彼の過去、そして再戦!?
――ザァァ……
観客席から風の音が聞こえる気がした。
闘技場の中心に立つ二人の少年。
一人は、大剣を操る青年――オシャル=リヴァンス。
そしてもう一人は、闇を背負う寡黙な剣士――ゼイド=クロス。
いま、彼の意識は遠い過去へと沈んでいた。
⸻
◆
ゼイド=クロス。
元は、名門アーヴェリス家の妾腹の子として生まれた。
正式な家族として認められず、正妻の子らからは「血の濁った存在」として忌み嫌われ、
家の隅で暮らし、剣の訓練すら許されず、台所の奥で木の剣を振っていた。
「……妾の子が、剣など握るな」
「奴隷の方がまだましだな」
耳に刺さるのは侮蔑の声ばかりだった。
唯一の味方だった母も、病に倒れ、彼が十歳の冬にこの世を去った。
居場所を失った彼を拾ったのは、辺境の名家――クロス家だった。
「ゼイド、お前の母は……私の妹だった」
そう語ったのは、クロス家の家長。
血の繋がりを辿った、遠縁の騎士だった。
「……ならば、私の名をやろう。今日からお前は――ゼイド=クロスだ」
そうして彼は、“家名”を得た。
だが、それは真の救いではなかった。
クロス家の中でも、彼は“外様”だった。
貴族の集いでも浮き、剣の訓練では実力だけが頼りだった。
彼は何も言わず、ただ黙々と剣を振るい続けた。
認められたかった。
家族というものを、初めて得たかった。
それでも――最後まで、“家族”という実感は得られなかった。
(ならば、俺は……)
剣で、全てを切り開くしかない。
その想いが、彼の剣を鋭く、そして強くした。
気づけば彼の背中には、“他人と距離を置く”という冷たい殻ができていた。
そして今、その殻を砕こうとしているのが――目の前の男。
「ゼイド。来い!」
宿命をまとう剣士――オシャル=リヴァンス。
同じギルドの仲間。手を差し伸べてくれた“友”。
ゼイドの剣が、迷いなく振るわれる。
「――はぁああっ!!」
重く鋭い一撃。だがそれを、オシャルの風が裂いた。
「《風牙・断空》!」
風の一閃がゼイドの剣を弾き――バキィン!
鋼鉄の刃が砕け、宙を舞った。
「っ……!」
観客がざわつく。
そしてゼイドの手から、剣がこぼれ落ちる。
(終わった、か……)
だが、不思議と胸にあったのは、悔しさではなかった。
オシャルが手を差し出す。
「ありがとう、ゼイド。おかげで、全力を出せた」
ゼイドは一瞬、驚いたような顔をして――そして、笑った。
「……悪くなかった」
「次は、負けないように鍛えとけよ」
「言うな。次は勝つ」
拳と拳を軽く合わせた瞬間――
彼の背中に、ようやく“仲間”の温かさが宿っていた。
⸻
試合終了の鐘が鳴り響く。
会場はオシャルの勝利に湧き上がる。
ゼイドは静かに観客席を後にしながら、空を見上げた。
(母さん。……俺、やっと……仲間ができたよ)
風が、彼の背をやさしく押した。
⸻
「さあ、いよいよ決勝戦です!」
司会の声が響く中、次のカードが発表された。
「決勝は……オシャル=リヴァンス 対――ポッケル=グリムナイン!!」
観客「えぇぇぇぇぇぇぇっ!? ミルルは!?」
「……ま、まさか……」
そして映し出されたのは、長身メガネの奇人――ポッケル。
「いや〜、ボク、メガネで世界を斬ってるからね〜。十剣? 強かったよ。でも、ボクのメガネには勝てなかったんだよね〜」
「メガネで十剣に勝てるはずないじゃん!?」
エムルが驚嘆する。
「……いや、勝ったんだよ、あいつが。あのミルルに」
オシャルは淡々と語るが、心の中には戸惑いがあった。
(……何が起きた?)
ポッケルは、ただの奇人ではなかった。
その背に宿る“気”は、本物の実力者のもの。
ミルルすら打ち破った狂気のメガネ剣士。
まさかの決勝戦は、“メガネ”との再戦となった。




