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第9話

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


──全て白状しろ──


その命令に宝石店のオーナーは宝石を生む猫の存在と、世話をしていた娘がその猫の一匹を逃がしてしまったことを説明する。


その説明を聞いて果たして僕はどう思っただろう?


宝石のために育てられ、成猫となればはらわたを裂かれ宝石を取り出される猫たち。間違いなく非人道的で後ろ暗い行為ではあるが、この国にそれ自体を咎める法は存在しない。


人間の都合で生かされ、育てられ、殺される家畜など珍しくもない。その肉を喰う喰わないは人間の感傷に過ぎず、家畜には何の価値も無い事柄だ。牛や豚は許容しているくせに、猫を家畜として扱うのは許さないと言うのは、少し自分勝手な言い分という気がした。


それでも気分が良くないのは確かだし、猫たちを救いたいと感じたこと自体は決して間違いではない。


しかし同時に、猫を救おうとすれば犠牲になるものがあることも理解できていた。


もしも穏当に、誰もが幸せになる道を探るとしたら。


──猫を犠牲にするのは止めて、今後はまっとうに商売をしろ──


そう命令すればよかったのだろう。


宝石の仕入れルートを失うことで再び彼の商売は傾くかもしれないが、それでも全てを失うよりはずっとマシな結末のはずだ。


もちろん普通にそんなことを言っても誰も話を聞くはずがないけれど。


他の誰にできなくとも──僕にはその力があったのだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


憲兵に連れていかれる父親に手を伸ばし泣き叫ぶ少女が、憎悪と非難の眼差しで僕を睨みつける。


背後の従業員たちは頼れるオーナーを失い、今後の生活がどうなってしまうのか不安そうな表情を浮かべていた。


その姿を見てしまったからなのだろう。


僕はそれからしばらく、“あり得た”IFの幻を夢に見た。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「…………何これ?」


その日、自由都市ルベリアで都市内の治安維持に従事する若手憲兵のサリアは、友人であり年上の幼馴染でもあるオスカの研究室を訪れ、部屋の中の光景に絶句した。


「オスカ導師せんせい~、埋もれてた研究資材の分類とラベリングは終わったんですけど、こっちの薬草はどうします? 乾燥してるから腐ってはないですけど、薬効はほとんど飛んじゃってるし、捨てていいですか?」

「ん~、どれどれ……ああ~。こりゃ酷い。うん、もうヤバそうな薬草類はノエル君の判断で捨てちゃっていいよ」

「了解で~す」


灰色の髪の小柄な少年が、時折ボサボサ頭の男性魔術師に指示を仰ぎながら、テキパキと研究室の中を整理していく。少年の動作は素早く的確で、以前来た時はゴミ屋敷そのものだった研究室が、みるみる間に人の生息可能な空間へと変貌していった。


──当たり前の話だけど、この部屋にも床があったのね……


あの部屋が元はこんな姿をしていたんだと、くだらないことに衝撃を受ける。


「…………ん? あれ、サリア? どうしたんだい?」


サリアがしばし部屋の入口で立ち尽くしていると、彼女の来訪に気づいたオスカがフレームの歪んだメガネの位置を直しながら声をかけた。


「……どうしたじゃないわよ。今日は例の事件の口裏合わせをしようって約束してたでしょ?」

「そうだっけ?」


普段通り気の抜けた友人の姿に溜め息を吐き、サリアは研究室に入り入口の戸を閉める。灰色の髪の少年がこちらにペコリと会釈をしてきたが、しかし互いにそれ以上何もなく、少年はそのまま忙しそうに作業に戻っていった。


サリアは掃除に参加することなくノンビリ読書なぞしているオスカに近づき、詰問する。


「まぁ、貴方が抜けてるのはいつものことだけど……あの子にいったい何させてるの?」

「掃除だよ。見て分からないかい?」


椅子に座ったまま目をキョトンと瞬かせこちらを見上げるオスカにイラッとしながら、サリアは精一杯の自制心を働かせ質問を言い直した。


「……私が聞きたいのは、何であの子が貴方の部屋の掃除なんてしてるのかってこと」

「ああ、そっちね。バイト」


オスカは読んでいた本に視線を戻しながら答える。


「バイト?」

「そ。どうも彼、路銀を稼がなくちゃいけないらしくてね。例の件でうちから報奨金がおりるまで少し時間がかかりそうだし、それまでの間、ちょっと僕の助手として働いてもらおうって話になったんだよ」


そう言えばあの少年はオスカと同じ魔術師ウィザードだった、と今さらなことを思いだす。


「わざわざ他人に頼まなくたって、掃除ぐらい私がやってあげるのに」

「ハハハ。サリアに頼んだら、何もかも捨てられて部屋には家具も残りゃしないじゃないか。掃除をお願いするには君じゃ気遣いと繊細さが足りないよ」


──ゴキッ!!


「痛っ!?」


余計なことを口にしたオスカの頭にサリアの拳が振り下ろされる。オスカは痛みに顔を顰め、文句を言おうとサリアを睨みつけた──が、逆に彼女に冷たく睨み返され、何も言えずそっと視線を元に戻す。サリアは赤髪金目の人懐っこい雰囲気が評判の美人だが、美人が怒った顔はとても怖いのだ。


「オスカ導師せんせい~。隣の部屋の鳴き声がうるさいですけど、どうします?」

「あ、もうそんな時間か。悪いけど──」

「は~い。餌やりしときますね」


オスカとサリアのやり取りを全く気に留めた様子もなく、ノエルはマイペースに、既に慣れた様子で隣の飼育室に向かう。その後ろを黒白ハチワレの毛並みをした猫が、ついでに餌をねだろうとついて行くのが見えた。


「……貴方以前、私に『隣の部屋は貴重な研究資料が置かれてるから絶対に入るな』って言ってなかった?」


何故かドスの利いた声を発するサリアに、オスカは意味も分からず冷や汗をかき、弁解した。


「い、いや……今は一応、大事なものは片づけてあるっていうか」

「ふ~ん? 幻獣は繊細な生き物だから()()()絶対近づくなって言っておきながら、あの子はいいんだ?」

「そこはほら、あれだよ。彼は魔術師だから──」

「それなら別にあの子じゃなくて、ここの学生にでも頼めばよかったんじゃない? 随分あの子を気に入ってるのねぇ……まさかとは思うけど貴方って()()()()()()()()()()だったの?」


もしそうなら私、職務上貴方を逮捕しなくちゃいけなくなるわね、とサリアに冷たい眼で睨まれ、オスカは慌てて否定した。


「違うって! というか、学生はどこの研究室の息がかかってるか分からないから、逆に使えないの! むしろ部外者の方が安全なんだって!」

「へぇ~……?」

「ホント! ホントなんだよ! それに彼は下手な学生よりよっぽど知識があるからお願いしてるんであって、やましい感情はないし、そもそも僕にそっちのケは──」

「──ぷっ、クスクス……」


口元に手を当て笑みをこぼすサリア。そこでようやくオスカは自分が揶揄われていたことに気づき、ホッとした様子で頭をかいた。


サリアは一頻り笑うと気が晴れたのか、飼育室に向かう扉の方に視線を向けて首を傾げる。


「まあ、気に入ってる云々は半分冗談としても、偏屈な貴方がよく人に自分の物を触らせてるなって驚いたのは本当よ? 彼の時間を拘束することになるから気を遣ったんでしょうけど──」

「そんなんじゃないさ」


例の事件の口裏合わせのために協力してもらう必要がある少年に配意したのだな、と感心するサリアに、オスカはあっさりそれを否定した。


「彼を雇ったのは、単純に彼が有能だからだよ。正当な教育を受けていて、かつ派閥の色がついてない人材なんてそうそういるものじゃないからね。というかそもそも僕は偏屈じゃない。無能が嫌いなだけだ」


この年上の幼馴染が素直に人を褒めるのを初めて見たサリアは目を丸くして驚く。


「なに? あの子ってそんなに優秀な魔術師なの?」

「いや。実力的にはギリギリ一人前に手が届くかどうかといったところだろうね。年齢の割に優秀だってことは否定しないけど、ここの学生にもまあ何人かはいるレベルさ」

「……どういうこと?」


褒めているのかいないのか、よく分からない評価だ。


疑問符を浮かべるサリアに、オスカは自分の言い方が悪かったと苦笑し、言葉を選びながら続けた。


魔術師ウィザードは基本的に学徒であり研究者だ。そもそも学院の外に、彼のような正当な教育を受けた魔術師がいること自体がとても珍しいんだよ。学院を出奔した魔術師が稀に弟子をとることはあっても、学院とそれ以外では学ぶための環境が段違いだからね。どうしたって学院の外じゃまともな魔術師は育たない」

「……そうなの? でも、学院と関係のない凄腕の魔術師の話もよく聞くわよ。例えば『アリューシャの火精使い』とか。結局、魔術の世界も才能次第ってことじゃないの?」

「それは違うよ」


サリアの勘違いを、オスカはかぶりを横に振ってキッパリ否定した。


「勿論、魔術においても才能の有無は否定しないけど、独覚でどうにかなるのは妖術師ソーサラー黒魔術師ウォーロックのような外法使いだけだ。僕や彼のような秘儀魔術師ウィザードには当てはまらないよ」

「ソーサラー? ウォーロック?」


単語自体は時々耳にするが、その違いまでは理解していなかったサリアは目を瞬かせた。


「簡単に言うと、妖術師ソーサラーってのは先祖に竜や巨人とか人外の血が混じってて、その血の力を引き出して魔術を行使する連中。黒魔術師ウォーロックってのは、妖精とか悪魔とか超常の存在と契約したり魅入られたりした結果、魔術を使えるようになった連中だよ。女性だと魔女ウィッチと呼ばれることもある。君の言った『アリューシャの火精使い』はこの黒魔術師ウォーロックに該当するはずだよ」


なるほどそういう区別か、と理解して、サリアの頭に新たな疑問が浮かぶ。


「ウィザードは違うの?」

「全然違う。僕ら秘儀魔術師ウィザードは血統や借り物の力じゃなく、蓄積した知識を用いて神秘を行使する。勿論、記憶力とか頭の回転とか先天的な資質は大切だけど、それだけでどうにかなる世界じゃないんだ。魔ではなく知を蓄え新たな地平を切り拓く──言わば僕ら秘儀魔術師ウィザードだけが唯一正当な神秘の探究者と言えるのさ」

「はいはい」


言葉の端々に滲むプライドめいた所感を聞き流し、サリアは必要な情報だけを噛み砕いて理解した。


「つまりあの子は、頭がいいだけじゃなくて良い師匠に恵まれたってことね」

「…………まぁ、そうだよ」


オスカは雑な理解への不満に唇を尖らせながら頷く。


「ただどちらにせよ、魔術師として上を目指すなら独学では限界がある。こうして弟子を一人放置してるようじゃ、彼の師匠とやらも大した人間じゃないさ」

「……ふ~ん?」


何かに気づいた様子でオスカをニヤニヤ見つめるサリア。


「何だい、その顔は?」

「い~え~? ただ、オスカ導師はそんな将来性のある魔術師の卵が放置されてる現状が我慢ならなくて、あの子に構ってたんだ~、と思ってね」


図星を突かれて顔を逸らすオスカ。そして彼は少し不貞腐れたように言った。


「……ふん。周りが何を言ったところで、本人がそれを受け入れなければ意味はないさ」

「あら。もうフラれた後なの?」

「…………」


無言で肯定するオスカの姿に意外そうな顔をし、サリアはノエルが餌やりをしている飼育室へと視線を向ける。


「北に用があるんだったかしら? あの歳で一人旅とか心配よねぇ……」


その視線と声音は子供の境遇を案じる大人のものであり、不審者を警戒する憲兵としてのものでもあった。


「……あまり詮索はしないことだ。魔術師が学びの機会を放棄する理由も、子供が故郷を離れて旅をする理由も、どちらにしたって余程のことには違いない。部外者が興味本位で口出ししていいことじゃないからね」

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