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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第3幕 Apostles in Corruption
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第84話 町の根幹

「……ぁ……ァ……」


 エマもついにまともな発声すら困難になってきた。


「エマ、駄目だ……! 絶対意識を手放すんじゃねぇぞ!」


 ハジメは叫ぶ。 しかしそれは周囲の化け物連中を楽しませるBGMにしかなり得ない。


 現在二人が居るのは、奴隷区画に程近い雑貨店前。


「ああクソ、誰だよ! 商品を全部かっぱらっていった奴は……」


 ハジメは《歪虚アンチゴドゥリン》で形成した空間を転々と設置し、そこを飛地にしながら平民区画の北東──奴隷区画を目指していた。 大規模な戦闘が行われた形跡のある上位区画には、未だ強者が待機しているだろうという読みからの行動だ。 そして、雑貨店であれば低級ながら気休めにはなりそうな治癒ポーションが売られていたことを思い出したからだ。


 実際、こちら側は大規模戦闘が行われてこなかったこともあって、健全な状態で残されている家屋がチラホラ散見できた。 ハジメが陣取っている雑貨店もその一つ。


「奴隷区画に入っても袋小路だぞ……。 周りのこいつらを引き連れたまま進むのはヤバそうだ」


 ハジメは逃げ回る過程で、少なくない数の敵を屠っている。 しかし、数を減らすことは可能であってもゼロにすることはできていない。 どこからともなく足されるからだ。


 化け物は、標的がいなければ大きな動きをしていないものが大半だった。 それでも逃げる中で派手に魔法を使用するというのは避けられないので、どうしても注意を引いてしまう。


 幸運なのは、未だ歪虚空間が敵に有効なこと。 敵に打開策を見出させないのは、適度に間引いている影響だろうか。


「マナポーションが残ってたのは僥倖だった。 けど、保ってあと三十分が限界だな……。 その時間で誰かに会えるほど移動できるとも思えないし、そもそも誰が残ってるかも分かんねぇ……。 考えろ、考えろ……」


 焦りから胸が嫌な感じに締め付けられ、心拍数が跳ね上がる。


 周囲を言葉も発さずに彷徨く化け物連中の、もう諦めろという無言の圧。 それがさらにハジメの焦燥感を煽る。


「根がウゼェ……。 アンドレイのオッサンは後で確実に痛い目に遭ってもらう」


 これが毎度周囲を這い回ることによって視界が遮られ、思考の幅を狭めてくる。


「エスナもフエンちゃんもどこだよ、早く来てくれ……」


 とにかく何かしら言葉を発していなければ、自らが危機的状況に居るということを考えてしまう。 そのためハジメは思いつくままに独り言を呟き続ける。


「頼む……誰か、誰でもいいか、ら──……んんン?」


 根に阻まれた狭い景色の中に、ハジメは見慣れない生物を知覚した。


「町に、魔物……?」


 ハジメが気づくと、魔物と目が合った。 というより、じっと見つめてくる魔物にようやくハジメがフォーカスできたというべきか。


 ワンッ。 魔物が吠えたように見えた。


「……え?」


 次の瞬間、ハジメは見知らぬ屋内に居た。


「ポーションやるから言うこと聞けなの」


 ハジメの背中から投げかけられる声。 どこかで聞いた覚えがあるものだ。


「なんだって?」


 聞き間違いかと思ったハジメは、背後の人物を確認するために勢いよく振り向いた。


 ハジメは、この時点で敵の罠に嵌った可能性など微塵も考えていない。 ただ誰かの声を聞けたというそれだけで心細さが解消され、相手が誰であれ従う気持ちで背後のメイを見た。


「君、は確か……」


(未開域で散々俺らを苦しめた敵……!)


「メイなの。 これでも飲んでろなの」

「って、おわっ!?」


 ハジメは雑に投げられたポーション瓶を取りこぼしそうになりながらも受け取り、メイをじっと見た。 ここでようやく、移動した違和感とメイの存在に疑問が生じ始めている。


「あ、ありがとう?」


 まだ思考が十全に働いていない。


「女の子死んじゃうの」


 メイにそう言われ、ハジメの思考はハッと現実に引き戻された。


「……あ、ああ、助かる!」


 ハジメは瓶の蓋を放り投げると、エマの鼻を摘んで液体をゆっくりと注ぎ込んだ。


 コクコクと小さく喉を鳴らしながらポーション液を嚥下するエマを見て、ハジメは安心感から脱力しそうになった。


「……ん……んぐっ、ご、ごほッ……!?」


 エマの目がカッと見開かれ、咳嗽とともにポーション液がいくらか吐き出された。


 苦しみからか上体を勢いよく起こして暴れそうになるエマを、ハジメは必死に支える。


「お、おお!? エマ、大丈夫だ! 大丈夫だから落ち着けっ!」

「ごえぇっ、あ゛え、ゲホ……ッ!」

「ゆっくり息しろ! もう心配ねーから!」

「はえ!? ハ、ハジメさん……あ、あれ? 足が……」


 ポーションの効果は絶対で、傷口は止血され、その上で断面から肉が盛り上がりを見せている。


「うげ、グロ……」

「そ、そんなこと言わないでくださいっ……うぇ、ッ……」


 喪失した足がまず骨格から再生し、そこに脈管や神経、筋肉、軟部組織、そして皮膚が重なる。 人体の構造を余すことなく見せつけながらゆっくりと、まるで別の生き物のように動き出す再生過程を見て、ハジメもエマも根源的な気持ち悪さを禁じ得なかった。


「これで貸し二つなの」


 ある程度エマが落ち着くのを待ってメイが言う。


「メイちゃんだっけか……とにかく助かった。 ありがとう」


(未開域で殺されかけたことは、今は忘れよう……。 この娘もどうせ誰かの指示で動いてたに違いないしな)


 ここは素直に感謝を述べるハジメ。


「行動で示せなの」

「そのつもりだ。 なんでも言ってくれ。 ……ああ、誰かを殺せとかそういうのは無しだ。 それはできない」

「そこまで期待してないの」

「ハジメさん……! 助かったのはあたしだけなんで、あたしがやりますから!」


 エマが割って入る。


「まだ足も治りきってねぇだろ。 それに、危機的状況から救い出してもらったのは俺も同じだ。 さっきまで相当やばい環境に居たしな。 加えて言えば、俺がエマを連れてきたから足を失う結果になったんだし、どっちかと言えば俺のせいだ。 だから俺が今からメイちゃんに従うのを気に病む必要はない」

「で、でも……」

「どうしてもと言うなら、これが無事終わった後に飯でも奢ってくれ」

「……あ、は、はい。 了解っす!」

「なんだよ、急に元気だな」

「いえ、なんでもないっす!」


 なぜか元気になったエマに若干の安心を覚えつつ、ハジメはメイに向き直る。


「……それで、俺は何をすればいい?」

「ついてくるの」

「え?」

「来ればわかるの」

「お、おい……」


 ハジメは勝手に歩き出すメイを小走りで追いながら、何度も背後のエマを見遣る。


「メイが魔法で見てるから大丈夫なの」

「だけど……」

「黙るの。 急がないと面倒なことになるの」


 メイに強めに言われ、ハジメは引き下がった。


「わ、わかった……。 エマ、すぐに戻るから待っててくれ!」

「は、はいっす!」


 ハジメは後ろ髪を引かれる思いを無理矢理に断ち切ると、見知らぬ通路を進む。


「なぁ、まさかやばいことしないよな?」

「知らないの」

「何も知らされないのはキツイって」


 ハジメが今居るここは、やけに整然とした人工的な通路。 時には何らかの部屋が見えたり、水路が走っている部分も見受けられる。


「今からロドリゲスの思惑を壊すの。 町の核になってる魔法を壊して、魔法出力を下げさせるのが狙いなの」

「んー……分からん」

「阿呆は話が通じなくて困るの」

「へいへい、すんませんね……。 そもそも、ここがどこかも分かってないし、理解も追いつかないっての」

「ここま町の地下なの。 実験施設とか下水が通ってるの」

「だからやけに臭うのか……。 実験て、何してるんだ?」

「さぁ? メイが覗いた感じ、死体とか魔物が転がってたからロクなものではなさそうなの」

「死体、ねぇ……。 やっぱ、住民に魔導具装着を義務付けてる時点でおかしいとは思ってたんだよな」

「何でも疑問を持つべきなの。 それができない阿呆から先に死んでくの」

「それは君の考えか?」

「ロウリエッタ聖の教えなの」

「ロウリエッタ……?」

「メイを育ててくれた偉大な人なの。 そろそろ着くの」


 目的地までは十数分の行程だった。 しかしながら、入り組んだ通路をノンストップで進んできたためハジメは道を覚える暇もなかった。 放置されればおそらく、エマの元に戻ることは困難だろう。 何度か魔弾で破壊行為を強いられる部分もあったので、そこを辿れば戻れそうではあるが。


(俺を逃さないようにすることが狙いか? いや、まさかそんなことしないよな。 単に急いでるだけっぽいし。 てか、何をそんなに急ぐことがあるんだ? あの場所に居れば、敵も多分攻めて来ることは無いと思うんだけどな)


「なんだ、これ……」


 深く深く地下を進んだ先には、直径一メートルにも及ぶ巨大な魔石。 ハジメはただただ圧倒される。


 魔石の周囲には、無数の魔法陣。 魔石という宝を、魔法陣という手が複数絡み合って守っているようにも見える。


「ロドリゲスが重宝する魔法触媒。 これがあるおかげで、この町では高度な魔法を使用しやすくなってるの」

「そんなものが……」


 モルテヴァがなぜ魔石をあれほど重要視していたのか、なぜ魔導具を強制的に装着させていたのかなどを、ハジメはようやく理解出来た気がした。


「今もロドリゲスは何かの準備に取り掛かってるはずなの。 町から逃げ出さずにメイを撒いたのが良い証拠なの。 だから思惑を壊すの」

「壊す、って……こんなものをどうするってんだ?」

「見てるの。 《召喚サモン》」


 メイがそう言って魔物を召喚すると、無防備に突っ込ませた。


 魔物が魔法陣に触れると、一瞬光が走った。


「っ……!」


 バチバチ、バチッ──。


 激しい電流のようなものが走ったかと思うと、魔物は焦げて煙を上げていた。 魔物はその直後、バラバラの黒い断片へと砕け散っている。


「触ると危ないの」

「見りゃ分かるよ」

「じゃあ頼むの」

「いやまぁ、物理的な接触は無理ってわかったけどさぁ……。 魔法で攻撃して反撃が来ないとも限らなくね?」

「メイは攻撃性の魔法持ってないから、あとは全部お任せするの。 じゃ、頼んだの」


 それだけ言うと、メイはさっさと遠くへ離れてしまった。


「あーあ、まじかよ……。 安請け合いしなきゃよかったな。 とはいえ拒否できる状況でもなかったし、俺が望んだことでもあるから仕方ないか」


 命の危機を感じる状況からようやく抜け出せたと思いきや、次から次へと降り注ぐ難問にハジメは辟易としそうになる。


「これだけ目に見えて魔法陣を展開してるなら、単純な攻撃魔法押しは駄目だろうな。 とりあえず空間を置いて様子を見るか。 《歪虚》」


 ハジメはこれまでの経験に従って空間を展開。 物理攻撃であっても魔法攻撃であっても、物理的作用を示すものであれば《歪虚》は全てを捻じ潰してしまう。


「じゃあ……《過重弾タフェン・バレット》」


 メイよろしくハジメも魔石から距離を取ると、手元に魔弾を保持。 どうせどこに当たっても同じだろうと、特定の魔法陣は狙わずに魔石をまっすぐに見据えて最大速度で射出した。


「……ッ」


 魔弾の接触した魔法陣はやはり、反応性に光を発した。


 ハジメの反応速度を凌駕する勢いで放たれた何かが、ハジメの眼前で捩れている。


「あ、っぶね……」


 ゆっくりと、そしてキリキリと音を立てて接近するそれは、ハジメに触れる直前で圧壊して消滅した。 ハジメは思わず尻餅をつく。


「はぁ、はぁ……。 やっぱり反撃があったか。 もし反撃の威力がもっと高かったら俺に届いてたな……」


 ハジメは自らの魔法が十全に機能を発揮したことに安心しつつ、驚異的な反撃機能を備える魔石に恐怖も覚える。


「単純な攻撃を仕掛けたら、俺以外だと多分死んでるな……。 俺もギリギリだったけど。 これはつまり、頭を使う戦いってことだな…………頭?」


 ハジメは何故か自分の発した言葉に引っかかった。


「正常な思考ができてないな。 ここはナール様に判断を仰ぐのが定石だっただろ……」


 ハジメは左目にマナを込め、ツォヴィナールとの接続リンク確立を急ぐ。


『ナ、ナール様……?』

『……』

『あのー、聞こえますかー……?』

『…………』

『えっと、怒ってます……?』

『………………』

『ナール様、俺──』

『この大馬鹿者がッ!!!』

『わッ……!?』


 唐突に脳内でツォヴィナールの大音量が響き、耳鳴りでハジメの頭がくらりと揺れた。


『す、すいません! もっと早く連絡するつもりだったんですけど……』

『つまらぬ言い訳をするな。 妾の加護がありながら、何度死にかけるつもりだ?』

『加護のせいで……いえ、何でもないですごめんなさい』

『ふん、まぁ良い。 生きている限りは問題あるまい。 して、困っておる様子だな』

『はい……。 危うく死にかけまして……』

『まったく、そなたは学ばんのう。 《強化リィンフォース》も効果時間が切れておるし、《改定リビジョン》もめっきり使用しておらん。 まずは自らの手札を認識しろ。 行動するのはそれからで良い』

『……はい、了解しました』


(そう言えば、使ってない魔法が結構あるな。 《歪虚》と《過重弾》が使い勝手良すぎるせいで、それ以外が使いづらいって印象なんだよな。 《改定》で他の魔法に作用させたら、別の魔法が伸びる可能性ってのを忘れてたぜ)


『準備を怠るな。 準備の段階で、勝負の大半はすでに喫している。 こと現状において敵は用意周到に準備をしていたはずだ。 ここから敵に追いつくのは至難の業であり、付け入る隙があるとすれば敵の準備の部分。 メイという娘の判断は間違っておらんな』

『これまでの全部が見えてたんですか?』

『断片的にという程度だ。 それで言えば、魔物の攻撃には遠隔攻撃は飛ばず、そなたには飛んでいる。 つまるところ、あれら魔法陣は攻撃者が誰かという部分を重視して対応しているようだな。 魔物はそなた同様、一個人としてカウントされているのだろう』

『なるほど……』


(断片的な情報だけでそこまで判断できるのか。 やっぱ俺って頭が弱いらしい……)


 内心ショックを受けるハジメをよそに、ツォヴィナールは続ける。


『まずは手札を確認してみろ。 話はそれからだ』

『分かりました。 えっと──』


 《改定》、《強化》、《過重》、《減軽》、《夜目》、《重量操作》、《闇弾》、《過重弾》、《転変》、《歪虚》……。


『──少ないっすね』

『伸び代は十分にあるがな。 特に《改定》と《転変》は、あらゆる可能性を秘めた根源の魔法。 そなたの未来は暗くない』

『そう言われましても、今の手札じゃあれはぴくりともしませんよ』


 あれとは、幾重もの魔法陣に守られた魔石とその周辺。 ハジメの魔弾が触れた箇所の魔法陣には傷ひとつ確認できない。


『それらをそのまま使用しているだけではな。 だが、忘れたはおらぬか? 妾が与えた指向性の一端を。 現在のそなたであれば、次の段階へ進むことが可能なはずだ』

『まじですか……』


 ハジメはすでに打ち止めだと思われていた手札が再補充されたことに感動を覚えた。 しかしそれは、ハジメ一人では成し得なかった偉業。 まだまだ独り立ちできていないことを痛感させられる。


『まず《強化》に関して補足をしてやろう。 これは身体機能を高める魔法には留まらない。 使用中は全ての可能性が上昇し、魔法に関しても例外ではない。 そなたは実感していないようだがな』

『えっと、魔法威力が上昇するってことですか?』

『それに留まらず、付加効果にも影響はある。 応用として、発動中の魔法に重ね掛けすることさえ可能だ。 これだけでも十分な可能性拡充と言えよう』

『発動中って言うと、射出前の魔弾に《強化》を施すってことですよね?』

『放出型に限らず、設置型や空間型にも可能だな。 まずは試すが良い』

『なるほど、やってみますね……』


 ハジメは「ふぅ……」と息を吐いて魔導書を構えた。


「まずは……《強化》」


 忘れていた身体強化を掛け直す。


「そんでもって、《歪虚》。 ポーションも枯渇してるし、そろそろマナがキツイな。 ここに魔法を重ねるってわけだよな? 分かんねぇけど、やらないことには始まらないか……」


 ハジメは歪虚空間全体に薄くマナを行き渡らせる。


「これで、良いんだよな……?」


 魔導書内に保持するマナとは別に、すでに展開した魔法を覆うようにマナを放出。 これでひとまずの準備は整ったはずだ。


「行くぞ、《強化》!」


 ハジメの足元に一瞬魔法陣が展開され、魔法がきちんと発動されたことが確認できた。 しかし──。


『弾かれたな』

『魔法自体は発動しましたよね? これは恐らく、マナが足りなかったと考えられますが……』

『概ねその理解で問題はあるまい』

『もう一回試しますね。 その前に……』


 ハジメは一旦現実世界に目を向けると、メイの元に立ち戻った。


「メイちゃん、申し訳ないけどマナポーションって余ってる?」

「ほい、これでも使うの」


 メイはまたもや雑にポーションを投げてよこした。


「お、っと……! もうちょい丁寧に渡してくれよ。 どうせこれも高級品だろ?」

「溢したら床でも舐めれば良いの」

「まったく……。 まぁ、とにかく助かるよ」


 ハジメはマナポーションを呷ると、再度一連の作業を繰り返す。 今度は、前回よりも放出するマナ量を多くして。


「今度こそ……《強化》!」


 今回の《強化》は、すんなりと効果を発揮したように感じられた。 魔法が弾かれた様子はないが、かといって《歪虚》が強度を増したようにも感じられない。


『これは……?』

『必要以上にマナを放出しすぎだが、成功は成功だ。 こればかりは練度を上げていくしかないな』

『続けます』


 ハジメはツォヴィナールから成功を言い渡されて安心し、次に移る。


「《過重弾》。 続けて……《強化》」


 手元に維持した魔弾に向けて《強化》を放つと、魔弾は目に見えて力強さを増した。


『ナール様、できました!』

『はしゃぐな。 本来魔法の重ね掛けは相当な精神力を要するものだ。 精神の安定を損なうな。 そういうところだぞ』

『す、すいません……』

『さっさと動け。 時間がないのであろう?』

『そうですね……』


 ハジメは指を銃のようにして魔弾を構える。


 歪虚空間が強化効果を受けたことをツォヴィナールが証明してくれていることもあって、反撃に対する心配はない。 むしろ魔弾が全てを破壊してしまうのではないかという懸念が湧いてしまう。


「ハッ……!」


 ハジメの掛け声とともに、魔弾が超高速で射出された。 すでにこの時点で強化効果は凄まじく、しかし驚きはそれに留まらない。


 けたたましい破砕音が響き渡り、魔弾は魔法陣に触れて消失。 それによって生じた衝撃は魔法陣全体に伝播し、そのうち数枚を粉々に打ち砕いている。


 一度目の攻撃では起こり得なかった光景に、ハジメはただただ驚くしかない。


「……空間強度も、相当に上がってたんだな」


 複数の魔法陣に攻撃が影響されたためか、反撃の数も多かった。 数十の鏃や刃が空間によって受け止められている。


 ハジメの目の前には、空間によって圧壊しつつある魔法攻撃の数々。 それもハジメからそこそこの距離で停止している。 攻撃は今もなお全方面から加えられた極度の圧力によってその大きさを減じており、数秒と経たず圧縮・消滅した。


「あー、急がねぇと」


 魔法陣は、機械が壊れて漏電するような佇まいを見せている。 バチバチと音を立てながら、それでも端から修復を開始している。


 空間の持続時間も限られているため、ハジメは行動を急いだ。


 二発目、三発目と続けることによって、魔石周囲の魔法陣が次々に剥がされてゆく。 その度に反撃の数も減少し、魔石の姿が徐々に顕になる。


「これで、終わりだ……!」


 最後の魔弾が解き放たれ、全ての魔法陣が消失。 同時に、魔石の出力が低下して光を減じ始めた。


「反撃は無し。 俺の勝ち、だな……」


 ズン……。


 町全体に浸透していた魔石影響が断絶され、町の根幹が揺らぐ。


「想像以上の出来で驚いてるの。 これで貸し一つは帳消しなの」


 メイがそう言いながらハジメの横に立った。


「これで一つって、まじ……? ひどくね?」

「もう一つもここで消費してあげるの」

「どういうことだ?」


 メイは徐に魔導書を展開。 マナを魔石に向けた。


「《転換シフト》」

「え、ちょっ!?」


 魔石が消え、その代わりに一匹の魔物が姿を見せている。


「これで貸し二つ分帳消しなの」

「……メイちゃん。 最初からそのつもりだったのか?」


 借りがあったとはいえ、手のひらの上で転がされていたことにハジメは不快感を禁じ得ない。


 トーンを落として圧をかけるハジメを見ても、メイに対してはどこ吹く風だ。


「そうなの。 ここに残していてもロクなことがないの。 だからメイたちが回収して有効活用してあげるの」

「たち、って誰のことだ? メイちゃんはどの組織に属してる?」

「気分がいいから教えてやるの。 メイは帝国の人間なの。 手伝ってくれたし、気になるならうちに来たらいいの」

「帝国……? 何て組織なんだ?」

「“ナースティカ”」

「え……?」

「話は終わりなの。 今からロドリゲスの思惑を壊──」


 メイがぴくりと動き、上の方を見ている。


「どうしたんだ?」

「──襲撃なの」

「なに?」

「エマが攫われたの」

「は?」


 メイがやけに真面目な顔で言う。


 ハジメの心臓が、嫌な締め付けを伴って拍動を強めた。

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