⑥屋根上の夜風とともに
王都から北東にある大きな屋敷が連なる区画は、主に貴族や大富豪の住居が置かれている。通路ごとに十分な警備が敷かれ、街灯の数も最も多く、区画の入口では常に騎士が立って出入りする人間を確認している。時間は既に夜中の手前だが、人通りのない道や門であっても、騎士が定期的に巡回をする徹底さであった。
その中でも一際大きい屋敷、夕焼けのような赤い屋根の上にギュードは胡坐をかいて座っていた。
「で? いつまでついて来る気だ?」
ギュードは自分の後ろにいる黒ずくめの人間に声をかける。
「………命令ですので」
声からしてギルドで依頼してきたフードの女性、さらにいえば、クライル宰相の傍付のメイドの女性であるという事は既に分かっている。
「監視かな? それとも失敗した時の口封じかなぁ? あぁ、怖い怖い」
ギュードは夜風に吹かれながら体を左右に揺らし、冗談交じりに独り言のように呟く。
「すぐに必要な情報が渡せるようにも、です」
「成程。口だけは二流に訂正しよう」
味方ではないという答え方に、彼は小さく鼻で笑って見せた。
「それじゃぁ、そろそろ始めるとしますか」
ギュードが立ち上がる。
クライル宰相の依頼は大雑把にして、単純明快。それは、金竜騎士団の団長、イーチャウの弱みを握る事であった。
「一体どうやって探すつもりですか? 彼の屋敷には専属の護衛や訓練を積んだ番犬が常に巡回しています。屋敷も広大で、部屋を回るだけでも相当な時間がかかります」
元々、黒い噂の絶えない人物だが、大貴族お騎士団長という肩書だけに、多くの不正が闇の中に放り込まれてきた。庶民相手の不祥事程度では、現行犯であっても揉み消される。王宮の人事にも深く関わっており、弱みを握られている者や彼の手を一度でも握った者は、彼を追求する側に回れず、かつ目を付けられれば、脛に傷がない者でも傷があると扱われる為、関わる事自体避ける者がほぼ全員であった。
故に彼を追いつめる為には、王国騎士団や王族のような上位に対する不法行為であり、かつ言い逃れが出来ない物証付きでなければならない。
だが依頼主からは、彼に対する具体的な容疑や情報が出された訳ではない。そういう意味では、黒ずくめの彼女が言っている事はいちいちもっともな内容でもある。
「いや、もう目的の八割は達成している」
「………何を言っているのか分かりません。閣下から依頼を受けて二日程経っていますが、あなたは特にそれらしい行動をしたようには見えませんでした」
警備の厳重な大貴族の屋敷といえど、屋根に上る程度なら中堅の冒険者でもできる。黒ずくめの女性は布越しに溜息をつく。
「さて、そろそろ時間だ。奴の執務室に入るぞ」
「どこにあるのか分からないのに?」
呆れた声に、ギュードは真下に指を差す。




