遺跡は崩壊寸前。
それでも――
「それでも、生きて帰ってこられたね」
エルシアが優しく微笑む。いつもの皮肉な口調は控えめで、その瞳にはどこか慈しみすらあった。
瓦礫の向こうには十剣の姿もみえる。
「勝ったのです! ミルルたち、ちゃんとやり遂げたのです!」
「うんうん、いい子いい子だよ、ミルルちゃんは〜」
ランバダンが猫耳頭を撫でてやり、ミルルが嬉しそうに小さく唸る。
イバリエは腕を吊りながら、どこか悔しげに言った。
「まさかあんなにボコボコにされて終わるなんて……これで“十剣”とか言えないわね」
「でも、あんたたちが最後、全員で立ち上がったこと……カッコよかったよ」
オシャルの言葉に、イバリエはわずかに頬を染め、そっぽを向いた。
「別に、あんたのためにやったわけじゃないけどね……!」
イバリエの隣では、ポッケルが欠けたメガネでにっこりと笑っていた。
「さあて、皆帰って宴といきますか」
「いやなんでお前がいるんだよ!?」
ツッコミを入れるゼイドに、皆が笑う。
誰かがこぼす冗談に、誰かが素直に笑う。
たったそれだけのことが、こんなにも愛おしく、嬉しい。
(……これが、守りたかったもの)
オシャルは空を見上げた。
そこにあるのは、雲ひとつない蒼。
「それで……リグルスのことだけど」
エムルがそっと、肩を寄せる。
「剣じゃなくても……大丈夫?」
「うん。たぶん、これからも一緒にいるよ。剣としてじゃなくて、“仲間”として」
オシャルの腰にあるリグルスは、もう光っていない。
けれど、それでいい。
剣ではなく、共に戦ってきた“存在”として――ずっと、傍にある。
「さあ、帰ろうぜ。朝食、ちゃんと食ってないしな」
ゼイドが立ち上がり、みんなを振り返る。
「ギルド“星風の剣”、帰還するぞー!」
「おーっ!!」
皆の声が、ナイールの空に響いた。
――蒼穹を渡る風のように。
⸻
数日後・王都
王城では、教団壊滅の報せが正式に発表された。
かつての恐るべき組織は、もはや過去の亡霊。
その中心にいた“星風の剣”は、瞬く間に伝説となった。
だが――
「俺たちは、まだまだこれからだよな」
ギルドハウスの前で、オシャルが空を見上げる。
新たな依頼、見知らぬ敵、未知の遺跡。
それでももう、恐れることはない。
仲間がいる。
自分の力も、信じられる。
「行こうぜ、みんな。俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ!」
王都に、新たな風が吹いた。
それはまるで、“星のように煌めく希望”だった――。




