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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第3幕 Apostles in Corruption
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第91話 激動

「そこで根の排除をしておいて」

「お、おう……」


 ハジメはニナに連れられ、奴隷区画内にある何の変哲もない家屋にやってきていた。 そこには窓が無く、人ひとりが通れるほどの狭い扉が一枚設置されているだけ。


 二人が到着した際に扉は閉じられており、根の侵食は行なわれていなかった。 しかし家屋に逃げ込む際に二人を追う根の存在ががあったため、それらは今なお内側に入り込もうと猛襲をかけている。


「おい、さっさとしてくれ! あと何をしようとしてるか教えてくれ! このままじゃマナが保たねぇ……!」


 ハジメは扉の部分に身体を置いて《歪虚アンチゴドゥリン》を広げ、根の侵入を防いでいる。


「これ使って耐えてて」

「おわッ!?」


 奥に引っ込んだニナが一瞬だけ姿を見せ、ハジメにマナポーションを投げつけた。 そのまますぐ引っ込んでしまうため、ハジメは文句言えずに動きを強制される。


「……っぷはァ! 《歪虚》! くっそ、いつまで続ければいいんだよ!?」


 根の接触による《歪虚》リソース消費により、ポーションを飲んだ先からハジメのマナが削れてゆく。


「そのままで聞いて」

「な、なんだ!? 今あんまり頭が回ってないから手短に頼む」


 ニナがハジメの背後から徐に声を掛けた。


「奥の部屋から地下に下れる。 そこには町の外への緊急の脱出口があって、エマを寝かしてあるから場所は確認できるようにした。 あとエスナ様の所持品も麻袋に纏めておいたから、エマを連れてそれも持って脱出して。 理解した?」


 ハジメが今から向かう先は、秘密裏に設置された町からの脱出口。 奴隷区画の人間は魔導具の制限によって、どこから町の外に出ようと罰則が下される。 そういう理由で多用はされないものだった。


 ある時エスナが魔導具の解除方法を見出した。 それ以降は脱出口は度々使用され、人員や物資の搬入に一役買っていた。


「あ、ああ……。 でも、エマの魔導具はどうする? あれが装着されたままだと町の外には出られなくないか?」

「さっき解除したから安心して。 付言すれば、今はもう魔導具の作用も減弱してるから、激烈な制裁を受けなくなってるみたい」


 ハジメとメイが町の根幹である魔石を機能停止させたため、住民を縛る魔導具の作用は概ね失われたと言っても良い。 しかし実のところは縛りの出力が下がっただけであり、作用自体は生きている。


「なるほど、理解した。 ……それでニナ、あんたはここからどうするんだ?」

「まだ町に残ってる面々を脱出させるつもり。 カチュアの発言が事実なら、町に居てもいいことはないからね」

「そうか。 話は変わるけど、どうして俺を信用したのか教えてもらっていいか?」

「エマと一緒に居た姿を何度も見てたから。 でも信頼したわけじゃないから、ここからの行動で示して。 町の問題はまだ完全に終わったわけじゃないからね」

「任せてくれ。 じゃあ、お互い無事であることを祈る」

「大丈夫。 心配はあなたの方だけよ」

「言ってろ」


 二人は黙り、息を合わせる。


「今だ!」

「《排斥リジェクション》!」


 ハジメが屋内に引っ込んだのと同時に、ニナの魔法が炸裂。 建物の前で狂喜乱舞していた根が吹き散らされ、空いた隙間からニナは外へ。


 ハジメは一心不乱に通路を進み、見えてきた下り階段に転がり込んだ。 狭く暗いが、《夜目ナイトアイ》の効果が維持されており通路も一本道なので分かりやすい。


「エマ……!」


 ハジメは一旦立ち止まり、エマを慎重に担いだ。 そのまま麻袋をふんだくるように掴むと、可能な限りの速度で通路を駆けた。


(道が無い……?)


 なだらかな階段は、途中でピッタリと絶えていた。


(いや、ニナがエマを放置してまで嘘の道を教える筈がない。 少なからずエマは奴隷区画で役に立ってたはずだし、同じ区画の住民を逃げしてたニナに限って俺たちを陥れる選択をするわけがないよな)


 ハジメは《歪虚》を限界まで引き延ばすと、天井であろう場所に触れた。 すると、分厚い木が捻れて光が差した。


「地上か……!」


 ハジメは光を求めて外へ。


 転がるようにして飛び出すと、やはりそこは町の外側。


「……ん?」


 根に追いつかれぬよう走り抜けるが、いつからか背後び迫る感覚が失われていた。


 根の群れは隠し通路から飛び出したあたりでウネウネとただ蠢いている。 どうやらハジメの元まではやってこれないらしい。


「やっとか……」


 ハジメはそっとエマを地面に横たえると、尻餅をつきながら頭上を見遣った。 ここからだと巨大な根が町を覆う様がハッキリと確認でき、またその重厚さに圧倒される。 この分厚さではおそらく、《歪虚》で根を削りながら脱出することは困難だっただろう。


「あ゛ー……疲れた……」


 緊張の連続だった。 未開域に出発してからこの瞬間まで、一時たりとも休む暇はなかった。 だからだろうか、ここにきて激烈な睡魔が襲いかかってきた。


 ハジメの身体が徐に傾いた。


「だめだ……まだ何も、終わっちゃ……いないのに……」


 ハジメは薄れゆく景色の中、モルテヴァ内より迸る莫大なマナの波動を感じ取った。 しかしそれ以上に疲労感が強く、ハジメは急速に意識を刈り取られていった。



          ▽



「王よ、いかがでしたか? ヒースコート男爵にしては面白い試みではなかったですかな?」

「ふん、つまらぬお遊戯会よ。 あそこまで時間を掛けた結果、見せられたものがあれでは興も醒める。 期待を超えてくるかと思ったが所詮、力に溺れた魔物が一匹生まれただけのことよな」


 エーデルグライト国王カイゼルは、魔法学園長デノイ=カークランドとともにサーチアイから送られてきた映像を鑑賞していた。


 サーチアイが映すのは、荒廃して誰もいなくなったモルテヴァの姿。 その中心に佇むロドリゲス=ヒースコート。


「しかし王よ。 これは私の勝ちでしょう。 男爵が生き残り、その他の者は全て息絶えたようですから」


 勝ち誇った顔で見下ろすデノイに対し、カイゼルは飄々とした表情。


「気の早いことよ」


 サーチアイの映像は解像度が高くないため、カイゼルらは大雑把な流れしか把握できていない。 特定の個人が何をしていたかといった具体的なものに関しては情報が不十分だ。


 町中で誰かが生き残っている可能性もある。 しかしそれ以上に、ロドリゲスの魔法効果が凄まじかった。 無数に転がっていた人間や化け物の遺体は全て掻き消え、サーチアイの映す景色にロドリゲス以外の姿は見えない。


 少なくとも、ロドリゲスが抗争に勝利したことは客観的判断として間違っていないだろう。 それでもカイゼルは負けた様子を見せない。


「いえいえ、ここは私の勝ちと──」


 ガチャリ。


「戻ったぜぇ」


 唐突に開かれた扉。 デノイは忌々しげな視線を向けた。


 そこには、王国勇者である荒牧史哉と上水流諏訪の姿がある。


「フミヤにスワ、戻ったか。 早速だが心して聞け。 急ぎ対処してもらわねばならぬ案件がある」

「王よ、逃げるおつもりですか? 見苦しいですぞ。 偉そうに言い放った言葉を覚えておられるのですか?」

「デノイ、お前は何か勘違いをしているな。 対処すべき案件とは即ち、ヒースコートが敗れた場合の話を言っておる」

「……何を言っていおられるのですかな?」

「また勝負事かよ。 デノイ、どうせあんたが負けんだからやめとけよ。 王様には勝てねって」

「勇者殿、私を侮らないでいただきたい。 今回に限っては、王は完全に道楽で選択肢を引いておられる。 面白半分の輩に私は負けませぬぞ」

「輩などと、口の悪いことよ。 しかしデノイ。 余が単なる道楽だけだと思っておるのか? 余はお前よりもヒースコートのことは熟知しているぞ? あの者の愚昧さや醜悪さを加味した上で、より楽しさと勝算の高い方を選んでおる」

「またまたご冗談を」

「うーん……てかコレ、どういう勝負なわけ? 映像の中の二人の一騎討ちってこと?」


 どうしてこうも男どもは勝負事に拘るのか。 つまらない言い合いに嫌気の刺した諏訪は、映像を見てごく普通の質問を投げた。


「二人? スワ殿は一体何を言っておられ──」


 デノイは諏訪の質問の意味が一瞬できず、疑問を解消する意味でも映像に目を向けた。 そこには確かに、二つのシルエットがある。


 それはロドリゲスに向けて、ゆっくりと歩み寄っている。 不気味に青白い全身と、頭部を落とさないように抱え込む異様な姿勢。


「──あれは何者……いや、何なのですか」

「面白くなってきたではないか」


 ロドリゲスの秘策──範囲内全ての生命体を媒介に発動された魔法により、モルテヴァに転がっていた死体から生者まで何もかもが消失してしまっている。 そんな環境下で闊歩するそれは、異質以外の何ものでも無い。


「魔人……かな? きっしょい見た目だけど、最近あんなの増えてるよね」

「男爵の生み出した生物では?」

「にしては敵意満々っぽいけど」

「その男爵とかっての、どっちがそうなんだ?」

「バッカじゃない? 白くない方に決まってんでしょ」

「どっちも魔人にしか見えねぇよ」


 ロドリゲスの姿も様変わりしている。 でっぷりと太っていたフォルムは鳴りを潜め、長身の男がそこに居た。 しかし人間らしさが残されているのはそこだけ那。 腕は四本生えているし、身体の大部分は黒く染まってしまっている。


 スワたちが白い魔人として認識しているそれは、パタリと動きを止めた。 かと思いきや小刻みに震え始めている。 次第に震えは全身から顔面に集約され、同時にマナも急激に高まってゆく。


「楽しめ、デノイ。 まだ勝負の結末は分からぬからな」


 カイゼルの声は、ここにきてようやく楽しそうな色を含み始めた。



          ▽



「う……ん……」


 決して心地良いとは言えない振動がハジメの体を揺らした。


 ユッサユッサと揺られる感覚は、不快以外の何ものでもない。


「──っでえ!?」


 突如謎の浮遊感がハジメを襲ったかと思えば、鈍い衝撃が全身に駆け抜けた。


「んな、なんだ……!?」


 驚きと痛みで急激に覚醒を促されたハジメは、とにかく周辺をバッと見回した。 すぐに目の前の男に気がつく。


「ハジメ、手間掛けさせんなよ」

「はぁ!? あ、あんた……!」


 男の名はメイグス。 ハジメは彼と数度だけ仕事が一緒になったことのある人物。 ハンター崩れの太っちょな男だ。


「おうよ。 散々っぱら運んだんだぜ、感謝しろよ」

「え……ちょっと待ってくれ、何が何だか分からん……」

「そっちの姐さんらに聞いてくれ」

「え……?」


 メイグスはハジメの背後を指差した。


 まず目に入ってきたのは、見覚えのある鬱蒼とした森。 モルテヴァ北部の未開域で間違いない。 そのまま森の中を見ると、見覚えのある人物が複数確認できた。


「エスナ……? それにみんなも、こんな場所で何をやってるんだ?」


 エスナ以外には、ドミナ、リセス、ユハン、モノ、カチュア、あと数名知らない人物が見える。 彼女らは一様に苦しげな表情を浮かべており、ユハンとリセスの容態が特に悪そうだ。


 リセスはドミナに、ユハンはモノに介抱されている状態であり、健全に動けそうな人物は居そうにない。


 その他、かなり離れた位置にチラホラとハンターらしき面々も見えている。


 エスナが徐に立ち上がり、ハジメに近づく。


「ハジメ、久しぶりのところ悪いのだけれど……凶報よ」


 エスナはどこか苦痛を隠そうとしながら話し始めた。


「あんまり聞きたくないけどな……」

「それは困るかな。 一つ聞くのだけれど、ハジメは身体のどこかに悪いところは無い?」

「うーんと、マナが少なくて全身倦怠感が強いくらいだな。 いや、これが悪い状態なのか……?」

「その程度なら問題ないと思う。 身体のどこかに、こんな感じの刻印は入ってる?」


 エスナ左手甲には楔形の赤黒い紋様が浮かんでおり、まるで生きているかのように揺らめいている。


「いや……無い、な」

「ま、そうよね。 コレには酷い痛みがあるから、あったら分からないわけもないし」

「……?」

「いえ、無いならいいの。 じゃあこの中で刻印が入ってないのはハジメとエマだけか。 ちょっと厳しいね」

「……! そ、そうだ、エマだ! あの娘はどこにいるんだ!?」


 現状だとか、気を失ってからどれだけ時間が経過しただとか、聞きたいことは無限にある。 しかしながら、それ以上にハジメはエマの事が心配で仕方がない。


「今はフエンちゃんと行動してるから、しばらくしたら戻ってくると思うわ」

「無事、なのか……?」

「無事と言えるのはハジメと彼女だけね。 ハジメが眠っている間に色々あったのだけれど。 少し説明が難しいのよね……」

「姐さん、そろそろいいか? 俺もこんな場所にいつまでも居たくないんだが」


 ハジメの理解を置いてけぼりにして話すエスナに、メイグスから掛けられる声があった。


「ああ、そうだった。 ハジメを運んでくれてありがとう、メイグスさん。 もう逃げてくれていいわ。 これは報酬だから、取っておいて」


 エスナは貨幣の詰まった銭袋を雑に投げた。


「お、っと──って、こんなにいいのか!?」

「その代わり、このあたりには誰も近づかないようにしておいて。 ロドリゲスの回復ソースにされても困るからね」

「まったく、姐さんらも怖いもの知らずだな。 でも任せておけ。 報酬分くらいの仕事だけはしておいてやるからよ」

「頼んだわ」

「ハジメも災難だけど、まぁ頑張れよ」

「お、おう……?」


 太った肉体には似合わない速度で走り抜けるメイグスを横目に、ハジメはエスナへ向き直る。


「……それで、どうなってる?」


 どう考えても面倒事に巻き込まれている事実を理解し、ハジメは諦め半分に質問を投げた。


「ちゃんと聞く気になってくれて嬉しいわ」

「俺だけ無関係って訳にはいかないだろ。 聞いた上で無理そうな案件なら降りるけどな」

「じゃあ聞くだけは聞いてもらおうかな。 私たちの置かれている、厄介な現状を」


 ハジメが気を失った頃──。


 アンドレイの拘束の魔の手から逃れていた多くの者が、モルテヴァからの脱出を急いでいた。


 魔法使いはもちろんのこと、ニナなどの突然変異体もロドリゲスの魔法発動兆候に気が付いた。 ゼラでさえ、メイを連れて即座に目標設定を変更したほど。


 そう多くの時間が経過しないうちに、ロドリゲスの《身供転輪ウロボロス》が発動した。 これは特定条件を満たしている生命を、使用者の血肉へと変換させる条件発動型の犠牲魔法。 条件は、使用者と対象の間に肉体的類似性があること。


 本来、近親者を犠牲に発動される強化魔法が《身供転輪》。 その一方、犠牲魔法が発展しないための訓戒的意義を担うものでもある。 効果自体は強力無比。 しかし永続的に維持できるものではなく、効果継続のためには近親者を定期的に消費しなければならないという欠点を備えている。 これは魔法技能が遺伝的に継承されるという流れを断ち切るものであり、一過性の力に溺れてはならないという戒めの意味もあった。


 ロドリゲスは考えた。 この《身供転輪》をどのように悪用すれば良いのかを。


 魔法を読み解いていくうち、条件を満たすのはなにも血縁者に限らないことが判明。 肉体的近接性という面では、ロドリゲスのマナを浴びた生物でも条件達成は可能だった。 そこから一気に彼の研究は加速した。


 まず、モルテヴァ建立時に先代が設置した魔石を大幅改造し、町全体に結界を設置。 次いで住民全員に魔導具装着を強要し、継続的にロドリゲスのマナ影響を受けさせる。 その上で結界を補助的監視装置として機能させ、マナ暴露量を厳密にコントロールし続けた。


 早くても年単位──いやそれ以上のスケールで展開されたその計画は、マナ影響を受けた住民の肉体を着実に変化させていった。


「ギリギリまで観察したけれど、ロドリゲスの魔法は町の結界を媒介に発動されるように設計されていたのよね。 それに関連して、町から逃げ出すの私たちに対して結界が作動したの。 その影響がこの刻印なんだけど、これのせいで動きが制限されてるのよね」


 ロドリゲスの計画には二つの軸があった。 一つは町の住民全てを魔法使いに昇華させ、モルテヴァを強大な軍事国家へと成長させること。 もう一つは、住民を《身供転輪》の効果対象になるまで肉体改変させること。 手駒としての魔法使いを生み出せれば最善だが、そうならなかったとしてもその肉体は供物として変換できる。


 マナ接触による生物細胞の転機は、変質、耐性、順応。 ロドリゲスの期待した変化は順応であり、これにより住民たちは魔法使いへの進化過程に置かれていた。 しかしそれも、ドミナから始まる反乱によって一気に乱されることとなる。


 ロドリゲスの一つ目の想定外は、《人魔混成フューズ・ウォーロック》が予想外の挙動を示したこと。 リセスの魔法が住民のマナ暴露量を大きく変動させていたことが最大要因だ。


 本来であれば、適切な準備期間終えている住民を後天的な魔法使いにまで引き上げる計画だった。 しかしながらそれは失敗に終わり、規定以上の起動マナを叩き込まれた住民の肉体は魔人とも魔法使いとも違う異物へと変貌を遂げていた。


 二つ目の想定外は、町の根幹である魔石を奪われたこと。 これにより町を構成する結界の出力が大きく失われ、計画が遅れを見せ始めた。 その結果、多くの実力者を町の外に逃してしまったわけだが、完全に逃げ果せることはさせなかった。


「今はフエンちゃんに刻印が作動する範囲を探ってもらってるんだけど、概ね数キロの指定領域から私たちは離れられないの」

「囚われてるのか?」

「少し違うわ。 範囲外へ離れようとすると激烈な苦痛に苛まれるの。 それを続けると最悪死ぬんだけど」

「は?」

「さっきゴレグ──うちの馬鹿が一人死んだわ。 ただでさえ戦力が足りてないっていうのにね。 だからフエンちゃんにお願いしてるのよ」

「死ぬような縛りなんて設けられるのか……? 魔法って本来そういうもんじゃないだろ」

「知らないけど、死ぬんだから仕方ないわよ。 とにかく、ゴレグのおかげでロドリゲスの掛けた魔法の解析も進んでて、その対策を練っているところよ」

「そうは見えないんだが……」


 皆が皆バラバラに位置取っており、あまりにも協調性がなさそうだ。


「動きの大枠は定まっているの。 今は各自で出来そうなことを模索中。 そのために体力回復するのは必須だからね」

「まだ全然話が見えないな。 そもそも、領主ロドリゲスは何をしてる? エスナたちはそいつの行動待ちか?」

「領主は町中で戦闘中。 厄介な白い存在に目をつけられたみたいでね。 私たちは、彼らの戦闘が長引くことであわよくば両者の疲弊を狙いながら、ロドリゲスをこちらに誘導すべく待機してるってわけ」


(白い存在って多分、使徒のことだよな……。 あいつまだ生き残ってたのかよ。 領主のことは分かんねぇけど、もし使徒が勝った場合のことを考えると俺も準備しておくべきな気がする。 使徒の方こそ俺の対処すべき案件だし、ここで無視して逃げたらナール様に何言われるか分からん)


「この森の中に誘き寄せるのか。 なぜだ?」

「平原であれに敵うわけないからよ。 あと、ロドリゲスは殺した人間を自分の力に変換できるみたいだから、人間の少ない場所──つまり北部未開域が最適というわけ」

「なるほど、それでメイグスを使って人払いしてたのか……」


 ハジメはエスナを含めて他の面々を見回した。 確かに、周囲に見えていたはずの人間の姿も消えている。 どこへ向かったのかは分からないが、少なくとモルテヴァと未開域の間には誰も居ない。


(エスナたちは自分らが死ぬかも知れないってのに、どうしてこうも落ち着いてられるんだ? 話を聞いた限り俺には厳しそうな案件だし、エマも刻印ってやつの影響を受けてないならさっさとトンズラしたいんだが……)


「色々物騒な状況ってのは分かったけど、やっぱ俺には無理だ。 こっちにきてからエスナにもフエンちゃんにも助けてもらってばっかりで、それを裏切るような選択を取るのは心苦しいんだが……」

「……そう、ね。 仕方ないと思うわ」

「本当にそう思ってるか?」

「ええ、本心よ。 ハジメにはレスカを助けてもらわないといけないし、ハジメの命の価値はここにいる誰よりも高いからね」


 エスナが寂しげに言うせいで、ハジメの心臓が締め付けられる。


(ああ、クソッ……心が痛い。 だけどそれ以上に死にたくないって気持ちが大きすぎる。 これまでは生きるためって名目で無茶してきたけど、今回に関しては逃げても死なない……というより逃げなきゃ死んじまう。 何かを達成するには俺の魔法技術は中途半端すぎるからだ。 それに──)


「ハジメ、大丈夫……?」


(俺がこの戦いに参加しても、最悪俺は生き残るだろう。 でもその場合、俺が被るはずだった不幸を浴びて転がっているのはエスナたちってことになる。 つまり俺を参加させても役に立てる確証が無いばかりか、彼女らを俺の生存を維持するための道具にさせかねない)


「……ん? ああ……って、痛ッ!?」


 ハジメの左目から血液が溢れている。 同時に激しい痛みが彼を苛み、脳裏にツォヴィナールの声が明確になってくる。


『無駄な思考ばかりするな、馬鹿が』

『ナ、ナール様!? いや、これは俺にも難しい決断でして……』

『そなたがどのような選択をしようと勝手だが、せめて義理は通せ。 妾が話すから、そなたはそれを伝えよ』


 エスナが本当に心配そうに聞いてくる。


「何かの病気なら──」

「い、いや、大丈夫だ……! これはナール様に関連する反応だから……」

「ツォヴィナール様?」

「ああ……。 エスナに話があるって言われてる、から……ひとまず聞いてくれ」

「え、ええ……分かったわ」


 ハジメはツォヴィナールの言葉を代弁する。 内容は主に使徒に関わること。


 ツォヴィナールにとっては、使徒を処分するのは必ずしもハジメである必要はない。 使徒は認識が難しいだけで、捕捉してしまえば他の人間に任せても良いからだ。


「マディヤマーに属するかどうかは、フエンちゃんと相談させてください」


 しかし、相談できるほどの十分な時間は確保できなかった。 ロドリゲスが使徒に勝利してしまったのだ。


 目まぐるしく状況が動き出す。

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