牙を隠したギルド
王都の西側、ギルド本部の大広間。
「ほら見てオシャル! ちゃんとギルド登録できたわよっ!」
「……マジで申請通ってたのか、これ」
受付カウンターで、エムルが得意げにギルドカードを掲げていた。
そのカードの端には、刻印されたチーム名――《星風の剣》。
「なんだそのドヤ顔。勝手に決めといて」
「オシャルとゼイドと私、三人の絆がこもってるのよ! 風のように駆け抜け、星のように輝く剣――」
「はいはい。恥ずかしいから市場では絶対言うなよ」
呆れるオシャルに、ゼイドはテーブルの奥で紅茶を啜っていた。
変わらず無口だが、その目は何かを考えているように鋭い。
「……最近、“黒鷹”の名前をよく聞く」
ゼイドがぽつりと呟く。
「なんだそれ?」
「仮登録ギルド。表向きは依頼仲介をしてるが、実態は非合法スレスレの組織らしい」
「非合法って、どんな?」
「冒険者志望をカモにして、報酬未払い、違法戦闘、武器の押し売り……やることがえげつない。しかも、実力者が一人いるって話だ」
「え、それ王都で放置されてるの? ヤバくない?」
「ギルド本部も把握してるが、証拠がつかめていない。調査に乗り出した者は、戻ってこないこともある」
オシャルは一瞬、眉をひそめた。
「で? お前まさか――」
「……行く」
ゼイドがすっと立ち上がる。
その眼差しは静かで、揺るぎなかった。
「おい、待てって! ひとりじゃ――」
「気づかれず潜り込むには、少人数がいい。俺に任せろ」
そう言って、ゼイドは一人ギルドを後にした。
⸻
夕刻。王都南西の外れ、廃れた倉庫街。
人気はほとんどなく、木箱と鉄くずの山が影を落とす。
ゼイドは指定された地点――黒鷹の“仮登録ギルド支部”に足を踏み入れた。
薄暗い通路の奥、錆びた鉄扉。
(罠の匂いは、ある……が、引く気はない)
コン、コン、とドアを叩く。
しばらくして、金属の擦れる音と共に扉が開いた。
「……新入りか?」
現れたのは、ひとりの男。
ギルドローブを着てはいるが、その胸元にギルド紋章はない。
「紹介だ。中へ入れ」
ゼイドは無言のまま、内部へ踏み込む。
通されたのは倉庫の一角を改装した仮設ロビー。
周囲には粗野な冒険者風の男たちが、武器を磨いていた。
「よぉ、こいつが“例のヤツ”か」
「大人しそうな顔して、スパイじゃねぇだろうな?」
殺気のこもった視線が向けられる中、奥から一人の男が歩いてきた。
「はじめまして、ゼイドくん。よく来てくれた」
その男だけ、雰囲気が違った。
漆黒のマント、金の刺繍。瞳は細く、笑っているが、底が見えない。
「俺は“黒鷹の手”、ディムロス=ゲイル。副長みたいなもんだ」
ゼイドは眉一つ動かさず、その名を心に刻む。
(コイツか、“実力者”ってのは……)
「それで、どうしてうちを選んだんだ?」
「……強くなれると聞いた。甘い依頼より、厳しい場所を求めてる」
「ほぉう……そういう志、嫌いじゃない。だが――」
ドッ!
不意に、ゼイドの腹部へ鈍器のような衝撃。
気づいた時には、腹に拳がめり込んでいた。
「ぐ……っ!」
「まずは“試験”だ。うちは筋が通らねぇ奴には門を開かねぇ」
ディムロスの笑みが歪む。
「やれ。教育の時間だ」
周囲の男たちが一斉に立ち上がった。
⸻
「っ、ハァッ!」
ゼイドは刃を抜き、応戦する。
数人を斬り伏せる――が、相手は熟練の乱闘屋揃い。手加減のない打撃と連携。
「ぐっ……!」
足を引っかけられ、背中から床に叩きつけられる。
その隙に、重たい鉄パイプが脇腹に炸裂した。
「――かはっ……!」
口から血を吐き、倒れ込む。
視界が歪み、音が遠ざかっていく。
「これで終わりじゃないよ、ゼイドくん」
ディムロスがしゃがみ込んで、耳元に囁く。
「次は“君の仲間たち”にも声をかけてあげよう。どこまで耐えられるかな?」
ゼイドの拳が震える。
だが、身体はもう動かない。
冷たい床に、意識が沈んでいく。




