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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第38話

『猶予期間は三日。それまでに神器保有者の引き渡しがない場合、いかなる事情があろうと攻撃を開始します。抵抗を選ぶのであればこの三日間で準備を整えるのも良いでしょう。この戦力差を前に勝てると思うのならば。貴方方の賢明な判断を期待します』


アーデルハイトと名乗った魔族は一方的にそう言い捨て、アナウンスを切る。


一瞬の静寂の後、響き渡る悲鳴と怒号──都市は混乱の坩堝と化した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「…………ふぅ」


政庁での長い会議を終えて研究室に帰還したオスカが、大きな溜め息と共にドカッと音を立てて椅子に腰を下ろす。


ノエルはオスカから外套を受け取り、急く気持ちを抑えてオスカを労った。


「お疲れ様です。簡単な軽食ならすぐ準備できますけど、どうされます?」

「……ああ、ありがとう。飲み物だけもらえ──いや、タイミングを逸したら次いつ休めるか分からないし、頂こうか」


オスカの言葉に頷き、ノエルはサンドイッチと紅茶を運んでくる。


オスカは当初、食欲がなさそうな口ぶりだったが、本人の自覚とは裏腹にお腹は空いていたのだろう。ベーコンとトマトのサンドイッチを二切れペロリと平らげ、カップの紅茶を一息で飲み干し、ようやく人心地ついたように脱力した。


ノエルは空になったカップに紅茶のお代わりを注ぎながら、落ち着いた声音を取り繕って尋ねる。


「それで、会議の方はどうでしたか?」

「……どうもこうもない」


オスカは額に手を当て、珍しく荒い口調で吐き捨てた。


「お偉方がヒステリックに騒ぎ立てるのを聞かされてただけだよ。そんなじゃ状況じゃないってのが理解できないのか──いや、できないんだろうね」


死霊の軍勢が都市を取り囲み、魔族の要求があってから丸一日が経過。


都市内はその対応を巡って喧々囂々の大騒ぎで、若手ながらこの街の学院支部でも高位の導師であるオスカは、担当者の一人として政庁での対策会議に参加していた。


「無能なら無能なりに大人しくしてくれればいいのに、彼らはこんな時でも赤ん坊みたいに騒いで注目を引いてないと我慢できないらしい。全く、この無駄な時間がなければどれだけのことができたか……」


半日近く会議のために拘束され、オスカは精神的に疲れ切っていた。この非常時に無駄に時間を浪費させられた焦りと怒りをまるで隠せていない。


今もサリアたち憲兵隊は混乱する市民の鎮圧に駆けずり回り、僧侶プリーストであるエルザは対アンデッド戦に備え結界を強化している。


オスカもとにかく何か行動したいという焦りはあったが、現場で動くことが最優先だと盲信するほど青くもない。この難事に対処するためには都市としての方針をきちんと定めなければと会議への参加を了承したようだ、が──


「じゃあ結局、具体的な方針は決まらずじまいですか?」

「ああ──いや」


オスカは頷き、すぐにかぶりを横に振って自ら否定する。


「全く何も決まらないという訳じゃなかったかな。再度神器保有者に名乗り出るようアナウンスを行うそうだよ。今度は“悪いようにはしない”と言い添えてね」


その口元を嘲笑に歪めて続ける。


「誰がそんなこと信じるんだって話だけど──ま、手間と労力がかかるわけでもないから好きにすればいいさ」


ルベリア都市内では神器保有者を探す市民たちがあちこちで暴動騒ぎを起こしていた。


『奴が金持ちなのは神器を使っているからだ』

『あの男がモテるのは神器のせいに違いない』

『あの女の運がいいのは神器のおかげだ』


市民はそんな根拠も何もない妄想で魔女狩り染みた騒動を起こし、あわよくば自分がそれを手に入れようと強盗に手を染める者も後を絶たない。


「どうせ名乗り出てくることはないだろうって、全住民に()()()()を行おうって意見も出たけど……まぁ現実的じゃないよね。だいたい神器がどんな形をしてるのかさえ分かっちゃいないんだ。外部からきた人間も含め全員をチェックしようと思えば、リスト作って段取りを組んで……準備だけで一週間はかかる。とても時間が足りないよ」


ノエルはそれを聞いて内心胸をホッと撫でおろした。恐らくその案には大量のマジックアイテムを保有する学院や財宝を秘匿する権力者が反対するだろうとは思っていたが、最悪の展開は避けられたようだ。


そんなノエルの思いに気づいた風でもなく、オスカは愚痴まじりの説明を続けた。


「そもそも神器なんて、こちらを混乱させるための魔族のデタラメだっていう人もいたな。まぁ、都市内の混乱を見ればそういう意見が出るのは分からないでもないけど、ちょっと考えにくいよね」

「……ですね。戦力差を考えればそんなことをする意味がありません」


恐らくその意見を口にしたのは魔術に詳しくない者なのだろう。だが魔術師ウィザードであるオスカやノエルには、死霊の軍勢を使役する術者の常軌を逸した技量が理解できてしまう。もしこの術者がその気になれば、都市が総力を挙げて抵抗しても二刻と持たず壊滅させられてしまうだろう、と。


「その様子だと、神器保有者を魔族に引き渡すかどうかも決まってない感じですか?」

「……ああ。意見が割れてるというより、そもそも判断のしようがないってのが正直な所かな」


オスカの表情に苦いものが混じった。それは恐らく、彼自身もその問題に明確な答えを持ちえない不甲斐なさからくるものだろう。


「市民の安全のためには引き渡すべきだって意見が多数派ではあるけど『魔族の言葉なんて信用できない』『あんな要求をしてきたのは魔族が神器を恐れてるからだ』って、神器保有者を中心に徹底抗戦を訴える意見も根強い。ただどちらの意見も神器が見つからないことには机上の空論だからね」

「確かに判断しようがありませんね」

「そゆこと。そもそもホントに神器保有者がいるんだとすれば、僕らにコントロールできる相手なのかも怪しいところだしね」


そう言ってオスカは再び大きな溜め息を吐いた。


敵が言っている神器が見つからず、その能力が判明しないことには都市としての方針を決定することは難しい。だが名乗り出てくる気配のない神器保有者を期限内に見つけることは容易ではないし、更に見つけたところで自分たちに御せるかは怪しい。


こんな前提でお偉方と会議をしていたのだから、オスカたち担当者にとってはさぞ頭の痛い時間だったことだろう。


そんなオスカの苦労を察してノエルは話題を変えた。


「救援についてはどんな感じですか?」

「……そっちも厳しいね。この辺り一帯、通信や移動系呪文が妨害されていて魔術による連絡や脱出は不可能だ。直接伝令を送ろうにも都市をあの軍勢に取り囲まれてるこの状況じゃあねぇ。一応、鳩を使って連絡を試みてはいるそうだけど、包囲を突破できるかは怪しいかな。運よく鳩が近くの街に辿り着けたとしても、そこから文を受け取った人間がこっちの状況を確認して、対処可能な戦力を整えてこっちに送り込んでくるのにどれだけの時間がかかることやら……間違いなくその前にこの街が滅んでるだろうね。それこそ皇帝陛下とか教皇猊下とか、本物の神器保有者が動いてくれれば話は別だけど」


肩を竦めるオスカ。明るい話題とはならなかったが、それでも答えのない話をするよりはマシということか、少しだけオスカの雰囲気が上向く。


「……明るい材料がありませんねぇ」

「ホントにね──ああ、そういえば」

「何かありました?」

「敵が期限を区切ってくれたおかげで、食料や物資の奪い合いは起きてないそうだよ。ウチの子たちのご飯を減らさなくていいってのは僕らにとっては不幸中の幸いだね」


大喰らいを抱えている者同士、二人は顔を見合わせ苦笑した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


呼び出しに備え仮眠をとるオスカを研究室に残し、ノエルは学院の屋上へと向かう。到着すると既にそこには先客がいた。


「遅~い」

「ごめんごめん」


文句を言うリュミスに謝罪し、飼育室から分けてもらったフードの皿を床に置く。


半日以上別行動をとって動き回り、さぞお腹が空いているだろうと思っていたのだが、珍しくリュミスは情報交換を優先した。


「会議の様子はどうだったって?」

「……何も決まらず。神器の能力も形も分からないことには結論の出しようがないってことらしいよ」

「そう……他には?」

「良い知らせは時間が足りないから個別の持ち物検査は見送られたってこと。悪い知らせはやっぱり時間が足りないから救援は期待できないってことかな」


リュミスはその答えを予想していたらしく、特に反応らしい反応は示さなかった。


「そっちはどうだった?」

「……厳しいわね。ネズミ一匹通さないどころか虫でも何でも領域内に入った生き物にはオートで死霊が反応して攻撃してる。真っ向から包囲を突破するのは不可能でしょうね」


それはこの都市から自分たちだけ逃亡するための算段だった。

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