剣、翔けるは十の証
ナイール遺跡に立ちこめる不穏な気配。それは徐々に確信へと変わり、オシャルたち〈星風の剣〉は、教団の動きを察知していた。
石の天蓋を破るように、遠くから高く澄んだ風音が響いた。その直後、空から三つの影が滑り落ちる。
「……ふん。思った通り、蠢いていたわけね。教団の残党ども」
先陣を切って現れたのは、蒼い細剣を腰に差した少女――イバリエ=アナムーン。鋭く整った顔立ちに冷たい自信を湛え、オシャルたちを一瞥する。
「十剣、イバリエ。参上しましたわ」
続いて着地したのは、長身痩躯の青年――ランバダン=アップリケ。どこか柔らかい笑みを浮かべ、マントの裾を整える仕草すら気品に満ちていた。
「ふむ。ずいぶん派手な騒ぎになってるね。やれやれ、やっぱり来て正解だった」
最後に現れたのは、白銀の長髪を揺らす少女――ミルル。小柄な身体には不釣り合いなほど大きな剣を背負い、くるりと宙返りで着地した。
「なのですっ!」
「ミ、ミルル……!? 決勝でポッケルに負けたんじゃ……?」
思わず声を上げたエムルに、ミルルはむくれた顔で抗議する。
「ち、ちがうのですっ! あれは……寝坊したのです! ほんとは勝ててたのですっ!」
「……そうだったのか……」
(なんだその理由……いや、ミルルならありえる……)
オシャルは少し呆れながらも納得する。ともかく、十剣の三人が現れたということは、それだけこの場の危険度が高まっているということだ。
「状況は?」とイバリエ。
「教団の構成員と思われる黒ローブの兵が、遺跡内に多数侵入してる」とオシャル。
「ふぅん。雑魚狩りにはちょうどいい運動になるわね」
イバリエは鼻で笑うと、黒ローブたちの元へ軽やかに駆け出した。
「“蒼月閃”!」
細剣が月光の軌跡を描き、数名の敵がその場に倒れ伏す。
「貴様ら如きが、この場所に足を踏み入れていいと思って? 思い上がるな、下等兵共が!」
――圧倒的だった。
その細い剣は、まるで空気そのものを切り裂くような切れ味と速さで敵を翻弄し、次々と戦闘不能にしていく。
「おっと、僕の出番も忘れられては困るね」
ランバダンが歩きながら呟くや、次の瞬間、彼の姿が消えた。
「“天翔影斬”」
見えざる一撃。
一拍遅れて、周囲の敵兵が地に崩れ落ちる。何が起きたのかすら理解できないまま、戦闘不能にされたのだ。
「……速すぎる……!」
ゼイドが目を見張った。まるで時間が止まったような錯覚すら覚えるほど、ランバダンの剣は異常だった。
「おまたせなのですーっ!」
ミルルが軽やかに跳ね、霧を巻き起こす。
「“霧幻舞”!」
視界を白く染める霧の中、ミルルの小さな身体が踊るように躍動する。敵が姿を見失い、慌てふためく間に、次々と打撃を加えられていく。
「どこから……!? ぐっ……がはっ!」
「霧の中じゃ、ミルルが最強なのですっ♪」
まるで子供の鬼ごっこのように軽やかで、しかし決して遊びではない。容赦のない精密な連撃は、教団兵たちの戦意を完全に喪失させていた。
「すげぇ……これが十剣か……」
エムルがぽつりと呟く。
彼らの戦いぶりはまさに別格。どれもこれも、オシャルたちとはまったく違う世界の剣士だった。
「……こりゃ俺たちも負けてられないな」
オシャルが剣を構える。その目に宿るのは、決して怯えではない。――闘志だった。
「行くぞ! 俺たちも、やれることをやるだけだ!」
「当然っスね」「……あぁ」「うん、任せて!」
星風の剣の四人が続く。
十剣と共に、教団を打ち払う戦いが、いま始まる――。




