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第1話

連載はじめました。

目標はできるだけ毎日投稿。

最近のネット小説の流れに逆行するような内容かもしれませんが、読んでいただけると幸いです。

金でも地位でも権力でも暴力でもいい。


あるいは絶世の美貌、人類最高の叡智や名声、自分に忠実で何でも望みをかなえてくれる従者でも。


誰でも一度ぐらいは、それまでの自分の人生を一変させてくれるような何かを欲し、それを手にした自分を夢想したことがあるのではないだろうか。


──だがもし本当に、そんな何かを降ってわいた様な偶然で手に入れてしまったとして。


その時自分は、自分でいられるのだろうか?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ザオム平原だぁ? あんな北の辺境にいったい何の用があるってんだ?」


道を尋ねる旅人に、宿場町で酒場を営む老ドワーフは顔を顰め怒ったような口調で問い返した。


そんなドワーフの態度に気を悪くした様子もなく、旅人は銀貨を一枚カウンターに置いて「ホットミルク二つ」と飲み物を注文する。


ドワーフは無言で銀貨を受け取り、コップ二杯分のミルクをとりわけ火にかけながら、横目で旅人の姿を観察した。


若い──恐らくまだ十代前半だろう──灰色灰目の小柄な少年。いくら平和な時代とはいえ、少年の体躯は旅をするにはあまりに細く華奢だが、その手に持つ木製の長杖スタッフが彼の“弱さ”を否定していた。


正確な実力のほどは分からないが、その身なりからして魔術師ウィザードであることは間違いない。魔術師は見習いであれ一撃で大の大人を昏倒させるほどの魔術を習得していることも珍しくなく、一人前の魔術師は一般兵一個小隊に相当するとも言われている。よほどの間抜けか腕に自信のある者でもない限り、この魔術師然とした少年に手を出そうとする賊はいないだろう。


「ミャ~」

「……リュミス。お腹が空いたのは分かったから、大人しく待ってなって」


少年の足に身体を擦りつけながら黒白ハチワレの毛並みを持つ猫が早くしろとミルクを催促する。ドワーフはその愛くるしい姿に思わず口元を緩め、少年の使い魔かと猫の正体にあたりをつけた。


「……お前さんはミルクだけでいいのか? 夕食時には少し早いが簡単なものなら出せるぞ」

「あ~……まだ宿が決まってないんで。落ち着いてからまた来ますよ」


少年は少し迷った末に肩を竦め、我慢が利かないのはこいつだけと猫を見下ろし苦笑してみせた。猫は馬鹿にされたと感じたのか「フシャ~!」と毛を逆立てテシテシと少年の足を爪でひっかくが、厚いブーツの革に阻まれほとんど痛痒を与えることができなかった。


そのやり取りで和んだ空気に便乗し、ドワーフは先ほどの少年の問いに話題を戻す。


「……さっきの話だが、北に向かうなら街道を真っ直ぐ進むのが一番早い。道も整備されてて分かりやすい、が──」


そう言いながらドワーフは少年の魔術師然とした姿を上から下まで見渡して続ける。


「お前さんは魔術師だろ? このルートは帝国を突っ切ることになるから、あまりおススメはしねぇな」

「……話には聞いてますけど、そんなに酷いんですか? 帝国の徴兵制度って」


ある程度事情を把握しているらしい少年の言葉にドワーフは大仰な仕草で頷いてみせた。


「ああ。帝国は貴族同士の小競り合いでどこも軍備拡張に躍起になってるからなぁ。例え旅人だろうと平民は平民だ。帝国に一歩足を踏み入れれば貴族の命令は拒否できねぇ。もちろん連中もわざわざ一般人を徴兵することはねぇが──お前さんは見るからに魔術師だしな」


そう言ってドワーフは少年の背丈よりも長い杖を見て肩を竦めた。魔術師の存在はたとえ見習いでも稀少で、帝国ではそのほとんどが軍属にされていると聞く。


「商売道具なんで手放すわけにもいかないですし……布に包んで隠すとかじゃ駄目ですかね?」

「どうかな。それを見逃すほどやる気のない憲兵ばかりだとしたら、帝国はとっくに潰れてると思うがね」

「……ですよね~」


少年は深々と溜め息を吐く。

ちなみに帝国では金貨十枚を支払うことで一年間の徴兵免責特権を得ることができるが、ドワーフは少年がそんな大金を持っているとは考えておらず、敢えて話題にも上げなかった。


「次に近いのは東回りで聖王国を通っていくルートだが……これもまた微妙だな」

「微妙?」


理由が分からず少年は目をキョトンと瞬かせた。


「ああ。聖王国に関しちゃ帝国みたいに徴兵されたり直接危害を加えられることはないんだが、あの国──というか教会は魔術師に対して排他的だからなぁ」

「『教会は神の奇跡以外の神秘を認めない』ってやつですか?」


少年の言葉をドワーフは頷き肯定する。

それは聖王国が奉ずる一神教が、神官たちが使う奇跡以外の魔術を禁忌の業と呼び否定的な見解を示していることを揶揄した言葉だ。


とは言え実際には魔術は人々の生活に密接に入り込んでいるため完全な排除など不可能。そのため教会は魔術は自分たちの管理下に置かれることが望ましいと主張し、魔術師たちを排除するのではなくむしろ積極的に僧職に取り込んでいた。僧職の地位を得ていれば、使っているのは同じ魔術でも聖別された清らかな力になるという理屈らしい。


これは別段強制力のあるものでもないが、言うまでもなく宗教国家において教会の意向というのは強い影響力を持つ。僧職を得ていない魔術師は聖王国では忌避される傾向があるため、聖王国内に居住する魔術師は教会への一定の貢献と引き換えに僧職としての地位を得るのが一般的だった。


「ちょっと嫌な顔されるぐらいは気にしませんよ?」

「嫌な顔ついでに宿泊や買い物を拒否されることもあるらしいぞ」


サラリと告げられた言葉に少年はうんざりした表情で溜め息を吐く。旅人にとって店舗の利用を拒否されるというのは致命的だ。一時的に魔術で姿を誤魔化すことはできなくもないが、変装がバレた時のリスクや道中路銀を稼がねばならないことを考えれば、あまり賢い選択とは言えない。


「……となると後は、西をぐるりと迂回して共和国を経由するルートですか」

「だな。共和国は魔術師に対して一番偏見がないし、おかしな貴族も坊主もいねぇ。かなり遠回りにはなるが、あっちじゃ開拓のための人手が足りてないから仕事も多いと聞いてる。魔術師ならむしろ歓迎されるだろうさ」


少年はドワーフの言葉の正しさを認めつつ、しかし頭の中に大陸の地図を思い浮かべ、西回りルートの長大さに途方に暮れた顔で天井を見上げた。


ミルクを温めていたポットがキューと沸騰した音を立てる。ドワーフはホットミルクをコップと皿に等分に注ぎ、コップをカウンターに、皿を猫がいる足元にそれぞれ置いた。


「……お前さん、南方諸国みなみから来たんだろ? あっちの情勢が怪しいって話は儂も聞いてるが、にしたって北は未だに蛮族があちこち湧いて出てくるような未開地だ。あんな危険なだけの終わった土地に何の用があるってんだ?」


事情に首を突っ込むべきではないと分かってはいたが、ついお節介な気質が顔を出し口を出してしまう。


少年は僅かに苦笑すると、右手中指に嵌めた古めかしい指輪に視線を落とす。そして熱されたミルクに息を吹きかけ冷まし、言葉を選びながら答えた。


「……師匠に会いに行かなくちゃいけないんですよ」


ホットミルクにそっと口を付ける少年に、ドワーフがなんと声をかけたものか言葉を探していると──


「────?」


不意に、ドワーフの鼻腔に甘ったるい匂いが香った。


「しま──っ!?」


焦ったような少年の声。しかしドワーフの意識はそれを何事かと疑問に思う間もなく、スルリと闇の中に落ちていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……どうだ?」

「急かすな…………よし。全員寝てる」


店主と客が不自然な眠りに落ちた酒場の中に、二人組の男が足音を忍ばせ入ってくる。旅人ともならず者ともとれる風体をしていて、内一人の右手には粗末な短杖ワンドが握られていた。少しでも魔術の知識がある者なら、男が【誘眠スリープ】の呪文で酒場にいた人間を眠らせたのだと理解しただろう。


まだ酒を飲むには早い時間ということもあって、酒場に客は少年魔術師を入れて三人。ドワーフの店主を含めた四人全員がそれぞれテーブルやカウンター、床に突っ伏して眠っていた。二人組は他の者には目もくれず、少年魔術師のもとに駆け寄る。


「どこだ……?」


眠りを覚まさぬよう触れることなく、二人組は目を血走らせて床に倒れた少年を観察した。


まず見るべきはその両手。左手は頭上方向に伸ばされ露わになっていたが、右手は倒れた際に胴の下敷きになっている。


左手に目当ての物はない。眠りに落ちた際、何かに引っかけたのだろうか。指先にはたった今できたばかりと思われる赤い血の粒が浮かんでいたが、それだけだ。となると後は右手。


『…………』


二人組は顔を見合わせ頷き合うと、そっと少年の身体に手を伸ばし──


「フシャァァァァッ!!」


男たちが身を屈めたところに、テーブルの影に隠れていた黒白の猫が飛び掛かった。一人の首筋を爪でひっかき、もう一人の肩に思い切り噛みつく。


「ぐわっ!?」

「くそ! 何でこいつ──!?」


短杖を持つ男は、視線の通らない建物の外から感覚で【誘眠スリープ】を使用したせいで、足元にいた猫が呪文の効果範囲から漏れてしまったことを理解した。


思わぬ伏兵に二人組は悲鳴を上げるが混乱は一瞬だけ。すぐに立ち直り猫を振り払うと、少年の身体に背を向け先に猫を排除すべく手を伸ばした──が。


「今よノエル!!」

『────!?』


人語を発する猫。高位の使い魔には稀に人語を解する個体がいることは知っていたが──いや、問題はそこではない。


起きていた猫。少年の左手にあった傷。そして自分たちは今、少年に背を向けている。


「『王の聖名みな 尊き父の恩寵 契約に従い 我が指先に精霊の調しらべ──』」


二人が振り返ると眠っていた筈の少年が目を覚まし、上半身を起こした姿勢で右手を彼らに突きつけていた。その中指には古めかしい銀色の指輪。


「──撤退だ!」


予め不測の事態が起きた場合のことは打ち合わせしていたのだろう。短杖を持った男が短く叫び、二人は脱兎のごとくその場から走り去った。


ノエルと呼ばれた少年魔術師は二人組の姿が酒場から出て行ったのを見送り、酒場の入口を睨みつける──そして数秒が経ち、彼はようやく緊張を解いて上半身を床に倒した。


「──ぷはぁっ!」


猫──リュミスのおかげで意識こそ覚醒していたが、人間起きてすぐに動けるものではない。精神集中が必要な呪文を使うなどもっての外で、二人組があのまま襲い掛かってきていたら危うかっただろう。


リュミスは気を抜くノエルの頭の方にとてとてと歩み寄り、コテンと首を倒し話しかけた。


「……さっきの詠唱、何?」

「ハッタリ。カッコいいだろ?」


窮地を切り抜け自慢げに笑う少年に、猫は心底呆れて溜め息を吐いた。

今日はあと3~4話投稿予定。

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