冷たい息吹3ー1
「いやぁ、昨日のはひどかったなぁ」
もう何度目かわからない嫌味を言っているのは、私の直属の上司である先輩です。
「ほんとに昨日のお前はひどかった」
「……先輩だって、腰抜かして悲鳴上げてたじゃないですか」
先輩は眉間に皺を寄せます。
「んだとぉ! あれはなぁ、お前のでっかい悲鳴に驚いたんだよ! お前が悪いんだからな!」
「まだ言ってるんですか?」
クスクス笑いながら助け船を出してくれたのは、昨日真っ先に悲鳴を上げていたメイク部の堀澤さんです。
「でも、確かにひどかったよね」
「でしょお! まったくお前ときたらほんとによぉ」
どうやら私に味方はいないようです。
「…………」
私は釈然としないながらも黙るしかないのでした。
ちなみにそんな会話を繰り広げているのは、お昼の食堂の中です。
昨日は夕飯後、深夜まで撮影は行われず、その代わりに次の日の朝から撮影がありました。
昨日の夕食時の一件は大いに話題にのぼり、私は様々なスタッフから質問攻めにされました。ただ、それも朝一にはほとぼりが冷め、いまだに蒸し返しているのは隣にいる先輩くらいでした。よっぽど昨日の自分の醜態が許せなかったのでしょう。
「黒部さんも昨日の話し聞いてます?」
先輩はさらなる共感者を求めるべく向かいの席の衣装部さんに声をかけました。
「あぁ、なんとなく聞きましたよ。照明部が悲鳴を上げてたって」
先輩の顔色がさっと変わりました。
「いやいや、違うんですって! 悲鳴上げてたのは、あいつで……」
先輩の虚しい言い訳が始まりました。
私は意に介さず、食事を続けることにしました。
「そういえば黒部くんって霊感あるって本当ですか?」
先輩の長い言い訳を事も無げに遮ったのは堀澤さんです。
「いや、ちょっと、堀澤さん……」
もちろん先輩は不満そうです。しかし、黒部さんの返事に黙らざるを得ませんでした。
「そうですね、本当です」
黒部さんは箸を止めることなく、さらりとそう言いました。
「…………」
皆が箸を止めて、黒部さんの顔を見ました。
堀澤さんが恐る恐る聞きます。
「……じゃあさ、やっぱり隣の部屋って、幽霊いるの?」
「いますよ」
その言葉で皆の顔が青ざめました。
「ていうことは、昨日、感じた風ってのは……」
先輩の声は昨日のあのときのように震えていました。
「……本物の幽霊の仕業ってことですか?」