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第19話

『────は?』


白い影が『聞き間違いか?』と首を傾げて聞き返す。


それにノエルは先ほどとほとんど同じ言葉を繰り返した。


「だから、死にたくないんでなんとか指輪の力を使わない方向でこの場を切り抜けられないもんだろうか?」

『────は?』


再び白い影が聞き返す。互いにふざけている様子はないがこれでは堂々巡りだ。ノエルがどう説明したものか頭を悩ませていると、先に白い影が口を開きまくしたてた。


『……おい、話通じてんのか? テメェが生き延びるためには俺の力を使わなくちゃならねぇって話をしてたんだぞ? それが何で死にたくないし俺の力も使いたくないなんて話になるっ? 接続詞がおかしいだろうが、あぁん!?』


接続詞とか伝説の指輪にしては言い分がみみっちいな、と変な所にノエルが着目している間に、更に影は続けた。


『まさかまだ代償やら対価を疑ってんのか? 力を使ったら寿命を吸われるとか身体を乗っ取られるとか……たかだかテメェごときの命や身体に手間かけるほどの価値はねぇよ! 調子にのんな!!』

「……その言い方は心外だなぁ。自分でも別に価値があるとは思ってはないけど、そのショボい奴に『自分を使って欲しいです~』って泣きついてんのはそっちだろ?」

『泣きついてねぇよ! 力を使わせてやるって言ってるんだ!!』

「え~? さっき『道具が使われたいと思うことに意味なんてあるかよ』って、決め顔で──」

『見えてねぇだろ、顔は! しかもテメェに使われたいとは一言も言ってねぇ!』


白い影は頭──髪があるのかどうかわからないが──をかきむしり、気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐いて続けた。


『……はぁ。そりゃまぁ、テメェのカスみてぇな感性じゃ俺の言葉の真偽を感じ取れつっても難しいかもしれんが、そうは言っても生きるか死ぬかの瀬戸際で、そんなあるかどうかも分からねぇリスクを気にしてる場合じゃねぇだろ?』


その諭すような言い分は至極まっとうなものに聞こえた──が、根本的に思い違いをしている。


「ん~……いや、代償の有無については別に気にしてないよ。いざ使ってみたらやっぱり騙されてました、って可能性は勿論あるけど、それはちゃんとリスクとリターンが釣り合ってるからね」

『なら──』

「でも使いたくないんだ。騙されてようがいまいが」


ノエルの言葉に白い影はしばし呆気にとられ、言葉を失う。


『……………………は?』


その反応に苦笑して、ノエルは一つ一つ言葉を選びながら自分の想いを説明した。


「例えば指輪の力があんたの言う通りだとしたら、きっと僕は上手くやれると思うんだ。襲ってきた連中を操って、裏にいる連中の情報を吐かせる。敵も当然、指輪の力は警戒してるだろうからいきなり本丸に乗り込んで支配しようなんて考えない。高位の魔術師ウィザードはホントに化け物だし手の内が読めないからね。まずは何も知らない地方の学院支部に近づいてそこに所属してる連中を支配する。そして魔術的な防御を固めた上で、ゆっくりそいつらを指輪の力で支配していくんだ」


脈絡なくノエルが語り出した作戦に、白い影は口を挟めず黙って耳を傾ける。


「別に世界を支配したいとか、そんな大それたことは思わない。人間の欲求なんて底なしだし、この世界には指輪以外にも六つの神器がある。身の丈を超えた願いを持てば待っているのは破滅だろうから平穏に生きていければそれでいいよ。そのための環境を指輪を使って整える。周りを変えるだけで足りないなら、あんたが言ったように自分自身を変えてもいい。自分を強者に作り変える。欲望に負けないよう指輪で自分を支配して心に枷を嵌めたっていい──うん。きっと僕は上手くやれると思う」

『…………』


ノエルが何を言いたいのか、■■には理解できない。


「そうやって平穏に、幸せに、楽しく暮らしていると、ある時ふと気づくんだ──全部、指輪の力だなって」

『────』

「別に指輪を嵌めているのは僕じゃなくてもいいし、指輪を嵌めるまで積み上げてきた魔術の知識も、家事や仕事の経験も、クソみたいな処世術も──なくて全然問題ない。それまで生きていくためだと思って積み上げてきたものより、指輪を使う方がずっと便利で簡単なんだから」


ノエルは胸に手を当て、微笑みとも怯えともとれる表情を浮かべて続けた。


「その時になって改めて僕は実感するんだ。今まで十四年間積み重ねてきた“僕”は、指輪を嵌めた瞬間、新しい自分に生まれ変わって──死んだんだって」

『────』

「きっと僕はそのことを悲しいとも不幸だとも思わない。そこにいるのはもう今の僕じゃないし、きっと幸せに暮らしているだろうから」


ノエルは白い影の靄の向こう──■■の目を真っ直ぐに見つめて宣言した。


「だけど今ここにいる僕はそれを望まない。自分が積み重ねてきたものを捨てたくないし、殺したくない。今の自分のまま生きていきたいんだ──それが指輪を使いたくない理由だよ」


多分、神器とかそんな大げさな力じゃなくても似たような話はいくらでもある。


例えば貧しい生活から抜け出そうとコツコツ勉強して、技術を習得して、仕事に励んでいた男がいたとして──彼はある日、突然大金を拾った。一生働かなくても遊んで暮らせるほどの大金だ。実際、仕事をやめて遊んで暮らすかは別の話だとしても、その金を得る前と後とでは男にとってそれまで積み重ねてきた時間や仕事の価値は全く違うものとなっているだろう。


別にそれがいけないことだとか、人としてどうだとか、そんな話をしているのではない。


ただ金を拾った瞬間、男は生まれ変わり──それ以前の彼は死んだという話。


『正気か……? テメェはつまり、指輪を使って得られる力より、華々しい未来より、そのしみったれた過去の方が大事だって言ってるんだぞ!?』

「……まぁ、自分でもちょっとどうかしてるなとは自覚してるよ。でも、仕方ないだろう? 僕は案外後ろ向きで臆病者だったみたいだ。未来の自分の幸せより、今ここにいる自分の方が大切なんだから」


繰り返すが、ノエルは自分がどうかしていると自覚していた。


彼がやろうとしていることは、当たった宝くじの権利を()()()()といって放棄するようなものだ。そんなことをしても誰も喜ばないし幸せにならない。幸運に引け目を感じるなら、例えばその金を恵まれない子供に寄付したり世の役に立てることを考えればいいのに──彼はそんなこと微塵も考えていない。


ただ変わりたくない、自分が今まで積み上げてきたものを大切にしたい──そんな感傷で、幸運を、力を拒否しようとしていた。


「仕方ないよね」


それでも──まぁ、そう思ってしまったのだから仕方がない。


自分は思っていたよりずっと、この掃き溜めみたいな世界でまっすぐ前を向いて足掻く誰かに憧れていて、そんな誰かを目指して生きてきた自分が好きだったのだと気づいてしまったから。


『ふざけるなっ!!』


だがそれは余人には理解しがたい考えだったに違いない。


『今の自分がいい? 変わりたくない? そんな下らない理由で、この俺の力を拒否しようってのか!?』


それが■■してこの世に生まれ落ちた■■ならば、なおさら。


『どんだけナルシストなんだよテメェは!! テメェの人生や苦労話に何の価値があるっ!? これまで頑張ってきた自分が大好きなんですぅ、ってか?──キメェんだよ。クソが!! 飲みの席で聞きたくもねぇ苦労話してウザがられるオッサンかよ!!』

「あんたにその価値を認めてくれとは言わないよ。でも、僕が価値があると信じるものに、あんたの理解や同意は必要ないだろ?」


ノエルは不思議そうに首を傾げ、続ける。


「というか何であんた、そんなムキになってるんだ?」

『────っ』


そう言われて■■は言葉に詰まる。考えるまでもなく答えはすぐそこにあった──認められないのだ。


■■はノエルに指輪を使って欲しいとは思っていない。確かに久方ぶりに現れた候補者だが、ノエルが使いたくないというなら他を当たればいいのだ。遺跡に埋もれていた時と比べれば、使われる機会はいくらでもある。焦る必要はない。


だがそんな理屈とは関係のないところで、■■はノエルの言い分を認められないでいた。


■■と真逆の選択をしようとしているノエルが、ただただ気に食わない。


『……ホントに分かってるのか? 俺の力を拒否すれば、テメェはこのまま死ぬしかねぇんだぞ?』

「でも、力を使えばその時点で“僕”は死ぬ」


そこでノエルはニヘラっと笑って続けた。


「だから何とか、あんたの力を使わなくても生きのびる方法がないものかなぁ? ほら、あんた神器なんだろ? 少なくとも三〇〇年以上は生きてるわけだし、いい知恵ないの?」

『ふざけんな。何で俺が──』


苛立ちながらも、しかし■■は『勝手に死ね』という言葉を呑み込んだ。


このままではノエルはそのふざけた意思を抱いて殉死してしまう。それは■■にとって我慢ならないことだった。



──今、理解した。俺はこのガキを、徹底的に叩き潰したい……!



肉体ではなくその心を。踏みにじり、嘲笑い、敗北と過ちを認めさせたいと思ってしまった。


だがこの状況でノエルが指輪の力を使うことはないだろう。彼は自分の精神的な死を肉体的な死より上位に置いてしまった。より厳しく、過酷な選択を迫らなければ彼は力を求めない。


その為にはノエルにここで死んでもらっては困るのだが、神器と言えど所詮は道具。使い手がいなければその力を十全に発揮することはできなかった。


『────?』


そこでふと、■■は外界に新たな動きがあったことに気づく。


「……どうかした?」

『いや。時間切れだ』


その言葉が意味するところは──ノエルは表情に諦観と少しの恐怖を浮かべ、大きく息を吐く。


『……どう転ぶかは分からねぇが、生き延びたいなら精々祈るこった。どっちがテメェにとって幸福かは知らねぇがな』

「は──?」


そう突き放すように言った■■の口は、怒りと愉悦で大きく吊り上がっているように見えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ていてい、てい!


黒白ハチワレの猫が横たわる少年を起こそうと、その頬に必死にねこパンチを繰り出す。


その字面だけ見れば微笑ましい光景に聞こえるが、実際の光景は微笑ましさとは程遠い。少年は裸で手足を縛られ全身傷だらけで気絶させられていて、猫のパンチは起きなければ死ぬぞと鞭のように少年の頬を叩いていた。


──もうっ! とっとと起きなさいよ!!


どれだけ刺激を与えても目覚めようとしないノエルにリュミスは焦っていた。


既にリュミスはこの指輪が“本物”であることを確信している。指輪をノエルの指に嵌め同調が始まった瞬間から、理屈ではなく■■の本能でそれが本物の支配の指輪であることを感じ取っていた。


故に指輪の力さえあればこの窮地を脱することなど容易い──のだが、肝心のノエルが目覚めないでは神器があろうと手の打ちようがない。


──ひょっとして脳に深刻なダメージを負ってる? ううん、もしそうなら指輪が同調するはずがない。レム睡眠でちゃんと脳は動いてる筈なのに……あーもう、いつまで寝てるのよ、馬鹿っ!!


焦りと苛立ちからリュミスの動きが大きく雑なものとなり、振り上げたその肉球がノエルの頬を逸れて床を叩いてしまう。


──ドタン!


マズい──リュミスはそのミスに身体を硬直させ、気づいてくれるなと祈った、が──


「ん……?」


──隣の部屋で家探しを続けていたローハンはその物音を聞き逃さなかった。


ノエルが意識を取り戻したと考えたのかもしれない。物音の原因を確認しようとこちらに足音が近づいてくる。


リュミスは自分まで捕まるわけにはいかないと脱兎のごとくその場から逃げ出した──が、彼女がその致命的なミスに気づいたのは、勢いよくその部屋を出た後のこと。


「なんだ……気絶したままじゃねぇか。ネズミでも出たか?」


部屋を覗き込んだローハンはピクリとも動く気配のないノエルと、つい今し方聞こえた小動物の足音とを結びつけそう結論付ける。そして再び家探しに戻ろうとし──


「────っ!!?」


ノエルの右手に嵌められた指輪に気づき、目を丸くした。

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