2.引き籠ってんじゃねぇ
さて、主席で不合格とはどういうことか。もちろん”下から見て”主席、すなわちビリケツという意味ではない。間違いなく、試験内容だけで言えば他の受験者を大きく上回る好成績であった。
では、そんな彼がどうして不合格となったのか。それは、いうなれば”面接落ち”である。
入学試験で課されるのは筆記試験と魔法適性検査の2つだが、これを通過したものは面接に進むことが出来る。といっても、この面接は本来入学の可否を決定するものではない。卒業後の進路や興味関心などを聞き出し、入学後の学園生活を充実させることを目的としている。
しかし、彼はその面接で不合格となった。学園設立以来初の出来事である。
入学試験の合否はその日のうちに出る。面接に進むことが出来なければ不合格なので、多くの受験者はその時点で帰される。試験を突破し面接で入学が承認されたものだけが、その場で”合格”という結果が記された紙を受取る。”不合格”の紙は用意されていない。
が、彼が受け取った紙に記された文字は”不合格”。しかも渡されたのは入学試験から五日も待った後のことだった。検討に検討を重ねたうえで、”不合格”となったのだろう。
”主席の不合格者”の噂は学園どころか王都じゅうに広まった。
次の年、彼がリベンジを果たし入学した後も、彼はその名で呼ばれ続けたという。
卒業してからはまた別の異名がつくことになるのだが……それは別の場所で語ることにしよう。
※
今日からリスタート。来年度の試験に向けて勉強と修練を続けることになる。
もし合格していたなら、今頃王都で入学準備をしていただろうが……まあ今更悔やんだところで仕方がない。不合格は不合格。
王立魔法学園に入学するには足りない部分があるということなのだろう。
不親切なことに、不合格になった理由は明かされない。「あなたのここが足りませんよ」と教えてくれたら来年の試験に向けて効率よく準備することが出来るというのに……。
うーむ。
果たして何が足りていなかったのか。試験に向けて万全の準備をしていたつもりだ。
筆記試験で空白にした問題はなく、どの問題も自信をもって解答した。記述問題はまだしも、選択式や一問一答形式の問題でミスをしたとは思えない。
魔法適性検査は正直、わからない。魔力量を人と比べたことが無い、というか魔力量をはかるという体験自体生れてはじめてのことだった。魔法の発動に関する演習は、他の受験生に比べて劣っている印象はなかった。ただ一部の受験生はかなり魔法の扱いに慣れていると見えて、練度が高いと感じた覚えがある。彼らに負けて不合格になったとすれば、それはもう修練不足としか言いようがない。
んー……。
なんにせよ、今日から1年の間にどの部分を補強するか。再度スケジュールを調整する必要がある。
ということで、今僕が持っている教科書をすべて積み上げてみた。魔法学基礎、魔法歴史学入門、治癒術学基礎編、治癒術学応用……。ええと、冊数はたしか計29冊。いや、帰る前に王都で治癒術の実践書を購入したから計30冊。高さで言うと直立した僕の肩あたりになる。
魔法の修練は毎日やるとして、勉強は当分基礎固めをするのがよいだろうか。基礎的な内容を復習するのに、1か月から2か月。んー……いっそ3か月くらいかけてもいいかもしれん。
それから応用的な内容と実践的な内容を入れていくのに半年くらい。そして予想問題の製作と対策に3か月程度と考えるとちょうど1年後の試験に間に合う。
いや、前回はぴったりを狙いすぎて予想問題の対策が終わり切らなかったんだった。それなら1か月を予備として余裕をもって考えておいた方が安全だろうか。
うーむ。
「おやディーク。なにしてるの」
「なにって。計画?」
「計画……?ああ、試験の」
エイルは僕の師匠であり、親代わりだ。物心つく頃には一緒に暮らしていた。ゆえに、僕は両親の顔を知らない。もっというと、僕は自分以外の人間というものに出会ったことが無かった。入学試験で王都に行くまでは。
ずっと、山の中に立つこの小さな家で暮らして来た。王都までは4日ほどかかるが、その間一度も人には出会わなかった。
王都の城壁が見えてきたときは感動したな。人間にこれだけ大きな構造物を作る力があるのか、と。自分の体を覆う程度の土壁なら魔法で作り出すことが出来るが、そんなものではない。近づいて見上げてみるとその大きさに圧倒された。門を潜り抜けて、王都に足を踏み入れたときの感動ときたらもう、言葉には言い表せないほど心が震えた。ある人は歩き、ある人は話し、馬車を引いている人もいる。書物の中の登場人物でしかなかった「他の人間」の存在に、僕の脳みそは追いつかなかった。
エイルは、部屋の隅に掛けてあった大きめの鞄を手に取って言った。
「そうだ、言い忘れていたけど旅に出るよ。準備して」
「は?」
今彼は何と言ったのだ?
「え、旅?」
「うん。旅」
「いや……なんで」
というか、「準備して」って言ったよな、今。
僕もいくってことか?!
「なんでと言われても、必要だから?」
「そうなんだ、いってらっしゃーい」
聞き間違いだ。そうに違いない。
まさか1年後に試験を控えた受験生を旅に連れ出すなんてこと、ないよな?そんなことになったらスケジュールも何もないんだが。
「ディークも行くんだよ。というか、ディークが行くんだよ」
その「何言ってんだこいつ」って顔やめてくれ。
その顔したいのは僕の方だから、絶対。
「え、いやだけど」
決まってるじゃん。行くわけないじゃん。僕には試験があるの。知ってるはずでしょう?僕の師匠でしょう?
だからなんで「何言ってんだこいつ」って顔すんのよ。
旅が、僕にとって必要なこと?
本当に何を考えているんだ。時間がないんだよ、もう1年を切ってる。
「だ、だってあと1年ないんだよ?」
ええ、それをあなたが言うんですか?
僕が言いたいことよ、それ。
「ないんだよ。だからこそ、旅なんてしてる暇ないの」
エイルは困惑の表情で固まってしまった。
なんだろう、この会話のかみ合っていない感じ。エイルは僕にとって旅が必要なものだと思っていて、時間がないから早く行けと言いたいのか?
いや、普通に考えて試験対策が優先だろう?何日かかるのかわからない、何が起こるのかわからない旅なんてことをしていてはスケジュールの立てようがない。
いや……まあたしかに試験の対策をしてから旅に出たら、試験当日までに帰ってこれるかどうかもわからない。そう考えると、旅に行って帰って来てから試験の対策をする方が確実に試験を受けることが出来る。
しかし、そもそも「旅に行け」ということ自体に納得がいかん。
「ちょっと、ちょっとまってエイル。さっきも聞いたけどなんで旅なの?僕には試験対策をする時間の方が大切に思える」
「ディーク……君は自分にとって必要なものがなにかわからないような愚か者かい?」
質問に質問で返してこないでほしい……。
自分にとって必要なもの?
それが試験対策ではなくて旅だと言いたいんだろうけど、僕が聞きたいのはそこじゃない。
なぜ旅が必要なのか、ということを知りたいんだ。
「いや、だからなんで旅なの?試験対策が必要ないのはわかったけど」
「いいや、わかっていないよ。僕は一言も必要ないなんて言ってない」
おおい!わからん!
「……どうしろと」
「だから言ってるじゃん。旅に出るよ、準備して」
……納得できない。納得できないが、それはいつものことか。
思えば魔法の修練も、はじめは何一つとして理解できなかった。それが今はこうしてある程度自在に操れるようになった。エイルの言うようにやれば、何か見えてくるのかもしれない。
やってやろうじゃないか。
「わかった」
教科書を全部は持っていけない。選別をする必要がある。
当初の計画としては、初めの3か月で基礎的な内容を固めるつもりだった。持っていく教科書も、応用的なものよりも基礎的なものの方が良いだろう。うまくいかないときがきたときに、基礎に立ち返れたほうがよい。
教科書や触媒など、必要なものを自分の鞄に詰めて持ち上げてみる。
少し……重いか?
しかしこれ以上削るとなると、食料か、触媒か……。
仕方ない。重いが我慢して歩こう。
「エイル、できたよ」
先に外に出ていたエイルに声を掛ける。
「はやかったね。その中身は?」
「え?食料とか」
「じゃあ食料は僕に預けて」
言われたとおり、鞄から取り出して渡した。エイルはその食料を自分の鞄に突っ込んだ。
「よし、そうしたらそれ、地面において」
「え?わかった」
言われたように地面に置く。
「ちょっとはなれて」
……?
ボッ!
突然カバンが発火した。エイルを見ると、鞄に右の手のひらを向けている。
「なにしてんだ!」
僕は急いで水魔法を構築する。
自分の中の魔力の流れをつかみ、それを水のイメージと結び付ける。そしてそれを手のひらから放出するイメージで……!
ブシュッ!
魔法の発動に成功した。僕の手のひらから一筋の水流がほとばしり、燃え続ける鞄に命中する。
が、消えない。
水の勢いを強くしてみても、結果は変わらず。命中しているはずなのに、効果が表れない。
「消えないよ。僕が火をつけてるんだから。当たり前じゃん」
「なんでこんなことすんだよ!」
エイルを睨みつけて気づいた。今度は左手もかざしている。
いいや、方向が違う。鞄よりも少し高い。一瞬、僕に向けられているのかと思ったが、違う。ずれている。
向けているのは、僕の背後だ。
ブォン!
僕の背中を熱風が襲った。視界が不自然なオレンジ色に染まる。
振り返れば、僕の育った家が激しい炎に包まれていた。
「うわああああああぁぁぁ!」
僕は全力を籠めて両手から水流を押しだした。いままで、これほどの勢いで水を生成したことはない。できなかったはずだ、僕には。でも、今はできる。
やらなくてはならない。
だって、まだ家の中には……!
いや、この家自体が僕にとって唯一の”家”なんだ。
消えない。依然家を包む炎は弱まる気配がない。どれだけ水流を叩きつけても、効果がない。
それならどうする。
魔法の効果で太刀打ちできないなら、術者を直接叩くしかない!
僕は振り返って、その術者の姿を視界にとらえる。それと同時に地面蹴る。
一歩で元の半分まで距離を詰めた。
「気づくの、おそいね」
その声が聞こえた次の瞬間僕の意識は奪われた。最後に映ったのは、手のひら。
目を覚ましたとき、僕は焚火のそばに横たえられていた。
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