視える力、折れた剣――決勝の死闘
「始めッ!」
宣言と同時に、決勝戦の幕が切って落とされた。
観客の歓声が地鳴りのように響く中、オシャル=リヴァンスは一歩踏み出す。しかし、その動きの全てを――
「遅いんだよ、オシャルくん」
すでにポッケル=グリムナインは見切っていた。
ぴかりと光るメガネのレンズ。その奥の瞳が、まるで未来を見通すかのように動きを読み、先に手を打つ。
「っぐ!」
オシャルが振るった刃が空を切る。わずか数ミリの誤差。しかしそれが命取りだ。
ポッケルの細身の体が軽やかに跳ね、逆手に構えたメガネが奇妙な軌道を描く。メガネのツルが鞭のようにしなり、オシャルの肩口に直撃した。
「がはっ!」
衝撃で数歩、いや十歩以上後退させられる。観客席からどよめきが起こった。
「な、なんだあの動き……前より遥かに早ぇ」
観客の目に映る異様な光景。普通、剣でもない、柄すらない、ただのメガネを武器に戦う者などいない。だが、その“異様”を“異能”に変えるだけの技量が、ポッケルにはあった。
一度体感しているはずのオシャルでさえその圧倒的なメガネ使い精度の向上に思わず舌を巻く。
「ふっふーん! どうしたのだねオシャルくん。そんな顔をして、もしかして驚いているのかな? 僕のこの圧倒的メガネ剣術に!」
「……言ってることはバカなのに、動きは洒落になってねぇ……!」
痛む肩を押さえながら、オシャルは距離を取る。だがそれすらも許さぬように、ポッケルは音もなく間合いを詰めた。
「さあ、そろそろ奥義を見せてあげよう! 視界はクリア! 未来もクリア! これが――」
ポッケルが宙を跳ぶ。その姿はまるで鳥のように軽やか。だが空中で翻る姿勢から放たれたのは、破壊の風そのものだった。
「《全焦点・メガネ斬》!!」
メガネのレンズが光を集め、一瞬の閃光を生む。その閃光の中心にあったのは、砕けた黒鉄の剣。
――父の剣。
オシャルの手の中で、黒光りした剣が、鈍い音を立てて二つに折れた。
「……っ……!」
頭が真っ白になる。身体ではなく、心が戦場から落ちた感覚。
「うおおおおおおおッ!」
絶叫と共に、彼は地を蹴る。腰に残された、冒険を始めるきっかけとなったあの大剣を両手で構え、真っ直ぐ突っ込む。
重量級の一撃が、ポッケルに迫る。観客が固唾を呑んだ。
だが。
「遅いってば、オシャルくん!」
ポッケルの身体が、ひらりと弾む。
軽やかすぎる軌道。軌道の先にはまた、鞭のようにしなるメガネ。
大剣が、横薙ぎに振るわれる前に――
「見えてる。全部、くっきりハッキリ。なぜなら僕は――」
地面に着地しながら、ポッケルがドヤ顔で呟いた。
「レーシック済みだからね!」
「はぁああああああああ!?」
「手術前の僕は、0.02だった。でも今は違う。視力2.0――まさに神の目だよ!!」
大剣が止まった。
ポッケルの言動が、あまりにも意味不明すぎて、逆に動揺したオシャルの手が止まったのだ。
その一瞬のスキ。
「《焦点突き》!」
メガネの鼻当て部分が、オシャルのわき腹に突き刺さる。
「ぐぅっ……!」
膝をつく。苦しみが、肺を焼いた。
(……クソ、ここまでか!?)
観客席が騒然とする。だが、まだ終わっていない。
オシャルは地を見据えながら、血を吐きつつ立ち上がる。
「折れても、傷ついても……負けるわけにはいかねぇんだよ……」
次の瞬間、ポッケルが笑った。
「いいねぇ、その顔! じゃあ次は、ぼくの《最終焦点・レンズ爆》を見せてあげるよ!」
メガネが光を放つ。空気が歪む。
果たして、勝機は――あるのか?




