封印の扉
ナイール遺跡――
古代魔法文明の最末期に築かれたとされる、巨大な地下構造体。
オシャル=リヴァンスたち「星風の剣」は、広大な螺旋階段を降りながら、荒れ果てた石の回廊を進んでいた。
「……ひっく。なんか、空気がずっと重い……」
エムルが鼻をつまみながら眉をひそめる。湿った土と金属の腐臭、それに混じる魔力の濁りが、遺跡全体を支配していた。
「封印が緩みかけてるな。これは――近くに、何かある」
エルシアが壁に手を当てる。冷たい石材越しに、底知れぬ“何か”の脈動を感じた。
ゼイド=クロスは、周囲に目を光らせながら、黙って前へ進む。
そのときだった。
「……待て。奥に、扉がある」
ゼイドが立ち止まり、右手を差し出す。その先、闇の中にぽつりと浮かび上がる、巨大な石扉。
まるで墓標のようなその扉には、古代文字が彫り込まれていた。
【ル=グナ=カオス・第七封印門】
【入る者はすべてを失い、出る者はすべてを忘れる】
「この言葉……ただの警告じゃない。結界の一種だ」
オシャルが目を細め、そっと手をかざす。だが――
「っ……!」
リグルスを携えているにもかかわらず、その手が届く前に、扉から“拒絶”の波動が弾けた。
「こいつは……完全に“内側”から鍵がかかってる。外からは開かない」
「ってことは、誰かが中にいるってこと……?」
エムルが顔を曇らせたその時だった。
ズズッ……
背後の闇が、不意に動いた。
「来たな……!」
ゼイドが刃を抜く。次の瞬間――
ガギィンッ!
漆黒の爪が、ゼイドに迫った。その刃は鋭く、空間すら裂くような軌道だった。
「っ、は……やっ!」
オシャルがとっさに割り込むが、その一撃はかすめただけで壁を大きく削る。
現れたのは、黒いローブに身を包んだ異形の戦士――否、“人間に見える何か”。
目元には仮面。全身から禍々しい魔力が滴るようにあふれている。
「教団の使い……!?」
「ようやく会えたな、“リグルスの継承者”」
低い声が、仮面の下から響いた。
「お前は誰だ……!」
「名乗る名など必要あるまい。ただ命を、ここに置いていけ」
ガッ――!
異形の戦士が、音もなく駆ける。
ゼイドが応じるが、そのスピードに目が追いつかない。
「ゼイド、下がれッ!」
オシャルが叫ぶが、戦士の爪がゼイドの腹をかすめ、返す刃で蹴り飛ばされる。
「ゼイド!!」
すかさずエルシアが間合いを詰め、双剣で打ち合うも――
(こいつ、ただ者じゃない……!)
一撃一撃に、重みがある。しかも手数が異様に早い。
「くっそ……なんで、あんなやつがこんな所に……!」
エムルが魔術で援護しようとするが、戦士の咆哮と共に放たれた瘴気が、魔力の発動を妨害する。
「なるほど。“選ばれた器”の資質……確かに、僅かに見えるな」
仮面の戦士は、にたりと笑った気配を見せた。
「だが、“未完成”だ。今の貴様らでは、この封印すら守れはしない」
「未完成でも……!」
オシャルが《リグルス》を構える。黒銀の刃が、淡く光を放つ。
「俺たちは、仲間を守るためにここに来た! たとえお前が何者だろうと……この先へは行かせない!」
ザン――!
オシャルが駆ける。
仮面の戦士と正面から刃を交える、その瞬間。
扉の内側から、わずかに光が漏れた。
それは、何かが目覚めようとしている“前兆”だった。
次回――「抗う者たちと、目覚めの気配」
星風の剣は、かつてない戦いへ足を踏み入れる




