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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第3幕 Apostles in Corruption
92/157

第85話 うねり。それは静かに波紋を広げる

 ずるり……。


 崩れ落ちる化け物。


「ひゃっほーう!」


 奴隷区画の住人ジギス。 その拳が化け物の顔面を後頭部まで貫いている。


「一過性の力に溺れる典型じゃない。 早死にするよ」

「いいじゃねぇか。 鮮烈に生きて死ぬ、ってのはよ!」

「はいはい……。 死ぬなら全部終わってから死んでちょうだい。 敵は残ってるんだから」


 ワソラはやれやれと肩をすくめながら、未だに敵意をぶつけてくる化け物連中に目を遣った。


「お前もやれよな。 俺より身体の具合は全然良いだろうがよ」

「そうね。 仕方ないけど、やってあげる」


 ワソラがギュッと拳を握ると、彼女の全身に強くマナが充溢し始めた。 ジギスも彼女同様の身体所見を示している。


 彼女らは魔法使いではない。 にもかかわらずマナの操作が可能になっているのは、モルテヴァの異常事態に様々な要素が加わった結果だ。


「おう、やっちまえ」


 ワソラの姿が消えた。 足元の石畳が砕け、彼女は一瞬で十数メートル離れた化け物連中の頭上へ。


 凄まじい勢いで振り下ろされたワソラの蹴撃が、化け物を縦一文字に割った。 核たる魔石が砕け、化け物に確実な死が訪れる。


「次は──ッ……!」


 ワソラの後頭部を衝撃が叩いた。 彼女の背後には、攻撃姿勢を維持したままの化け物が一体。 その腕には魔導書が握られている。


 シュッ──。


 ワソラの手元が動くと、化け物の頭部が爆ぜた。 彼女の投擲した瓦礫の破片に化け物は反応すらできていなかった。 その身がバシャリと黒い水泥状に崩れる。


「学ばないわね」


 化け物は確かに攻撃性の魔法をワソラに放った。 しかしそれは彼女を軽く揺らす程度。 生身の人間が受ければ肉体の一部が損壊する威力を内包していたはずだが、どうしてか彼女には効果が現れていない。


「すげぇな、俺より強いじゃん」


 周囲の敵を粗方片付け終えたジギスがワソラの補助にやってきた。


「あんたほどすばしっこく動けないけどね」

「取り柄っつう取り柄は、逃げ足くらいのもんだからな。 強くなるならワソラみたいな感じの方が良かったけどよ」

「喋ってないで。 そいつ、まだ生きてるよ」

「あーあ、俺もこいつらを一撃必殺したいぜ」


 ジギスは震えながら立ちあがろうとする化け物の側まで歩み寄り、頭部を容赦無く踏み潰した。 魔石が割れ、化け物は全身もろとも形を失い始める。


「ふぅ、ここ一帯は片付いたな」

「この根っこが気持ち悪いけど、それ以外は概ね問題無さそうね。 次はどうするつもり?」

「いつまでこの状態が続くか分からねぇし、動ける間に動いたほうがいいだろ」

「それもそうね」


 ジギスの発言は、マナを纏って暴れられている状態を示している。


「俺ら以外も戦えるようになってんのかね?」

「今のところニナしか見かけてないし、他は大体死んじゃってるんじゃない?」

「だよな。 せっかく力を手に入れて権力者連中に復讐できるチャンスがやってきたってのに、残念な奴らだぜ。 でも一応探してやろうぜ」


 現環境において圧倒的ボリューム層を占める化け物連中。 それらに対して強く出られるようになったジギスとワソラは、即応的な行動を繰り返すだけで敵の数を確実に減らしてゆく。


「こいつら、いつまで湧いてくるんだ?」

「さぁ? 弱いからなんでもいいけど」


 二人はしばらく化け物の討伐と移動を繰り返した。 その活動の最中、ようやく見かけた人間は、魔法使いと思しき存在。


「ワソラ、あいつらで試してみねぇか?」


 ジギスはワクワクした様子でワソラに尋ねた。 彼はおもちゃを手にした子供のように、今ある力を振るいたくて仕方がない。


「試すって……ああ、好きにしたら? 返り討ちにあっても知らないよ」

「負けそうなら逃げるから問題ねぇよ。 一応アシスト頼む」

「はいはい」


 ジギスは偶然にも補足した対象をゆっくりと追跡しながら、マナを全身に充溢させた。


「まずはあいつからだな。 ワソラ、あとは任せたぜ」


 ジギスは標的を定め、嗤いを押し隠しながら走り出した。



          ▽



 魔法使いのギレンとククバが、光源の無いモルテヴァを恐る恐る進んでいる。


「ギレン、どこに向かってる……!?」

「敵の居ない方に決まってるだろッ! 黙って僕に付いて来てくれよ……!」


 二人は騒動の中で多くの住民──とりわけ階級が高い者たちの護衛を無事務め上げた。 しかし彼らを逃す過程で、アンドレイの魔法によって町中に取り残された。 そのおかげで無駄な殺し合いをする羽目になり、今のところ紙一重で生き抜くことに成功している。


「あぁ、クソッ! あいつらがモタモタするから!」

「ククバ、静かにしてくれ……! 気づかれたらどうする!?」

「チッ……」


 ククバは悪態をつきながらも渋々ギレンの言葉に従った。 敵が大挙してやってきた場合、二人は成すすべなく殺されることが分かっているからだ。 化け物に対して、二人の力量は些か不足している。


「……ククバ、気付いているか?」

「後方40メートル……二人、だな」


 小声でやり取りする彼らの声色には、緊張感が滲んでいた。


 土属性のギレンは《激震クエイク》の応用で、火属性のククバは《熱源探索サーマル・ディテクション》によって常に周囲を警戒していた。 それが今、功を奏している。


「足取りは慎重な感じだ……。 ククバ、アレなのか?」


 ククバは足を止めて視線を再度背後に向け、しばらく観察した後に言う。


「いや、ちゃんと熱がある」

「ってことは、アレの死体が動いてるわけじゃないんだよな……?」

「恐らくな。 シルエットは人間のそれっぽいが、敵とも味方とも判断が難しい。 もしかしたら、向こうも俺らを見計らってるだけかもしれん」

「一応、敵という前提で準備はしておこう……。 ここはアレが大半だけど、人間同士の諍いが無いとも限らないし」

「それじゃあギレン、お前は後ろに回れ」

「な、なんでだよ……!?」

「防御面では俺よりもお前が上だ。 もし攻撃が来たら、お前が攻撃を受けている間に俺が処理する。 それが一番効率が良いはずだからな」

「ちくしょう、僕は逃げたいだけなのに……」

「諦めろ。 俺たちの不運が使い切られたことを祈れ」

「分かったよ……」


 肩を落としたギレンは魔導書を展開すると、念入りな準備に入った。


「《硬質化コンソリデーション》、《岩鎧アーマー》、《炸裂装甲リアクター》……」


 ギレンは《硬質化》で身体強度を上げ、《岩鎧》で全身を覆う。 《炸裂装甲》は《岩鎧》など岩のリソースを保持した状態で攻撃を受けた際に反応する攻防一体の魔法で、岩の一部が炸裂することでカウンターを仕掛けることができる。


 ギレンは防御方面に厚い魔法使い。 攻撃力に乏しい魔法使いは自分の突出する部分を攻撃力に変換することが多い。 ゼラが負力を変換するのもこの一環だ。


 違和感の無い動きでギレンとククバが前後を入れ替わった。


「ククバ、もし敵が動くときは教えてくれよ……?」


 ギレンは元来臆病な性格のため、動きに自信の無さが現れている。


「ああ、わかってる。 《遅延魔法ディレイ》……《連続魔法シースレス》、《火矢ボルト》」


 《遅延魔法》は次に使用する魔法の発動タイミングを遅らせる補助魔法。 そのため本来は《連続魔法》が遅延発生されるはずだが、これは補助魔法には作用しないため作用はそのまた次に繰り越される。 つまり、連続性を伴った《火矢》に遅延性が付与されることとなった。


 ククバの魔導書が光ったのは一瞬だけで、それ以降は魔導書が閉じられた。 彼もギレン同様に攻撃力には厚くないものの、マナ操作の技能は一級品だ。 とりわけ高速で魔法を仕上げることにおいて彼の右に出る者は少なく、手数での勝負にはめっぽう強い。


「こっちは準備完了だ。 ギレン、お前は一回攻撃されるまで我慢だぞ」

「あいつらは敵じゃない、あいつらは敵じゃない……」

「まずいな、動き出したみたいだぞ」


 ザ──。


 必死に祈るギレンの耳が、最も聞きたくない音を拾った。



          ▽



 激しい衝撃がギレンに叩き込まれた。


「ぅ、ッぐ……!」


 ジギスがギレンの後頭部を捉えている。


 襲撃は成功。 ジギスは勝ちを確信した。


「はは、やり──イっ!?」


(硬すぎる! 雑魚じゃなかったのか……!?)


 足に伝わる違和感。 ジギスの攻撃はギレンの皮膚には触れておらず、目には見えない謎の重圧が攻撃を押し留めている。


 直後、ジギスの足先で何かが爆ぜた。


「痛ってェ……!?」


 足に広がる痛みにジギスの表情が曇る。


「馬鹿がよォ!」


 ここでククバが口調荒く振り向いた。 ジギスとは対照的に、ククバにとっては思い通りの展開だ。


 未だ空中姿勢が解除されていないジギスは、待ってましたと言わんばかりの表情を見せるククバから危険を感じ取る。 着地までのあと1秒が長い。


(こいつ、待っていたのか……! いや、まだ魔導書は出してない。 だから大丈──)


「──熱、ッつ……!」


 今度は背中に激しい熱を浴び、ジギスは思わずもんどりうつ。


(なんだ!? どこからの攻撃だ……?)


 慌てて確認したジギスの頭上には、無数の火矢。 ククバの《遅延魔法》が解放され、彼の魔法が文字通り火を吹いている。


「腕輪無しってことは……ギレン、奴隷が生意気に生き残ってやがったぞ!」

「痛てて、いきなり僕の頭を蹴るなんて……」

「おい、さっさと防御陣形を敷け!」


 ジギスは悔しげな表情を浮かべながら、ようやく片手を地面に突いた。 そこから五指に限界まで力を込め、身体を捻らせる。


 襲い来る火矢が身体を掠める形で通過し、ジギスは紙一重での回避に成功。 しかしまだ終わりではない。


「チッ……」


 火矢の残数が尽きないことに、ジギスの警戒は解けない。


(魔法って詠唱無しで撃てんのか!? こいつら中級の中でも下の方って話だろ!)


 ジギスはククバとギレンの二人を知っていた。 当然平民区画での生活歴のあるジギスが彼らを知らないわけはないのだが、彼らの魔法がどのようなものかまでは知り得なかった。


 魔法使いは自らの魔法を語らない。 他人に魔法を知られるということは、ジャンケンで次に出す手を知られているようなものだからだ。


 攻撃性の魔法を回避ないしは受け切ることで隙を生ませ、そこに物理的な攻撃を叩き込む。 それこそがジギスの理想とする展開であり、大抵の魔法使いは物理戦闘で倒せると踏んでいたからこその思考だった。


「くそ……」


 ジギスは火矢から逃げ回りながら隙を窺うが、彼とククバとの間にギレンが常に立ちはだかる。


 ようやく痛みが引いたためかどっしりと構えるギレンは、ジギスを見据えつつ魔導書にマナを注ぎ込んでいる。


(こいつを今すぐ止めるべきだ。 それは分かってる。 だが、俺が攻撃して隙を一つ見せれば、こいつらそれぞれから手痛い反撃を受けることになる。 ……ああ畜生、魔法使いってのはどれだけ卑怯な連中なんだよ。 魔法という安全で分厚い防壁の中で、いつも俺ら下層を見下しやがる……)


 ジギスはやはり攻めには転じられない。 こうやって手をこまねいている間に、ギレンは次の魔法を準備しているというのに。


 魔法使いと非魔法使いの差は、魔法技能を持っているかどうかではない。 魔法に関する知識、これこそがその二つを分ける決定的な要素だ。 ジギスが手に入れた謎の力は、そこを覆すまでのものではなかった。


(まだまだ俺はこいつらに及ばない……。 だが、肉薄できるステージ居ることは確か。 襲撃が失敗した時点で今回は俺の負けか。 ここから情報を持ち帰れば、総合的には収穫ありって感じか?)


「《岩迷路ラビリンス》!」


(また知らない魔法か……! 攻撃魔法だけ撃ち込んで来いよ!)


 地面から次々に立ち上がる岩柱。 ランダム性を持ちつつ、人間が通れる幅を維持した柱の配置。 これによって直線的な移動を阻害する。


「あッついなぁ、クソがよォッ!!!」


 移動阻害と連続魔法のコンボにより、ジギスの被弾が増え始めた。


 柱は真っ直ぐ円柱の形状で20メートルほどの高さを誇っており、上空で競合はしない。


 ククバは迷路の隙間に真上から火矢を降り注がせることで、ジギスを追い込んでゆく。


(ククバは魔導書すら出現させてない。 どうなってる……?)


 ククバは準備の段階で、魔法を継続発動可能なだけのマナ注入を終えている。


 《連続魔法》は本来、マナを注入し続けることで魔法の連続使用を可能にする。 しかし今回ククバは撃ち出す弾数を予め想定し、必要なだけのマナを注入するだけに留めている。 そうすることで、初見の相手を油断させるばかりか無詠唱で魔法使用ができるというハッタリさえかますことができるからだ。


(ククバが弱い魔法だけしか持ってないわけがないことから、俺を誘ってる可能性は高い……。 いや、逆にそれこそが付け入る隙なのか?)


 ジギスはククバを知っていたため非魔法使いを装うことはできなかったが、無詠唱魔法の存在はジギスの動きを翻弄するだけの大きな効果を伴っていた。


「……なのか?」

「…………だ。 ……」


 火矢の猛攻の中に、こそりとした声が聞こえた。


(あいつら、何かを話してる……。 攻めてくるにしてもカウンター狙いにしても、こちらから飛び込むメリットは無いな。 火属性の攻撃もいつまで続くか分からねぇし。 つまり、ここで撤退するしかない……!)


 ジギスは岩の柱を縫って逃亡を決意。


 しかし、行動は相手が早い。


「《自壊ディスインテグレイション》!」

「ンなッ!?」


 聞こえるのは明らかな魔法名。 ジギスは先手を打たれたことを聴覚と、そして視覚で知ることとなった。


 視界を覆う岩柱が急におかしな挙動を見せ始めている。 突如全てが粉々に砕けたかと思うと、重量を持った瓦礫として落下し始めたではないか。


「あっぶ……ねっ!」


 ジギスは一心不乱に瓦礫を躱す。


 身体強度が高まっているとはいえ、攻撃を受けるのは得策ではない。 また、強化状態がいつ解除されるか分からないという不安もある。


「ぃデッ!」


 瓦礫が直撃。 一度動きを止めれば行動不能は必至。


(痛ゥ……! これはマズイから──)


 ジギスは一度大きく屈んだ。 そこから一気に地面を蹴ると、敢えて瓦礫に向かってゆく。


 両手をクロスに頭部を守りながら、瓦礫の流れに逆らうことコンマ数秒。 直後、凄まじい重量が激しく地面を叩きつけた。


「ぐ、ぁあ゛ああ……!」


 瓦礫の雨を抜け、ジギスが苦しみの声を上げながら上空に飛び出した。 なんとか生き埋めを回避することには成功したが、さらなる不運が彼を襲う。


「《要塞フォートレス》」


 ジギスは声の方へ首を無理やりに動かした。 そこには次なる魔法を発動したギレンと、魔導書を構えているククバの健在な姿がある。 彼らの周辺は見事に瓦礫が避けている。


「クソ、っ……」


 瓦礫がカタカタと震えていた。 かと思えば、磁力に引かれた金属のような挙動であちこちに拡散。 何かを形作るように整然と並び始めている。


 爆発的な速度で形成されるそれは、ジギスを覆い隠す岩のドームのよう。


 下から上に積み上がる形で仕上げられてゆく魔法に、ジギスはなす術もなく状況を受け入れるしかない。 地面を蹴って飛び上がったために、空中で足場となる瓦礫が存在していなかったからだ。


 ジギスは閉じられゆくドームの頂点付近でククバの姿を見た。


 ククバはドームの内側に右手を向けている──いや、差し込んでいる。


 何をするつもりか。 ジギスがそんなことを考える暇もないうちに、ククバが魔法を唱え切った。


「焼けて死ね。 《炎渦スパウト》」


 炎が暴れ回るのとドームが閉鎖されるのは同時。 カッ、とドーム内側が紅明るく輝いた。


「ぐ、あ゛あああああああああああッ……!!!」


 ジギスの断末魔は分厚い岩の壁に遮られて外には漏れず、ドーム内側でひたすらに反響を続けている。


「空気の隙間は開けておけよ。 炎が消えちまうからな」

「ああ、分かってるよ。 奴隷が解き放たれたとは聞いてたけど、まさか僕たちに攻撃を仕掛けてくるとはね」


 常勝のコンボが確定し、ギレンの口調に安堵の色が見える。


 ギレンもククバも、単品では大した魔法使いとは言えない。 しかし二人揃えば、上級魔法使い一人分くらいの働きができる。 そんな自負が彼らにはある。


「安心するのはまだ早いぞ? 数分であいつは消し炭だが、向こうには──」


 そう言いかけたククバの《熱源探索》を備えた目が、敵の動きを具に捉えていた。 熱は、もう一人の敵であるワソラが大きく身体を捻る瞬間を示していた。


「おいギレン、防──」


 叫ぶギレン。


 風が引き裂かれる音。


 何を急に叫んでいるのか。 そんな間の抜けた表情のギレンがククバを見ていた。


「──御を……ッ!」


 ここでギレンの耳にも風切り音が届き、彼は反射的にそちらに目を向けようとした。


 超高速の何かが通り過ぎた。


 ぐぢゃり。 ククバの耳は形容し難い不快な音を拾っている。


 ククバは飛来物に対して思わず瞼を閉じていた。 そしてコンマ数秒後、瞼が開かれた時にはギレンの顔面が上半分を失っていた。


 舞い散る血肉を眺めながら、ククバの思考が一瞬停止した。


「ギレ……ン?」


 ピッ──。


 ククバの頬を掠める何かがあった。


 頬は熱を持ち、痛みも頭をもたげ始めている。 ククバが頬に触れたその手先の冷たさが、彼を現実に引き戻す。


「……ぁああああッ!?」


 ククバの一気に思考が狂乱状態に陥り、それでも生存本能が彼を突き動かした。


 傷つくことも厭わずドームの上から飛び出したククバ。 その靴先を投擲物が削り取っていた。


 ギレンの防御を最も容易く抜けてくる敵の攻撃。 当たれば死亡必至のそれらを、ククバは間一髪で避けた。


「あ、ぐッ……がァ……!」


 ククバはゴロゴロとドームの斜面を転がる。 そんな中、彼の身体は一際激しい振動を感じ取っていた。


 凄まじい破壊音とともにドームが揺れ、各所から次々に瓦礫の破片が吹き上がっている。 空いた隙間からは炎が漏れている。


「うぐっ……」


 地面に叩きつけられたククバは、活火山のように炎を吹き上げるドームを見た。 しかしそれも一瞬で、崩壊を始めているドームから漏れる炎はすぐに勢いを減じている。


「ひっ……! し、しぬ……」


 対処不可能な攻撃を前に、ククバは心が折れた。 安心感の象徴たる防御系魔法使いギレンの不在は、ククバにみっともない敗走を強いることとなった。 もつれる足をなんとか制御して半狂乱に走り去るククバの姿は、滑稽と言わざるを得ない。


 逃げるククバの喚き声は、未だ続く破壊音によってうまい具合にかき消されていた。



          ▽



「あれ? その火傷で死んでないんだ」


 一連の破壊行為を終えたワソラがジギスの元へ歩み寄った。


 ジギスは全身に火傷を浴び、荒い息で横たわっていた。


「勝、手に……殺すな……」

「無様ね。 だから言ったじゃない」

「それでも……一人、殺したぞ……」

「いやそれ、私の手柄だから」

「そうかよ……」

「ま、囮役ご苦労様。 盗んでおいたポーションがあるから、これ使いなよ」

「ああ……」


 ジギスは震える手で治癒ポーションを口に運ぶと、舐めるようにして少しずつ摂取していった。


「あっぶねー、死ぬとこだったぜ。 でも生きてる。 俺って最強!」


 ポーションが奏功したジギスは、すぐにヘラヘラとした様子を示し始めた。


「いやいや、感謝が先だから」

「それもそうだな、助かったぜワソラ。 俺の指示通りよくやってくれた!」

「はぁ……、じゃあもうそれでいいよ。 それにしても、よくもあんな極限状態で死ななかったね」

「ワソラが動くのはわかってたからな。 助けが来るまで気合いで耐えてた」

「馬鹿じゃない?」

「作戦が決まったと言ってくれ。 でも、とにかく分かったろ?」

「何が?」

「今の俺らは魔法使いにも引けを取らないってことをだよ! 魔法に対してお前は攻撃力を、そんで俺は防御力を示したんだぞ。 かなりデカい収穫だろ?」

「それはまぁ……そうね。 で、それが分かってどうするつもり?」


 ふん、とジギスは鼻を鳴らした。 そして大きく息を吸い込む。


「魔法使い狩りだ」

「……本気?」

「ああ。 俺らはここを生きて、世界の構造をひっくり返す!」


 言い放つジギス。 彼の目と表情は、極大の自信を湛えていた。

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