最年少十剣ミルル
王都・中央市場――。
訓練も依頼も休みの一日、オシャルは街で一人、買い物に来ていた。
「……なんでエムルの“ぬいぐるみ探し”を俺がやるんだよ……」
ジャムパン、赤インク、そして謎のぬいぐるみ。
幼なじみの無茶ぶりは、今日もキレ味鋭い。
「どんなやつ買えばいいんだ、これ……」
市場の雑踏のなか、オシャルが紙袋を手にぶつぶつ言っていた、そのときだった。
「わわっ!」
「うわっ!?」
不意に、膝あたりに柔らかい衝撃。
何か、いや――誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさいなのです……!」
しゃがみ込んだのは、白銀の髪をツインリボンで結んだ、小さな女の子。
真っ赤な瞳でこちらを見上げ、きゅっと口を結んでぺこりと頭を下げた。
白のマントに、騎士風の黒ワンピース。ブーツに、黒いニーソックス。
背は小さく、まだ子供……いや、小柄な少女と呼んだ方が正確かもしれない。
「……怪我はないか?」
「大丈夫なのです。ミルル、ドジっただけなのです~」
「そっか、なら――」
「あっ! ジャムパン……」
「え?」
「それ……ミルルの、大好物なのです……!」
少女の目がキラッと光った。
オシャルが紙袋から取り出したジャムパンを、まるで宝石を見るように見つめる。
「……食べたいのです」
「……なにその顔。反則かよ」
結局――
「うまっ……もふもふ……甘さがしみるのです……」
路地裏のベンチで、少女はジャムパンを幸せそうに食べていた。
「まぁ……喜んでくれてるならいいけどな」
「ミルル、お兄ちゃんに感謝してるのです!」
「俺、オシャルって名前な。……お兄ちゃんはやめろ」
「じゃあオシャルにゃん!」
「やめろっつってんだろ!!」
無邪気な笑顔に、頭を抱えるオシャル。
だが不思議と、腹立たしさはなかった。
「……そうだ、名前教えてくれよ。あとで“迷子の子”ってことで衛兵に届けた方がいいだろ?」
すると少女は、くるっと立ち上がり、小さく胸を張った。
「ミルル=ファレンライト! 十剣第八位、王国騎士なのです!」
「……は?」
「最年少十三歳剣士なのです!」
「いやいやいや……嘘だろ?」
「ホントなのです!」
その瞬間――
「おいおい、ここは子供の遊び場じゃねぇぞ?」
数人の不良風な男たちが、路地裏に入ってきた。
目つきは悪く、手には小型の短剣や鈍器。
「ちょっと金でも置いてってもらおうか、嬢ちゃんも、お兄さんもよ……」
オシャルが腰の剣に手を伸ばしかけた、その時。
「オシャル、少し見ててほしいのです」
「……へ?」
ミルルが、にこっと笑った。
その手には、どこから出したのか銀色の細剣。だが――それは子供が持つには“あまりにも”洗練されすぎていた。
「行くのです」
空気が変わった。
「“霧の糸”」
その刹那、ミルルの姿がかき消えた。
――シャッ。
鈍く光る何本もの“糸”のような斬撃が、空中に一瞬走る。
男の一人が叫ぶ前に、足元から刃の筋が走り、崩れ落ちる。
「なっ、なにが……!?」
「“霞の追い風”」
ヒュッ。
次の男が、背後から突風のような一突きで沈んだ。
彼女はほとんど、踊るように、遊ぶように敵をいなしていく。
「“月灯し”」
最後に、街灯のように薄い光の刃が空中に浮かび、逃げようとした男を足元から刺すように止めた。
一連の動きは――十秒足らず。
オシャルが剣を抜く間もなく、全員が沈んでいた。
「終わり、なのです~」
彼女は小さく伸びをした。
まるで、ただの“運動”を終えたかのように。
(……ヤバい。マジで“十剣”だ)
オシャルは息を飲んだ。
自分の中にある“強者”の基準が、少しだけ動いた気がした。
⸻
騒ぎを聞きつけた衛兵により、不良たちは引き取られた。
ミルルは簡単に名前を告げ、面倒を避けるようにその場を後にする。
そして――
「オシャル、今日は楽しかったのです!」
「えっ、いや俺、ほぼ何もしてねぇぞ……?」
「でも、ジャムパンくれたし!」
「それだけかよ……」
「オシャル、また会いたいのです!」
「はいはい、今度はパン多めに持ってくるよ」
「やったのです~!」
満面の笑顔で、ミルルはぴょんと手を振った。
⸻
こうして――
オシャルは、十剣第八位・最年少の少女剣士、ミルルと出会った。
あまりにも天真爛漫で、強すぎて、そして、ちょっとだけ天然な少女。
この出会いが、後の大きな運命の糸を結ぶことになるとは、このとき、まだ誰も知らなかった。




