第41話
──メキメキメキィ……ッ!!
鋼鉄製のゴーレムが死霊の軍勢の半透明の手に吊り上げられ、空中で音を立てて締め上げられ、破壊されていく。
その光景を学院の魔術師たちは観察し、口々に思いついたことを意見していた。
「あ~……ゴーレムも駄目か」
「生物かどうかで判別してるわけじゃないのかしら?」
「条件が違うのか、それとも生物+魔導生物って単純な足し算なのか」
「素体変えてみたらどうだ?」
「魔法銀にでもしろってか? そりゃ流石に魔法銀製ならアンデッドごときに破壊されることはないだろうけど、材料も扱える術師もうちの支部には──」
「違う違う。肉人形だよ」
「肉……ああ。確かに死体には無反応だったな」
「それなら骨人形のが良くね?」
「両方試せばいいだろ。素材は……お~い、そこのちっこいの!」
議論していた魔術師の一人が、現場で御用聞きとして走り回っていたノエルを呼び止める。
この現場にはノエルの他にも何人かの見習いが詰めているが、彼らは学院の正式な学生であり、多くが貴族や富豪の子弟かつ各派閥の色が付いていて、こうした状況でも雑用に使うのは気を遣う。その点、ノエルは一時的に金銭で雇われた平民だという事実が学院内でもそれなりに知れ渡っており、現場での雑用がノエルに集中するという事態が起きていた。
「は~い! 順番に伺いますので少々お待ちを!──お待たせしました、先ほどご指示を受けた触媒のアズライト粉末です」
「うん? 頼んだ量より少ないようだが?」
「それが、ローデル教授が長距離転移術式の増幅試験に使うということで、不足分はマラカイトで代用して欲しいと管財部から」
「ちっ、仕方ないか。あと、中和剤が無くなりそうだから持ってこい」
「っ、かしこまりました。──はい、お待たせしました!」
「遅ぇよ。ゴーレム用の素体、バラでいいから肉と骨を各二〇キロずつ至急準備しろ」
「いや、どうせだから二足歩行用と四足歩行用と二パターン頼むわ。確か、伝承科に巨人種の素体が保管されてただろ」
「えっと……私では稀少素材についての交渉は──」
「頼むな」
「──。ひとまず要望は伝えさせていただきます」
「おい! こっちのゴミ片づけてくれ! それと簡単に摘まめる軽食を……一〇人分頼む!」
「あ! こっちも同じの二〇人分な!」
「~~~~っ! かしこまりました! 少々お待ちください!!」
まさかこの程度の雑用で貴重な紙をメモに使うわけにもいかない。頼まれた用事を全て脳内に記憶し、ノエルは学院の管財部に向かって駆け足で移動した。
──あ~もう! 情報収集するどころじゃないじゃんか!
「ついでにこの実験結果を対策本部に提出しといてくれ。あと、他の班とかち合って実験スペースが足りない。東門も使えないか確認を頼む」
「かしこまりました~!」
胸中で悲鳴と愚痴を漏らしながらも、用事を言いつけられれば社畜宜しく全て対応するノエル。他の見習いたちではパニックになって仕事が滞るか、最初からシャットアウトされているだろう。こうやって全部真面目に対応しているから仕事が増えるのだということを、組織での社会経験が少ないノエルはまだ理解していなかった。
──くそぅ! 実験場を探るには仕方ないとはいえ、志願したのは失敗だったか……?
ノエルが外壁南門に設置された学院の臨時実験場で雑用係として駆けずり回っているのは、学院の実験内容から何か自分たちが逃亡するのに使える手段がないかを探る為である。その為にノエルはオスカに「実験の手伝いがしたい」と自ら雑用係となることを申し出た。
オスカはこの実験場にはいない。高位の魔術師ではあるものの、専門が幻獣・魔獣の研究であるオスカは今回の一件で直接貢献できることが少ないと判断され、外部との折衝に回されている。その為、今日も進展があるのか分からない議場でお偉方の悲鳴と我儘を聞き流している筈だ。
──理想はオスカ導師を盾にして雑用はほどほどに、じっくり実験の様子を観察させてもらうことだったけど、流石にそんなに上手くはいかないか~
甘い考えを反省しつつ、ノエルは小走りで移動しながら提出を頼まれた報告書を盗み見る。
──今のところどの班もこれといった成果はでていない。ただ、教授クラスの大物が実験に参加してないことを考えると、こっちでやってるのは威力偵察に近いのかな? 多分本命のプランは敵に悟られないようどこか別の場所でやってる筈だ。出来ればそっちも探りたいけど……流石にそれは難しいだろうな。
ノエルはその本命のプランが『都市内に隠れている神器保有者を探すためのもの』である可能性に目を瞑り、報告書から顔を上げ周囲の魔術師たちの会話の内容に耳をそばだてた。
普通これだけ複数の用事を言いつけられ移動しながら情報収集をとなれば頭がおかしくなりそうなものだが、ノエルの思考には混乱も遅滞もない。このマルチタスクは本人も自覚していない天性の才能だった。
「あと試して無いことは──」
「それよりさっきの実験で──」
ここにいる魔術師たちは前向きに作業に取り組んでいるように見えてどこか気もそぞろだ。気持ちは分かる。魔術師であれば敵の強大さは否が応でも理解せざるをえない。本気で自分たちのやっていることが何か成果に結びつくとも思えず、恐怖を誤魔化すために作業に没頭しているフリをしているのだろう。
──だけど、彼らがやってることに全く意味がないわけじゃない。この結果が正しいとすれば……
この時、ノエルの頭の中には突破口というにはあまりにか細いが、この包囲網を突破するためにプランが一つ思い浮かんでいた。
実際にその考えが正しいかどうかの検証はできていないし、そもそもノエルやリュミスには実行不可能。仮にこれを学院側に提案して採用され、実行が可能となったとしても、ノエルたちがその対象に選ばれることはあるまい。
──いっそ僕らが逃げることは諦めて、外部に救援を呼ぶために試してもらうか? 【長距離転移】が使えるレベルの導師を送り出せれば、阻害呪文の範囲外に出れば魔族に対抗可能な応援を呼んでくることが出来るかもしれない。
そろそろ昼時。リュミスと一度合流し情報交換する約束の時間だ。
ノエルが自力脱出を諦めて救援要請も視野に入れるかと考え始めた──その時。
『──聞こえますか、神器保有者』
唐突に、再び。件の魔族を名乗る女の声が都市のアナウンスをハッキングし、響き渡る。
『既に三日の猶予期間も半分を切りました。貴方が名乗り出てこなければ、明日の夕刻にはこの都市は灰燼と帰します──いえ、こんなことは改めて言わずとも理解できているでしょう』
前回と違うのは都市の住民ではなく、神器保有者個人に向けられたメッセージだということ。
『貴方の可愛いご友人を預かっています』
頭が一瞬真っ白になった。
『今更人質などと言うつもりはありません。ですが、仮に貴方がこの都市を見捨てて逃げ出したとしても、私はこの縁を介して必ず貴方へとたどり着きます』
敵の言うことが理解できてしまった。
『貴方が素直に名乗り出てさえくれれば、この都市にもご友人にも手出ししないことを改めて約束しましょう。貴方自身も決して無碍に扱うつもりはありません』
そして冷たくも誠実な声音で告げられる。
『これは貴方に向けた最終通告です。私は無駄な争いを望みません。価値ある話し合いができることを期待しています』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『────』
魔族の女──アーデルハイトは亜空間にこしらえた仮設の屋敷の中で、ベッドに腰掛けながらリュミスの顔をジッと覗き込んでいた。
リュミスは敵に囚われているにも関わらず全く無抵抗で、その目からは意思が感じられない、が──
「──駄目ね。表面的な意思は奪えても、それ以上の支配は一切受け付けない。記憶にもブロックがかかってる」
アーデルハイトは諦めたように全身から力を抜き、リュミスの身体を膝の上に落とす。
「こんなこと初めて……いったいどういう仕組みなのかしら?」
アーデルハイトは神器の気配が微かに残る猫から神器保有者の情報を引き出そうとし──それが上手くいかないことに首を傾げていた。
ベッドの傍らに置いた一冊の本にチラと視線を落とし、呟く。
「“全知の書”が機能しないのは……まだ理解できる。神器の力は互いに打ち消し合う。この子に神器保有者が使役でもバフでも何らか力を使っていたとすれば、書の力が打ち消されてもおかしくはないわ。ただでさえ私は書の力を完全には引き出せていないわけだし、ね」
神器の力は権能領域に達した”魔法”ではあるが、それ故に相互に矛盾し、打ち消し合う性質を持っている。だからアーデルハイトの持つ神器の力が弾かれたこと、それ自体に不思議はない。
「でも書を介さない私自身の魔術はその限りではないはず。実際に表面的には通じてるからそこは間違いない。でも深層心理には強力なプロテクトがかかってる。人類が私を超える魔術の使い手であるという可能性は──ない。考えられるとすればこのプロテクト自体が敵の神器の権能……だけどここに書がある以上、その権能もある程度相殺されてるはずだわ。まさかそこまで出力に差があるというの? そもそもどんな権能なのかしら? “支配”や“無限”は既に枠が埋まってるし……他にこれほどのプロテクトをかけることのできる概念があるの?」
アーデルハイトはしばしブツブツと独り言を呟き敵の能力を考察するが、やがて諦めたように身体をベッドに投げ出し、大きく息を吐いた。
「──はぁ。本来の使い手じゃないとはいえ神器は神器か。やはり一筋縄じゃいかないわね」
少なくとも一朝一夕でこの猫にかかったプロテクトを破るのは難しそうだ──そう判断すると、アーデルハイトは一先ず猫を籠の中に入れ、都市内に潜伏する神器保有者の探索に意識を切り替えた。




