冷たい息吹3ー2
「わかりません」
「え?」
その机にいた全員が呆気にとられました。
「だって、ぼくはその場にいたわけじゃないですし、状況がわかりません」
「いやでも、あの部屋で風が吹いたのは本当ですよ?」
私は思わず感情的になって言い返してしまいました。
「よく確かめました? あの部屋って入ってすぐの隅のところに、配管用の穴が開いてるんです」
……知らなかったぁ。
「つまり、こいつの勘違いだったってこと?」
先輩の顔色に生気が戻りました。
「んだよぉ、やっぱりお前が悪かったってことじゃねか! ちゃんと確認しろっての!」
先輩は鬼の首を取ったように勝ち誇った顔をしています。すっかりいつもの調子を取り戻しました。
「…………」
私は返す言葉が見つかりませんでした。
「でも、あの部屋に幽霊がいるっていうのは確かなんだよね? 妙に暗かったり寒かったりするのは、それが原因なのかな?」
「どうなんでしょうね。あの部屋は陽当たりが悪いのは確かなようですし、必ずしも幽霊が原因とは言えないと思います」
「なんだぁ。そうなのかぁ」
黒部さんの冷静な言葉に堀澤さんはほっとしたような、落胆したような声を出しました。
黒部さんの言葉には妙な説得力がありました。それは彼が持つ独特の雰囲気がそうさせるのかもしれません。
衣装部の方は、撮影隊の中では雰囲気が少し違います。
撮影隊は黒い服を着ている人が多いのです。それは、ガラス等の反射物に映っても目立たないようにするためや、明るい色の反射が役者の肌にのらないようにするためだったり、汚れても目立たない色が黒だからだとか、理由は様々です。
ただ、衣装部さんは違います。扱っているのが、服というのもあるのでしょう。他のスタッフとは服に対する意識が違います。
常に現場の最前線にいるわけではなく、監督モニターで衣装にシワがないかなどの確認をしています。そのため、衣装部さんには黒い服を着るという撮影隊の暗黙のルールは適用されておらず、個性的でオシャレな格好をしている人が多いのです。
しかし、黒部さんは他の衣装部さんとは少し毛色が違っていました。全身真っ黒なのです。頭から爪の先まで全身が黒なのです。そのときはまだ珍しかった黒いマスクをしていて、唯一肌が見えている目の周りは、女性スタッフが羨むほど真っ白でした。
黒を基調とした服は、それはそれでオシャレではあるのですが、異様な雰囲気を醸し出していました。黒い服ばかりの撮影隊の中でも、彼は妙に浮いた存在でした。
そんな風貌のため、彼が霊感があると公言してもなんの違和感も感じません。
むしろ、やっぱりそうだったかと納得したのでした。
そんな黒部さんが、こう続けるのです。
「ただ、あの部屋よりもこっちの部屋の方がいますよ」