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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第30話

「いやぁ、急に残業頼んじゃってすまないね。普段は僕が全部自分でやってるんだけど、今日はノエル君がいることを前提に予定組んじゃったから手が回らなくてさぁ……」


飼育室で先日保護した宝石猫の体重を量り、記録を付けながらオスカ導師が言い訳がましく謝罪する。


「いえいえ。残業代はきっちり頂くんでお気になさらず」


答えるノエルの声は明るく、言葉通り労働時間延長については全く気にしていなかった。


今ノエルが行っているのは飼育されている幻獣・魔獣の糞の始末。今日一日でたまった大小様々な糞をスコップで桶に入れているところだ。糞の量自体はさほどでもないが、飼育室の中には危険な個体もいるため、それを上手くコントロールしながら糞を回収し、四階の飼育室から地下の処理場まで運ぶのは肉体的にも精神的にも地味に重労働。楽を覚えたオスカ導師の腰が重くなる気持ちもよく分かる。故郷の村で汲み取りの仕事を手伝っていたこともあるノエルは特に作業への嫌悪感などもなく、仕切りを使って手際よく幻獣・魔獣を移動させ、糞を回収していった。


「全く、サリアは強引で困るよ。せめて事前に話を通してくれてればまだ調整しようもあったんだけどね」

「そう思うなら拒否しましょうよ」

「ハッハ~……それが出来ればとっくにやってるよ」


互いの仕事を進めながら、愚痴まじりの雑談を交わす。


ちなみにリュミスは臭いが付くのを嫌って隣の部屋に退避していた。


「彼女は面倒見はいいんだけど、その分親分肌でね。僕も世話になったことがないわけじゃないから、中々文句も言いづらくてさぁ……」

「そこはせめて姉御肌って言ってあげましょうよ。というか、そのツケが僕に来るのはどうかと思いますけどね」

「いや~、多分サリアの中じゃ僕のこととは関係なく、君はこの子たちの一件で面倒を見た舎弟って認識なんじゃないかなぁ?」


そう言ってオスカは一際小さな宝石猫の顎の下を指で撫でる。


ノエルはその光景をチラリ横目で見やり、ウンザリとした表情で口から溜め息を漏らした。


「えぇ……? 確かにお世話にはなりましたし、助かりもしましたけど、あれは憲兵隊の仕事の一環でしょ?」

「ハハッ、彼女にそんな理屈が通用するもんか」

「う゛ぇ゛~」


実際、先の事件ではサリアが融通を利かせてくれなければスムーズに事件を解決することは難しかった。それだけにノエルは『よくもそんな厄ネタを紹介してくれたな』とオスカに文句を言うこともできず、呻き声を吐くに留めた。


オスカはそんなノエルの反応を面白がるように笑って宝石猫をケージに戻す。


「それで、今日はどうだった? サリアもある程度は弁えてると思うけど、あまり無茶を言うようなら一言釘を刺しておくよ?」

「そうですねぇ──って、その前にもう二度と業務外の仕事で連れだすなって抗議してくださいよ」

「ハッハッハ」

「いや、笑い事じゃなくて……」


既にノエルの身柄について諦めたフシのあるオスカに嘆息し、ノエルは今日あった出来事を思い返して続ける。


「……特に無茶なことは言われなかったですね。占術系統の呪文を三、四回使ったかな? どれも第二階位までで事足りる内容だったし、後はこっちの姿をハッタリに使って、サリアさんが勝手に容疑者を揺さぶったくらいですよ」

「じゃあ、荒事とかは特になし?」

「……少なくとも僕は参加してません」


答えながら、ノエルはオスカがこちらが問題行動を起こしていないか確認しているのだろうなと推察した。


一応とは言えノエルはオスカに雇用されており、サリアに連れまわされている間も形式的にはオスカの指揮管理下にある。その動向を気にかけるのは雇用者として当然──と、ノエルは勝手にオスカの言動を深読みしていた。


「──って感じで、具体的にあれしろこれしろって指示があったわけじゃなくて、何か呪文で分かりそうなことがあれば教えてくれって感じでしたね」

「なるほどね~。サリアは魔術に関しちゃ素人だし、ノエル君の技量も把握してないだろうからそうなるのかぁ。にしても、僕の時よりずいぶん色んなところを連れまわされてる感じだなぁ」

「そうなんですか? まぁ、オスカ導師せんせいはお忙しいだろうから、僕みたいにホイホイ連れまわす訳にもいかないでしょうけど」

「いや、単に体力が無くて一時間以上太陽の下にいれないだけさ」

「…………」


バテて『もう動けない~』と倒れ込むオスカの姿が容易に想像でき、ノエルは自分もそうすればよかったかな、と真面目に付き合ってしまったことを後悔した。


「今日は“灰”の日だったし、お昼はエルザちゃんのところで?」

「あ、そうです。ご存じなんですか?」


ノエルが視線を向けると、オスカはガルムの頭を撫でながらその口の中を覗き込み歯をチェックしているところだった。


「うん。彼女、毎週“灰”と“黄”の日は炊き出しをしてるから、多分そうだろうなって。汚い場所で驚いたでしょ?」

「あ~……まぁ、正直」


生まれに関してはあのストリートキッズたちと大差ないノエルだが、田舎育ちの彼にとって貧民窟の汚さは未知のものであり、正直ウッとくるものがあった。


「せめて糞尿ぐらい片づけてくれてればよかったんですけどね」


そう言ってノエルは糞で一杯になった桶を部屋の隅に運び、新しい桶を準備する。この飼育室のように毎日糞尿を片付けていれば少しは臭いもマシになるのだろうが、貧民窟に限らず都市は田舎と比べそうした衛生面の管理がいい加減だ。


田舎では糞尿は肥料として活用されていたので、汲み取り屋が回収し、村の共有財産として大切に管理されていた。


「そう言えば、ここの糞って地下に運んだ後は最終的にどう処理されてるんですか?」

「ん? どうっていうか他のゴミと一緒に炉心に放り込んで終わりだよ」

「燃やすんですか? 肥料に使ったりとかは?」


ノエルの疑問に、オスカは少し考えながら答える。


「あ~……考えたこともないけど、ちょっと難しいんじゃない? ここだけじゃ大した量は確保できないから採算がとれないでしょ。それに肥料にしようと思ったら発酵させたりある程度の広さの施設がいるだろうし、農村まで運ぶ労力も考えなきゃいけないよね? もっと言うなら魔術師の身体なんて薬漬けだし、そこから出たもので野菜を育てるってのはゾッとしないなぁ」

「……確かに」


苦笑してオスカに同意する。

ノエルも含め魔術師の多くは脳に魔術のための特殊な回路を形成するため、恒常的に様々な薬品を服用している。その薬品の中には量を誤れば毒になるものもあり、そんなものが混じった排泄物で野菜を育てようなどというのは、確かに狂気の沙汰だった。


「まぁ、そういうゴミも再利用する方法がないわけじゃないけど、手間だし汚いし誰もやりたがらないからね。そんなことするぐらいだったら普通に買った方が安くつくんじゃない?」


確かにそれではまともな商売としては成り立たないだろうし、わざわざ回収する人間もいないだろうな、とノエルは都会の衛生環境が悪い理由を理解した。


「何? 臭いが駄目だった?」

「……普通にしてる分にはともかく食事をする環境としてはどうかと」

「ハハッ、確かに。一度僕もあそこでお昼をお相伴にあずかったことがあるけど、正直あんまり味を感じなかったなぁ……」


ノエルとオスカは顔を見合わせ苦笑する。


エルザやあそこで暮らしている者たちの前では言えないが、それが正直な感想だ。


「折角美味しいそうなシチューだったのに、もったいなかったです。せめてもう少しキレイなとこで炊き出しをやってれば味を気にする余裕もあったんでしょうけど」

「あ~……ひょっとしてサリアとエルザちゃん、またやり合ってた?」


ノエルの言葉に察するものがあったのか、オスカが苦笑気味に問う。


「ええ、まぁ……あの場所でやらなきゃ支援が届かない派のエルザさんと、相手と場所を選べよ派のサリアさんって感じて」

「ハハッ、その表現いいね、分かりやすい」


どうやら二人のああしたやり取りはオスカも知るところだったらしい。ノエルの表現がツボに入った様子で苦笑している。


「オスカ導師せんせいの時も?」

「まぁ、時と場所を選んで何度もやってるよ」


そこでオスカは苦笑を収め、少しだけ真面目な表情を作って続けた。


「サリア、結構キツイこと言ってたでしょ?」

「あ~……まぁ」


確かに言い方はキツかった。だが──


「でもそれも全部エルザさんを心配してのことでしょう? 一応僕もそこまで馬鹿じゃないんで、教会やマフィアの思惑とか、エルザさんの立場とか、サリアさんが何を心配してるのかは分かってるつもりですから」

「なら良かった」


ノエルがサリアに悪印象を持っていないかを心配していたのだろう。オスカは安堵した様子で顔を綻ばせた。


そして視線をノエルから外し、頭をかきながら続ける。


「サリアも色々言ってはいるけど、あれで何とかエルザちゃんの希望を叶えるにはどうしたらいいか真剣に考えてるんだよ。僕も何かいい方法がないかって相談されたこともあるしさ」

「相談……ですか?」


希望を叶えると言ってもそこには段階が存在する。ただ炊き出しの安全を確保したいという話なのか、それとも──


「うん。どうにかあの貧民窟の子供たちを更生させてやれないかって」

「それは──」


無理難題だ。絶句するノエルの反応に微笑し、オスカは続けた。


「多分、サリア自身の願望も混じってるんだろうね。ただ食事を与えるんじゃなくて、働いて、糧を得る手段を与えたいって、彼女なりに頭をひねって色々考えてたよ」

「…………」


言いながら、オスカの声には僅かに憐れみと諦観の色が混じっていた。


「本人たちにやる気があっても孤児にまともな仕事なんて回ってこない。人手はむしろ余ってるからね。無理をしても今みたいに犯罪に利用されるのがオチだ。なら彼らのために何か新しく仕事を作れないかと考えてたこともあるけど、それも難しいよね。仮に上手く仕事のネタが見つかったとしても、他の人に真似されたらそれで終わりだ。彼らにしかできない仕事なんてないし、何をしたって大抵の仕事は他の人の方が上手くこなせる」


まともな栄養も教育も与えられない貧民窟の孤児の能力は低い。常識もない。社会的信用もない。彼らは弱者だ。それはもう彼ら自身にはどうしようもない、否定しようのない事実だった。


「なら彼らのために教育の場を設けられないかと言い出したこともある。ただその為には莫大なコストと時間がかかるし、彼らのためにそれをするというのは現実的じゃない。世の中には彼らより意欲も見込みもある子供なんていくらでもいるからね。手を差し伸べるならそちらが先だ。市民権を持たない孤児のために政治家も動きはしないだろう」


そこでオスカは改めてノエルに向き直り、続けた。


「──ひょっとしたら今後サリアが君に何か無茶を頼むかもしれないし、あるいはエルザちゃんのために君が自発的に何かしてあげたいと思うかもしれない。だけどどうしようもないことはある。僕ら魔術師は人より長い手を持っているけど、決して全能ではないんだ。何を見聞きしても、あまり入れ込みすぎず、気に病まないようにね」


オスカはそのことをノエルに伝えたかったのだろう、が──


「……僕がそんなお人よしに見えますか?」

「どうだろう。案外、自分のことは自分が一番わかっていないものだからね」

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