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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第27話

「そう言えばお鍋の中まだ結構な量が残ってますけど、残りはどうするんですか?」


食事を終え、ノエルはエルザにふと気になっていたことを尋ねる。


炊き出しのシチューは鍋の中にまだ四分の一ほども残っていた。ノエルは最初に指示された通りの分量を配膳していたが、途中からもっと多めによそってもよいのではと感じていた。


お代わりを欲しがるリュミスを押さえ込み「追加で配膳するなら手伝いますよ」とアピールする。


「あ、いいの。これはそのまま運ぶから」

「持って帰るんですか?」

「ううん。そうじゃなくて──」


エルザは一瞬手伝いを断るような素振りをみせたが、しかし直ぐに申し訳なさそうな表情を作って続けた。


「──ごめん。やっぱり手伝ってもらってもいいかな? さっきあんなことがあったばかりだから、一人で行くのは少し怖くて」


当然、誰にも否などあろうはずがなかった。




エルザが向かったのは炊き出しをしていた場所から路地を更に二区画分ほど奥に入ったところにある廃教会だった。


「……見られてるわね」


肩に乗ったリュミスが他の二人に聞こえないよう小声で囁く。


その警告の意味はノエルにもすぐわかった。あちこち崩れた建物の穴や影から、たくさんの視線が彼らを観察している。


憲兵であるサリアがその視線に気づいていない筈がないが、彼女は全く警戒するそぶりを見せない。


「…………」

『…………』


エルザは無言で鍋を廃教会の前に置く。視線の主に語り掛けることも視線を向けることもしない。


「さ、行きましょ」


そして彼女はそのまま廃教会に背を向け、サリアとノエルにニコリと微笑んだ。


「…………」

「…………」

「…………」


そのまま無言で一区画分ほど歩いたところで、沈黙と疑問に堪えられなくなったノエルが口を開く。


「……今のは?」

「ひねたガキどもの溜まり場よ」


答えたのはエルザではなくサリアだった。


「姉さん、言い方──」

「事実でしょうが」


窘めるエルザに不機嫌そうに吐き捨て、サリアは説明を続けた。


「あそこにはね、この辺りでも特にひねた質の悪いガキどもがたむろしてんのよ」

「質が悪い?」

「そ。スリ、置き引き、カツアゲ、詐欺や薬の売買の幇助etc……平たく言えば私がしょっ引いてるような連中ね」


その説明を聞いても特に驚きはない。ある程度大きな町であれば、そうした犯罪に手を染める孤児の集団など珍しくないからだ。


田舎育ちのノエルからすれば、そんな子供が処分されるでもなく許容されている都会は優しいな、という感想しかない。


むしろそうした集団にサリアが一々苛立ちめいた感情を見せていることこそが──


「……意外ですね」

「何が?」

「サリアさん、今日捕まえた犯罪者れんちゅうには凄く淡白な反応だったんで。そんな風に苛立つこともあるんだなと思って」

「ああ~……うん。まぁね」


サリアは指摘されて初めて自分の感情に気づいたようで、後頭部をかきながら軽く息を吐く。


「ほら。今日捕まえた連中はシンプルなクズだったから。金が欲しいから金を盗んで、腹が立ったから人を殴って、殺して──そういう分かりやすくてどうしようもない連中は、とっ捕まえて牢にぶち込む以外ないでしょ? 今さら何も思うところはないんだけど……あいつらみたく意味不明な理由で悪さに手を染める連中は正直見ててイライラするわね」

「意味不明……ですか?」


サリアの言っている意味が分からずノエルは首を傾げた。


「そうね……ノエル君は、あいつらが一体何が欲しくて悪さしてるんだと思う?」


問われて少しだけ考える。

悪さをすること自体に意味を見出せるのは余裕のある恵まれた連中だ。そんな人間はこんな貧民窟にはいないし出入りもしない。であれば彼らが求めるものはよりシンプルで切実なものだろう。


「そりゃ金じゃないですか? 飯を食うにもここから抜け出すにも、何をするにも金は必要でしょ」

「う~ん、全くの外れでもないけど、ちょっとズレてるわね」


サリアは面白そうに笑って続けた。


「あいつらが求めてるのはもっとシンプルよ。日々の食事と、安全な寝床──後はちょっぴりの娯楽かしらね」

「? それは……金と同じことじゃ──?」


言いかけたノエルを、サリアは首を横に振って否定した。


「ノエル君がそう思うのは、君にとって、お金が何にでも変えられる万能ツールだからでしょ? でもここの連中──特に子供たちにとってはそうじゃないの」

「???」

「例えば君がその辺のお店の店主だとして、店に見るからに孤児と分かる子供がまとまったお金を持ってやってきたら、君はどんな反応をする?」

「それは──」


ノエルはサリアが言いたいことを理解した。


見るからに親の庇護を受けておらず、金を稼ぐ手段のない子供。そんな子供が金を持ってやってきたら、その金は間違いなく後ろ暗いものだと判断し、購入を断るか通報するかするだろう。逆に自分が悪い商人だったなら、上手く騙くらかして彼らから金を巻き上げようとするかもしれない。


つまり彼らは金を持っていても使えない。少なくとも真っ当なルートでは。


「真っ当な商人なら、いくらお金を持っててもあんな連中相手にしない。裏の商人なら相手にはしてくれるかもしれないけど、足元見られて雀の涙ほどの食料に変わるのが関の山。むしろ金なんて持っててもヤバイ連中に目を付けられるだけでしょうね」

「……だから食事や寝床、ですか」

「そう。あの連中が欲しがってるのは、要するにその程度のものなのよ。それ以上のものはあの連中の世界には存在しない。悪さしたところでその先がないんだもの。だから本当なら素直に炊き出しにくればそれで丸く収まるのよ」


そこでサリアはチラリと背後を振り返り、大分小さくなった廃教会に視線をやり、鼻を鳴らす。


「なのに自立だの施しは要らないだの分かったようなことほざいて人様に迷惑かけてるんだから救いようがないわ。いっそ──」

「それぐらいにして、姉さん」


ほんの少し硬い表情で言葉を遮ったのは、それまで黙って話を聞いていたエルザだ。


「姉さんの言いたいことは分かるけど、あの子たちの周りにはその善悪を教えてくれる大人もいなかったのよ。今更私たちが安全な場所から正論を言ったところであの子たちには届かないわ。でもそれはあの子たちにはどうしようもないことでしょう?」

「ハハ、届かないどうしようもない、ね──ならこんな施し自体が無意味なんじゃない?」

「そうじゃなくて──ううん、確かに意味はないのかもしれない。だけどあの子たちがいつか立ち直る切っ掛けを手にしたその時のために、せめて手を差し伸べることだけは止めたくないの。そういう人間がいたって記憶は、いつかきっとあの子たちの救いになる筈だから」

「そうやって甘やかすからあいつらが勘違いするんじゃないの? 人間そう簡単には変われない。特に変わりたいって意思のない奴ならなおさらね」

「…………」

貧民窟ここでの活動を止めろとは言わないけど、せめて相手は選びなさいな。喋れる口があるのに、助けてくれとも言わない人間に手を差し伸べる価値はないわ」

「……でもね、中には他の子の手前自分の意見を言えない子も──」

「でもじゃない! 大体──」

「そうは言うけど──」


そんな二人の言い合いを一歩引いて眺めながら、ノエルは大体の事情を理解する。


──キツイこと言ってるけど。多分サリアさんは教会の思惑を察してるから余計に止めさせたいんだろうなぁ……


ノエルは憐れむような視線でエルザを見つめていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「俺がエルザにコナかける理由? お前、今さらそんなことを聞くのか?」


都市にいくつもあるカモーレ・ファミリーのアジトの一つ──薄汚れたBARの個室で、ロッソは葉巻をくゆらせながら部下からの質問に呆れた声を出した。


「い、いやぁ……別にロッソさんの趣味にケチつけるつもりはないですけど、エルザの周りはあの憲兵がガッチリガードしてて面倒じゃないっすか。ミルコの奴なんて、骨折られたショックで熱出して寝込んじまってるんすよ? ロッソさんが胸の薄い女が好みだってんなら他に幾らでも──うぎゃ!?」


ロッソが葉巻の火を部下の額に当てて消し、大きなため息を吐く。


「アホ。人を勝手に幼女趣味ロリコンにするんじゃねぇ」

「ち、違ったんすk──ぶほっ!!?」


余計なことを言った部下を蹴り飛ばして黙らせる。ロッソはそのやり取りを横で見ていたもうひとりの部下をジロリと睨みつけ、恫喝するように言った。


「……まさかと思うが、お前ら俺のことをそんな風に思ってやがったのか?」

「いえまさか! 馬鹿はこいつだけです! ただ……」

「ただ?」

「いえその……改めてエルザにちょっかいかける理由ってのを聞いたことがなかったもので、どうしてなのか不思議に思ったことはあります」


正直に言った部下にロッソは内心『そういや説明してなかったか?』と反省。そのことをおくびにも出さず芝居がかった仕草で溜め息を吐いた。


「……はぁ~。お前ら、少しは自分で考えるってことができねぇのか?」

「申し訳ありやせん」

「まあいい。エルザにコナかける理由? んなもん、あの女がいりゃ貧乏人共を取り込むのに便利だからに決まってるだろ」


その言葉通りロッソの思惑はシンプルだ。


何年も貧民窟で奉仕活動をしてきたエルザは住民たちからの人気が高い。それは彼らマフィアからすれば邪魔でしかないが、もし彼女をマフィア側に取り込むことが出来れば貧民窟でのリクルート活動は今まで以上にスムーズに進むだろう。


その理屈は部下にも分かる、が──


「──ま、実際にアレが俺に靡くことはねぇだろうがな」


クックッとロッソが自ら否定するような言葉を口にして薄く笑う。


分からないのはそこだ。ロッソは商売女には滅法モテるが、僧侶のエルザはその対極に位置する。ロッソが言い寄ったところで彼に靡くとは考えにくいし、実際に今日までその気配は全くない。エルザからすればただの嫌がらせだろう。


「それじゃただの嫌がらせだって顔してるな?」

「は、いや……」

「いいんだよ、嫌がらせで」


口ごもる部下を嗤いながら、ロッソは説明を続けた。


「こっちに取り込めないなら別にそれでも構やしねぇ。要はエルザがあそこから手をひいてくれりゃ貧乏人共は俺らしか頼るもんがなくなるわけだからな」

「そりゃあ……でも、なら何でこんな回りくどい真似を? 手を引かせるだけならエルザを脅すなり攫うなりすりゃあいいじゃないですか」


そうすれば自分たちもあんな面倒な真似をしなくて済むのに、と顔に書いてある部下をロッソは鼻で嗤った。


「馬鹿野郎。ちったぁ頭使えって言ってるじゃねぇか。それをしちまうと面倒な連中が出てくるかもしれねぇだろ」

「面倒……サリアのことですかい?」

「アホ。あんな女、その気になりゃどうとでもなる。面倒って言ってるのは教会の方だ」


そう言われて部下は首を傾げる。

確かにエルザは教会所属の僧侶だが、所詮は下っ端だ。貧民窟での炊き出しなんてやらされているのがその証拠。あんな女一人のために一々教会が自分たちとことを構えるだろうか?


そんな彼の考えを見透かすように、ロッソは薄ら笑いを浮かべ続けた。


「分かってねぇな。そもそも何で教会はエルザをあんな場所に寄越してると思う?」

「え? それはエルザが自分で希望したからって話じゃ──」

「そりゃ表向きの理由だ。考えてみろ。炊き出しだってタダじゃねぇ。エルザ個人で払うのは無理があるし、当然教会が費用を負担してる筈だろ? だが貧乏人共に恵んでやって教会に何のメリットがある?」

「そりゃあ、信者の獲得じゃないですかい」


部下の答えにロッソはワザとらしく頭を抱えた。


「かぁ~っ! 馬鹿だねぇ。貧乏人の信者なんて何の役に立つよ? むしろあんなのが同じ信者だなんつったら、金持ち連中が嫌がって逃げてくんじゃねぇか?」


ロッソの言い方はアレだが、実際、貧民窟に住む人間のほとんどは一生そこから這いあがることなく死んでいく。寄進など期待できないし、能力が低く素行も悪いので教会からすれば労働力や兵隊としても使い勝手が悪い。彼らが信者となったところで教会にリターンが見込めないというのはその通りだった。


対外的なアピールにしたって貧民窟への支援は決して賢い手段ではない。仮に貧民窟の人間が悪さをすれば、彼らを支援した教会の評判が下がる事だって有り得るのだから。


「じゃあ、何で教会はエルザの希望を受け入れたんですか?」

「そりゃ、俺たちの手駒を削るためだろ──分かるか? 教会は別に貧乏人なんて見ちゃいない。あいつらが見てるのは俺らマフィアだ。俺らの戦力を削るために、わざわざ貧乏人共に餌をやってるんだよ」


慈善活動の結果としてマフィアに流れる人間が減るのではなく、マフィアの戦力を削ることこそが目的なのだ、と。


「……理屈は分かりますが、そりゃ少し穿ち過ぎじゃありませんか?」

「そうか? だがな、もし本気で教会が貧乏人共を救いたいと考えてるのなら、炊き出しだけして何の意味がある? 連中は結局金を稼ぐ方法も知らなけりゃ、働く場所もねぇんだ。その日の飯を与えても根本的な解決にゃなりゃしねぇ。本気で救うつもりなら、貧乏人共に仕事を与えて自立する方法を学ばせるべきだろ」


ロッソの言っていることは正論だ。しかし──


「単にそこまで頭が回ってないってこともあるでしょう?」

「ねぇよ。信仰なんて形のねぇもんで商売してる詐欺師の財布がそんな緩いもんか。リターンも成果もねぇ慈善活動をダラダラ続けられるほど甘い組織じゃねぇさ」


ロッソは断言し、そこでなぜか憐れむような表情を浮かべて続けた。


「そういう連中が、奇跡を授かった見てくれのいい尼僧をリスクの高い慈善活動に従事させてる──おかしいと思わねぇか? お前が言ったみてぇに、エルザが俺らみてぇなのに目を付けられて何かされるリスクは低くねぇ。エルザはあれで教会にとっても貴重な人材なんだ。使い道はいくらでもある。それを無駄金出してまで危険に晒す理由は何だ?」


そこまで言われて、部下はロッソの言わんとすることを理解した。


「つまり、エルザは囮ってことですか?」

「さてな。俺らが手を出したところを押さえようとしてるのか、それともワザと殺させでもして火種を作ろうとしてんのか、貧乏人共のために殉死した聖女にでもするつもりなのか……何にせよ直接攻撃すんのはうまくねぇ」

「……なるほど。それでアレですか」

「そういうこった」


ロッソはエルザに悪意を向けていない。


悪意を向ければ、それに対し相手は払いのけ、あるいは反撃するという手段をとることができる。無論、相手にそれが出来る力があることが前提だが、少なくともそこには加害者と被害者の関係が成立した。


しかし好意はそうはいかない。そこには表向き相手を害する意図はないし、過度な拒絶はそれ自体が狭量ととられかねない。


時に好意は悪意より暴力的だということを、彼らマフィアは良く理解していた。


「ま、そうは言っても、俺はエルザをどうしても排除したいわけじゃあねぇ。あいつがその気なら、本気で可愛がってやってもいいとは思ってるんだぜ?」


部下が『また適当なことを』と言いたげに片眉を吊り上げると、ロッソは肩を竦めて続けた。


「かわいそうな女じゃねぇか。教会はおろか、味方面した憲兵隊も、手を差し伸べた貧乏人共さえあいつを利用することしか考えてねぇ。俺にだって多少の慈悲ってもんがあらぁな」


そう口にしたロッソの瞳には、心からの憐れみが浮かんでいた。

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