冷たい息吹1ー2
廃墟の中は部屋や廊下の形は成されていましたが、形を成しているだけで、内装は全く施されていませんでした。つまり、床、天井、壁、部屋の中はもちろんのこと、廊下も全てが剥き出しのコンクリートなのです。
部屋の中は窓があるだけで、それ以外何もなく、ただの灰色の四角い箱なのです。
廊下は縦長の四角い穴が並んでいます。その穴とは扉が設置される予定だった穴です。扉すら設置されておらず、ぽっかり開いた四角い穴がズラリと並んでいるのです。
蛍光灯などの照明器具も当然ながら設置されていません。日中は窓から陽が入ってくるので、多少は明るいのですが、夜中は真っ暗です。なので、撮影現場とその周辺は制作部が先行して灯りを用意してくれていました。ですが、撮影が終わると早々に別の撮影現場にその灯りを使い回していました。
つまり、撮影が終わった場所には一切の灯りはありません。
当時の私は専門学校を卒業したての新人で、照明部の雑務をしていました。
その日は何度も現場移動がありました。照明部の現場移動は大変です。多くの機材を次の現場に運ばなければならないからです。移動後は、当然、機材の員数が合ってなければならないのですが、何度数えても数が合いません。しかも、どの現場からその機材が失くなっていたのかわからなかったのです。
機材を集めるのは私の仕事でした。
涙ながらに先輩に付いてきてほしいと懇願しましたが、素っ気なく却下され、仕方なく、たった一人で機材を回収しに行かねばなりませんでした。
なんの灯りもない真っ暗な深夜の廃墟を、どこに置いたかもわからない機材を探しに行ったのです。
ヘッドライトという小さな照明器具を頼りに、廃墟の廊下を練り歩きました。しかし、ヘッドライトでは廊下の奥まで光は届きません。どこまで続くのか見えない廊下には、縦長の暗い穴が左右にずらりと並んでいます。
その暗い穴からは今にも何かが飛び出してきたり、顔を覗かせたりしても不思議ではありません。そんなことを想像してしまうほど、怪しい雰囲気を醸し出していました。
逃げ出したい気持ちを抑え、その縦長の穴に足を踏み入れ、1部屋1部屋機材がないか確認していきました。
始めのうちは1部屋ずつ丁寧に確認していたのですが、いくつか部屋を回ると段々と責任感よりも恐怖が増していきました。徐々に速度を上げ、次第に走るような速度で見て回っていました。
季節は真冬です。コンクリートの壁は底冷えするのです。
私は真っ白い息を吐きながら廊下を駆け抜けていきました。
「ない、ない、ない、ない……」
恐怖を紛らわすためにぶつぶつと独り言を呟いていました。
しかし、ある部屋に入ったときにその独り言が悲鳴に変わりました。
速度も相まって、その場で転んでしまいました。そのはずみでヘッドライトが頭から滑り落ち、室内に乾いた音が響きました。
窓の前に何かが立っていたのです。
月光が差し込んでおり、そのシルエットは人の形をしているように見えました。
私はヘッドライトを掻き毟るように引き寄せ、それに光を当てました。