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1.情けなくないんか

 不思議だと思ったことはないだろうか。王立魔法学園には、入学試験というものが存在しない。その理由は実に現実的で、合理的だ。必要がないからである。貴族は生まれつき高い素質と魔力を持っているとされる。そして、王立魔法学園に通う生徒の九割以上が国内外の貴族の子女である。


 ここまで言ってしまえば、ある程度の事情は察せられるだろう。


 訂正しよう。実は、ただ一つ入学するにあたって試験が課される学科がある。魔法の習得において何より重視されるのは素質と魔力である。そして、貴族の子女の多くが高い素質と魔力を持つということは先に述べた。ゆえに入学試験が免除されているわけだが、その学科において言えば、素質と魔力だけでは「不十分」なのだ。


 人の体を癒すには、人の体について詳しく知っている必要がある。使い方を誤れば対象の命を奪いかねない魔法ゆえ、緻密な魔法操作技術が求められる。ヒト族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族……種族によって体のつくりや特性は異なるため、それぞれについての知識が求められる。また、すべての命を救うことができないことを理解し、場面に応じた柔軟な思考力と判断力が重要である。


 正式名称を「王立魔法学園魔法学部治癒術学科」。一部の生徒からは「庶民学科」と蔑称されている。そう呼ばれる由縁は、入学試験が設けられていることと無関係ではない。


 入学試験の応募に身分の制限がない。すなわち、庶民の応募が公式に認められており、合格できれば魔法を学ぶ最高の環境が約束される。さらに卒業して宮廷魔法団に入団すれば安定した収入とエリートとしての身分が保証されることから、その人気はすさまじい。


 実際、受験の倍率は毎年とんでもない数字をたたき出す。募集人数十人に対して千人近い応募者がいる。そして、その九割以上が庶民であり、学科設置以来貴族の割合が一割を超えた年はない。


 しかしながら、昨年度の治癒術学科の入学者のうち、庶民出身の者はゼロ人であった。一昨年度も同様。庶民出身の合格者があらわれたのは、十年前の入学試験が最後である。


 なぜこのようなことが起るのかといえば理由は単純で、庶民と貴族では「環境」が違いすぎるからである。貴族は幼いころからその子女に英才教育を施すのに対して、庶民の家に生まれた子どもが家事や家業の手伝いを放り投げて勉学に励むなんてことが出来よう筈もない。すなわち、貴族の子と庶民の子の間には、魔法の才だけではなく「環境の違い」が大きな壁となってたちはだかるのである。


 この壁を乗り越え、熾烈な受験戦争を生き抜いたものだけが、庶民の子として王立魔法学園への入学が許されるのである。


 そしてここに、入学を志す者が一人。魔法の才はある。貴族に引けを取らない素質と魔力を有している。また、二年間修練と勉学を続け、試験に合格しうる知識と技能を身に付けた。筆記試験の結果は主席。魔法適性検査も最優秀とは言えなくとも貴族の子女たちに食い込む成績であったという。


 そして特筆すべきは特別課題の結果である。特別課題というのは、試験の最後にある最高難度の課題で、これに失敗しても減点はない。そもそもできることを前提としていないのである。「部位欠損の負傷者を治癒せよ」というものなのだが、受験者たちはその「治癒する」ということを学びたいがために入学試験を受けているのに、試験でそれを求められるという矛盾した課題設定なのだ。これを成功させる受験者はそうそういない。しかし、もし成功すればそれだけで合格になるほどの加点があるという。十年前の庶民出身の入学者が、これを成功させて合格したという事実からこんなうわさが立っているが、真偽のほどは不明である。


 彼は、この特別課題に成功した。先の戦争で右腕を失った兵士を、肘ほどの長さまで治癒して見せた。その時の試験場の様子は想像に難くない。ある者は驚愕し、ある者は焦燥や不安に顔をゆがめたことだろう。特別課題に成功した受験者がいるということは、十人分しかない座席の内の一つが既に埋められ、残る座席が九つになったことを意味する。しかも、その座席を埋めた受験者は貴族ではない。貴族としてのプライドが、さらに受験者の心をかき乱しただろう。しかし、それは単なる杞憂に終わった。


 奴は試験に合格していない。首席で、不合格となった


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