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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第15話

リュミスがノエルの小屋に棲みつき、テオが貴族のご落胤だと判明して三日が経過していた。


その間ノエルに何かがあったかというと──何もない。


サイラス導師が送ってきた指輪を自分なりに調べてはみたものの技量の不足もあって調査に進展はなく、本物か偽物かも分からずじまい。


一方でリュミスが当初警告したような()()()()()()()は影も形も見当たらない。それがまだノエルに辿り着いていないのか、既に近くまできているけれど気づいていないだけなのかは分からない。あるいは、あの手紙や指輪は全部誰かの悪戯で、神器や刺客なんて最初から存在しないという可能性さえ否定はできなかった。


よく分からない気味の悪さを感じながらも、誰に相談できるでもなく、何か行動に出なくてはならないほど差し迫ってもいないふわふわした状況。


一度は指輪を捨てるか売るかしてしまおうかとも考えたが、本当にこれが神器であった場合、そんなことをしても自分が見逃されるとは思えない。


結局、悩んでいたら何もできないまま三日が経過してしまった、というのがこの時のノエルを表す正確な表現だった。



リュミスについては何がしたいのかよく分からない。


ノエルの小屋に勝手に棲みついて、餌を要求し、強奪し、あーだこーだと生活環境に文句を付ける自由気ままな食っちゃ寝生活。


時折ノエルに対し危機感を煽る様なことを言いはするが、それ以上のアクションは何もない。


リュミスもどう動くべきか判断がつかないのか、そもそも本人が言う通り()()については重要視していないということなのか──多分その両方だろうな、とノエルは感じていた。


「フミャ~……」


またベッドを占拠して毛布にくるまり幸せそうに寝こけている姿を見ると、単純にこの怠惰な生活を気に入っている可能性も否定できなかった。



一方、そんな一人と一匹とは対照的に、貴族となるテオを取り巻く環境は日に日に変化していった。


テオと直接話ができていないので彼の細かい状況までは分からない。だが、村長一家やその息子のアーフェンの反応、テレーゼが足しげくテオの下に通っている様子を見ると、二人の関係が良い方向に進んでいるのだろうことは何とはなしに伝わってきた。


話をして祝意を伝えたいと思い様子を窺っていたが、そんな隙など全く無いほどにテオの周囲は慌ただしい。


既にテオが伯爵家の跡取りとなるための準備は始まっているらしく、猶予期間とは言えテオにノンビリ過ごせる時間などない。騎士たちの食事の世話をしているおばちゃんの話では、早速騎士たちから礼儀作法などを教わっているそうだ。


おばちゃんは「そんなのはお屋敷に行ってからでいいのに」と呆れていたが、ノエルはそれを聞いてテオが本気で貴族として生きる覚悟を決めたのだなと思った。


現状、唯一の後継者とはいえ、テオの立場は非常に不安定なものだ。迎えに来た騎士たちがどこまで伯爵様の本心を語っているかもわからない。最悪種馬として血を残すためだけに使われ、不要となれば処分される可能性さえ否定できなかった。


そんな中、伯爵様との対面時に恥をかいたり失望させることがないように、可能な範囲で礼儀作法を習得する──少なくともその姿勢を見せることはテオにとって重要な意味を持つはずだ。


またテオが忙しい理由には、彼にすり寄ろうとする者たちの存在もあった。


テレーゼの例を見て、あわよくば自分もとテオに近づこうとする村娘──娘というには些か()()が立っている者もいたが──は、周囲の騎士たちがガードしているのでまだ良い。


厄介だったのは早速テオの話を聞き近づいてきた商人たち。貴族が領地運営を行う上で彼ら商人との良好な関係性は欠くことができないものだ。形式的には貴族の方が立場は上とは言え、商人たちに背を向けられては、その領地はあっという間に衰退してしまう。


そうした事情から騎士たちも面会したいという商人たちの申し出を断りきれず、既にテオは何組もの商人の挨拶を受けていた。


商人たちも現時点でテオに何の力もないことは理解していたが、顔を繋いでおいて損はない。更に言うなら、伯爵家の次期当主になるかもしれない人間がいかなる人物か、テオ個人に投資する価値があるかどうかを見極めるためでもあるのだろう。


刻々と変化するテオの状況を、ノエルはただ遠目に心配することしかできなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「坊主。村が騒がしいようだが、何かあったのか?」


ノエルに声をかけてきたのは見覚えのない二人組の男たちだった。その後方には中型の荷馬車とそれを操る武装した御者がもう一人。身なりからして行商人とその護衛といったところか。


その日ノエルは後任の見つかっていないテオの仕事の内、粉ひきの手伝いを終えて帰る途中だった。慣れない力仕事に疲労困憊し、少し悪くなった目つきでジロリ彼らの風体を観察した後、口を開く。


「……お兄さんたち、この村は初めて?」

「いや。二年ぐらい前に一度立ち寄ったことがある。なぁ、グライフ?」

「ええ。確かカルミッツの小競り合いの後始末に寄った帰りに、一度」


年輩の男が、もう一方のグライフと呼ばれた男に話を振る。話に出た“カルミッツ”というと確か西の要塞の名前で、二年前はそこで他国との大規模な紛争があった筈だとノエルは記憶していた。後始末とはどういう意味だろう、とノエルが首を傾げると、グライフは馬車の幌をめくってその中身を見せてくれた。


「……武器商?」


そこには大量の武器が所狭しと積まれていた。ただどれも良く使い込まれていて、一目見て中古品だと分かる。


「いや、こいつは荷の代金として受け取ってきたもんだ。俺らが扱ってる()()は食料や生活必需品だよ」

「戦争後はどこも食料が不足するが、兵士は大抵現金の持ち合わせなんてないからな。現金の代わりに戦場で回収した中古の武器で支払ってもらうのさ」

「へぇ……頭良いね」


そう説明を受けノエルは素直に感心した。


需要があるということは多少値段が高くても食料を買ってくれるということ。また現金以外で支払わせることで相手の金銭感覚を麻痺させることもできる。リスクも相応に高そうだが、換金の手間賃にまぶして相当利益を中抜きできるのではないだろうかと思った。


男たちは相手が子供とはいえ褒められて得意げな表情を見せる。


「だろ? それで話を戻すが、俺らが前来た時はもう少し寂れてるっつーか、人の気配が少ない村だった気がするんだが、祭りでもあるのか?」

「それと、ここに来る途中で見かけた立派な馬車──ありゃあ、お貴族様のもんだろ?」


どうやら彼らは本当に偶然村に立ち寄っただけの商人らしい。


ノエルは一瞬、事情を説明すべきかどうか迷ったが、どうせ他の村人から伝わるだろうしここで自分が隠しても意味はあるまい。素直にテオにまつわる一連の事情を説明してやった。


「へぇ、貴族のご落胤がねぇ。ホントにそんなことがあるんだなぁ」

「……迷惑なこった」


他の商人たちと同様、良い機会を得たと喜ぶとばかり思っていたが、年配の男は嫌そうに顔を顰めた。


「迷惑って何ですか、ローハンさん? 折角だし俺らもその幸運な未来の伯爵様に挨拶させてもらえばいいじゃないですか」


グライフもノエルと同じことを思っていたのだろう。年上のローハンに、そんなやる気のないことでどうすると咎めるような視線を向ける。だがローハンの反応は芳しくなかった。


「……ふん。そりゃ勿論挨拶はさせてもらうが、この歳になると実るかどうかも分からねぇ未来の商機より、今日の寝床と飯の方が気になるってもんさ。この様子じゃ儂らの寝床が残ってるかどうか……」

「ああ~」


首を鳴らして疲労をアピールするローハンに、グライフもそれは確かに、とウンザリした表情を見せる。


「もともと村にはちゃんとした宿なんてないし、長屋もテオ兄を迎えに来た人たちでうまってるから、泊まるとしたら野宿か馬小屋しかないだろうね」

「マジかよ……今からじゃ次の村に向かっても朝になっちまうだろうしなぁ」


グライフは天を仰いで嘆き、そしてノエルに縋る様な視線を向けて続ける。


「坊主。良けりゃお前さんの家に泊めてくれねぇか?」

「おおそうだ。それにその杖──お前さん魔術師ウィザードなんだろ? 修繕の呪文が使えるなら、この武器をちょちょいと手直ししてくれたら駄賃は弾むぜ?」


ああ、そういう話になるのかと苦笑して、ノエルはかぶりを横に振った。


「申し訳ないけど他をあたってよ。うちは狭いし、同居人が気難しくて人を泊めるのは難しいんだ。呪文も今日は疲れて打ち止めだよ」


ノエルは敢えて誤解させるような言葉で断りを入れると、男たちは「なんでぇ」と溜め息を吐いてあっさりと引き下がった。


ちなみに【修理メンディング】の呪文は使用回数に制限のない初級呪文キャントリップ。所謂第〇階位呪文というやつで、魔術師にとっては剣士が剣を振るうようなもの。使い過ぎて脳が疲れるということはあっても、厳密に呪文の弾数が決まっているものではなかった。


「しゃぁねぇ。どっか美人の後家さんがいる家でも探すとするか」

「……そんなとこ仮にあっても騎士連中が先に泊まってますって」

「何だよ、諦めんのかぁ!?」

「騎士と殴り合えるほど腕っぷしには自信がないもんでね。それより先に、噂の幸運な坊ちゃんの顔を拝みに行きましょうや」


グライフは駄々をこねるローハンの背を押しながらテオたちがいる村長の家の方へを歩いて行った。その後ろを御者が操る荷馬車がゆるゆるとついて行く。


去り行く彼らの視線は未練がましくノエルの長杖スタッフを舐めていて、下手したら強引に押しかけてくることもあるかもな、とノエルは嫌な想像に溜め息を吐いた。


「……何だ、あの連中?」

「偶々村に立ち寄った行商人だってさ。テオ兄の話したら折角だから挨拶していこうってことらしいよ」

「ほ~ん。そりゃタイミングが悪かったな」

「だね──」


背後から近づいてきた声に応対していたノエルは、その声の主に気づいてハッと言葉に詰まる。


「ちょうど休憩時間なんだ。息抜きがてら父さんと母さんの墓参りに行くとこだったんだけど、ちょうどお前のこと見かけてさ」


随分久しぶりな気がするが、実際は最後に話をしてからまだ三日しか経っていない。


「何か久しぶりな気がするな。一度ちゃんと話をしなきゃとは思ってたんだけど、バタバタしててお前とは全然話せなかったから丁度良かった」

「……だね」


振り返ると、そこには“噂の幸運な坊ちゃん”ことテオ兄の姿があった。

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