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09:異世界進出企業監査報告

地球と異世界、実に多種多様な交流が行われるようになって久しい、現在。

多くの異世界人達が地球に移住し地球での生活を謳歌したり、元々住んでいた世界の技術を持って地球での一攫千金を夢見る者も多い。

そして、それは地球側にも言えることである。第二の人生を夢見て異世界へ移住する地球人や、異世界側の発展や一攫千金を願って異世界へ出店する地球側企業も年々増えてきている。

そして、当然ながらそこで起きる様々なトラブルというのも存在する。基本的には現地警察機関が管轄すると境界協力連盟で定められており、地球側世界で発生したトラブルは地球側警察が、異世界側で発生したトラブルは現地衛兵隊などが対応に当たるのだ。

そして、現地住民側と移住者側と現地警察機関がうまく対応出来ているか、事件に発展していないかなどを時折抜き打ちで監査するのも境界警察局の仕事である。



----------



境界警察局日本支部内、境界門管理所(ポータルステーション)

ここに開かれている一つの(ポータル)の前に、雄二とメリスが立っていた。

ただし、今回は装いがいつもとは全く異なっている。

雄二は趣味用であった黒のライダースジャケット姿にサングラス。

メリスはおしゃれ着である普段遣いの白のワンピースドレス姿に紫のボレロを羽織っており、ロングヘアーの銀髪を後ろでまとめてポニーテールにし、伊達メガネをつけている。

一応、境界警察局としての任務でこれから異世界に向かうのだが、この格好ならパッと見は地球からの観光客として見なされることだろう。そう思われるよう狙ってのことだが。

「……メリス、わかってるだろうが、今回は監査のために行くんだからな?」

雄二がサングラスをずらしてメリスを見ながら言う。

そんな雄二にメリスは満面の笑顔で答えた。

「わかってますよ。でも、何だかんだ雄二も気合い入れてくれてますよね〜?」

言われて雄二はサングラスを整え、目を隠した。

そんな様を眉間にシワを寄せたジト目で睨むエルメナ。

「イチャついてないでとっとと行ってくれませんかねぇ?」

「!…ゥオホンッ!」

そう言われて雄二は咳払いをする。

「わかりましたよエル〜、それじゃ、行ってきますね!」

特に気にしてないメリスは明るく答え、門へと歩き出した。

「…とりあえず、行ってくる。」

そう言って雄二もメリスと共に歩き出す。

そうして、二人は門をくぐり、正規交流先の異世界『ハルプ』へと向かっていった。


地球に残ったエルメナは、やれやれと肩をすくめながら雄二達の持つマギ・コールと繋がっているマギ・コンピュータの画面に向き直り、キーボードを叩き始める。

そしてこう愚痴った。


「あれで結婚してないとか、絶対嘘でしょう?」





----------




異世界『ハルプ』。

かつてこの世界は人間や亜人獣人などが支配する国と魔族が支配する地との間で戦乱が起きていた世界で、長く続いた戦いに終止符を打つために別世界からの勇者召喚を人間の国と魔族の国のそれぞれが強行した。それにより地球側の青年2名が召喚されたのだが、境界警察局や境界連盟機構の介入に加え、召喚された青年2名が双方の和解のために協力してくれたことにより人族側と魔族側の和解が叶い、現在は和平が結ばれ共存のための道を模索しながら発展を続けているのだ。

とはいえ、これまで争い続けてきたことやこの世界の技術力の問題もあって共存の道は長く険しいものであった。

そこで、人族の国『ハルプフェル』と魔族の国『ヘルハルプス』の2カ国が境界協力連盟に加盟、異世界感交流を始めたことによって異世界技術を積極的に導入するようになった。その流れで地球側の多くの企業が異世界『ハルプ』へと進出、様々な事業が展開されることとなったのだ。



----------


雄二とメリスは、観光地にもなっている魔族国『ヘルハルプス』の魔王都ヘルゼイの境界門管理港(ポータルポート)に降り立った。

そこは街全体が観光地となっているだけあって、様々な国籍及び境界籍の観光客が行き交い、異世界感を味わえるお土産屋なども多数出店している。

「おぉ〜、発展してますね〜。」

その光景を見てメリスは笑顔になる。

「だが、今回は仕事で来てるんだ。悠長に遊ぶ時間はあまりないからな。」

雄二はそんなメリスを諌める。だがメリスは明るく答えた。

「わかってます〜。でも、久しぶりにこういう場所に来たんだから少しは浮かれてもバチは当たらないでしょう♪」

「……まあ、メリスがそれでいいなら好きにすればいい。」

そう言ってサングラスの下で遠い目をする雄二であった。



境界門管理港(ポータルポート)を出て、目的の場所である巨大ショッピングモールへ向かうために乗合馬車…ならぬ乗合竜車に雄二とメリスは乗り込んだ。

魔王都ヘルゼイでは一般的な乗り物である、ラプトルのようなフォルムの魔物である草原竜(グラスランドリザード)が引く乗合竜車。終戦後の発展と異世界交流で飼料となる農作物が安価で豊富に仕入れられるようになったことから草原竜を多く飼育出来るようになり、それに伴って交通手段として竜車も増産。さらにその竜車も地球からサスペンションやゴム製タイヤなどを輸入し改良したことによって劇的に乗り心地が改善。地球製の車を導入するより安価で普及できる条件が揃ったことでこの世界で一気に一般化していた。

ちなみに草原竜は肉も美味いので畜産方面やグルメ業界でも喜ばれている。

そんな乗合竜車に揺られながら雄二とメリスはこの後のことを話し合う。

「…さて、今回の俺達の目的は現状監査だ。」

「この魔王都ヘルゼイで展開している日本のショッピングモール『ワイオンモール』がうまくやっているか、ですよね。」

「あぁ。ショッピングモールの集客状況や採算状況、トラブルの有無なんかも調べるように言われてる。」

「その情報次第で境界警察局としてどう対応するか判断しろってことですよね?」

メリスの言葉に雄二は頷いた。

「ああ。もし俺達で対応出来る範囲を逸脱している場合はマギ・コールでエルメナに報告して判断を仰ぐことになるが…。」

雄二は少し考えるが、すぐに続ける。

「……正直、それもまずないだろうとは思う。なにせ、相手は日本の企業だ。それも、境界協力連盟に加盟する異世界の国家に店舗展開しているほどの超大手のな。」

「つまり、ワイオンモールも対応マニュアルやら色々用意済み、ということですよね。」

メリスが雄二の説明を補足する。エルメナのマネで伊達メガネをクイッと動かして。

「そう、なるな…せいぜいやることとしては、店舗施設内でトラブルがないかどうか、客のふりをしつつ見回るくらいだな。」

「…普通はミステリーショッパーがやることですよね、それ?」

メリスが口を尖らせる。

「そう言うな、第3者視点ってやつなんだろうさ。ましてや異世界展開だ。境界間問題になりかねんしな。」

雄二がフォローした。





----------



「待たせたなお客さんら、ワイオンモールに着いたよ〜。」

乗合竜車の御者が、乗り込んでいるお客達に告げる。

その声を合図に、お客が次々と竜車を降りてゆく。

「さて、俺達も降りるか。」

「えぇ。」

雄二とメリスも竜車を降りた。

眼の前には、まるで城かと思うほどの巨大な建造物。その壁にはデカデカと『ワイオンモール』のロゴが掲げられている。そして、駐車場スペースには多くの竜車が停まっており、入口は多くの来店客で賑わっている。その盛況ぶりに驚きを隠せず、雄二とメリスは思わず声を漏らした。

「わぁ〜、すごい……」

「おぉ……これは凄いな……」

周囲を見れば、様々な人種の老若男女が思い思いに買い物を楽しんでいる。

店員が声を上げて客寄せをしたり、試食を勧めたり。それを見たお客達が楽しそうに買い物をしていく様を見て雄二とメリスは、境界協力協定が結ばれた成果を、異世界感が薄れるほどに感じるのだった。

「と、とりあえず入りましょうか?」

メリスが雄二の袖を引っ張りながら促した。

「……ああ、そうだな。」

雄二は頷くと、メリスと手を繋いだまま店舗入口へ歩を進める。

そうして広大なワイオンモール内に入っていった。






----------

ワイオンモール ヘルゼイ店。

複数のエリアで区切られたモール内は多くの来店客で賑わっており、各テナントも積極的に呼び込みをかけている。

また、要所に配置されている案内板フロアガイドによって目的の買い物の場所がわかりやすいデザインとなっていた。

そんなワイオンモールの目玉の一つである『フードコート』へ、二人は来ていた。

「ほう、ここは寿司屋も展開してるんだな。」

「あっ、雄二!あそこの『すし亭』ってチェーン店の支店ですよ!お昼はここで食べましょうよ!」

「お、おう。」

メリスに腕を引かれて雄二も寿司屋に向かった。


「いらっしゃいませ〜、ご注文をどうぞ!」

現地住民である魔族の女性のレジ店員が応対する。

奥にいる職人さんは日本人。

「はい、それじゃあ手頃な値段でおすすめ出来るやつを一人前ずつお願いします♪」

メリスが答えると、店員はにこやかに答えた。

「はい、ご注文ありがとうございます!」

店員は二人の注文を聞き取りながら手早くメニューを作り始める。そしてものの数分でお寿司が出来上がり、雄二とメリスの手元に並んだ。

「ありがとうございま〜す♪」

「どうも。」

店員に軽く頭を下げてから、雄二がお寿司を食べ始めた。それを見たメリスも、一緒に食べ始める。

「……うまい。生魚を食べるのは久しぶりだが、なかなかいけるなこれ。」

出されたお寿司に舌鼓をうつ雄二。

「でもこれ、日本じゃ見たことない魚ですよねコレ。」

お寿司を頬張りながら疑問を述べるメリス。それに雄二が答えた。

「ここに卸されてるのは主にこの世界で水揚げされてる海産物だからな。メインは地球産に似ている近縁種を利用して、少しお高めのメニューに地球にいないこの世界固有種、超高級メニューに日本からの輸入品を使ってるんだ。」

「なるほど……やっぱり日本で食べ歩きした経験って、こういう時に活きるもんですね〜。」

「ツーリングのお陰で、な。」

「それにしても、こうして現地の材料を使って地球と同じものを作り出すっていうのも、地球とこっちとの繋がりの一つの証明になると思ってますけど、雄二はどう思います?」

メリスが真剣な眼差しで雄二に問う。それに対して雄二は答えた。

「ああ、そうだな。こういうところから少しずつ、調和を深めていければいいな。」



その後、モール中央のインフォメーションカウンターに向かった雄二とメリス。

カウンターの受付嬢に雄二が声をかける。

「失礼、ワイオンの正社員に会えないだろうか?」

魔族の女性受付嬢が答える。

「申し訳御座いませんが、アポイントは…?」

そう言われたところで雄二が境界警察局手帳を見せる。

「すまない、境界警察局の者だ。今日は監査で来ている。」

手帳を見て受付嬢は慌てて即応する。

「も、申し訳御座いません!すぐに対応致しますので少々お待ちください!」

そう言って内線電話をかけ始めた。

その様子を見て雄二はこう思った。

(従業員教育も行き届いているな。滅多に来ない境界警察局のこともしっかり把握している。)

そうしている間に、内線電話を終えた受付嬢が戻ってきた。

「お待たせ致しました、応接室へご案内しますのでこちらへどうぞ。」




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ワイオンモール店内、スタッフエリアにある応接室。

ここに案内された雄二とメリスは、このモールの店長を務める日本人、篠田(しのだ) (しげる)と現地人の秘書の2人と面会していた。

「わざわざご足労頂きありがとうございます。私、本社より当店を任せられております篠田と申します。」

「境界警察局の烏山雄二です。本日は監査で参りましたのでこのような格好ですみません。」

「いえいえ…。」

軽く会釈する雄二。それに合わせてメリスもペコリと頭を下げる。

応接室にあるソファに、雄二とメリスが並んで座り、向かいに篠田と秘書が座る形をとったところで、篠田が話を切り出す。

「さて、なぜ本日監査に来られたかお伺いしても?」

それにメリスが答える。

「えぇ、本日は現状監査でほぼ抜打ちでお伺いさせて頂きました。今日まで特に問題なく運営出来ているか、何かトラブルが起きてはいないかを見るためです。」

この説明を聞いて、篠田店長は少し考え込んだ。

「トラブル、で御座いますか…。」

「何か、問題でも?」

その様子を見てメリスが聞く。篠田店長はゆっくり話し出した。

「えぇ、ここのところフードコート以外の各テナントからちょこちょこと報告が上がっておりまして…。」

「報告、ですか?」

メリスが問い返すと、篠田店長が答えた。

「えぇ、ブティックやドラッグストア、スーパーなどの区画で商品がいつの間にか無くなっていることがありまして…。」

「それ万引きじゃないですか!!」

思わずメリスが声を張り上げる。しかし篠田店長は手で制す。

「まだこの話は続きがありまして…その無くなった商品の代金分と思われる金額がいつの間にかレジに置かれているんですよ。」

「……え?」

その話に、雄二もメリスも目が点になる。

「な、なんですかそれ……万引きされてその分のお金をレジに置かれてるって、一体……?」

メリスが困惑したように聞く。雄二は黙って聞いていた。

「はい、それも一件や二件では御座いませぬ。ここ数日で数十件以上は発生しております。」

篠田店長の告白に、雄二とメリスはいよいよ頭を悩まし始めた。

「万引き犯を捕まえようという動きは?」

雄二が聞くと、篠田店長が答えた。

「もちろん、現場を押さえようと警備員を各所に置き、万引き犯が現れたらすぐに対応出来るよう体制を整えたのですが……。」

そこまで言ったところで篠田店長は大きなため息をつく。そしてまた続ける。

「何故か警備員は捕まえようと現場を押さえても、手出しすら出来ずに見逃してしまっているようで…ヘルゼイの衛兵隊に通報しても衛兵すら同じ有り様で…。」

「はぁ……?」

メリスは、もはや理解の範疇を超えた話に、思わず素っ頓狂な声を上げるしかなかった。逆に雄二は腕組みをしながら考え、そして話し始めた。

「その警備員は現地で採用した方々ですか?」

「えぇ、まぁ…。」

篠田店長は肯定した。それを聞いて雄二は思ったことを話したのであった。






----------




数分後、雄二とメリスはマギ・コールで連絡を取り合いながら別行動でモール内を歩き回っていた。

「監視カメラで事前に確認した事はもう頭に入れてるな?」

『当然ですよ雄二。』

マギ・コール越しにメリスが返事する。

先程篠田店長の案内で監視カメラの映像を確認し、おおよそ容疑者は絞り込めた。

『外観年齢15〜18歳の魔族の未成年男性』

『服装は黒系が多い』

『現場となるのはフードコートを除いたほぼ全区画だが、集中しているのはスーパーマーケット区画の食料品コーナー』

これが映像から読み取れた特徴だ。

そして監視映像でさらに判明した事実がある。


『犯人に応対した警備員や衛兵が、犯人を見た瞬間恐縮してしまい手出しできなくなっていた』


ということだ。

「つまり犯人は、身分が高いか、あるいは何かしらの特権を持っていて、それが身分の高い相手にも通じるような何かという可能性が高い。」

『となると、偉い身分で、かつそれを利用して万引きまがいをしている……?』

「その線で調べてみる価値はあるな。」



今、雄二はサングラス、メリスは伊達メガネをつけている。

この2つにも、エルメナがつけてる眼鏡や雄二のパワードスーツのヘルメットバイザーと同じ各種分析機能を搭載している。

二人はこの機能を起動して周囲を調べながらモール内を歩き、犯人を探し回った。



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スーパーマーケット区画を、買い物するふりをしながら見回っていたメリス。雄二は他のテナント区画を見回っている。

「今のところ怪しい影はなし、と…。」

陳列されている商品を確認しつつ、周囲を伊達メガネのセンサーで見渡してゆく。

「う〜ん…特に不審な人はいませんね。」

そうしているうちに、お菓子コーナーに立ち入った。

…既に御存知の通り、メリスは甘党でお菓子大好き。ケーキなどのスイーツ系が大好物だが、駄菓子のようなお菓子も捨て難い。

一応今職務中ではあるが、「買い物してるフリ」をしているのでついつい手が伸びるメリス。

「ポケットマネーならいいですよね…?」

そう言って、陳列棚に並んでいるお菓子の中にある、箱入りのカスタードケーキに手を伸ばした。


その時、同じカスタードケーキにもう一つの手が伸び、メリスと手が接触した。


「ん?」

思わずメリスが隣を見やる。

そこにいたのは、「黒い服装に身を包んだ、外観年齢15〜18歳くらいの魔族の未成年男性」がいたのだ。

「あ……。」

青年はメリスと目が合った。浅黒い肌、メリスと同じ銀髪で短髪、短めながらも2本の赤い角が額から伸びている。黒い目の中にルビーのような赤い瞳が輝く。

「あ、す、すまぬ!」

青年は慌てて手を離した。メリスも慌てて手を引っ込める。そして青年に謝罪した。

「いえ、こちらこそごめんなさい、先に手が伸びたものだからつい反射的に、つい、ね……。」

そこまで言うと、メリスは再び青年を見た。そして思わず口に出した。

「……って、アナタもしかして……!?」

青年は一瞬狼狽した表情を見せた。すぐに平静を取り繕う。

「な、何のことだ?そなたとは初対面であろう?」

そう言って一歩後ずさる。が、メリスはその言動を怪しむ。

「言葉遣いが妙に尊大ですね?そういう教育を?」

そう言いながらメリスは伊達メガネの分析機能を起動し調べ始める。

ここで青年は突飛な行動に出た。

「もしやそなたもこのモールの私服警備員か?ならば仕方あるまい。」

そう言って懐に手を伸ばす青年。メリスは即座に警戒する。

が、懐から出てきたのはバッジだった。

それも、『ヘルハルプス王家の家紋』を示すバッジだったのだ。

「はぁっ!?」

メリスは思わず声を上げる。

青年はとっさにメリスの口を手で塞いだ。

「騒いではならぬ!なぁ警備員の女よ、余の顔に免じてここは見逃してはくれぬか?」

何と青年は『見て見ぬふりをしてくれ』と頼み込んできたのだ。恐らく現地採用してきた警備員達や衛兵隊も、この権力の前に怯んでしまっていたのであろう。そうして今まで有耶無耶にし、逃げおおせてきたのだろう。

……だが、彼の幸運もここまでである。なにせ今目の前にいる女性は境界警察局員。たとえ相手が王族だろうが関係なく職務を執行できる存在なのである。

メリスは懐から境界警察局手帳を取り出し掲げながら青年に言い放った。

「今までならそれで通じたかもしれませんが残念でしたね、私は境界警察局のものです。王族だからと忖度はしませんよ?」

やや睨みを効かせた目付きで青年を見るメリス。

「きょ、境界警察局…!?」

メリスの言葉に青年は冷や汗を流しだす。

「このモールからの相談でイタズラする青年を何とかしてほしいと頼まれまして…さっきの見逃してほしいという発言もしっかり録音してます。言い逃れできませんよ?」

「え、えぇっ!?」

青年は青ざめた。以前から監査で来る事があるとは聞いていたが、本当に境界警察局が乗り出してくるとは思わなかったのだ。

(くっ、どうする……?)

打開策を考える青年だが、もう打つ手は残されていなさそうであった。

青年は即座に踵を返して走り出した。

「あっ!?待ちなさい!!」




----------



『見つけましたよ雄二!今追跡中です!』

マギ・コールで連絡を受けた雄二は即座に走り出していた。

「わかった!無茶はするなよ!!」



「待ちなさ〜い!!」

走って逃げ続ける黒服の青年を追ってメリスも走り続ける。ただ服装がワンピースドレスなので走りにくい。

「こ、こんなことなら今日はパンツスタイルにするんでしたぁ〜…!」

と愚痴りながらも走りに走るメリス。

そうしているうちに青年はフードコートエリアへ逃げ込んだ。

人混みに紛れて姿をくらますつもりなのだろう。

実際効果はあったようで、メリスは人混みの中から青年を見つけ出そうと伊達メガネを操作し始めたので足が一時止まってしまう。

「くっ…コレは厄介ですね…。」

メリスは歯噛みする。現状青年はまだ「容疑」の段階であり「現行犯」ではないため手荒な手段を取る訳にはいかない。そうでなくとも無関係の一般市民がたくさんいるこのフードコートでは迂闊に手出しできない。

そうしている間に青年はエスカレーターを駆け上がり上の階へと逃げていってしまった。

「上ですか…致し方ありませんね!」

そう言ってメリスは青年の逃げる先、手頃な吹き抜けの手摺りを狙う。

そして右手から茨の蔓を生やし、その手摺りを狙って蔓を走らせる。

蔓は手摺りにガッチリ巻き付いた。そしてメリスは蔓を引っ込める要領で自らを手摺りの位置まで一気に引き上げさせる。その様はまるでフックショットで自身を引き上げるかのように。

周囲からはどよめきが起こった。

「なっ……!?」

後ろから追ってきていたはずのメリスが吹き抜けを蔓で飛び上がって先回りしてきたのを見て驚愕する青年。

「観念してください…あなたにはお話したいことがありますから!」

手摺りを越えて青年の前に降り立ったメリス。茨の蔓を引っ込めながら警告する。

「くっ…!」

青年は踵を返して走り出そうとしたが、既に野次馬が集まってきていたため道が塞がれてしまっている。

「くそぉっ!こうなったら…!!」

そう言って青年はまた走り出し、なんと手摺りを超えて1階へ飛び降りようとしたのだ。

「なっ!危ない!!」

咄嗟にメリスも駆け出し、手摺りを飛び越える。

そしてそのまま飛び降りようとした青年に向かって右手から生やした蔓を、飛び越えた手摺りに向かって左手から生やした蔓を伸ばす。


間一髪、双方の茨の蔓は青年と手摺りをしっかりと捉え、青年が1階に落ちてしまう前に宙吊り状態となって止まった。

その瞬間、メリスの両肩から「ゴキッ!」という嫌な音が響いた。

「うああぁっ!!」

メリスの表情が苦悶に歪む。青年が吊り下がった衝撃でメリスの両肩が引っ張られ、脱臼してしまったのだ。

「うううぅぅぅ………!!」

両腕はもう動かせない。しかしそれでも茨の蔓は動かせる。メリスは苦痛に悶えながらもゆっくり蔓を動かして青年を1階の床に下ろし、続いて自身もゆっくり1階へと降り立った。

「あううぅぅ……!!」

肩を蔓で抑え、苦痛に顔を歪ませながらもメリスは青年を睨みつける。

「こ、このまま大人しくしてください……!」

メリスにそう言われ、青年は素直に答える。やはりまだ子供らしい。

「そ、そなた……どうしてそんな状態になってまで…!?」

両肩が脱臼するなど、どう見ても重傷だ。それでもなお青年を逃さないように蔓で捕らえ続けているメリスに青年は尋ねる。

「当然です……これ以上のトラブルを…未然に防ぐための使命感ですよ…!アナタみたいなイタズラっ子を…野放しにしておくわけにはいきませんからね……!!」

激痛を堪えながらもメリスは胸を張ってそう答える。その目は真剣だ。

その姿を見て、ついに青年も折れたようだ。

「わかった…もうよい……余が悪かった……。」

そう言って青年は床に座り込み項垂れた。

「わ、わかればいいんです…アナタはこのまま警備員室で話を聞かせてもらいますから…ね……!」

そう言いながらメリスは青年を蔓で捕まえたまま、警備室へ連行しようとした。

その時、メリスの背後から駆け寄る足音が響く。

振り向くと、そこには見知った顔があった。雄二である。

「メリス!無事か!?」

「あぁ…雄……二……!」

合流した雄二はその光景に驚愕した。容疑者の青年は蔓で捕まえられているのだが、メリスは両肩脱臼で腕をだらんと下げたまま上げられない状態…重傷だったのだから。

「メリスお前…また無茶を…!!」

そう言って雄二はメリスのもとへ駆け寄る。

「すみません…。」

メリスは項垂れた。





----------



ワイオンモール店内の救護室。

メリスはベッドに寝かされ、雄二と例の青年が椅子に座って向かい合っている。

「全く、助けるためとはいえ無茶しやがって…。」

そう言って雄二はメリスを見る。

「あははは…私アンデッドですし、無茶はいつものことで…」

「アンデッドだからこそ治すのに手間がかかるんだろうが!もっと自分を大事にしろ!」

「はい…。」

雄二に叱られ、メリスはしょげる。

そして雄二は青年の方を向く。

「さて、あんたのコレまでの行動は監視カメラで全て確認している。無論過去の分までな。……あんたは誰だ?何故こんな事を?」

雄二は青年に聞いた。

項垂れながらも青年は答えた。

「……余はブルーノ・ヘルハルプス。この国の第2王子だ。」

名を聞いて雄二はサングラス搭載の分析機能を起動し、境界協力連盟に登録されているヘルハルプス王家のデータベースと照合する。…………一致した。この青年が第2王子ブルーノであることは間違いない。嘘はないようだ。

「なるほど……王子がモールに忍び込むとは、随分思い切ったことをしたものですな。」

呆れる雄二。王子ブルーノは続けた。

「昔からよく変装して街に出ていたからな。今更気にする者もおるまい。」

「はぁ、そうですか……。」

雄二は嘆息する。そして王子ブルーノに質問する。

「それで、どうしてあんな悪戯を?」


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王子ブルーノはこの世界の戦乱が終決した後に生まれた世代であり、彼が幼少の頃にこのワイオンモールが出店した。

当初はブルーノ含めて国のみんながワイオンモールを歓迎し、ブルーノもそこで遊んだり買い物したりしながら楽しく生きていた。

だが、そんな中で疑問に思うことがあった。

ワイオンモールを展開している上層部にいるのが『人族』であるということ。従業員として雇われていたりテナント展開している店舗の主は魔族も多いが、その上に立っている者達が人族であるということに、ブルーノは違和感を持ってしまったのだ。

元々魔族は人族よりも肉体面魔力面において優れている種族である。そのため人族よりも魔族の方が優勢種であるという考えが昔から存在しており、共存を謳う今でも心の根底にその考えが残り続けていることがままあるのだ。

だが実際にワイオンモールが齎した恩恵は非常に大きなものであり、その手腕を振るう異界の人族のことは評価せざるを得ない。

……もしもそんなワイオンモールの者達に、一泡吹かせられるとしたら?

そう考えたブルーノは、このワイオンモールをおちょくって困らせてやることで溜飲を下げることを思いついたのだ。

とは言え、ブルーノ本人もこのワイオンモールで楽しませてもらった一人であるため、損害を与えるまではしたくないという思いもあった。

そう言った理由から思いついた溜飲を下げる手段というのが、

『モール内の商品をこっそり盗み、代金分をこっそり置いて行く』

という、中途半端なイタズラだったというわけだ。

何度か警備員や衛兵には見つかってしまったものの、皆魔族の者達だったので王子としての権力で有耶無耶にしてもらっていたのだ。代金はちゃんと払っていたというのもあって彼等は手を出せなかったのだ。



----------


雄二はブルーノの話を聞いた。ここまで聞くと、この王子がなぜワイオンモールの店員を困らせるようなイタズラをしたのか、その理由もわかる。

この王子にとっては魔族としての面目を保つためのものであり、店の者達に直接的な損害を与えようという意図はなく、単に店側の対応が面白くてからかっただけという認識だったのだ。

たしかにコレはやりづらい。現地採用の警備員やこの国の衛兵では対応できないわけだ。まともに対応できるのは雄二達境界警察局くらいだろうが、規模がしょぼいため通報するのも憚られるだろう。


改めて、救護室に篠田店長が呼ばれた。

「まさかこの国の王子様が犯人だったとは…いやはや驚きましたよ。」

項垂れる王子ブルーノを見て苦笑する篠田店長。

「しかし、これまではうまく逃げたりしてましたけど、随分しおらしくなられたと言うか…。」

篠田店長のこの言葉を聞いて、王子ブルーノは返答する。

「余はそなた達を少し困らせてやりたかっただけなのだ。……だが今回、彼女に重傷を負わせてしまった……。ここまでするつもりなどなかったのだ…。」

そう言ってブルーノはメリスに視線を移す。ベッドで横になっているメリスは脱臼した両肩が青黒く変色してしまっておりとても痛々しい姿であった。

「本当に、すまなかった…。」

ブルーノはメリスに向き直り、頭を深く下げて謝罪した。

「は、はい…。」

肩の痛みに顔を歪ませながらもメリスはその謝罪を受け取った。

そして今度は篠田店長に向き直る。

「そして、ワイオンモール店長、篠田茂殿。これまで余が犯してしまったイタズラの数々…本当に、申し訳なかった。」

頭を下げ、謝罪したブルーノ。

篠田店長もそれに応える。

「私も、アナタのイタズラには悩まされたものです。ですが、あなた自身は悪い方ではないということは、もうわかっております……今後はイタズラを控えて、お客様として当店をご利用ください。我々はいつでも歓迎しますよ。」

篠田店長はそう言って、ブルーノに握手を求めた。

その意図を察した王子ブルーノは顔を上げ、篠田店長とガッチリ握手を交わしたのであった。




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一連の話を聞いて、メリスはホッと一安心した。

「よかったです……これでもう、安心ですね……。」

肩が脱臼して痛みに襲われているにもかかわらず、メリスはニッコリと笑った。

「いやお前はまず自分の心配をしろよ!……まったく、無茶しやがって……!」

すかさず雄二がツッコミを入れる。

「えへへ……でも、ブルーノさんが逃げるために飛び降りようとしてましたし……助けなきゃって……。」

「だからってお前が…!!」

「雄二に治してもらいますから…♪」

雄二の突っ込みも意に介さず、メリスはにっこり笑ってみせた。

「…わかった。」


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あれから、雄二はメリスを連れてワイオンモールの近くで営業している宿屋にチェックインした。

ワイオンモール側には金銭的被害は無く、ブルーノとの和解も成立したため問題は無くなったと認識した。

他に表立ったトラブルもなく、運営は問題なしということで監査を終えることになった。

そして今宿屋の客室で、メリスは体を再生するために雄二から生命エネルギーを分け与えてもらっていた。

そのために雄二とメリスはお互い裸で触れ合う必要がある。今は雄二が後ろからメリスを抱き締めるような格好になっている。

メリスは雄二から生命エネルギーを注ぎ込まれ、恍惚とした表情を浮かべる。

「あったかいです…。」

「全く、無茶しやがって…。」

悪態をつきながらも、雄二は温かい目でメリスを見ていた。

雄二からの生命エネルギー供給により、青黒くなっていたメリスの両肩は美しい白い肌へと戻っていき、それに伴って痛みも引いていく。

こうして完全に肩の傷は完治した。だが、メリスは雄二からエネルギーをもらうことを辞めようとしない。

「おい、もういいだろ。」

「まだです……まだ、もっと……」

メリスは雄二に背中を向けたまま、雄二の胸に背中を密着させるように体を預ける。そして、治った腕で雄二の胸板をそっと撫でた。

「……ありがとう、ございます……。」

そう言ってゆっくり振り向いたメリスの顔は熱を帯びていた。

「……やれやれ。」

雄二は肩を竦めるのであった。





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帰還時、雄二とメリスを王子ブルーノが配下を連れて境界門管理港に見送りに来た。

「本当に一晩で治ったのか…。」

すっかり脱臼が完治したメリスの姿を見て驚くブルーノ。

逆に雄二の顔が少しやつれて見えたような気がした。

「…この度は、そなたらに迷惑をかけてしまい、誠に申し訳なかった。あの後父上からも雷を落とされたわ。」

そう言って顔を押さえるブルーノ。よく見ると左頬が腫れている。

「父上ということは…」

メリスがそう言ったところでブルーノが答える。

「あぁ、当代の魔王だ。最近は共存の道のためにオーラを抑えておられたが、あの時はまさに魔王としての覇気を見せつけられたわ…。」

「……その程度で済んで良かった……ということでしょうかね。」

苦笑いを浮かべる雄二。

「全くその通りだ。だが、余がメリス殿に負わせてしまった傷のことを思えばこの程度、甘んじて受けるさ。」

そう言って笑う王子ブルーノ。そして姿勢を正し、雄二とメリスに言った。


「境界警察局の者達よ、余の目を覚まさせてくれて…本当に、ありがとう!余はこの恩を決して、忘れない!」


その言葉に、雄二とメリスは敬礼し答えた。

「あなたは優しい心を持つ方です。きっと大丈夫と信じています。」

「我々は職務を果たしただけです。どうか、その思いを忘れないでください。」



こうして雄二とメリスは門を通り、地球に帰還した。

以上の内容を監査報告にまとめ提出したのだが、茨の蔓で大捕物を演じた行動が目立ちすぎということでメリスは追加で始末書を書くハメになってしまったのだが。

本小説は、2割ほどをAIツール「AIのべりすと」様に手助けしてもらいながら作成しております。




https://ai-novel.com/index.php




勢いで描いたようなものですが、もし興味ありましたらブクマしてくれると意欲が沸きますのでよろしくお願いします。

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