抗う物
「――ぐっ!」
オシャル=リヴァンスの体が弾き飛ばされ、荒れた石床に叩きつけられた。
「オシャルッ!」
エムルが叫ぶ。その声が空気を震わせ、戦場に緊張を走らせた。
立ち塞がる“仮面の戦士”は、依然として冷静だった。
黒いローブの裾がふわりと舞い、まるで死の影そのもののように無機質に、敵を見下ろしている。
「ふん……その程度か、“リグルスの継承者”。」
「まだだ……っ!」
オシャルはよろめきながら立ち上がる。
《リグルス》の黒銀の刃は、傷つきながらも鈍く輝いていた。
「なんて防御力だよ、こいつ……。どこを斬っても、手応えが薄い」
「おそらく、体表に魔術式が刻まれてる。物理も魔術も、通りにくい“構造”になってるわ」
エルシアが言いながら、肩を押さえる。さきほどの交錯で、彼女も軽く斬られていた。
「ってことは、貫くしかねぇってことか」
ゼイド=クロスが再び立ち上がり、無言で構える。
「面白い。まだ立ち上がるか」
仮面の戦士が一歩踏み出すと、その気配だけで空気が軋んだ。
「コイツのこの強さ……噂で聞いた事がある、教団お抱えの最強集団がいると、これが“滅四鬼人”ってやつか……?」
ゼイドが呟くと、仮面の戦士がくつくつと笑うように首をかしげた。
「……惜しいが、外れだ」
「なに?」
「私は“滅四鬼人”ではない。“その前座”だよ」
「なッ――」
全員の顔色が変わる。
この強さで“前座”――ならば本命たる“四鬼人”はどれほどの化け物なのか。
「だが、少し興が乗ってきた。貴様らがどこまで抗えるか――試してやろう」
仮面の戦士が、空をなぞるように両手を掲げた瞬間。
ズオォォオオオ……
遺跡全体が低く唸った。
「封印の扉が……!」
《第七封印門》が、軋みながらわずかに開きはじめていた。
その内側から漏れる、紫黒の瘴気――そして、何か巨大な気配。
「まずい! こいつ、扉を――!」
「通させるわけにはいかないッ!」
オシャルが咆哮し、疾駆する。
《黒閃風牙》――!
風と黒雷の軌跡をまとい、斜めに切り上げる剣閃!
仮面の戦士がわずかに身をそらすが、完全には避けきれず、右肩のローブが裂ける。
「……へえ」
淡々とした声に、わずかな感情が宿る。
「その力。やはり“概念”を斬る力か。……リグルスの正統後継者。面白い」
「……知ってるな、リグルスのこと」
オシャルが睨みつける。
「知っているとも。あれはかつて我らの教団が最も恐れ、最も欲した武装……」
仮面の戦士は口元を吊り上げた。
「だが、今の貴様には、まだ“真の力”は扱いきれていない。なれば、ここで奪わせてもらう」
ズドン――!!
戦士が地を蹴った瞬間、爆風のような衝撃が遺跡内に走る。
真横からの突進に、オシャルの身体が再び吹き飛ばされそうになる――
が。
「オシャルを……!」
「任せて!」
エルシアとエムルが交差するように前に出て、戦士の動きを封じる。
ゼイドも抜刀と同時に横から切りかかり、三人がかりで敵を押し戻す。
「……なるほど。連携というものを、少しだけ学んだようだな」
仮面の戦士が、数歩後退する。
「――ならば、今日のところはこれで良しとしよう」
唐突に、戦士が距離を取った。瘴気が収束していく。
「封印の扉はまだ完全には開かぬ。だが、次に来るのは“本物”だ。備えておけ、《星風の剣》よ」
「待て……!」
追おうとしたゼイドの前で、戦士の姿が霧のように掻き消えた。
残されたのは、不穏な静寂と、ゆっくりと閉じていく封印の扉――
オシャルは拳を握りしめた。
「教団……そして滅四鬼人……!」
「それと、“中に何かがいる”ってのもね。完全に目覚める前に、対策考えないと」
エムルが眉をひそめる。
「大丈夫。私たち、まだ負けてないわ」
エルシアのその言葉に、四人は頷いた。
ナイール遺跡――古代の封印の一端が開き、脅威が現れたその夜。
「星風の剣」は、ついに世界を揺るがす闘いの渦中へと踏み出していた。




