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第18話

「────ここは?」


人や物どころか、空も大地も太陽もない真っ白な世界。


不思議なことにそれでも足場はしっかりあって、光源もないのにちゃんと自分の姿──素っ裸──はハッキリと見える。



『ここは俺の中だ。間違ってもテメェの精神世界なんてゴミみてぇな勘違いするんじゃねぇぞ、クソガキ』



疑問に答える声。気がつけば目の前に白い影が浮かんでいた。一瞬前には文字通り影も形もなかった筈なのに、突然。


だがその異常にノエルは何も驚きを感じない。既にこの世界が異常そのものだということもあったが、そもそも驚くための機能をどこかに忘れてきてしまったような、そんな感覚があった。


「……あんたは?」

『俺か? クソ、そこから説明しなくちゃなんねぇのか。面倒くせぇ……』


頭をかくような仕草。白い影の姿はボンヤリとしか見えないが、辛うじて人型で手足があることだけは見て取れた。


『俺は■■だよ』

「──え?」

『だから■■──って、クソ。これも伝わらねぇのか。あ~、そうだな。俺はお前が嵌めた指輪の意思みたいなもんだと思ってくれりゃいい』


その説明にノエルは目を丸くする。


「指輪って……支配の指輪?」

『他に何がある』

「あれ本物だったの? というか僕、指輪を嵌めた記憶なんてないんだけど──」

『テメェの目は節穴か? つか、何でもかんでも聞くな。テメェがどうやって俺を嵌めたかなんて知るわきゃねぇだろ』

「えぇ……? (自称)伝説の指輪なのに?」

『伝説は関係ねぇだろ! 指輪に目や耳があんのか!? アバター作って二足歩行すりゃ伝説なのか、あぁ!?』

「まぁ……それはそれで伝説にはなりそうだね」

『怪談と伝説を一緒にするんじゃねぇ──いやまぁ、違いを言えと言われても困るんだが』


意外と言ったらなんだが、白い影はノリ良くノエルの会話に付き合ってくれた。


そのやり取りにノエルは、これが自分の見ている夢という可能性を消す。意識がハッキリし過ぎているというのもあるが、自分の頭の中にこんなものをイメージする素材があるとは思えなかったのだ。


一方で目の前の影が本物の支配の指輪かについては半信半疑──いや、信じると信じないが8:2ぐらいに変化していた。


この状況を創り出したのがあの指輪だとすれば、仮に贋作だとしても相当な力を持っていることは間違いない。師であるサイラス導師にこれを作れる能力があるかどうかはノエルには判断がつかない。だがこれだけの物が作れてノエルを囮にしようとしたのなら、こんな回りくどいことをしなくとも、もっと簡単で確実なやり方がいくらでもあったはずだ。


逆説的にノエルの判断は『指輪は本物なのでは?』という方向に傾きつつあった。


『俺に分かるのはテメェ自身が認識してることだけだ──後、指輪を嵌めた後なら多少は外のこともわかるか』


白い影は少し考えるような素振りをして、外の状況について説明する。


『……現実のテメェは今も素っ裸で転がされてる。あと、近くにあの猫がいるな……こいつが俺をテメェに嵌めたのかもな』

「リュミスが?」

『あくまで俺の推測だがな──っと』


そこで白い影は何かに気づいた風にノエルに視線らしきものを向け、呆れた声を出した。


『いつまでも素っ裸でいるんじゃねぇ。見苦しいから服ぐらい着ろっての──おら』


白い影が手を一振りすると、ノエルの身体が普段着のローブに包まれる。ノエル自身は別にこんな状況で裸だ何だのと気にしていなかったのだが、影は意外と細かい性格なのかもしれない。


影はそんなノエルの感想に気づいた風でもなく説明を続けた。


『あ~、あと隣の部屋で男が一人家探ししてるな。テメェの記憶でローハンって呼ばれてたオッサンだ』

「……一人だけ? 若い男の方は?」

『知るか。少なくともテメェの貧相な魔力知覚で分かる範囲にゃ、他に人間はいねぇよ』


ノエルの魔力知覚は最大二〇メートルほど。白い影の言葉が正しいなら、少なくとも家とその周辺にグライフはいないらしい。


──状況を整理しよう。


自分は支配の指輪を狙って送り込まれた刺客に襲われた。身ぐるみ剥がされ拘束されて、ボコボコにされて気絶した。自分が未だ生かされているのは指輪の情報を引き出すため──連中が指輪を発見していないからで、見つかれば用済みとなって殺されてしまうだろう。


──つまり……あれ? ひょっとして今、凄くマズくね?


白い影が語る通りなら、今現実の自分の指には指輪が嵌められている。このまま指輪が見つからなくても数時間後には殺されてしまう可能性が高いが、それにしたってこれをローハンたちに見られるのはとてもマズい。だって間違いなく今すぐ指輪を奪われて殺されてしまう。


サーッとノエルの顔から血の気が引いた──現実の身体ではないので、あくまで感覚的な話だが。


『……ようやく状況を理解したみてぇだな』


そう語る影の声は何故か少し弾んで聞こえた。


『このまま行けば間違いなくテメェは死ぬ。あのクソ共に殺されてな』

「…………」

『だが安心しろ。俺も鬼じゃねぇ。わざわざ現実を突きつけるためだけにテメェを俺の中に呼んだわけじゃねぇさ』

「……どういう意味?」


問い返しながら、しかしこの時ノエルは影が何を言いたいか朧げに理解していた。


『俺を使え』

「────」

『とっくに理解してるんだろ? テメェが助かるには俺の力を使うしかねぇ。いや助かるだけなんてケチなことは言わねぇよ。俺の力を使えばこの世の大抵のものは思うがままだ。金でも権力でも女でも、少なくともテメェの貧相なオツムで想像できる程度のことは実現できるだろうさ』


ノエルはその言葉に一つ息を入れ気持ちを落ち着かせてから訊ねた。


「……まるで悪魔の契約だね。それで、その代償は何かな?」

『ねぇよ、そんなもんは』


白い影は即答した。


「は──?」

『力の代償? テメェ、俺を三下の悪魔や何かと勘違いしてねぇか? 対価がなけりゃ現実一つ変えられねぇ雑魚と一緒にするんじゃねぇよ』

「それは……」


確かに、強力な力と引き換えに代償を求めるマジックアイテムなんてのは、物語などでは見栄えはするが、詰まるところただの欠陥品だ。代償や対価を支払わなければ力を発揮できないというのは、言い換えれば()()()()()()()()()()ということでもあるのだから。


『代償や対価なんてのは所詮、弱者の言い訳だ。本当の力にそんなものは必要ねぇんだよ。竜は対価を支払って強くなったのか? 生まれに恵まれたガキは孤児のテメェと比べて何かを犠牲にしてたと思うか? 代償が必要なんて言ってる時点で、それは力を持たねぇ弱者の発想なんだよ』


その傲慢さは、確かに万物を支配するとされた神器“支配の指輪”の意志に相応しいものに思えた──が。


「……分からないな」

『あん?』

「代償が不要だってことを分からないって言ってるんじゃない。あんたが本当に支配の指輪で、その名に相応しい力を持っているんだとしたら、何でわざわざ僕に自分を使わせようとするんだ? 僕に肩入れする理由なんてあんたにはないだろ?」


その都合の良さこそが怪しい──そう疑いの目を向けるノエルに、白い影の答えはやはり簡潔だった。


『道具が使われたいと思うことに意味なんてあるかよ』

「それは──いや、それは“僕”に使わせる理由にはならないだろ?」

『そりゃそうだ』


あっさりと認める白い影に、ノエルは逆に拍子抜けしてしまう。


『……実のところ、こうして指輪を嵌めた奴と同調するってのも久しぶりでな。この機会を逃すもんかと俺も少し気負ってるのかも知れねぇな』

「……そうなの?」

『ああ。テメェの記憶にある──サイラスだったか? 少し前に指輪を嵌めた奴はいたが、そいつが引き出した力は俺の上澄みみたいなもんだ。ビビッてすぐ外したのか知らんが、同調さえしてねぇよ』


サイラス先生ならそうかもしれないな、とノエルは納得する。


考古学──特にアーティファクトやロストマジックを専攻していたあの人は、未知のマジックアイテムに対する警戒心は人一倍だった。何かやむを得ない事情があって指輪を嵌めたのだとしても、指輪側から干渉を受けないよう何重にも備えはしていた筈だし、終わればすぐに指輪を外し封印しただろう。


『そういう意味じゃ別にテメェが俺を使う必要はねぇんだが──正直、俺の使い手としてテメェは悪くねぇと思ってる』

「ははっ。こんなあっさり捕まって死にかけるような弱っちいガキが?」

『弱っちいガキだからだ』


馬鹿にするでもなく真正面から言い切られてノエルは目を丸くする。


『俺の力があれば使い手がどんな雑魚だろうと関係ねぇ。俺に支配できないものがあるとすりゃ、俺の同類かクソ女神ぐれぇのもんだからな。それ以外のこの世の大抵のものは思うがままだし、どうとでもなる』

「……どんなに凄い道具でも僕自身がやられたら終わりでしょ」

『ならお前自身を支配して、強者に作り変えりゃいいだけの話だろ。何度も言わせるな。俺の力があれば大抵のものは思うがままだ』


自分を支配して作り変える?


支配とはそこまでのものなのか?


弱い自分自身さえ自在に変えられるのだとすれば、それはもはや──


『──そうだ、俺の力を手にした瞬間からテメェは生まれ変わる。別に人格が変わるとか俺に支配されるとか、そんなちゃちなことを言ってるんじゃあねぇぜ? 力を持つってことは、それまでの生き方とは別のステージに進むってこった。竜が羽虫を気にするか? 金持ちが明日食うものの心配をするか? 強者には強者の生き方があり、作法がある』

「────」


──ドクン、とノエルの心臓が大きく脈打つ。


『テメェは弱い。俺の力を借りなけりゃ今すぐにも死んじまいそうなほどにな──だからこそ、俺を必要としてる筈だ。生き方に余裕のある奴は何だかんだビビッて俺を使おうとしねぇ。封印されて保管されるよりはマシ──テメェに肩入れする理由があるとすりゃ、そんなところだ』


その言葉をノエルはほとんど聞き流していた。


どれほど言葉を尽くそうと、その言葉に説得力があろうと、この白い影が自分を騙そうとしている可能性はゼロにはならない。代償があるかどうかは実際に使ってみるまで分からない。力ある存在の誘惑とはそういうものだ。


その上で、この窮地を脱しようと思えば、ノエルにはもはやこの指輪に頼る以外の選択肢がない。だからノエルが考えていたのは、白い影の言葉を疑うことではなく、信じた上で自分がどうしたいのか──いや、それがどういう意味を持つかということだった。


どうしたいか?──それは考えるまでもなく()()()()


だが、生きることにも色んな意味があり、形がある。


そして白い影は言った──力を手にすれば、()()()()()()()()()()()、と。


その通りだと思う。人生を一変させるほどの力を手にした時、人はそれを生まれ変わると表現する。ノエルはまさにその様を、つい最近目の当たりにしたばかりだ。


──テオ兄……そっか、テオ兄はだから……


この場合の力とは物理的な力に限らない。地位でも権力でも、名声でも、財力でも何でもいい。例えば一生遊んで暮らせる程度の財宝を手にしただけでも、自分はきっと()()()()()()()()()()のだろうな、とノエルは己の分を理解していた。



「死にたくねぇなぁ……」



本音が呻き声となって漏れる。


『そうだろう? なら、テメェがすべきことはたった一つだ』


分かるな、と手を差し伸べる白い影。


「…………」


ノエルはその靄のかかった手を見下ろし──恥ずかしげもなく言ってのけた。


「……うん。死にたくないから──なんとか、あんたの力を使わない方向でこの場を切り抜ける方法ってないもんだろうか?」

『────は?』

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― 新着の感想 ―
んんんんん? 「生まれ変わる」なら今の自分は「死ぬ」、死にたくないから生まれ変わりたくない、そういう文脈だと思うのですが。 サイラスに引き取られた時、孤児のノエルは死んでますよね。魔術師見習いという力…
 まさにヒトの矜持。アツいわあ。  まあ実際代償無く力を使えてもそれで人格が変質してしまうことを「生まれ変わる」なんてオブラートに包んでいるだけで、力に魅入られた者の末路なんざ想像の範疇内でしょうよ。…
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