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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第25話

「ぐぅっ!? このアマ、いきなり何を──グギャァッ!?」


サリアは女性の腕を掴んでいたゴロツキの手を取って捻り上げ、有無を言わさず地面に叩き伏せ踏みつけた。


その容赦のない行動に敵味方問わず一瞬呆気にとられる一同。だが仲間の悲鳴に残る三人のゴロツキはハッと我に返り、サリアに掴みかかる。


「アマデオを放しやがれ!!」

「俺たちを誰だと思って──」


この時、憲兵を名乗ったサリア相手に、殺意のある“攻撃”ではなく仲間を助ける“制止”を選んだあたり、ゴロツキたちもまだ冷静な判断力を残していたのだろう──そしてそのことが、この場では災いした。


「──ブゥッ!?」

「ゲハッ!!」

「ちょ、ちょっと待て! 俺らは別に何も──ガハッ!!」


サリアは腰に下げていた旋棍トンファーを素早く構えると、武器を構えているわけでもない相手を一切の容赦なく叩きのめしてしまった。警告とか専守防衛とか知ったこっちゃないと言わんばかりの思い切りの良さ。サリアが突入して三十秒とかからずゴロツキ四人組は地に伏せ、呻き声を上げていた。


「……ふん、クズ共が──と、大丈夫、エルザ?」


サリアはゴロツキどもが完全に戦闘力と戦意を喪失していることを確認した後、思い出したように絡まれていた僧衣の女性に話しかけた。


「え、ええ……サリア姉さん。私は大丈夫なんだけど、その……」


エルザと呼ばれた僧衣の女性は戸惑った様子でサリアに応じる。


姉さんと呼んではいるがエルザは銀髪蒼眼で小柄。一方のサリアは赤髪金目で長身と見た目にまるで共通点がなく、少なくとも血縁上の姉妹ではなさそうだ。


エルザは倒れ伏したゴロツキどもに戸惑った視線を向け、言いづらそうに口をもごもごさせた。そんなエルザの意志を代弁したのは皮肉にもサリアに倒されたゴロツキの一人。


「な、んで……俺らは、ちょっとそいつを、メシに誘ってただけで、何も、してねぇ、のに……」

「…………」


ゴロツキの息も絶え絶えの抗議にサリアはスンとした表情になる。そして助けたエルザや、一部始終を見ていた周囲の浮浪者や孤児たちに視線を向けた。


「…………」

『…………』

「…………そうなの?」

『…………(コクリ)』


全員、無言で肯定する。


「…………」


周囲のジト目から逃れるようにしばし天を見上げるサリア。そして彼女は地面に倒れ伏すゴロツキどもに視線をやると、シレッと悪びれることなく言ってのけた。


「……今日のところは見逃してあげるわ。次見かけたらぶち殺すから、とっとと私の前から消えなさい」

『ふっざけんなぁぁぁぁっ!!』


ゴロツキどもがバッと起き上がり、流石にそれはないだろうと猛抗議する。


「テメェ、誤解で人を殴っといてその言い分はねぇだろう!? それでも官憲か!?」

「せめて一言謝れや! 今時鉄砲玉だってもうちょい筋通すぞ!」

「つか、これ見ろや!? 俺の腕、スゲェ腫れてんだけど治療費どうしてくれんだ!? 当たり屋とかじゃなくて、マジで! 俺らの相手してくれるような医者は治療費だって安かねぇんだぞ!?」


ゴロツキどもの抗議は至極もっともに聞こえたが、サリアは小指で耳をかきながら悪びれることなく吐き捨てる。


「……うっさいわね。マフィア風情が偉そうに。あいにくこの街にはあんたらみたいな日陰者を守る法なんてないのよ。筋だのなんだのもっともらしいことほざいてるけど、そういうのはまっとうに生きて人権の一つも手に入れてから言いなさいな」

『…………』


そのあんまりな言い分にゴロツキだけでなく周囲の浮浪者たちも言葉を失う。というか、どう考えてもこの場で憲兵が口にしてよい言葉ではなかった。


──まぁ、言い方はあれだけど、この場で非を認めてもいいことないしね。


後ろでその様子を見ていたノエルはサリアの言動をそう評価した。

ここでサリアが対応の非を認めれば、相手を付け上がらせ今後の介入が難しくなる。そうなれば実際に困るのは問題行動を起こしたサリアではなく、絡まれていたエルザたちの方だ。ゴロツキどもからのヘイトをかったり、後からその行動を問題にされることがあろうと、影響をサリア一人に留めるという意味でサリアの行動は間違ってはいない。


ノエルはサリアの言動が“素”である可能性に目を瞑り、彼女の言動をそう好意的に評価した。


だがノエルがどう評価しようが、サリアの言動がゴロツキ──いや、マフィアに喧嘩を売っているのは間違いない。


「クックッ。相変わらず威勢がいいなぁ、サリア」


予め近くで様子を窺っていたのだろう、路地の反対側から金髪の巨漢が姿を見せた。男はただデカいだけでなく、持久力と瞬発力を兼ね備えた実戦向きの身体つきをしている。


男の登場に、それまで余裕のあったサリアの表情に苦いものが混じった。


「……ロッソ」


ロッソと呼ばれた巨漢は余裕たっぷりな笑みを浮かべてサリアに近づくと、倒れたままの部下たちを雑に蹴りつける。


「オラ、馬鹿ども。何時まで寝てやがる──俺に恥かかせんな」

『────!』


決して声を荒げたわけでもないのに、ゴロツキどもが顔に本気の恐怖を浮かべて立ち上がる。この短いやり取りだけで、ロッソがどれほど畏怖されているかがよく分かった。


そしてロッソはサリアの背後にいるエルザに凶悪な笑みを浮かべ口を開く。


「よぉ、エルザ。馬鹿どもが迷惑かけちまったみてぇで済まなかったな」

「…………っ」


エルザはビクッと身体を震わせ、サリアの背に身を隠す。サリアは彼女を庇うように腕を広げ、鋭くロッソを睨みつけた。


「迷惑だってことがわかる程度の脳みそがあるなら、しょっ引かれる前に手下ども連れてとっとと失せなさい。今なら手下の不始末を嗤うだけで見逃してあげるわ」

「くはっ、ひでぇ言い草だなぁ? 俺はただ飯でもどうかと思ってこいつらを遣いに寄越しただけだぜ?」

「何? でかい図体して自分で女も誘えない玉無しなわけ? キッモ~ッ」

「気遣いができると言って欲しいね。大事な奉仕活動の邪魔をしちゃ悪いだろ? 俺が出て行きゃどうしたって周りがビビっちまうからなぁ──今のお前さんみてぇによぉ」

「は? 誰がビビってるって?」


対等に張り合っているように見えるが、余裕があるのは明らかにロッソの方だ。


ノエルに戦士の力量は分からない。サリアの実力も憲兵としてはかなり上位に入る筈だが、態度や口ぶりからするとロッソはそのサリアより更に上に思える。


──どっちもこの場でやり合いたいわけじゃないだろうけど……


サリアは憲兵としてマフィア相手に引くことはできない。


ロッソも憲兵であるサリアにここまで好き勝手振る舞われて簡単には引き下がれない。


どちらも面子の問題。


こうなってしまえば自分の意志で場を納めることは難しい。


その上でこうした状況では単純な力がモノを言う。もしぶつかれば不利なのはお前だぞとロッソは無言の圧をかけていた。


サリアもそのことは理解しており、睨み合いを続けながら内心エルザたちの安全を優先し頭を下げるしかないかと臍を噛む──


──しゃぁないな。


「……鍋の火が消えちゃってますね」

「え? あ……ホントですね」


その張り詰めた空気の中、呑気な声がその場に響く。


ロッソと周囲のゴロツキたちは場に水を差した空気の読めない愚か者にギョロリと鋭い視線を向けた。


「『火精 付与 点火──【着火ティンダー】』」


しかし次の瞬間、ノエルの呪文で炊き出しの鍋に火が灯り、ロッソたちの目は大きく見開かれる。


文字通り眼中になかったということか。ノエルの存在に──この場に魔術師がいることに気づいていなかったらしい。


「……テメェは?」


ロッソが僅かに固い声音でノエルに問いかける。ノエルはなんてことない風を装い、答えた。


「僕ですか? 僕は学院の仲介を受けて、本日そちらのサリアさんの仕事に帯同している者です」


その答えにロッソは思わず舌打ちしそうになった。


彼らマフィアと憲兵とは元々犬猿の仲なので、多少揉め事が起きようと大した問題にはならない。いや、問題ではあるのだが、面子を損なうことの方がより大きな問題と言うべきか。


しかしそれとは別に中立の学院を敵に回すのはいかにも拙かった。追い払おうにも、憲兵隊から正式に依頼を受けている最中となればそれも難しい。もしこの場で衝突を起こし、学院の生徒を巻き込んだとなれば──


「……まあいい。素人さんに迷惑かけんのは俺も本意じゃねぇ」


リスクが損なわれる面子を大きく上回り、ロッソはあっさり態度を翻した。ノエルという魔術師の存在が、ロッソに引く大義名分を与えたとも言える。


「──サリア。テメェも少しは考えて動くこったな。もうお転婆が通じる歳でもねぇんだからよ」

「余計なお世話よ!!」


去り際にチクリとサリアに釘を刺し、部下たちを引き連れて去っていくロッソ。


致命的な衝突が避けられたことにその場にいた全員がホッと胸を撫でおろした。

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