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第7話

ノエルは迷い猫の本格的な捜索に取り掛かる前に、周辺で簡単な聞き込みを行っていた。


聞き込みといってもそう大袈裟なものではない。呪文を一日に使用できる回数には限りがある為、効率よく探そうと猫が集まっていそうな場所を近所の人に訊ね、そのついでに世間話がてら依頼主であるベイグル氏とベイグル商店について話を聞いただけ。


そしてそこで分かったことは大きく二つだ。


一つは近所の人たちも女性店員と同様、迷子になったという猫の姿を見たことはないということ。ベイグル氏の屋敷から時折猫の鳴き声が聞こえてくるが、氏が飼っているのか野良が勝手に棲みついているのかさえ区別がついていなかった。


もう一つは、羽振りがよさそうなベイグル商店も、実はつい数年前には倒産寸前にまで追い詰められていて、調子が上向いたのはこの三、四年らしいということ。


元々ベイグル商店は宝石や貴金属の目利きに定評があったベイグル氏が一代で興した商店で、家族経営で細々と商いをしていた開業当初は目利きの確かさもあり順調に業績を伸ばしていた。だが人を雇い、店舗を広げて商いを急拡大した頃から風向きが変わり始めたそうだ。


凋落の原因には商売敵の嫌がらせを受けたとか、何か特別な背景があったわけではない。ただ歴史の浅いベイグル商店は商品の仕入れルートが細く安定しておらず、また品質をベイグル氏個人の目利きに頼っていた。商いを拡大した結果、それまでのように良質な宝石類を安定供給することが難しくなり、徐々に客が離れてしまったそうだ。


その後、詳しいことは分からないが良い仕入れルートの開拓に成功したようで、四年ほど前から業績はV字回復。独特の光沢を放つ宝石を多く取り扱い、ベイグル商店はルベリアでも評判の人気宝石店となった。


ちなみに奥方は五年ほど前に離婚したとか他に男を作って出ていったとかで、現在ベイグル家は父子家庭。しかしベイグル氏は娘の世話を使用人任せにすることもなく、それどころか業績が上向き生活に余裕がでてきた今でも使用人は庭師など必要最低限しか雇わず、料理や掃除なども自らこなしているらしい。近所の奥様方は自分の旦那にも見習わせたいと褒めそやし、そうでない女性は私がお世話して差し上げるのにと打算に頬を赤らめていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うちの猫を捕まえたというのは本当かね?」

「ミーは? ミーはどこ!?」


その日の夕方。

再びベイグル商店を訪れ、迷い猫を捕獲したと報告したノエルに、ベイグル親子は飛び掛からんばかりの勢いで反応した。


ノエルは落ち着いた表情でそれに軽く頷き、マイペースに借りていた猫のタオルを差し出した。


「はい。あ、お借りしていたタオルをお返ししますね」


汚れて汚物の臭いさえ漂うタオルに娘のトリエグルは一瞬嫌そうな視線を向け、受け取ることなく無視して言い募った。


「そんなことより、ミーはどこなの!?」

「安心してください。ここにはいませんが猫ちゃんは無事ですよ」


ここにはいない──そう聞いて顔を顰め口を開いたのはベイグル氏だ。


「どういうことかね? 君は先ほど捕まえたと言ったはずだが……」


見つけたが捕まえてはいない。捕まえたが連れてきてはいない。似た事象が繰り返され、ベイグル氏の目に詐欺を疑う光が宿る。


その反応にノエルは苦笑し、身体の前で手を横に振って弁解した。


「いえ、本当はすぐに連れてくるつもりだったんですが、見つけた猫ちゃんが想像以上に衰弱してまして。動かすのも怖い状態だったので、すぐ近くにあった薬師の店に持ち込んで預かってもらってるんですよ。今は処置を受けて容体は安定しています。恐らく、一日二日滋養のあるものを食べさせて休ませれば回復するだろうということでした。容体が安定してこちらに連れてきた際にまとめて報告しようかとも思ったのですが……」

「なるほど。そういう事情なら治療にかかった費用も含めて報酬はしっかり支払わせてもらおう」


ノエルの説明にベイグル氏は一先ず納得した様子で頷く。その薬師と組んでノエルが架空の治療費をだまし取ろうとしている可能性もあるが、そこは理解した上で敢えて触れようとしない。それだけその猫が大事ということか、あるいははした金を気にするつもりはないということなのか……


「私がミーを迎えに行く! 場所はどこ!?」

「トリー……」


立ち上がり、今すぐ猫を迎えに行きたいと訴える娘に、ベイグル氏は困ったような迷うような表情を見せる。そしてその表情のままこちらに視線を向けるベイグル氏に、ノエルはキッパリと答えた。


「場所は庁舎から少し西に行ったところにある、川沿いの古い商店街です。とは言えもう日が暮れますし、お嬢様が向かうのは避けた方がよろしいかと」

「うむ……」


ノエルが口にしたのは、治安が極端に悪いとまでは言わないが、浮浪者などの姿が多くみられる地域。幼いトリエグルは勿論のこと、見るからに富豪とわかるベイグル氏が自ら向かうのも好ましくない。


トリエグルは父親に縋るような視線を向けるが、ベイグル氏は迷うような素振りこそ見せたものの結局首を縦には振らなかった。


「猫ちゃんの傍にはうちの子もついていますし、何かあればすぐ分かります。一晩休めば落ち着くと思いますので、私が明日朝一番に様子を見に行って、大丈夫そうならすぐこちらに連れてきますよ」

「…………そうだな。そうしてもらおうか」


ベイグル氏は娘の視線から逃れるようにノエルの提案に頷く。


「一応、何かあった時のために、うちの猫を預かってくれている店の住所だけは教えておいてもらえるかな?」

「そうですね。ノームのご老体が一人でやってる店で、名前は『コバリの庵』。店の具体的な場所は──」


そう言ってノエルは応接室の隅に置かれていた羊皮紙の束を一枚とり、スラスラと詳細な地図を描いて店の場所をベイグル氏に伝えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……ここだな」


街の住民たちが寝静まる深夜。寂れた商店街の一角『コバリの庵』とかすれた文字で看板が掲げられた店の前に、明らかにその筋の者と分かる四人組の男の姿があった。


「ったく、折角今日はレイハちゃんとオールで楽しむ予定だったっつーのに、急に面倒くせぇこと言い出しやがって」

「文句を言うな。その分金払いはいい。商売女なんざ日を変えりゃすむ話だろ」

「バッカ! おま、レイハちゃんは予約一か月待ちだぞ!? 俺がこの日をどれだけ楽しみに禁欲生活送ってた知らねぇのか!?」

「……いや、それを俺が知ってたら怖いだろ?」


小声で馬鹿話を交わす男たち。

そこに緊張感は露ほども感じられず、これから起きる出来事が彼らにとってはごく有り触れた日常でしかないことを表していた。


「それぐらいにしとけ。この後もう一件仕事があるんだ。配達の人間が動きだす前には片づけたい」

「……へ~い」


男たちの空気が仕事モードに切り替わる。その様子にリーダーは満足そうに一つ頷き、今回の仕事の注意事項を告げた。


「ターゲットはこの店の店主だ。一応、事前情報じゃノームの爺が一人でやってるって話だが、もし他に誰かいるようなら全員始末しろ」

「んだよ、それ。標的の特定もできてねぇとか、ちょっといい加減過ぎやしねぇか?」


部下の文句にリーダーは怒ることなく頷きを返す。


「急な話らしくてな。その分、依頼主には料金を上乗せしてもらってる」

「……ならいいか」


金が入るなら文句はないとすぐに納得する男たち。


「それと、店の中には金色の毛をした猫がいる筈だが、そいつは必ず逃がさず連れて来いって話だ」

「ネコ~? 何でまた?」

「一々言わせるな。詮索無用って条件でのこの料金だ」


部下たちは顔を顰めつつもそれ以上は文句を言わず、めいめい肩を竦めたり溜め息を吐いて自分たちの役割を理解する。


何も考えずただ道具として使われろ──つまりそういうことだ。


「猫は最悪死んでても構わんが、とにかく逃がすなと念押しされてる。面倒だから見つけたら殺せ」

「へいへい」


リーダーは部下たちをぐるりと見まわし、最後に付け加えた。


「よし。この後はもう一件ガキを始末する仕事が入ってる。手早く済ませるぞ」




開錠役でもあるリーダーが手際よく『コバリの庵』の裏口の鍵を開け、四人組は店舗の中に侵入する。


さて、猫云々の話もあったが、それより先にターゲットである店主のノームとやらを始末しておきたい。寝室はどこだろうか、とリーダーは暗がりの店内を見渡した。


眼は既に暗闇に慣らされている。裏口から入ったそこは棚や台がいくつも置かれた広い作業スペース。裏口の他に二つ他の部屋に続く戸が見えた。


店舗の外観から予想するに左側は店舗側に続く戸で、もう一方の右側の戸がプライベートスペースに繋がっているのだろう。背後の部下たちについてこいとハンドサインで合図し、右側の戸に向かって忍び足で進む、と──


「ミャ~」


部屋の反対側から猫の鳴き声が聞こえた。


──例の猫だろうか? 


先に店主を始末すると決めたが、猫に騒がれて店主が起きても厄介だ。先に猫を始末するかリーダーが一瞬判断に迷う。


「ミャ~」


再び猫の鳴き声と、とてとてと地面が剥き出しになった床を叩く足音。


──ひょっとして、店の中で放し飼いにされているのか?


もしそうなら逃げられたらマズい。そう考えたリーダーは部下を連れ、忍び足で鳴き声がした方へと進む。


するとそこには暗がりで毛の色こそ分からないが、わずかな明かりを反射して暗闇に浮かぶ二つの目があった。


リーダーは部下たちに目配せして横に並ばせ、猫を逃がさぬよう囲んで少しずつ距離を詰めていく。そしてあと少しで手が届く距離に近づいたタイミングで猫が反転して店の奥に逃げようとしたため、男たちは一斉に飛び掛かった。


「捕まえ──っ!!?」


飛び掛かった瞬間、土床だと思っていた手前の地面が幻のように消え去り、男たちの身体はぽっかり空いた穴の中に吸い込まれるように落ちていく。


──落とし穴──


「ぐあっ!?」

「げふぅ……っ!」


何故、店舗の中にそんなものがあるのか? 男たちは落下の衝撃と自分たちの重みで揉みくちゃになり、わけもわからず悲鳴を上げた。


骨が折れた者もいるかもしれない。痛みと、皆が一斉にもがき暴れたせいで余計に身体が絡み合い身動きがとれなかった。


「……まさかこんなきれいに引っかかるとは。古典的な罠も案外馬鹿にできないね」


呆れたような声が頭上から聞こえる──多分まだ子供だ。


「てめっ……! ここから出しやがれっ!!」

「はいはい。後でね──『精神 砂男 範囲指定 発生──【誘眠スリープ】』」

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