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第44話

「────」


──最悪。


白い世界から現実へ意識が帰還すると同時に、口をついて出そうになった言葉を呑み込む。


気が付いた時にはノエルの身体は宿にしている馬小屋へと辿り着いていた。辺りの様子からすると、白い世界に潜ってからそれほど時間は経過していない。普段であればそろそろ眠りにつくことを考える時間。だがあと一日でこの都市が滅ぶかもしれないとあっては、眠る気にもなれない。ノエルだけでなく、都市全体が不安と奇妙な高揚に包まれているようだった。


──夜が明ければ猶予期限の最終日だ。動くなら今夜が最後のチャンスだろうな。


明日になれば追い詰められた住民がどんな行動に出るか予想できない。あるいは都市として敵に先制攻撃を加えようという話になるかもしれないし、神器保有者探しも過熱するだろう。


逃げるにせよ、戦うにせよ、動くなら明日になってからでは遅すぎる。


そして、ノエルの中で既に結論は出ていた。


──戦おう。


別に覚悟を決めたわけでも、前向きな決断でもない。


──リュミスが敵の手に落ちた以上、こっちの情報は丸裸にされたと思った方がいい。何なら今この瞬間に奇襲を受けてもおかしくなかった。逃げたところで僕を見つけ出すのは難しくないだろうし、目的地だって知られてる。人質だって取り放題だ。


何より、ノエル本人は自覚していないが、彼にとってリュミスは身内だ。見捨てるという選択肢はない。


だから後はどうやって戦い、勝つか。勝ち目の薄い無謀な戦いだとは理解しているが、“指輪”が伝えてきた通り勝ち目が全くないわけではない。


──問題はどうやって戦うところまで持ち込むか、だな。


戦いたいと望むことと、望み通り戦えるかは別の話だ。敵は死霊の軍勢を隠れ蓑にどこにいるのかさえ分かっていない。高位の呪文には亜空間に仮の棲家を生み出すものもある。少なくともこちらから接近し、奇襲を仕掛けるといった芸当は不可能だろう。


名乗り出て姿を晒すのも論外だ。どんな能力を持っているか分からない神器持ちに先制を許すなど正気の沙汰ではない。神器による攻撃は神器で相殺できるそうだが、それを抜きにしても魔術師に先手を譲ってはならないというのは常識だ。


都市上層部に協力を求めるのも、こうなってはリスクが高い。リュミスが捕まったということは、敵は都市内にも網を張り、自由に出入りできる状態にあるということだ。都市の主要人物は敵に監視されている可能性がある。既に彼らが敵の手に落ちて操られているかもしれないし、指輪を奪われたり敵に差し出される可能性もあった。


「協力が得られれば、少なくとも死霊の軍勢を突破するところまでは目途が立つんだけどな」


ボソリと呟き、溜め息を吐く。


だから何だという話だ。自分たちが逃げるだけならまだしも、それでどうやって敵のところまで辿り着き、戦い、勝利しようというのか。


この状況で協力してくれなんて頼んだところで、自分一人逃げるつもりだろうと疑われて終わりだ。


「せめて敵の居場所とそこまでルートが分かれば……」


戦って勝てはしなくても、最低限の目的を達することはできるかもしれない。


「もうこうなったら指輪を使って手当たり次第に暴れ回るか……?」


本気ではない。だが、八方ふさがりで思わずそんなことを呟いてしまう──と。



「はは。それはちょっと勘弁してほしいかな」

「────!?」



聞き覚えのある声に、ノエルは咄嗟に長杖スタッフを掴み身構えた。


「あまり一人で思い悩んで暴走しないでほしいな。一時的とは言え、君は僕の助手なんだ。何かあれば僕の責任問題になる」

「オスカ導師せんせい……」


現れたのはノエルの雇い主であるオスカだった。


彼は普段通りの穏やかな笑みを浮かべて馬小屋の入口に立っている。


──どこまで聞かれた……?


ノエルは自分の独り言の内容を思い返し、オスカに自分が神器保有者であることがバレたかと警戒する。直接“神器”という単語は口にしていないが、“指輪”を使って暴れると発言し、しかもリュミスの姿が消えている。オスカが自分の正体に辿り着くことは難しくないだろう。


だが。


「それで? 外の軍勢を突破する方法っていうのはどういうことだい? 協力が要るって言ってたけど、それは僕で何とかなる内容かな?」


オスカはそのことを追及するでもなく、穏やかな声音でそんなことを言う。


これは果たしてどちらだろうか? 気づいていない? それとも先にこちらの考えが使えるものなのか聞いておこうということか? いや、こちらが神器持ちだと分かったなら、神器を使われる前に制圧しようと考えるのが普通だ。こうして呑気に話をしているということは本当に気付かれていない……?


「ノエルくん?」

「──は、はい!?」

「どうかしたかい? 話し難い内容なら無理には聞かないけど……」

「あ、いえ。そう言うわけじゃ……」

「そう? なら良かった。話してくれるね?」

「は、はい……」


穏やかに、あまりにもいつも通りの態度でそんなことを言われるので、思わずノエルは考えていた都市脱出プランをオスカに説明していた。


それを聞いたオスカの反応は──


「……なるほど。そのやり方は盲点だったな。本来の使い方とは違うというのもあるけど、そもそもあまりメジャーな呪文じゃないし使い手も多くない」


心底感心した様子で何度も頷く。


「実際にそれが通じるかどうかは試してみないといけないけど、敵の性質を考えれば成功する可能性は高いだろう。うんうん。これはよく思いついたねぇ……」

「…………」


ノエルはいつオスカが襲い掛かってくるのではと内心びくびくしながら彼の顔色を窺った。


オスカは顎に手を当ててしばし考えを整理するような素振りをしていたが、やがて考えがまとまったのかノエルの方に視線を向けて口を開く。


「問題があるとすれば一方の呪文だけだと移動は船で流すなり運任せになるし、もう一方の呪文を併用するとなると誰かが実験台になる必要があることだね。呪文自体もあまり健全とは言い難いし、差し迫った状況とは言え実験に協力してくれる人がいるかは怪しいねぇ」

「…………」


ノエルは自分自身で試すつもりだったので、その辺りは考慮していなかったが、確かに都市──あるいは学院として取り組むならそうした問題も発生するだろう。


「確認だけど、ノエル君はその呪文を使えないんだよね?」

「あ、はい。専門でもない限り学ぶ機会のある呪文でもありませんし、片方については僕の技量を超えていますから」

「ふむ……」


オスカは軽く頷くと、指を小さく動かして何らかの呪文を行使する。彼の右手が淡く光ったかと思うと、次の瞬間にはその手の中に二本の巻物スクロールが握られていた。どうやら【引き寄せ(アポート)】で、倉庫から取り寄せたらしい。


彼はその巻物をポンとノエルに投げ渡すと、近所にお遣いでも頼むような軽い調子で告げた。


「それを使えば君でもプランが実行可能か試せるだろう。実験台にするみたいで申し訳ないけど、緊急事態だ。やってくれ」

「は────」


それは──願ったり叶ったりだ。ではあるのだが、いいのか?


実験台とは言ってもこれは都市から脱出し生き延びる貴重なチャンスだ。ノエルでなくとも、実験に志願する者はいくらでもいるだろう。


自分に都合が良すぎる命令にノエルが絶句していると、オスカは肩を竦めて更に続けた。


「僕は君の実験の成功を確認した上で、外部に救援を求めることを上層部に提案するよ。【長距離転移テレポート】が使える魔術師が脱出できれば、皇帝陛下や教皇猊下に助けを求めることも不可能じゃないからね。実験が上手く行ったなら、君はこちらに戻らずそのまま脱出してくれて構わない」

「…………」


とんとん拍子に、逃げるところまでは目途が立ってしまった。


だがこれだけでは足りない。ノエルは魔族と戦いリュミスを救出しなくてはならないのだ。勝ち目はこの際二の次としても、せめて敵かリュミスの居場所を特定することができなくては──


「あ、そうそう。リュミスちゃんの姿が見えないけど、迷子にでもなったのかな?」

「え、ええ、ちょっと……」


リュミスのことを指摘され、胸がバクンと大きく脈打つ。


しかしオスカはそんなノエルの反応には気づかぬ様子で、マイペースにうんうん頷いた。


「それは心配だね……じゃあ、はい」


そう言ってポンと投げ渡されたのは掌にすっぽり収まるサイズの方位磁石だ。ノエルはそれをお手玉しながら落とさぬように受け取り、尋ねる。


「これは……?」

「リュミスちゃんにつけた発信機の受信機。そこそこしっかりしたものだから、例え亜空間に紛れ込んでたとしても、彼女がいる場所まで導いてくれるはずだよ」


何でそんなものを──ノエルが尋ねる前にオスカは肩を竦め、悪いと思っている風でもなく弁解した。


「ウチの子たちには全員付けてるんだ。街中で、万が一にも逃げ出したり攫われでもしたら大惨事だからね。悪いけどリュミスちゃんにもつけさせてもらってた」

「なる……ほど……」


そう言われれば、確かにもっともな理由だ。ノエルは敢えてオスカにはリュミスがケット・シーであることは伝えず、普通の猫のように振る舞わせていたが、やはり専門家から見れば一目瞭然だったのだろう。いや、それ自体は想定の範囲内ではあるのだが──


「あ、あと、そこ捻りを右に回したら、リュミスちゃんの音声も拾えるようになってるから」

「────」


何気なく付け加えられた言葉に、今度こそ完全に言葉を失う。


いや、薄々分かってはいたことだが、ここまで言われればもはや勘違いしようもない──オスカは自分が神器保有者であることに気づいている。いつから怪しんでいたのかは分からないが、間違いない。あるいは発信機はリュミスだけでなく自分にも仕掛けられ、様子を探られていたのかもしれない。


だが、だとすれば何故。


「……どうして?」


その一言に色んな意味を込めた。オスカはその全てを正しく理解し、曖昧な苦笑を浮かべて答えた。


「正直に言って、最初は何て迷惑なと思ったし、君を捕まえてどうこうしてやろうって想いがなかったわけじゃない。ただ、そうしたところで自分たちが助かるって保証はなかったからね。どうしたものか迷ってる間に、リュミスちゃんがいなくなったことに気づいた」

「…………」

「改めて考えてみれば、君や僕がどう動いたところで確実に事態が良い方向に動くなんて保証はない。だからまぁ、君が、僕が納得できる選択をしてくれるならそれでいいかなって思ったんだよ。少なくとも君は、リュミスちゃんを見捨てられない──だろう?」


──買い被りだ。


自分はそんな善良な人間ではない、と思ったが、この信頼からは逃げられない。


そして同時に、頭の中でカチリと歯車が嵌まる音が聞こえた。


ノエルは真っ直ぐにオスカを見返し、口を開く──

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