第3話
「よい、しょっと……」
ノエルは手持ちのロープで自分たちを襲撃してきた二人組の男を手早く縛り上げる。
【誘眠】の呪文がかかった襲撃者たちは、手足を固く縛られても起きる気配がなく、呑気にいびきをかいて寝こけていた。
「さっさと殺せばいいのに」
その光景を傍らで見ていた猫のリュミスが退屈そうに後ろ足で耳の後ろをかきながら呟く。
可愛い見た目に似合わず殺意の高い相棒に、ノエルは溜め息を吐いて反論した。
「そういう訳にもいかないだろ」
「何? 拷問でもして誰から指輪の話を聞いたかとか、誰が裏にいるのかとか吐かせるつもり? こんな雑魚、どうせ大した情報持ってないわよ」
「……せめて尋問って言いなよ」
ノエルはツッコミを入れた後、かぶりを横に振って根本からリュミスの考えを否定した。
「じゃなくて。そもそも殺すつもりなんてないし、彼らが持ってる情報にも興味はない。普通に憲兵に突き出すんだよ」
「正当防衛だし、殺した方が後腐れないでしょうに」
「こうやって捕縛しておいて正当防衛は無理があるだろ」
「……あっそ」
リュミスは言い争うつもりはないのか、どうでも良さそうに大きなあくびをしてその話題を打ち切った。
そして襲撃者の二人組を細めた目でチラと観察し、腕の毛を舌で整えながら改めて口を開く。
「それにしても手口の大胆さの割に、実力もおつむもお粗末な連中だったわねぇ」
「そうかな?」
「そうよ。そっちの男なんて呪文遣いの癖してあんたの使い魔にまるで無警戒だったじゃない」
リュミスが本心から馬鹿にしているのを見てとったノエルは、彼女の誤解をとくことにした。
「一応、彼らも警戒してたんじゃないかとは思うよ?」
「どこが?」
「してたじゃないか──君に」
ノエルに見つめられたリュミスはその目を瞬かせ、やがてその意味に気づいて呆れた声を出す。
「……なに? ひょっとしてこいつら、私をあんたの使い魔だと思ってたの?」
「魔術師が知性のある猫を連れてたら、普通はそう思うんじゃないかな」
ノエルの言葉にリュミスは深々と溜め息を吐き、絞り出すような声音で吐き捨てた。
「ば~~~~っかじゃないの?」
リュミスは立ち上がり、妖術師の男に近づくと眠るその頭部を肉球でテシテシと叩いた。思いのほか深く眠りに入っているらしく妖術師が目を覚ますことはなかったが、リュミスは構わず続けた。
「私みたいに知性と気品に溢れて言葉まで喋れる使い魔なんているわけないじゃない」
「気品はともかく、高位の使い魔はたまに喋れるのもいるよ」
「なら余計にあんたみたいなひよっこが使い魔にできるわけないわね」
プライドを傷つけられぷりぷり怒っているリュミスに、ノエルはそれ以上反論せず肩を竦めた。そして上空で周囲を警戒していた本当の使い魔に念話で戻ってくるよう指示する。
『カァ~~ッ』
「お疲れ、ファウスト」
バサバサと羽音をたてて自分の左肩に降り立ったカラスに、ノエルはウェストポーチから干し肉を一欠けら取り出し嘴の前に差し出す。カラスは嬉しそうに干し肉を加えて肩から飛び降り、地面の上でそれを啄んだ。
ノエルが襲撃者を捕縛した手口は極めてシンプルなものだった。
それは襲撃者である妖術師が予想した通り”使い魔を介した奇襲”。
予想と違ったのは使い魔が猫ではなくカラスであったことと、奇襲の方法が指輪ではなくノエル本人の呪文行使であったことだ。後者はともかく、前者の誤解が襲撃者たちにとっては致命的だった。
そもそも逃げる襲撃者たちを追跡し居場所を突き止めたのは、リュミスではなくカラスのファウスト。
襲撃者たちの動きはファウストの視界を介してノエルに筒抜けだったし、わざわざ彼らにリュミスの姿を見せたのも作戦の一環だ。
狙撃ポイントに陣取ってこちらを迎え撃とうとする襲撃者に対し、リュミスの姿を見せることで彼らの意識を坂の下に向けさせる。そして無警戒の空からファウストを接近させ、使い魔を介した【誘眠】により襲撃者たちを眠らせた。言葉にすればたったこれだけのことだ。
使い魔を介した奇襲は魔術師の手口としては一般的なもので、もし彼らがリュミスをノエルの使い魔だと誤解していなければ、これほどキレイに決まることはなかっただろう。
なお【誘眠】を使用したのは便利だからで特に意趣返しなどの意図はない。
「はぁ。それにしたって、ねぇ……?」
一頻り肉球パンチで八つ当たりしたものの、リュミスは未だ不満収まらぬ様子でぷりぷり文句を言っている。その剣幕に気を遣ったファウストが自分の干し肉を差し出そうとしたが、流石にそれはリュミスも受け取ろうとしなかった。
「まだ文句言ってんの?」
ノエルは長杖の先端で襲撃者たちの周囲の地面に陣を描きながら、呆れた声を出す。
「だって少し考えれば、あんたみたいなひよっこが私みたく高位の幻獣を使い魔にできるはずがないって分かるはずでしょ? それに使い魔を警戒するにしたって、そっちに意識を向けすぎて他が疎かになってたのもいただけないわ。あと町中で大胆に奇襲してきた手口自体は悪くないけど、眠らせるとか半端なことするからこうして反撃されるのよ」
「どっち目線の批評だよ……」
立て板に水のごとくよく分からない文句を垂れ流すリュミスに苦笑する。
「別に彼らを庇うつもりはないけど、視野狭窄に陥ってたのは指輪を警戒してたせいだろうね」
そう言ってノエルは右手中指の“支配の指輪”を掲げて見せた。
「彼らからすれば、いつどんな条件で指輪の魔力が発動するかもわからないんだ。とにかく視界には入らないようにって、意識がそっちに向くのは仕方のないことだと思うよ」
「……あんたが何度もそれを使うチャンスを見逃していたのに?」
「彼らにそれは分からないだろうからね。支配されなかったのは、距離か発動までの時間に制限があるとでも考えたんじゃない?」
そう説明するとリュミスは不承不承納得したように鼻から息を吐いた。
「それと、敢えて殺傷力のない【誘眠】を使用したのは、騒ぎを大きくするのを避けるためじゃないかな。攻撃呪文を使えば音で人が集まってくるし、例え指輪を奪えても殺人となれば憲兵にしつこく追われることになる」
「官憲なんて奪った指輪の力を使えばどうとでもなるでしょ?」
「使い方も、すぐに使えるかも分からない指輪の力をあてにして行動を起こすと思うかい?」
「…………」
リュミスは反論を潰され不機嫌そうに黙り込む。しかし直ぐに何か思いついて再び口を開いた。
「なら、町の外で──」
「指輪の存在を知っているなら、人気の少ない町の外で僕の視界に入ることは避けるんじゃないかな」
「……じゃあ、待ち伏せ──」
「僕ら自身もどういうルートを進むか決めてないのに? こっちの目を気にしながらじゃ動きも制限されるし、場所を選定する時間的余裕もない。ろくな待ち伏せなんてできやしないよ」
「…………むぅ」
こちらを襲う理由がある相手ほど、どこでもかしこでもこちらに襲い掛かってくる可能性は低い。そう安心材料を提供したつもりなのだが、しかし言い負かされたリュミスはただただ不満げに鼻の頭に皺を寄せた。
ノエルは苦笑し、男たちの寝ている周囲を覆うように地面に陣を描き終える。
「……よしっ、できた。リュミス、ファウスト。危ないからそこどいて」
一匹と一羽が陣の外に出たのを確認し、ノエルは杖を構え厳かに呪文を唱える。
「『成型 拡大 固定化 浮遊 接続──【浮遊円盤】』」
ノエルの力ある言葉に従い陣に光が走ると、その下の地面が石板のように硬化し、襲撃者二人を載せてゆっくりと浮かび上がる。魔術師であればだれでも習得可能な運搬用の呪文だ。
ただし肉体労働者でも実現可能なことにわざわざ呪文を使おうとする魔術師は少数派で、実際に習得している人間はあまりいなかったりもする。
「さ、行こうか」
リュミスは歩き出したノエルの後を追いかけながら、未だ納得していない様子で口を挟んだ。
「……ねぇ? ホントに処理しなくていいの? そのままにしておいたら、また狙われるかもしれないわよ」
「別にいいさ。僕を狙ってるのは彼らだけじゃないし、今回の一件は町の人を巻き込んでの強盗だからね。突き出せば初犯でもニ、三年は出てこれない」
「…………」
「それに他に余罪でもあれば、報奨金がでるかもしれないよ?」
殺さずに突き出す方がメリットが大きいと笑うノエルに、リュミスはぴょんと彼の肩に飛び乗り、そういうことではないと彼の耳を甘噛みした。
「いてっ」
「馬鹿。指輪を使って処理すれば、殺さなくても二度と襲われる心配はないし、お金なんか巻き上げ放題じゃない」
呆れと心配の混じったリュミスの声音に、ノエルは苦笑の色を濃くした。
近すぎて互いの表情がうかがえない距離感で、リュミスはなおも続ける。
「別に悪いことをしろって言ってるわけじゃないのよ。自分たちの安全のために悪人を少し矯正するだけ。誰も損はしないし、不幸にもならない。貴方が何か代償を支払う必要もない。これは力を正しく使って、みんなが幸せになる話でしょ?」
「代償はあるさ」
静かな声音で、しかしノエルはハッキリとリュミスの提案を拒否した。そしてもう一度繰り返す。
「代償はあるんだ──必ずね」
「……頑固ねぇ」
ノエルの言葉にリュミスは呆れた風に目を細め、彼に分からない程度に柔らかく微笑む。
「本当に大切な選択を迫られた時にも同じことが言えるかしら?」
試すような、無理に決まっていると言いたげな言葉。ノエルはそれに気負うことなく応じた。
「そんな選択をしなくて済むように、今頑張ってるんだよ」
「…………そう」
その相槌にどんな想いが込められていたのか、それを発したリュミス自身さえ理解していなかった。
エピソード1終了。
今日は後、1~2話投稿予定。