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第2話

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


町の上空をカラスが悠々と舞っていた。


息を切らして走る二人組は、酸素不足の頭で鳥は呑気でいいなと愚にもつかない毒を吐く。


彼らは宿場町の外へと、追跡を警戒してなるべく視界を遮るものの多い入り組んだ道を走った。


『────!?』


だがそれは無駄な足掻き。先回りされていたのだろう。角を曲がった瞬間、視界に標的だった少年の姿が飛び込んできた。


二人組の表情が恐怖に歪み、獲物と狩人、彼我の立場はあっさり逆転する。


そして踵を返し逃げ出そうとした時には既に遅すぎた。


『────』


少年に睨まれた瞬間、二人の肉体は自由を失いピクリとも動かせなくなる。


いや、肉体だけでなく既に心も自由を失っていた。だってそうだろう? 自分の命に手がかかっているというのに、彼らの心には恐怖も熱も何も浮かんでこないのだから。


──ああ、これが■■されるということか。


二人は自分たちが何に手を出したのかを遅れて理解し──


「■ね」


少年の言葉に疑うことなく自分たちの■を差し出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


町の上空をカラスが悠々と舞っていた。


息を切らして走る二人組は、酸素不足の頭で鳥は呑気でいいなと愚にもつかない毒を吐く。


彼らは宿場町の外へと、追跡を警戒してなるべく視界を遮るものの多い入り組んだ道を走った。


「おい! どこまで逃げるんだよ!?」


二人組の一方──ローグの男が、指示を出すもう一方の男に愚痴を吐く。


短杖を持った妖術師ソーサラーの男は、『事前に説明していただろう』と内心舌打ちし、その愚問に応じた。


「例の岩場だ! あの指輪の効果範囲は分からんが、とにかく視界に入るのは危険だ! 岩場に引き込んで迎え撃つぞ!」

「なら、こんなまだるっこしい道行かなくても──」

「だから視界に入ったら危険だと言ってるだろうが! さっきの様子からして指輪の力には一瞬のタイムラグがある! 視界を遮るものがあるルートを選んで進んでるんだよ!」

「…………」


ローグがムッとした表情で黙り込み、妖術師ソーサラーは少しキツク言い過ぎたかと内心反省する。しかし今は緊急事態だ。あまりズレたことを言われてはたまらない。


「……とにかく、お前はあの猫が追ってきていないか警戒してろ。使い魔の視界を介して奴が指輪の力を使ってこないとも限らんからな」


しばしローグは言われるがまま周囲を警戒しつつ、黙々と小道を駆けていたが、すぐにまた我慢できなくなって口を開いた。


「……なあ。そもそもあの指輪って何なんだ?」

「そこから分かってなかったのか!?」


今回の仕事の大前提を覆すようなローグの発言に妖術師は目を引ん剝く。


ローグは些か恥ずかしそうに頬をポリポリとかき、誤魔化すような乾いた笑いとともに白状した。


「いや……何かお前が常識みたいに指輪、指輪って連呼してるから、今さら聞きづらくてさ」

「聞けよそこは!? いや、じゃなくてマジか!? “支配の指輪”って言えば、子供でも知ってる有名な御伽噺だろうが!?」

「あいにく、そういう話を読み聞かせてくれる大人が身近にいなかったもんでね」

「…………」


サラリと言った相棒に妖術師は言葉に詰まり、顔を前に向けて走りながら改めて“指輪”について説明した。


「……支配の指輪ってのは、三〇〇年前に魔王を倒した七人の勇者が遺した神器の一つだ」

「一つってことは他にもあるのか?」

「そこから……神器は勇者一人につき一つ。全部で七つだ。どれも世界を一変させる力を秘めた超級のアーティファクトで、指輪の他には剣と冠……あとは杖とか本とかが有名だな」

「とかって何だよ。実はお前も良く知らねぇんじゃねぇのか?」


揶揄うように笑うローグに、妖術師はイラッとして言い返した。


「剣と冠以外の神器は勇者の没後所在不明で、形状が定かじゃないものもあるんだ!」

「ほ~ん? ま、いいや。それで今回の指輪ってのは?」


──なんでお前が上から目線なんだ?


妖術師は後で三倍にして返してやると心に誓い、苛立ちを押し殺して本題の説明に入った。


「……あの指輪はつい最近、学院の調査班が遺跡から発掘したものだそうだ。詳しい経緯までは分からんが、情報屋の話によると学院の上層部が躍起になって行方を追っているらしい」

「化け物ぞろいの学院の魔術師どもが、たかだかマジックアイテム一つに躍起になってるって? 冗談だろ?」

「同感だが……つまり連中が追うだけの価値がある代物ってことなんだろうさ」


極まった魔術師は不可能が存在しないとも評される本物の怪物だ。天から星を降らして一軍を壊滅させたなんて話はよく聞くし、それこそ三〇〇年前までは死者蘇生さえやってのけたらしい。


世にマジックアイテムは星の数ほど存在するが、どれほど強力とは言え所詮道具は道具。極まった魔術師以上のものはないというのがこの世界における定説だった──無論、何事にも例外は存在するわけだが。


「ま、いいさ。それで、その指輪は具体的にどんな力を持ってるって?」


ローグはその話が嘘であれ本当であれ金になればそれでいいと割り切り、現実的な質問を口にする。


しかし妖術師の答えは予想に反し渋いものだった。


「…………分からん」

「はぁ? 分からんってなんだよ?」


目を丸くする相棒から顔を背け、妖術師は怒ったような口調で吐き捨てた。


「分からんものは分からんのだから仕方ないだろう!」

「……逆ギレかよ」

「つい最近まで行方不明で誰も調べようがなかったんだ。勇者の伝承にしたって大半が後世の創作で、どこまでホントか怪しいものばかり。はっきりしてるのはあれが“支配の指輪”と呼ばれてるってことだけだ。名前からして恐らく他者を支配する力を持ってるんだろうが……伝承だと精霊王だの空間だのを支配して魔族の国を一つ吹き飛ばしたとか、どう考えても作り話としか思えん内容も多いから、実際どこまでの力を持ってるのかは分からん」

「えぇ~……?」


まくしたてる妖術師に、そんな海のものとも山のものとも知れないものを追っているのか、とローグは顔を顰めた。


「まぁ俺は金さえ手に入りゃいいんだけど……ってか、そんな怪しげなもんが売れんのか?」

「何を志の低いことを……」


妖術師は伝説のアーティファクトに手がかかろうかという状況で金のことしか気にしていない相棒に溜め息を吐く。


「一つ教えておいてやる。二〇〇年前に“剣”を手にした男は、奴隷身分から大陸統一に手をかけたエーラ帝国の初代皇帝だ」

「────」


ローグがギョッと目を剥き言葉を発するより早く、彼らは目当ての岩場に辿り着き、人の背丈ほどもある大岩の影に身を隠して息を整えた。




彼らが逃げ込んだのは緩い坂の上、大きな岩がいくつも転がっている高台だ。付近にはここより高いポイントが存在せず身を隠すことが容易で、背後は深く切り立った崖になっていて迎え撃つ側は前面だけを警戒していればいい。


坂の途中にもいくつか岩は転がっているが、二人がいる高台からは隠れても姿が丸見えと、狙撃手が迎え撃つには格好の地形だった。


問題があるとすれば、背後が崖で空でも飛べない限り逃げ場が存在しないことと──


「……なぁ」

「何だ?」

「あのガキ、あのまま俺らを無視して逃げちまったんじゃねぇのか?」


岩場に辿り着き一〇分ほどが経過した。

ローグはクロスボウを構え岩影から坂の下を警戒しつつ、ボソリと素朴な疑問を口にする。


「それはまずない。余程の馬鹿でもない限り、奴は必ず俺たちを追ってくる」

「……何でそう思うんだよ?」


遠回しに余程の馬鹿だとディスられたことに気づいた様子もなくローグは首を傾げた。


「あと一刻もすれば日が暮れる。町から離れようにも夜間の移動はリスクが高いし、大した距離は移動できん。宿をとろうが野宿しようが居場所の特定は難しくない。となれば当然、向こうは俺たちの夜襲を警戒しなけりゃならんわけだが奴は一人だ。一晩中警戒するのは現実的じゃないし、何としても俺たちをここで仕留めようとするはずだ」


丁寧に説明されローグがなるほどと納得する。


ついでに妖術師はローグが退屈で次の疑問を思いつく前に、先回りしてその答えを教えてやった。


「それに向こうには猫の使い魔がいたからな。匂いを辿って俺たちを追跡するぐらいわけないだろう」

「なるほど。そうやって近づいてきたとこを、ズドンといくわけだな」


そう言ってローグは腹ばいになってクロスボウを掲げ、ぐるりと射線を確認する。


「警戒するのは小僧より猫の方だ」

「猫?」


実は退屈していたのは彼も同じだったのだろう、妖術師は腰に下げた水袋の水を口に含み、喉を潤しながら注意事項を付け加えた。


「ああ。猫は素早くて見落としやすいからな。気を抜けば万が一ということがある」

「でも所詮は猫だろう?」


ローグは妖術師から水袋を受け取り、皮の苦みが移った水の味に顔を顰めながら問い返す。


「使い魔は魔術師にとってもう一つの杖だ。五感を共有して使い魔を起点に呪文を発動させることだってできる。さっきも言ったが、万一指輪の魔力が使い魔を起点に使用できる類のものだったらマズい」

「なるほどな──と、噂をすればだ」


坂の下の茂みから黒白ハチワレの見覚えのある猫が姿を見せる。


猫はそこで立ち止まると、二人組が隠れている坂の上を警戒するように見上げた。まだ見つかったわけではないだろうが、匂いを辿ってここまできて、待ち伏せには格好のポイントがあれば警戒しない方がおかしい。


坂の下までは約三〇メートル。ローグの弓の射程内ではある、が──


「……どうする? 撃つか?」

「いや……あのサイズの的じゃ外すリスクが高い。猫の方は近づいてきたら俺が呪文で対処する。お前はまだ姿を見せてない小僧の方を探してくれ」


得意技である【グリース】の呪文を準備しながら妖術師がローグに指示を出す。ローグは短く頷くと、猫は相棒に任せてぐるり坂の下に視界を巡らせ、警戒を強めた。


──ここから先は我慢比べだ。痺れを切らして襲い掛かってくればそれでよし。諦めて撤退するなら数の利を活かして体力と精神を削って、疲弊したところを仕留めるだけだ。


この時妖術師の頭の中では、彼我の戦力の見極めが終わり決着までの道筋が見えていた。


実際、指輪の魔力が対象を視界内に収めていなければ効果を発揮しないという分析や対処は的を射ていたし、魔術師本人より使い魔に警戒すべしという判断も間違っていない。


もしミスがあったとすればそれは──


『カァァ~ッ』


二人組の頭上から響く羽ばたきの音と、カラスの鳴き声。


『────っ!?』


周囲を包み込む甘い香りに、彼らは抵抗する間もなく眠りに落ちた。

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― 新着の感想 ―
 冒頭のは実際に「指輪」の力を使った、使ってしまった未来かな?  まあぞっとするし得体のしれない気持ち悪さがありますね。  己の実力と努力で手に入れた力でもない訳だし?
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