魔剣の波紋
ポッケル=グリムナインとの激闘から一日。
剣士大会の優勝者として、オシャル=リヴァンスの名は一夜にして街中に知れ渡っていた。
だが、本人はそんな名声など眼中になく、宿のベッドでぐったりと寝ていた。
「……まだ起きてないの?」
呆れたように声をかけたのは、エムル。隣ではゼイド=クロスが静かにリンゴを剥いていた。
「死闘のあとなんだ。もうちょっと寝かせてやれ」
「そりゃそうだけど……うぅー、私だって昨日ずっと応援してたのにぃ~」
エムルがぷくっと頬をふくらませる。
一方で、エルシアは部屋の隅で腕を組み、窓の外に目を向けていた。
「……目立ちすぎたな、オシャルは」
「だな。リグルスの力を使ったあの瞬間、観客席にいた“奴ら”も動いた」
ゼイドが低く呟く。
「“奴ら”? 誰?」
「……この国に古くからある、魔装兵器を回収・封印する秘密結社。“聖鍵の教団”だ」
オシャルがようやくむくりと起き上がる。
「……夢に出てきた。白いローブを着た男が“その剣は災いを呼ぶ”って」
その言葉に、部屋の空気がピンと張りつめた。
「災い……?」
「リグルスはな、ただの剣じゃない。概念を再構築する。それは現実そのものを捻じ曲げる、禁忌の力だ」
ゼイドが言い終えるや否や、宿の扉がノックされた。
「お届け物ですー! ギルドからの正式通達です!」
手紙には「星風の剣」宛に送られた、ギルド本部からの緊急招集の文面が記されていた。
⸻
ギルド本部。豪奢な石造りの建物。
そこではギルド長自らが、オシャルたちを迎えた。
「よく来てくれた。まずは優勝おめでとう、オシャル=リヴァンス君」
「ありがとうございます」
「しかし、リグルスの力……あれは我々にとっても未知の危険だ。ギルドとして、その力を検証する義務がある」
「つまり、監視されるってことか?」
エルシアが睨む。
「……そう取ってもらって構わない。だがそのかわり、君たちには上位任務を与える。Aランクギルド資格に相応しい仕事だ」
ギルド長が差し出した地図には、「ナイール遺跡」の名が。
「そこには、古代魔装の一部が眠ると言われている。“概念武装”に関わる手がかりもな」
ナイール遺跡。遥か東の未踏の地。強力な魔物と過去の呪術が渦巻く禁域。
だが同時に、リグルスの秘密に近づくための鍵。
「面白そうじゃん! ね、オシャル!」
「やるしかないだろ。ここまで来たんだ、もう引けない」
オシャルは立ち上がり、仲間たちを見回す。
ゼイド、エルシア、エムル――全員がうなずいた。
「星風の剣、出発準備を整えろ。次の舞台はナイール遺跡だ」
⸻
その頃。遥か北の山岳地帯。
「やはりリグルスが動いたか……フフ、愚かな子供たちよ。魔装の力は神の領域だと、誰も教えなかったのか」
白銀の仮面をかぶった男が、黒いローブの集団を従えていた。
「次の“再構築”は、我らの手で行う。概念の神座を、今こそ奪い返す時」
世界は動き始めていた。
そしてその中心にいるのは――オシャル=リヴァンス、彼とその剣だった。




