⑨裏の裏の裏
「………何故」
クロムがギュードの顔を見上げた。
「何故あなたは、私が姉さんの仇を討ちに来たと分かっていながら、命を奪おうとしなかったの?」
いつ殺されるか分からない環境をものともせず、何一つ変わらない生活を送る事ができたのか、彼女は不思議で仕方がなかった。
「そんな事か、くだらない………」
ギュードが短く吐き捨てる。
「単純に脅威にならなかっただけだ。もしも俺が油断出来ない程の相手だったら、どんな手を使ってでも殺していたさ」
実力差とはいえ、実際にクロムがギュードの命を奪おうとはしてこなかった。
「子どもが自分の近くで木の棒を振り回していたら、大人は危ないから殺してしまおうと剣を抜くか? しないだろう? それと同じだ」
「でも、今回はあなた達を襲ったわ」
子ども扱いされて、やや不機嫌になったクロムが小さな反論を投げつける。
「俺を襲ったのはお前じゃない。お前は姉と同じく偉そうに立っていただけだ」
「………くっ」
それ程までに力の違いがある。相変わらず遠回しの表現に、クロムは耐えがたい屈辱を受けつつも、それが事実なだけに何も言い返せなかった。
「容赦ねぇなぁ」
カウンターで頬杖をついていたオーナーが、思わず彼女の側に立って言葉に漏らす。
「本当の事を言っただけさ。宰相閣下の傍でお茶を入れていた方がよっぽど良い仕事をしていたさ」
クロムの入れた紅茶の味は悪くなかったと、ギュードが最後に付け加えた。
「あら、それは慰めているつもりなの?」
「うるせぇなぁ。女相手に説教するのは苦手なんだよ」
フォースィが目を細めて笑うと、ギュードは舌打ちをしながらクロムに背中を見せる。
瞬間、クロムはギュードの背中に向けて飛び込んでいた。黒装束の左右の袖からは小さなナイフが飛び出し、踵からも刃物が飛び出ており、縄は全て切られていた。
「一応、動きは悪くないんだがなぁ。こう、タイミングというか、殺気というか」
「ひゃん!」
ギュードは残念そうに呟きながら、クロムの背後から両脇を指で突く。
クロムはのけ反るように敏感に反応し、両手のナイフを落とした。
「前々から思っていたのだけれど………それ、どういう仕組みで背後に回っているのかしら? 正直私にも分からないんだけど?」
イリーナが何度も手を叩いて感動している中、フォースィは魔導杖を肩に当てながら鼻から強めに空気を吐き出す。
「そいつぁ企業秘密ってやつさ。分かったら面白くないだろう?」
「背後をとられたのに、面白いもないわよ」
「ワザとだって」
「はいはい」
人差し指を立てて自慢気に顔をキメるギュードに、フォースィが呆れながらそっぽを向いた。
ギュードは再び振り返り、顔を赤くしながら睨みつけているクロムを見降ろす。
「それにしても随分と力を付けたな。俺と違和感なく話を続けながら、両手足で精密な作業が出来るまでになったか………そうだなぁ、冒険者で言えば、中の中から上って所だな」
「何それ、結局半端って事じゃない!」
クロムが声を上げた。
「それよりも、もっと大事なことがあるんじゃないの?」
付き合っていられないとフォースィが天井に向けて独り言のように声に出す。
そしてギュード達に視線を向ける。
「そもそもイーチャウは何故、ここを襲ったの?」
フォースィは続けてクロムの目を見た。
だが、彼女は答えない。
「大方、デルを殺せば弾劾されないとでも思ったのさ。初めから王女を狙えばその先の目的まで得られたのだろうが、どうやら先方は彼女が変装してここに来ていることまでは知らなかったようだ」
やはり頼るべきは情報戦。ギュードは詰めが甘いとイーチャウの行動を嘲笑する。
「それじゃぁ、王都の鐘の音もイーチャウの仕業か?」
オーナーが右手を軽く広げた。
「いや、そっちは違うんだ」
ギュードが全員を一瞥する。
そして頬を緩ませた。
「さてさて、ここからは商談だ。オーナー、フォースィ、実はここにクライルからの依頼がある。悪くない稼ぎになるんだが………話に乗る気はないか?」
名前を呼ばれた二人は、突拍子もないギュードの提案に目を大きくさせた。




