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第22話 走ってばかり

 裏路地を先導する男は喧騒が遠ざかると、足を止めてくるりと振り返った。

「いやー危なかったっすね、お客さん」


 ようやく路地裏の暗さに慣れてきた目が、小柄な男の姿を捉える。インクに水を混ぜたような薄い黒の短髪に、煙水晶の瞳。服装は、ラフなシャツにポケットの多い褐色の上着を羽織り、それから所々汚れのついた灰茶色のズボンを履いている。膝丈までしかないズボンの裾は破れたのか揃ってなかったし、茶色の靴は汚れてすり減っている。

 そんな彼を一言で表すと年齢不詳だ。背が低く、顔の輪郭には幼さが残っている。そのせいでまだあどけない少年にも見えるが、それにしては細い一重の目が幾分か狡猾すぎる気もした。声変わりはしているから、幼すぎることはないとは思うけれど。


 そんな小柄な男はおれらにひょいと手を差し出した。

「で、お代を請求したいんすけど、金貨五枚でどうすか?」

 金貨。ユートピアでアベルから教えてもらった言葉。本当に使われていたのかと感心しながら男の言葉をぼんやりと聞いていた。おれの代わりにアベルが口を開く。

「金貨? それはなぜ?」

 途端に男は眉毛を寄せた。

「いや、何言ってるんすかお客さん。人助けしたんですから金を払ってもらうのは突然でしょうや。ガキでもわかることっすよ」

「そうか」

 淡々とアベルが相槌を打つ。そこで話が通じたと思ったのか、男はほんの少し表情を緩めて手を差し出した。

「はい、金貨五枚を。初回サービスで安くしとくんで、どうぞ御贔屓に」

「いいや、金は持ってない」

 今度こそ男はきりりと眉を釣り上げた。幾分か丁寧だった言葉遣いを崩して、

「はああ? 嘘言うなよ、こんないいなりをして銅貨一枚も持っていないはずがねぇ。嘘も休み休み言いな」

「ああ、服か。これは昨日他人から奪ったものだ。 金とやらを持っていなかったからな、ちょっと拳でお話して拝借してきたんだ」

 アベルの声に合わせて、おれは胸の前でわざとらしく拳を握ってみせる。もちろん笑みを浮かべて。その方が恐怖を与えるのだとユートピアで学んだ。


 目論見通り男は一抹の怯えを瞳に滲ませる。なんとも分かりやすい。危機管理能力がある人間は一周回って扱いづらくて助かる、なんてアベルも思っているんだろうな。

「そ、それは結構なことで。その所為であんたらは追われてたんか?」

 正確には不法侵入だからだ、そう言うべきか。なんて迷っていると、アベルが先に口を開いた。

「まあ、そうだな。こんな治安の悪い街で、まさか強奪が罪になるとは思っていなかったもので」

 よくそんないけしゃあしゃあと嘘がつけるなとおれは感心した。どんな本を読んだらそうなるか教えてほしいくらいだ。

「……あんたら、もしかしてよその人か?」

「そうさ。俺らは旅をしているんだ」

 人からモノを奪う旅人なんて最悪な災厄じゃないかと思う。強盗の間違いじゃなかろうか。口には出さないけど。代わりに頷いて、出まかせを連ねる。

「おれらは初めてこの街に来たんだが、あいにくと土地勘がなくて困ってるんだ。よければ街案内をしてくれないか?」

「けっ、金のないやつはゴメンだね。旅をしているとわかると思うが、情報には金がかかるのさ。さあ帰った帰った」

 しっしっと男が手を振り払ったその時。


「おい、フローじゃねぇか。そろそろ年貢の納め時だと思うが、どうなんだ? え?」


 見るからにガラの悪い男が現れる。煙草をふかし、頬には刃物で切られたような傷跡がある。狭い裏路地に男が四人も集まって、なんともむさ苦しい空間だ。別に女が見たいという訳ではさらさらないが。

 げ、とフローと呼ばれた小柄な男が小さく声を上げた。「とうとう取り立てに来やがった」

「お前の知り合いか?」

 アベルが問うがフローはまるで聞いてはいなかった。幾分か怯えた様子で、

「な、なあ、あんたら腕が立つんだろ? なら、あいつをやっつけてくれよ」

 やっつける。正義のヒーローじゃあるまいし。でも、好機だ。

「報酬が街案内ならやっつけてもいいけど」

 半ば冗談だったのにフローはぶんぶんと首がもげる勢いで頷いた。

「するする! 街案内でも何でもするから、早くしてくれ」

 迷う。この小柄な男と、ガラの悪い男。どちらを敵に回す方が厄介だろうか。

 ――熟考しなくてもわかる。小柄な男を見捨てるべきだ。こういうガラの悪い男には背景にボスがいるのだから。敵に回すと厄介だ。しかし小柄な男には恩義という名の信用がひと欠片だけある。困ったな。

「あん? なんだ? ガキのオトモダチか?」

 煙草の煙をわざとらしく吹きかけてくる。焦げ臭い匂いとともに視界が曇ってたまらなく不快。アベルが「煙草の煙って健康に悪いらしいな」なんて言っていたのを思い出す。その間にも狭い裏路地に充満していく煙、煙、煙。

「臭い」

「ああ?」

 絵にかいたようなメンチとやらを切りながら男がまたもや煙を吹きかけてきた。ご丁寧に、顔面に。

「――臭い、と言ったんだ」

 言うが早いが、おれは男の顔面を殴り飛ばしていた。煙草が口から吹き飛ぶ。カンターヒット。途端に頽れる男。

「あ、」

 後先考えずにやってしまった。後悔した時にはもう遅いのだ。男が憤怒の表情を浮かべながら起き上がろうとする。

「はは、カインは短気だもんなあ」

 アベルが呑気に笑いながら立ち上がろうとする男の鳩尾を蹴った。男はまた地面に逆戻り。白目を剥いて伸びている。


 うーん。これはもう取り返しがつかないかも。


「ぼんやりするな、ずらかるぞ」

 アベルの声に引っ張られておれは走った。フローもついてきて、追いついたかと思えばおれらの前を先導する。行く宛てもないのでおれらはついていくのみ。

 なんだか走ってばかりだな。

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