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転生勇者の後始末  作者: 廃くじら


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第10話

「もっと……もっと寄越しなさい……!」

「食い過ぎだろ」


餌を口の中いっぱいに頬張るリュミスに呆れながらも、ノエルは言われるがまま魔獣・幻獣用に配合された超高級なフードを皿に追加してやった。


飼育室ではリュミスの他にも、先日彼らが保護した宝石猫(仮称)やガルム、名前も分からない角の生えたフクロウなど、大小さまざまな魔獣・幻獣が一斉に食事をしている。飼育室の住人でないリュミスはそのおこぼれに預かっている形だが、そこに遠慮は一切ない。


当然、ここの主であるオスカ導師からは許可を貰っているし、リュミス一匹分の餌など全体から見ればたかが知れている。だがそれにしたってこうもがっつくのはどうなのだろう?


「美味い……くそぉ、美味い……っ!」


ノエルの呆れた視線に気づくことなく、リュミスは涙を流しながらひたすら高級フードをかっこみ続けた。


「うぅ……この猫の身体が恨めしい……! 高級レストランのコース料理より、どんな高級珍味より、畜生向けに調合されたぐちゃぐちゃのフードの方が美味しいだなんて──ああでも、美味しいからお代わりしちゃう!」

「やかましわ」


相変わらず意味の分からないことをほざきつつ追加を催促するリュミスに、ノエルはおざなりにツッコミを入れて言われるがままフードを再度追加してやった。既に下腹がぷっくり膨らんだその姿に、精々後悔するがいいさと薄ら笑いを浮かべる。


「はぐはぐ……美味い! 美味いよぉ……っ!」

「はいはい」


元より食い意地が張っているリュミスだが、ここまで食いつく姿は初めて見るな──と、そこでノエルは彼女と旅に出てまだ三か月しか経っていないことを思い出して苦笑する。


知らない姿があるのは当然だ。そんな当たり前のことを忘れるほど色んな事があった。


──でもそうか……まだ、たった三か月なのか。


彼女と出会い、故郷を捨てて、まだ──


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「『解析 固定 範囲指定 復元──【修理メンディング】』」


ノエルの初級呪文の詠唱に呼応して、大きくひび割れていた鉄製の鍋が光に包まれ、見る見るうちに修復されていく。およそ一分ほどの後、ノエルの手の中にはひび割れの痕跡など全く見当たらない新品同然の鉄鍋が握られていた。


「……ふぅ。終わりましたよ~」


そう言って少し疲れた様子で溜め息を吐くノエルの足元には、鍋以外にも大小さまざまな調理器具や食器が二〇点ほど並べられている。これらは全て彼が呪文で修理したものだ。


「おお、あんがとよ!」


食堂の店主は機嫌よく笑ってノエルが修理したものをためつすがめつチェックする。そして修理に瑕疵がないことを確認すると、ポケットから修理代銀貨二枚を取り出し、ノエルの手に握らせた。


「相変わらずいい仕事だ。また壊れたら頼むぞ」

「……はい。よろしくお願いします」


魔術師ウィザードに対するものとしては安すぎる報酬への不満を噛み殺し、ノエルは愛想の良い笑みを浮かべ頭を下げた。




「お~い、ノエル~!」


食堂での仕事を終え、村の外れにある自分の小屋に帰宅している途中、背後から自分を呼ぶ声が聞こえ振り返る。


「お~い!」

「……テオ兄」


手を振りながら駆け寄ってきたのは顔見知りの青年。名をテオ──黒髪黒目のがっしりした体格の持ち主で、かつて同じ孤児院で育ったノエルの兄貴分だ。


現在は二人とも孤児院を出て自立しているため以前ほど頻繁に顔を合わせることはないが、気の置けない仲間として今でも親しくしていた。


「はぁ、はぁ……」

「……大丈夫? そんな急いで走ってこなくても良かったのに」


遠くからダッシュして息を切らす兄貴分に苦笑する。テオは息を整えながらニカッと人好きのする笑みを浮かべた。


「はぁ……いや~、ちょうどいいとこで見かけたと思って、ついな。お前は仕事帰りか?」

「うん。ダドリーさんとこで修理を頼まれて、その帰り」


そう言ってノエルは右手の長杖スタッフをちょいと掲げて見せた。


「そっかぁ~。流石はノエルだな。村のあちこちで引っ張りだこだ」

「……勘弁してよ」


嫌味のない称賛を向けられ、気恥ずかしさでテオから視線を逸らす。


「安く使える便利屋ってだけさ」


ノエルは先ほどもらった銀貨二枚をテオに見せてぼやく。


「今だって壊れた鍋やら皿やら延々修理させられて、報酬はたったこれだけだよ? 安物の皿一枚分の値段でこきつかわれたんじゃたまらないよ」

「ははっ、そう言うなよ。安い仕事しかないってのは俺も変わりゃしないさ」


底辺の人間同士、労働環境の悪さを慰め合う。


それでもノエルは自分たちが恵まれている方だと理解していた。曲がりなりにも自分は魔術師で、テオは体格がよく腕っぷしが強いから、まだこうして自立した立場でいられる。だがかつて共に孤児院で育った仲間たちは既にそのほとんどが野垂れ死ぬか奴隷として売り払われてしまっていた。


小国同士の戦争が絶えないこの南方諸国ちいきでは、自分たちのような戦災孤児は珍しくないし、こうして自由を奪われることなく食べていけるだけで恵まれているのだと理解している。


「それで? わざわざ呼び止めて、どうしたの?」

「お、そうそう。配達の途中だったんだ──」


そう言ってテオは肩に担いでいた革袋を地面に下ろして中をごそごそと漁る。ノエルはそんな彼を見下ろし、呆れたように溜め息を吐いた。


「……また仕事増やしたの?」

「おう! これで七つ目だな!」

「いくらテオ兄が頑丈だからって、いい加減にしないと身体壊すよ」


テオはノエルの忠告を気に留めた様子もなく「大丈夫、大丈夫」と笑い飛ばす。体力自慢の彼はノエルが知っているだけでも、木こり、庭師、小作農、粉ひき、汲み取り屋と様々な仕事を掛け持ちしていた。その上、村人の義務と称して自警団員としてもこき使われ、つい半年前には村長の息子に代わって兵役を押し付けられ戦争にも参加していた。


ノエルでなくても、身体を壊さないか心配になる。


「そこまで働かなくても、普通に食ってくぐらいはどうとでもなるでしょ?」

「まぁな。でも俺もいい歳だし、それだけじゃ駄目だろ」

「…………」


テオが身を粉にして働く理由を知っているノエルは、それ以上何も言えず口を閉ざす。


「──お! これこれ」


テオは袋の中からようやく目当ての物を見つけ、ノエルに「ほい」と手渡す。それは握り拳大の小箱と手紙。ノエルは手紙の差出人に目を落とし、その名前に目を丸くした。


「サイラス先生……」


それは三年前にこの村を離れ、シルバーリーフの学院本部に帰還したノエルの師の名前だった。


元々サイラスは学院本部でエリート街道をひた走る俊英だったが、派閥の陰謀に巻き込まれ冤罪を擦り付けられた結果、学院を追放され、流れ流れてかつてこの村に辿り着いた。


村にやってきたばかりの頃のサイラスは学院に戻ることを諦め、村に骨を埋めることさえ覚悟していたらしい。そして幼いながらも利発だったノエルに目を付け、小間使いとして彼を引き取った。当初は弟子にするつもりまではなかったが、ノエルが思いのほか物覚えがよく、研究の手伝いをさせるため手ほどきをしている内に、いつの間にか弟子と呼ばざるを得なくなっていた、とサイラスが笑っていたのを覚えている。


そしてノエルが魔術師見習いを名乗れる程度の腕前になった頃、学院本部からサイラスの下に、かつての嫌疑が解かれたので戻ってこいとの連絡が届いた。


今更な話ではあったが、魔術師であるサイラスにその申し出を断る選択肢などありはしない。サイラスはノエルを村に残し一人で学院本部に戻っていった。


村人たちはノエルがサイラスに捨てられたのだと嗤ったが、サイラスは権謀術数渦巻く学院の闇に巻き込みたくない、落ち着けば呼ぶとノエルに言い残していた。


あれから三年が経ち、もはやどちらの言い分が正しかったのかなどノエルには分からない。今さらどうでもいいというのが、正直な感想だった。


「…………」


手紙の封を開けることなく、小箱と一緒に無言で外套のポケットに押し込む。


「……いいのか?」

「うん。後で読むよ」

「……そっか」


テオは何かノエルに言いたそうにして、結局何も言えず言葉を呑み込んだ。


そしてまだ配達があるとその場から立ち去ろうとし──


「────」


視線の端に何かを捉えて立ち尽くす。


ノエルもつられて、何事かとそちらに視線を向ける──と、少し離れた場所で男が若い女に言い寄っているのが見えた。距離があるのでやり取りまでは聞こえないが、女の方が嫌そうにしていることだけは分かる。


この狭い村のこと。どちらも顔見知りで、男の方は村長の息子のアーフェン。女の方はテレーゼといい、テオの恋人だった。


「…………」


しかしテオは何かを堪えるような表情をするだけで、駆け寄ろうとも二人の間に割って入ろうともしない。


「……いいの?」

「ああ。俺が割って入ると、却ってあいつに迷惑がかかる」

「……そっか」


テレーゼとの結婚を認めてもらうためテオが身を粉にして働き続けていることを知っていたノエルは、それ以上何も言うべき言葉を持たなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


テオと別れ自宅にしている小屋──サイラスが残した工房アトリエ──に戻ったノエルは、長杖スタッフを壁にかけ、外套をポールハンガーにかける。


そこで改めてサイラスから送られてきたものを思い出し、小箱と手紙をポケットから取り出し、外からためつすがめつ観察した。


封筒──宛名と差出人以外何も書かれていない。


小箱──金属性の板で出来た立方体で、開け口のようなものがどこにも見当たらない。


「……特定の脳波と呪言に反応するタイプの封印か。やけに厳重だな」


その小箱の封印がかつて師から教わったものであると理解したノエルは、面倒臭そうに顔を顰めた。


そしてしばし迷うように手紙と小箱を見つめ──


「…………アホくさ」


結局手紙の封を開けることもせず、それらを机の上に置いて部屋を後にした。今更急ぐ用事もないだろうし、やりかけの薬の調合を片付ける方が優先順位が高い、と自分に言い訳して。




そしてノエルが姿を消した後、器用に窓を開けて部屋の中に忍び込む小さな影が一つ。


「……ミャ~」

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