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第4話

エピソード2。

冒険者っぽいお仕事の話。

「お金を稼ごうと思います」


少年魔術師ノエルは一晩を明かした馬小屋の藁の中から這い出し、手で簡単に身なりを整えると、唐突にそう宣言した。


「…………稼げば?」


その発言に未だ夢うつつ状態だった猫のリュミスは五月蠅そうに片眼だけを一瞬開け、直ぐにもうひと眠りしようと身体を丸めた。


「お金を稼ごうと思います!」

「うるさい!」


先ほどと同じ姿勢でもう一度宣言するノエル。二度寝を妨げられたリュミスは鬱陶しそうに彼を怒鳴りつけた。


「一人で勝手に金でも何でも稼いできなさいよ。私はもう少し寝てるから起こさないで。──あ、朝ご飯は出かける前にちゃんと準備していってね? あと昼ご飯は温かいものが食べたいから保存食や作り置きじゃなくて一旦戻ってきてから準備すること。おやつは昼のついでに何かつまめるもの買ってきてくれれば文句言わないけど、晩御飯は魚がいいわね。あんまりしょっぱ過ぎるのは身体によくないからそこは配慮してね?」


それじゃよろしく~、と再び瞼を閉じるリュミス。


「……要求多いな、おい──じゃなくて!」


ノエルは眠るリュミスの身体を揺さぶり、「ち~が~う~だ~ろ~」と抗議した。


「君も一緒に行くんだよ! ほら、いつまでも寝てないで起きた起きた」

「えぇ……? 別に私がついていっても仕方ないでしょ? まさかホントに猫の手を貸す仕事があるわけでもなし」


迷惑そうに顔を顰めるリュミスに、ノエルは何を言ってるんだと真顔で告げる。


「君が役に立つ立たないの問題じゃない。この空の下で幸せそうに眠りこけてる奴がいると思うだけで、僕の労働意欲が六割は減退する。幸せは奪い合い、苦労は皆で分かち合うものだろう?」

「そのクソみたいな理屈は分からないでもないけど……」


リュミスはノエルの有無を言わせぬ圧に二度寝を断念。大きなあくびをしてお尻を突き出すようにグッと伸びをした。


そしてどうせ自分が働くわけではないのだし、ついて行くだけ行って適当に眠っていればいいと割り切り、改めて根本的な疑問を口にする。


「いきなりお金稼ぐとか言い出してどうしたの? この前の町で賊の報奨金ももらえたし、路銀にはまだ余裕があるんでしょ?」


そう言って暗に昨晩ベッドのある宿ではなく節約して馬小屋に泊まると主張したノエルを皮肉る。しかし彼はその皮肉に気付いた風でもなくそれを肯定した。


「ああ。当面の路銀に不安はないよ」

「なら──」

「でも、ここから先の町で仕事ができるって保証はないからね。今のうちにある程度資金を溜めておきたいんだ」


ノエルの言葉にリュミスはなるほど、と納得する。

今二人が滞在しているのは自由都市群ナイン・チルドレンの一角で商業の中心地でもある大都市ルベリア。


自由都市群ナイン・チルドレンとはエーラ帝国、聖王国イグドラ、アルビオン共和国、南方諸国のちょうど中間地点に存在する九つの自由都市からなる大同盟。これらの都市群はアドラス大陸中央部において各勢力の思惑の下、緩衝地帯として自治独立を認められていた。


地政学的には大国の思惑に振り回される不安定な地域だが、ノエルたちのような旅人にとっては比較的活動しやすい地域でもある。


「じゃあ、どのルートを進むかはもう決めたんだ?」

「いや、まだ。金を稼ぎがてら、その辺りの情報収集も進めようかなって」


彼らの目的地である北の辺境へと向かうルートは大きく三つ。


一つは帝国を通って真っ直ぐ北に進むルートで、距離は一番近いが、貴族同士の小競り合いに巻き込まれ徴兵されるリスクが高い。


一つは聖王国を通って大陸東側を進むルートで、少し遠回りになる上、宗教上の理由で魔術師であるノエルは差別から行動を阻害される恐れがある。


一つは共和国を通って大陸西側を迂回するルートで、土地柄的には一番過ごしやすいが移動距離が長く、未開エリアも多くて情報が少ない。


どのルートにも一長一短があり、ノエルは未だ今後進むべきルートを決めかねていた。


「そういうわけだから、とっとと準備して出かけるよ。ミルク温めとくから、顔洗ってきな」

「はいはい」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それで、具体的に何をして稼ぐつもりなの? 色水を寿命が延びる霊薬だって売る仕事? それとも独り身の独居老人に架空の投資話でも持ち掛ける?」

「何でだよ!? 普通に働くに決まってるだろ」

「まぁ、そうよね。あんたの見た目じゃ誰も相手してくれないだろうし」

「…………」


肩に乗ったリュミスとそんなやり取りを交わしながら朝の大通りを歩く。


道行く人は猫を肩に乗せた少年に一瞬奇異の視線を向けるが、彼が手に持つ長杖スタッフを見ると「ああ魔術師ウィザードか」と納得し、あまり関わり合いになるまいとすぐに視線を逸らしていた。


「お金稼ぎか……簡単なのは魔物でも狩って、その素材を売ることとか?」

「無茶言うな。魔物狩りのどこが簡単なんだよ」

「え? 違うの?」


リュミスが本気で驚いているのを感じとり、ノエルは『この猫、時々普通に常識がないんだよな。猫に常識を求める方が間違ってるのかもしれないけど』と、内心呆れながら律儀に理由を説明する。


「魔物狩りなんてのは斥候役、囮役、止め役、解体役、運搬役、販売・交渉役ってきちんと役割分担したチームでやるもんなの。腕の立つ人間でも普通はソロでやったりしない」

「……そうなの? でも、この間も街道に迷い出てきたバイコーンを一人で仕留めてたし、その辺は呪文でどうにかなるんじゃない?」


冗談かと思いマジマジとリュミスを見つめるが、どうやら本気で言っているらしい。いや、あるいは世間一般の魔術師に対する認識なんてのはこんなものなのだろうか?


「ならないって。この間は見晴らしのいい場所で、偶々先に敵を発見できたから倒せただけ。魔物との戦いはどっちが先に敵を見つけて先制攻撃を仕掛けるかって“かくれんぼ”の要素が大きいからね。魔物の棲家に踏み込んでいくなら斥候役抜きじゃリスクが高すぎるよ」

「ふ~ん?」

「ついでに言うと解体は専門技術で素人が手を出すと素材が台無しになるし、運搬中は傍から見る以上に無防備だから護衛してくれる人間がいないと危ない。あと信用のない行きずりの人間が持ち込んだ素材なんて買いたたかれるのがオチだね」


そこまで説明して、リュミスは「なるほど~」と納得したように頷く。


「じゃあ……薬草とかの採取依頼でもする?」

「人が入れるような山林はどこも地元の人が管理してるから、そんなことしたら怒られるよ」

「えぇ~? その人の所有地ってわけじゃないのに文句言われるのはおかしくない?」

「だとしても、地元の人が普段から草を刈ったり木を伐採したりして手をかけてるのに、他所からやってきた僕らがおいしいとこだけかっさらうのはアウトだって。同じ理屈で普通の獣を狩ったりしても絶対揉めるね」

「……まぁ、それはそうか」


田舎では他所から流れてきた連中がこの暗黙の了解を犯し、地元の人間に処分されたという話をよく聞く。かくいうノエルも故郷では取り締まる側に回っていた。


ちなみに魔獣に関しては地元の人間にとっても害の方が大きいので、誰が狩っても咎められることはないという暗黙の了解がある。


「じゃあどうやって稼ぐの? 日雇いの仕事でも探す?」

「それも一つの選択肢だけど、そういうのって大抵は肉体労働だろ? 僕のこのナリで仕事があるかっていうと……」


リュミスはノエルの身体を上から下まで改めて見渡し、それはそうだと頷く。


確か年齢は十四歳という話だったが、同年代の平均と比べても明らかに小柄で線が細く、とても肉体労働向きとは思えない。


「でもそれは呪文を使えばどうにでもなるわよね?」

「うん。ただそれをするとどうしたって目立つし、この間みたいな連中が現場に紛れ込んできそうで怖いんだよね」

「ああ~」


ノエルはその“指輪”を狙う者たちに狙われている。


今のところ“指輪”の情報はほとんど広まっておらず追手の数は限定的だが、それでもあまり目立つ行動や不特定多数の人間と接触するような場は避けるべきだろう。


「じゃあ、護衛とか荒事系に参加するのも避けた方がいいわよね?」

「そうなるね」

「う~ん……となるとホントにできる仕事がないんだけど、あんた故郷にいた時はどうやって稼いでたの?」


話をしている内にだんだんその気になってきたのか、リュミスが少しだけ前向きにどうやって金を稼ぐべきかを考え始める。


「村の人向けに薬を調合したり、呪文で壊れた物を修理したりとかかな」

「なら──」

「でもこの街にも、そういうのを生業にしてる人がいるだろうから、勝手に商売したら絶対トラブルになると思うよ。最悪は怖いお兄さんたちが出てくるかもね」

「…………駄目じゃない」


リュミスが心底ガッカリした様子でかぶりを横に振る。


「ホントに使えない男ねぇ……」

「酷い言われようだね」


冗談交じりに馬鹿にされ、尻尾でぺしぺし後頭部を叩かれてノエルはただただ苦笑した。


「そう言われても仕方ないでしょう? 金を稼ぐって言いだした割に、あれは駄目、これは危ない、それは揉めるって、もうサッパリなんだもの。いったい何をして稼ぐつもりだったの?」

「言ったね? まあ見てなよ。僕みたいな魔術師向きの仕事ってのは、大抵酒場にあるものなのさ」


そう、自信たっぷりに言ってのけたノエルだったが──




「──って、よりにもよって迷子の猫探しぃ~~~っ!?」

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