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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第24話

時間軸が現在に戻って新エピソード。

「さあ、次行くわよ!」

「…………」

「…………」


意気揚々と先陣を切って進む赤髪の美女サリアの後ろを、ノエルとリュミスが無言で続く。一人と一匹の表情はあからさまにウンザリしていて、前を歩くサリアとは対照的だった。


「この後は空き巣被害の聞き込みね。中には容疑者候補も混じってるから、追い込みをかける時は慎重に行きましょう!」

「……それはいい──いや、よくはないんですが」


マイペースに仕事の説明をするサリアに、ノエルは曖昧な前置きを挟んで疑問を口にする。


「そもそも何で僕が憲兵隊の仕事を手伝わされてるんでしょうか?」

「え?」

「…………」

「…………」


サリアは振り返り、今さら何を言っているんだと目を丸くする。


しばし二人は見つめ合い、話が進む気配が全くなかったのでノエルは重ねて疑問を口にした。


「いや、だから……僕はオスカ導師せんせいの助手として雇われてた筈ですよね? それが何で導師せんせいの仕事と全く無関係なサリアさんの手伝いをしてるんでしょう? 最初はオスカ導師が関わってる案件なのかなと思って言われるがままついてきたんですが、どうもさっきから全然導師も学院も関係ない傷害やら詐欺やら窃盗やらの事件捜査ばかりで──」

「そりゃそうでしょ。実際オスカと私の仕事は無関係だし」


悪びれることなく言い切るサリアにノエルが絶句する。


それでもノエルは大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせ、確認するように言葉を続けた。


「……ふぅ~。えっと、じゃあひょっとして今僕は、オスカ導師の助手のバイトとは無関係に、サリアさんの仕事を手伝わされてるってことですか? だとしたら僕は今、オスカ導師に雇われた仕事の拘束時間中ですから、研究室に戻らないと──」

「大丈夫! オスカには借りるねって言ってあるから!」


サリアはすごくいい笑顔でウインクし、親指を立てて続けた。


「そもそも部屋の片づけとか資料の整理とか本来オスカが自分ですべきことでしょ? 君に頼って楽を覚えたら余計駄目人間になるからね。言わばこれはオスカの自立を促す人助けなのよ」

「それを言ったらこの憲兵隊の仕事も、本来サリアさんが一人ですべきことなのでは?」

「捜査協力は市民の義務です!」

「……助手として雇われたはずなのに当初の約束と全く異なる仕事をさせられるっていうのは、雇用契約違反にあたりますよね?」

「アハハ、それを取り締まるのは私だよ?」

「…………」


──それを言っちゃうんだ……


ノエルは無言で雲一つない空を見上げ、その足をリュミスが慰めるようにポンと叩いた。




ノエルとリュミスが出会い、旅立ってから四か月目。


彼らは情報収集と路銀集めのため、自由都市ルベリアに滞在していた。


ルベリアを訪れて早々に宝石と幻獣にまつわる事件に巻き込まれたノエルは、その事件が切っ掛けで学院の研究者オスカ導師と知己を得、運よくその助手として雇われることができた。


助手の仕事は安定していてそこらの日雇い仕事よりよほど高収入。正式に学院に所属しないかと誘われた時は、追われる身でなければと少し真剣に悩んでしまった。


ちなみに学院本部から追われているノエルが、支部とは言え学院に出入りしていることに関しては特に問題はない。


大前提として、ノエルが所持する神器『支配の指輪』のことを把握しているのは、シルバーリーフにある学院本部──その上層部に連なる一部の人間だけとなっている。彼らは自分たち以外の者が指輪を手にする可能性を恐れ、神器に関する情報を秘匿していた。最近では学院に雇われた追手の内、口の軽い一部の者たちから情報が漏れ、裏社会で噂話が広まりつつあるが、それにしたって正確な情報を持つ者は少ない。仮に学院支部の魔術師がその噂話を聞いたところで、よくあるホラ話だと鼻で笑うレベルの内容だ。


更に学院本部はノエルが持つ指輪を本物ではなく偽物──目くらましのための囮であろうと予想していた。念のためにと人を使って追わせてはいるが、彼らの本命はあくまでノエルの師であるサイラス導師。今のところノエルに対する手配や調査はいい加減なものでしかなかった。


そういった事情もあり、現在ノエルを追っているのは基本的に学院外部の非魔術師。学院は魔術師以外が出入りすれば非常に目立つので警戒しやすい環境だ。また学院に追われているノエルが学院に出入りしているというのは追手にとっても盲点だろう。


つまり金銭面でも安全面でもオスカ導師の研究室は最良の環境だったのだが……何故かノエルは導師の古馴染みの女性憲兵に連れ出され、こうしてよく分からない事件の捜査の手伝いをさせられている。


研究室から連れていかれる際、オスカ導師が何とも言えない表情でこちらを見ていたが──そこは見るだけでなくちゃんと止めて欲しかった。




「いや~、しかし魔術師ウィザードってのはホント便利ね。ノエル君、このままうちに雇われるつもりない?」

「ありません」

「ありゃま、残念」


ノエルにすげなく断られながらも、サリアは終始上機嫌だ。言ってみただけというのもあるが、想定以上に捜査が順調に進んでいるというのが大きかった。


魔術師と事件捜査は実のところ反則的に相性が良い。人の思考や記憶を読んだり過去を覗き見ることが出来る高位の導師は言わずもがなだが、例え駆け出しレベルでも術で盗まれた物の大まかな位置を割り出したり、【対人魅了チャーム・パーソン】──対象に術者を親友と誤認させる程度の精神操作──で容疑者から情報を引き出したりと、魔術師に出来ることは非常に多かった。また犯罪者の多くは魔術師を見ただけで露骨に警戒し、行動があからさまに不自然なものとなる。中には勝手に自分の犯罪が暴かれたと勘違いして襲い掛かってくる者もいて、そうした愚か者はサリアによって返り討ちにされ逮捕されていた。


サリアとしてはノエルを連れ歩いているだけで溜まっていた事件が次々解決していくのだから、上機嫌にならない理由がない。『期初なのにもう今期のノルマ達成、ボーナスアップ確定~♪ ワッフ~♪』と鼻歌を歌っていたが、下手に何か言って報酬でも貰ってしまえば引き返せなくなりそうな気がしたため、ノエルは全力でツッコミをスルーした。


「僕じゃなくても、魔術師ならオスカ導師本人かその伝手で誰か紹介してもらえばいいんじゃないですか?」


代わりにノエルが口にしたのは現実的な提案。しかしサリアはあっさり首を横に振った。


「無理。学院所属の魔術師を雇うと高いもの」

「……その言い方だと、僕が“安い”みたいでヤなんですけど」

「だって実際、費用はオスカ持ちだからタダだし──ああ、帰らないで! ノエル君が安いっていうか、あいつらが高すぎるのよ!」


本気で帰ろうと踵を返したノエルを引き留め、弁解する。


「ほら、学院の魔術師って、仕事頼む時の最低費用が決まってるでしょ? 簡単な仕事でも結構な値段とられるし、憲兵隊うちの予算じゃどうやったって賄いきれないのよ」

「ああ、そういう……」


言われてノエルは、そう言えば学院にはそういう規定もあったな、と思い出した。


学院の構成員はダンピングを防止するため、外部から仕事を受ける際には階級と仕事内容に応じて徴収すべき最低費用が規定で定められている。そしてその最低費用は、駆け出しが初級の呪文を一度使うだけで庶民の一日分の収入が飛ぶレベル。とても気軽に捜査に使えるようなものではなかった。


だがはぐれの魔術師で正式な学院の構成員でないノエルなら、そうした規定に縛られることなく、しかも今回はオスカ導師の予算で好き勝手できる。


「偶にならオスカにロハで手伝わせることもあるんだけど、あんまり大っぴらにするとオスカも学院での立場ってものがあるからねぇ……」

「……僕を使うのもかなり黒よりのグレーですけどね」


いくらノエルが学院の構成員ではないとはいえ、あまり大っぴらに魔術師として仕事を受けていれば、学院から睨まれる可能性は否定できない。学院にノエルの行動を掣肘する権利はないにせよ、やり過ぎれば警告ぐらいはあるだろうし、無視すれば嫌がらせを受けたりブラックリストに載せられ学院の施設を利用できなくなるかもしれない。追われている身の上としては流石にそれは遠慮したかった。


「ホホホ、大丈夫よ。何かあったらオスカに責任取らせるから」

「……お願いしますよ」


ホントに。仕事が終わったらオスカ導師に念押ししておこうと心に決め、ノエルは今日のところは諦めてサリアに付き合うことにした。


「──と、そう言えばそろそろいい時間ね。ノエル君、お腹空いたでしょ? ご飯食べに行きましょ」

「いや、僕は──」

「ミャン!」


僕は昼はあまり食べない主義だと言おうとしたノエルの言葉を遮り、リュミスが嬉しそうに反応する。


「お、そうかそうか。猫ちゃんもお腹空いたか~」

「ミャ~」

「よしよし。それじゃ、お姉さんが美味しいところに連れて行ってあげよう~」

「ミャ、ミャ~ン」

「…………」


勝手に意気投合する一人と一匹に口を挟むこともできず、ノエルは溜め息を吐いて後を追う。この雰囲気ならサリアの奢りだろうし、食べられる時に食べておいて損もあるまい。


だがサリアは飲食店のある繁華街とは真逆のいかにも治安の悪そうな区域へと足を進めていく。いや、こうした場所に隠れた名店があるという可能性も否定はできはないが、それにしたって──


「……あの~?」

「うん?」

「安全面とか衛生面とか諸々、とても食事に向いた場所とは思えないんですけど……?」


汚物が道端に散乱していてツンとキツイ臭いが鼻を突く。例えこの先に凄腕料理人がいたとしても、あまり食事をしたいと思える環境ではなかった。


「大丈夫大丈夫」

「いや、大丈夫っていうか、どこに──」


──ドンッ!


キョロキョロ視線を巡らせていたのが良くなかったのかもしれない。ノエルは建物の角を曲がって走ってきた人影を咄嗟に避けられず、正面からぶつかってしまった。


「いてっ!?」

「っ! 邪魔なんだよチビ!」


ぶつかってきたのはノエルと同年代ぐらいの黒髪の少年。体格で劣るノエルは吹き飛ばされて地面に尻もちをつくが、相手は謝りもせずノエルを見下ろし睨みつけてきた。


流石にこれにはノエルもイラッとして、少し脅しつけてやろうかと長杖スタッフを握りなおす──


「こ~ら! 人にぶつかっといてその言い草はないでしょ」

「うわっ!? は、離せ!」


ノエルがやり返すより速く、黒髪の少年は憲兵のサリアに首根っこを掴まれ、ヒョイと宙づりにされていた。


暴れる身体を器用に抑え、サリアはお説教をしようと少年の顔を覗き込む──と。


「……あれ? コートじゃない」

「──っ!」


どうやら二人は知り合いだったらしい。コートと呼ばれた少年は何故か気まずそうに目を逸らす。


「何やってるのよあんた。この時間なら炊き出しはまだ始まってないでしょうに、何で──」

「うるせぇ!」

「──っと!?」


少年は大きく腕を振り回し、強引にサリアの拘束を振りほどいてその場から走り去っていく。


サリアもわざわざ追いかけようとはせず、ポリポリあたまをかきながらその背を見送った。


「変な子ねぇ。これからご飯だってのにどこ行くのかしら?」


置いてけぼりにされた形のノエルがサリアに事情を尋ねようとした──その時。



『きゃっ! やめてください……!』



先ほどコートが曲がってきた路地の先から聞こえる若い女の悲鳴。その音が耳に届いた瞬間、サリアは勢いよく駆けだしていた。


「行くわよ!」

「ちょ──」


慌てて彼女を追うノエル。声が聞こえる距離とあって、ほんの十数秒で彼らは現場に到着する。


「なんだぁ──!?」

「憲兵隊よ! 大人しくなさい!!」


ノエルの視界に飛び込んできたのは、炊き出しと思しき大きな鍋の前に並ぶ貧しそうな子供と浮浪者の行列──そして鍋を庇うように立つ僧衣の女性と、彼女に絡むゴロツキの姿だった。

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