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雪の肌

作者: 雉白書屋

 むかしむかし、ある雪の夜。とある山付近の、かやぶき屋根の小さな家。

 そこに住む一人の男。宗兵衛は真っ赤な顔をして己の陰茎をただひたすらにしごき続けていた。

 額に汗をにじませ、まるで木と木とこすり合わせて火を起こそうとしているかのように、随分とまた必死に手の皮陰茎の皮。肉と肉を擦り合わせ、せっせとしゅっしゅと自己研磨。見開いた目は血走り、歯茎を剥き出しにし、囲炉裏の火が揺れ影が退いてはまた戻り、ものの怪のような様。

 そう、この家には、ものの怪がいる。むろん、それは宗兵衛のことではない。

 あの女だ。宗兵衛がしきりにチラチラと目を向けるあの女こそが妖怪である。そのことは宗兵衛自身も気づいていた。


 半刻ほど前。戸を叩く音がした。

 夕食を終え、寝転び、眠るでも何をするでもなくぼんやりとしていた宗兵衛はむくりと起き上がった。

 今のは聞き間違えだろうか。そうだろう。こんな夜遅くに訪ねてくる者などおらん。


 ――トントン


 まただ。では風のいたずらだろうか。

 宗兵衛は起き上がり、格子窓その雨戸を少し開け、空を見上げた。雪は揺らぐことなくただ静かに空から降りてきている。


 ――トントン


 まただ。気のせいではない。本当に誰かが来たようだ。

 宗兵衛はゆっくりと戸を開けた。


「……ごめんくださいまし、よろしければ一晩泊めてはいただけないでしょうか」


 美しい女だった。大きな瞳。通った鼻筋。柔らかな声。長い黒髪に白装束。そして真っ白な肌。美人だ……と思うや否や宗兵衛は二もなく女を家の中に招き入れた。


「寒くはないかい。もう少し傍へきたらどうだい」

「大丈夫です。囲炉裏の火が怖いので……」


「そうかいそうかい、では少し弱めよう、ささ、どうだい。近くへおいで」

「いえいえ、突然訪ねてきた身です。私は部屋の隅で構いませんので……」


「そうかいそうかい……」


 と、このようなやり取りを経て、しばしお互い見合うような状態が続いた。と、言うより宗兵衛はジッと女を見ていた。そして、おもむろに陰茎を取り出し、しごきはじめたのである。

 女はそっと目を伏せた。そのおくゆかしい様も宗兵衛にとっていい興奮材料であった。

 

 ――そろそろいいだろう。


 宗兵衛は右手で陰茎をしごきつつ左手で床を踏み、膝を擦りながら前へ前へ、女の方へとにじり寄った。

 はぁはぁと息を荒げる。女はそんな宗兵衛をちらと見てはまた目を伏せ、袖で顔を鼻の上まで覆い隠した。

 その仕草に宗兵衛はまたも興奮を覚え、垂らした涎が床に落ちた。擦る膝がその上を通る。

 

 ――パキッ


 薄氷が割れたような音がした。

 宗兵衛が膝を上げ、見るとパラパラと氷の破片が床に落ちた。

 落ちた涎が凍りついたのだ。だが、そのことに驚きはしない。この女がなにかはわかっている。


 雪女。それも美しい雪女。子種が欲しくて山から下りてきた淫らな女。


 宗兵衛はゴクリと唾を呑んだ。

 雪女が出るという話はこの辺りでは有名で昔から知っていた。出会うのは初めてだが間違いない。女は外の雪もまた凍るような冷たい空気を纏っているのだ。 

 だからだろう。まただ、また。そそり立っていたはずの陰茎はその寒さにまたも力をなくし、項垂れてしまった。

 宗兵衛はまたいそいそと囲炉裏の前へ戻り、陰茎をしごき始める。


 荒げた息の中にため息が混じる。

 はぁ……なぜ子種が欲しくて来たのに、あの女はああも消極的なのだ……とは、言うまい。恥ずかしいのだ。初めてなのだ。よくわかる。こちらが寝入ったあと、すり寄ってくる算段なのだろう。で、あるならば囲炉裏の火を消し、布団を敷き待つべきだろうが、先程のあの様。寒さでこいつが勃たなければ役立たず。女も呆れ、雪の向こうに消えていくだろう。

 それはならぬ。断じてあってはならぬこと。あのような美人と一夜を共にする機会などこの先、一生ないであろう。

 まさに一つに溶けあうのだ。女の中にこいつをぶち込み突き上げ、揺らし、溶かし、溶かし、むしゃぶりつき、この体温奪われ死のうとも。覚悟はできている。なのにこの体たらく、ああ、情けなや、情けなや……。


 宗兵衛は囲炉裏の火に手のひらを真っ赤になるまでかざすと、また陰茎をしごき、しごき、まるで餅つきの際、手水を加えるようにそれを繰り返し続けた。

 しかし、これでは埒が明かぬ。なにより辛抱たまらぬと宗兵衛は膝を鳴らして立ち上がると、また女の前へと歩み寄るのだった。

 そして身を屈めると女の両手首を掴み、壁へと抑えつけた。

 女が「あ」と「ん」と分けて声を漏らした。女の手首はまるで氷柱を握っているかのように冷たく、またその左手首は白装束の袖の上から握っていたのだが、ほろりほろりと崩れ、溶けていった。

 人の肌が熱いのだろう。そう思った宗兵衛はパッと女の手首から手を放し、悪いことをしたな、怒らせてやしないだろうかと、まじまじと顔を見つめる。

 

 ……美しい。

 

 宗兵衛の口から白い感嘆の息が漏れた、女は惣兵衛から顔をやや俯き加減に逸らし、そしてちらと見る。髪が揺れ、唇の上にかかった。

 惣兵衛は女の肌に触れぬよう注意しながら、それを指で優しく取り払い唇に顔を寄せる。が、女の吐息がそれを阻んだ。呑んだ息が喉から胃へとその冷たさが駆ける。

 無精髭と鼻の中の毛がパサつき、宗兵衛は反射的に仰け反った。鼻をすすり、口をひくつかせるとプツッと唇が切れ、痛みを感じた。

 これは参った。この女の吐息は吹雪をぎゅっと丸めたようなもの。顔を近づけることができない。

 ……で、あるならば下から攻めるべきだ。

 宗兵衛は僅かに捲れ上がった白装束の裾に目を向ける。そして、猫のように手をにぎにぎと動かしたのち、一気に裾の中に潜り込ませ、そしてかき分けた。

 露わ露わの女の柔肌。その白さは女が着ている白装束と見分けがつかないほどであったが、もっちりとした柔らかさは見てわかる。

 宗兵衛はふと、陰茎が熱くなるのを感じた。

 ああ、なんだ。最初からこうすればよかったのだ。準備、準備などと馬鹿らしい。そう考えた宗兵衛は下服を脱ぎ捨て、尻を丸出しにし、女のふとももにむしゃぶりついた。

 真っ直ぐに勃起した陰茎が床を叩いて音を出し、そして動きを止めた宗兵衛。その静寂の中、ゾッとした。

 唇が張り付いたのだ。宗兵衛は尻を上に向け穴を広げたまま硬直。これを無理に引き剥がした際に訪れる痛みを想像し、肝まで冷えた。

 だが、すぐに妙案が浮かんだ。宗兵衛は舌を口の中の唾液でよく湿らせ、女の肌を舐めにかかった。

 上へ下へ、唇と肌の間に滑り込ませるようにしてペロペロペロと。舌先で掠め取った冷たさを口の中に戻してはまた出して。その際、宗兵衛は甘味のようなものを感じ取った。

 が、それは気のせい。女の肌はやはり氷のように冷たく、味もなにもない。しかし、「あっ、あっ」と女の耐えるかのような慎ましやかな喘ぎ声が宗兵衛の脳をかき乱す。

 宗兵衛は一時、唇を女の肌から離すと今度は手で撫でにかかった。手のひら全体で優しく、温もりを揉みこむように。

 手はすぐに赤く、やや膨れ上がり、しもやけに。

 だが、女の肌が溶けているのか全体に艶やかさが出て、囲炉裏の火でいやらしく煌めいた。

 はぁはぁ、息を荒げ、時に声を上げる女。

 しかし、それは感じているからではなく、宗兵衛の体温の高さ、熱による痛みによるものであった。

 女が呼吸する度にまた、隙間風のような冷気が宗兵衛の身体を撫でて行くが、宗兵衛は女が興奮し発汗していると捉え、さらに興奮した。

 女の頬を撫でてやると赤みが差し、益々それらしくなった。

 宗兵衛はうううぅと呻き声を上げると女の股の間に顔をうずめた。床に擦った陰茎が痛みと快楽を齎す。

 バサッと女の白装束の裾が頭にかかると冷気と暗闇に顔が覆われた。

 荒げた息が冷気となって僅かに跳ね返り、鼻をくすぐった。

 女の下半身がぶるりと揺れ、宗兵衛もまた揺れた。

 息を吹きかける度に女は喘ぎ、そしてびくんと動く。

 ああ、夢にまで見た女、女の中がもうすぐ、もうすぐだ、そこにある。

 よしよしやるぞやるのだ……と、宗兵衛が足に力を入れ、体を上げようとしたその時であった。


「ひぎゃ!」と宗兵衛は猫のような悲鳴を上げた。

 先走り湿った亀頭周り。カウパー液が女の冷気で凍り付き、宗兵衛の亀頭と床を癒着させていたのだ。

 呻く宗兵衛。しかし、挫けてなるものか。そう意気込むが、しかし、しかし、なのに、なのに……。


 宗兵衛は女の股座から顔を引き抜き、自分の下腹部を見下ろした。

 陰茎は項垂れるように頭を垂れていた。その先っぽには引き剥がした際に負った傷。僅かにだが囲炉裏の灯りで煌めく血が見えた。

 宗兵衛はガチガチと歯を鳴らしながらパキパキと凍てついた瞼を何度も擦り、その溢れる涙を拭った。

 なぜだ、なぜ大事なときにこうなんだ。

 宗兵衛は声を殺し、泣いた。

 やがて、影が差し頭の上にひんやりと、しかし柔らかく優しい感触が包んだ。

 宗兵衛が見上げると女は微笑み、そして二度ほど宗兵衛の頭を撫でた後、家から出て行った。

 宗兵衛は女の背が夜の闇に入ると慌てて追いかけ、家を飛び出した。


「おーい! おーい!」


 宗兵衛は萎え、親指程の大きさの陰茎を振りながら声を上げ、女を呼び止めようとした。

 しかし、辺りはゆっくりと降る雪ばかりで女の影も、動くものは何もなかった。

 女は役立たずの宗兵衛に呆れ、出て行ったのだろうか。それとも元々、宗兵衛とまぐわう気はなく、本当にただ一晩泊めて欲しかっただけなのか。

 宗兵衛にはわからない。それを考える気もなかった。ただ探した。探し続けた。女を、その影を追い求め続けた。縮み上がった陰茎が視界に入り、また涙したこともあり、宗兵衛は時折、自分が母を探す幼子になったような錯覚を抱いた。


「あぁ……あぁ……あれは乳房だ……女の乳房だ……」


 宗兵衛は笑い、笑った。




 翌朝、道を歩いていた村人二人は目にしたその光景に驚いた。


「おい、こ、こいつ宗兵衛さんじゃねえか?」

「ああ、間違いねぇ、しかし、なんだってこんな、こんな……」


「こりゃもう駄目かね」

「ああ、しかしなんだって、ふふっ」


「そりゃおめえ、決まってんだろうよ」

「ああ、まあなぁ、しかし、かわいそうになぁ」


「まあ、嫁の貰い手もねえで、じいさんになっちまったら、こうなっちまうのかなぁ」

「寂しかったんだろうなぁ」

 

「……なあ」

「ん?」


「いったのかな」

「そりゃ、死んでるだろう。さっき言っただろう?」


「違う違う、イッたのかなって」

「ん、ああ、どうだかなぁ。冷たいだろうからなぁ、ああでも顔は」


 降り積もった雪の、なだらかな女の乳房のような起伏に己のモノを突っ込み、命尽き果てた宗兵衛。その顔は大変、満足げであった。

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