英雄は恋と剣士ランキングに巻き込まれる
「エムル、さっきからずっと見てるけど……なんで、ずっと俺の背中見てニヤついてるの?」
「ふふふ……ついにこの時が来たんだね……オシャルの背中が“頼れる男の背中”になった日が……!」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、火球を溜めながらこっちを向くのはやめなさい。ちょっと俺の服燃えてるから」
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村を襲った魔物は、オシャルとエムルによって撃退された。
火球はギリギリ村の倉庫を焦がすだけで済み、オシャルの剣は、グリードハウンドを一閃で沈めた。
(ちなみに倉庫の件は何故か俺がガランにめっちゃ叱られた)
そして今――
オシャルとエムルは、村の長老に呼び出されていた。
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「お主らの働き、村として誇りに思う。オシャル、エムル。正式に“冒険者”として、外の世界へ出てみぬか?」
「冒険者……ですか?」
長老はうなずいた。
「トラヴァス村ではもう、お主ほどの力を測れる者はおらん。だが、外には――剣士たちの“ランキング”がある」
「ランキング?」
「強者を序列で評価する制度じゃ。C級から始まり、B級、A級、そしてS級……最上位には“十剣”と呼ばれる者たちがいる」
「か、かっこいい……!」
エムルがやたら目をキラキラさせている。
「俺も、そこに……」
オシャルの胸が高鳴る。
幼い頃から“最強の剣士”に憧れていた。
無能と呼ばれても、何度倒れても、それを捨てられなかった。
(ついに、見える場所まで来た……!)
「オシャル……一緒に行こっか」
隣で、エムルが言った。
「私も……もっと強くなりたいし。たまには、真面目に役に立ちたいし」
「“たまには”って堂々と言うな。今もまぁ、半分くらい役に立ってたしな」
「えへへ、じゃあ今日の倉庫は80点くらい?」
「倉庫が点数になってるのが嫌だな!?評価基準が炎上寄りだよ!」
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数日後――
二人は、冒険者ギルドのある街・ヴェルテナへと足を踏み入れた。
人の数、建物の大きさ、そして……剣を背負う者たちの雰囲気すら、村とはまるで違った。
(これが、剣士たちの世界……)
オシャルは剣を握る手に、ほんの少しだけ汗をかいた。
「ちょ、オシャル、ほっぺにパンくずついてるよ。朝のパン、急いで食べてたから」
「うわ、マジか。ありが――」
エムルは、軽く指でオシャルの頬をつつき、それをぱくりと食べた。
「……」
「……え?」
「うん、うまかった!」
「何してんだおまえぇええええええ!!?!」
「いやだって、パンくずがオシャルから直接収穫できたの初めてだったし」
「それは新種の農作物か何かか!?」
「“おしゃパン”って名付けるね!」
「やめろ!タグ付け不可避なあだ名やめろ!!」
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ギルドに着くと、登録受付にて職員が二人を見て言った。
「……剣、見せてもらっていい?」
オシャルが“リグルス”を取り出すと、受付嬢の目が一瞬だけ見開かれる。
「なるほど……これは、興味深いわね」
彼女の名はセリア。
この街で剣士ランク登録と昇格試験を仕切っているギルド職員だ。
「本来、ランクはCからだけど……その剣、ただの装飾じゃないってことは、見れば分かるわ。すぐに“実力審査”を受けてもらうことになるわよ」
「実力審査?」
「ええ――この街で、“最速”でランクBに上がった男と模擬戦。勝てば、一気にB認定よ」
「へぇ、面白いな。相手の名前は?」
「ギルドナンバー134、“紫電のレグス”。雷の剣士よ」
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翌日、剣士広場での模擬戦。
雷光をまとう剣を構えた青年が、ニヤリと笑う。
「村上がりがBランク希望? なめられたもんだな」
「……オシャル、行け!」
エムルが観客席から叫ぶ。
「この前、パンくず食べたのはごめんね!」
「今関係ないよそれ!!」
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剣を抜く。
オシャルのリグルスが、青く閃光を放つ。
雷と、青の剣気――
その瞬間、風が爆ぜ、観客が息を呑む。
レグスの雷撃が突き刺さる寸前、オシャルの体が滑るように前へ――
そして、一閃。
「……なッ!?」
気づけば、レグスの剣は空を切り、
その背後で、オシャルの刃が彼の喉元に止まっていた。
「……一本」
「お、おまえ……!」
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戦いのあと、セリアが記録を見ながら言った。
「あなた、本当に面白いわね。リグスが“遅く見えた”なんて言われたの、初めてよ」
「……まだまだですよ。これから、もっと速くなりますから」
オシャルは、静かに剣を納めた。
その後ろで、エムルが小声で言う。
「ねぇ、オシャル」
「ん?」
「私、いつか……オシャルより先にランクSになったらさ」
「おお、意外と野心あるじゃん」
「そのときは、“おしゃパン”を商品化してあげてもいいよ♪」
「やめてぇえええ!!真面目な会話からのパン販売はやめてぇええ!!」