星風、一つになる
――どこかで、金属の擦れる音が響いた。
意識の底から、ゼイドは微かに顔を上げた。視界はまだ霞んでいたが、冷たい床に背中を預けていることだけは分かった。
「まったく……あんた、また一人で突っ込むからこうなるのよ」
その声に、ゼイドはかすかに目を開ける。
黒髪の少女が立っていた。マントを翻し、腰の短剣を構えて。
「……エルシア……」
「やっと名前呼んだじゃない。あたしが星風の剣に誘われてないって知ったときのこの気持ち、あんたに分かる?」
目の前の少女――エルシアは、元・暗殺者。小柄な体にしなやかな筋肉を纏い、戦いにおいては誰よりも俊敏。感情表現には乏しいが、今だけは明らかに“拗ねていた”。
「でもまあ……ほっとけない性分なのよ、こっちは」
その刹那。
「来やがったな、乱入者ァ!!」
取り巻きの一人が棍棒を振り上げて襲いかかる。
だが――
シュッ――ガッ!!
その一撃が振り下ろされる前に、喉元にナイフが突き刺さった。
「ッ……!」
エルシアはすでに二人目へと滑り込んでいた。足元を払って転倒させ、倒れた男の首に刃を突き立てる。
続けざまに、三人目が背後から襲いかかるも――エルシアは素早く背を丸めて回避。くるりと回転し、相手の膝を刈る。
「ぐぁっ!」
「うるさい。音立てんな」
刃がもう一度、鈍く光った。
数秒で、五人が床に沈む。
ゼイドがわずかに目を見開いた。
「……今の、全部、殺してはいない……」
「当然よ。いくら相手が悪でも、殺すのは最終手段」
短剣に残る血を拭いながら、エルシアは冷静に言う。
「でも、本番はここからよ――」
パチパチ……と拍手の音が倉庫の奥から響いた。
「見事、見事だよ。だが君――“暗殺者”には見えないな。優しすぎる」
暗がりから歩み出たのは、黒の外套を羽織った男。
金の刺繍、義眼の左目――《黒鷹の手》、ディムロス=ゲイル。
「ようこそ、黒鷹へ。歓迎はしないけどね」
「……その顔、覚えたわよ」
「おや、それは光栄だ。俺の顔を覚えた剣士は、剣士ランキング二十位のやつ以来かな。まあ、あいつはもう喋れないけど」
エルシアの目つきが鋭くなった。
「ふーん。つまり、“それくらいの実力”ってわけね」
「言葉はいらない。体で証明してやるよ」
ディムロスが、構えをとる。
手には――武器が、ない。
だが次の瞬間。
「ッ!」
音速のごとく、ディムロスの拳が飛ぶ。
ギィン!
辛うじてナイフで受け止めるも、腕に重たい衝撃が走る。
「くっ……!」
「俺は“格闘”で剣士を屠ってきた。武器に頼る奴らより、俺の拳の方が速くて強い」
足払い、肘打ち、膝蹴り――
ディムロスは容赦なく連撃を浴びせてくる。
「ゼイド、立てる?」
「……少しだけ、なら」
ゼイドは剣を杖にし、なんとか立ち上がる。
「じゃあ頼んだ。あんたが後ろから刺すの、けっこう信頼してるから」
「お前……どんな信用の仕方だ……」
二人が距離を詰めた瞬間、ディムロスが笑う。
「おっと、連携プレイか? だが甘い!」
ドォッ!!
ディムロスの踏み込みが床を砕き、体当たりでエルシアとゼイドを吹き飛ばす。
「っ、が……!」
柱に叩きつけられ、エルシアが吐血する。ゼイドも膝をつき、再び立ち上がれない。
「弱すぎるな……このまま終わりか?」
「――終わらねぇよ」
不意に、天井から声が響いた。
ガシャァン!!
倉庫の天窓が割れ、降り立つ影。
「遅くなって悪かったな、ゼイド、エルシア!」
「……オシャル」
「私も来たよぉっ!!」
続いて降りてきたのは、いつも元気なエムル。
「ふん、仲良しパーティか……ちょうどいい。まとめて潰す!」
ディムロスが突進する――だが今度は、オシャルが受け止める。
「喰らえっ――風斬!」
剣が風を纏い、回転しながら拳と衝突する。
ドンッ!!
二人の力がぶつかり、空気が震える。
「なかなか……やるじゃねえか」
「こっちもそっちも、やる気は本気だ」
オシャルは汗を拭いながらも、口元を緩めた。
「エムル! エルシア! ゼイド! いけるか!」
「任せて! 今度は私が支える!」
「……蹴り返す準備はできてる」
「今度こそ、まとめて叩き潰す」
四人が息を合わせた瞬間、空気が変わった。
オシャルの剣、エムルの魔力弾、エルシアの刃、ゼイドの一閃――
四方からディムロスを包囲し、怒涛の攻撃が浴びせられる。
「が……ぁああああッ!!」
ついに、ディムロスの動きが鈍る。
最後の一撃――
「これが、チームってもんだッ!!」
オシャルの剣が、拳をすり抜け、ディムロスの胸に叩き込まれた。
ズガァァァン!!!
衝撃が響き渡り、ディムロスは壁へと吹き飛び――崩れ落ちた。
⸻
その夜。ギルド本部の医務室。
四人はそれぞれに傷を負いながらも、生還していた。
「お疲れ、みんな」
「うぅ……ボコボコだったわねぇ……」
「だが、勝った」
「まったく……なんであたしだけ後回しだったのよ」
エルシアが口を尖らせると、オシャルがにやりと笑った。
「じゃあ、今ここで言ってやるよ。――エルシア、俺たち《星風の剣》に入ってくれ」
「……っ!」
一瞬の間。エルシアは口元を隠し、背を向けた。
「……仕方ないわね。仲間にしてあげる」
そう呟いた声は、どこか嬉しそうだった。
こうして、四人が揃った。
《星風の剣》――ここに正式結成である。




