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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第1章 第1幕 Life in Lacra Village
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第4話 意思疎通はうまくいかない

(軟禁、だよな……)


 雑な対応をされていることはハジメにも分かり、不安がのし掛かる。 レスカによって運ばれてきた食事にさえ疑念が湧いてしまう有様だ。


(俺をここに置いて何を企む……? レスカは純粋に悪い娘じゃないとして、エスナは俺への態度が最悪なんだよな……)


 エスナと会話ができたのは夕方だけで、それ以降はハジメの対応を全てレスカが担っている。


 こちらからもなるべくエスナとの接触を絶つべきか、ともハジメは考える。 ここでエスナの気分を害したら、どうなるか分からない。

 

(考えるのは後にして、食べるか……)

 

「いただきます」


 提供されたのはサラダ、野菜スープ、そして黒いカッチカチのパン。


 まずはスープ。


(薄い……。 そんでもって野菜が硬いな)


 次にサラダだが、傷んでいるような、色の悪いものが多い印象だ。


(新鮮さは無いけど、塩味が効いてるだけマシか……。というか、出されてるものに文句言うのはダメだよな)


 黒パンも異常に硬かったが、ハジメはなんとか食べることができた。 空腹を凌ぐだけなら十分な量とも思えるが、満足感があるかといえば話は別だ。 あまり味を感じなかった、というのがハジメの正直な感想だ。


「ごちそうさまでした」


 やはり箸などはなく、木製食器だけでは硬い野菜は食べづらかった。


(食事が出るってことは捕虜以上の扱いはされてる、と……。 そうなると、俺への対応の意味は……)


 現時点でハジメが想像できるものは4つ。


 一つ目は、ボコした申し訳なさからハジメに宿を与え、療養させているという可能性。 ハジメはこれが最大級の謝罪の形にどうにも思えない。 そもそもここは他人の家だし、正直言って民宿などよりも質は低い。 それに、謝罪の意思があるならここの一番偉い人間が来ているはず。


 二つ目は、単に捕らえられているという可能性。 ハジメを奴隷などの身分に落として、今後何かしらの労働に従事させようとしているのかもしれない。 しかしそれなら最初誰も見張りが居なかったことも意味がわからないし、女子だけでハジメを監視するのは結構無理がありそうだ。 そもそも、捕らえるならもっと厳重にされているはず。


 三つ目は、生贄に──。


(──これは無ぇわ)


 四つ目は、ハジメから何かしらの情報を吐かせようとしている可能性。 ハジメは夜中にこの周辺を歩いてたわけだし、何か意図があったと勘繰られていてもおかしくはない。 言葉も分からない異邦人がやってきたなら、気になるのも当然だろう。 何らかの事件に関わる人物だと思われているのかもしれない。 女子と一緒に暮らさせることでハジメから警戒心を奪い、そこから情報を入手するわけだ。


(これはありそう、かなぁ……?)


 ハジメの拙い思考力ではこの程度が関の山だった。 いずれにしてもここがハジメを歓迎している可能性は低く、このまま居続けるメリットは低い。


(さっさと逃げ出したほうがいいのか……? でもどこへ行く? ここが一番安全という可能性もゼロじゃない)


 早く家に帰りたい、とハジメは切実に思う。 しかし帰れる保証は無い。 スマホは壊れ、負傷し、財布も荷物もないのだ。


 とにかく、ハジメには足りないものが多すぎる。


 地図がなければどこにも向かいようがない。


 言葉が分からなければ、この家から出ることすらできない。


 食事も自分で用意しろと言われるかもしれないし、明日から働けと言われるかもしれない。 今日食事にありつけただけで、明日以降も同じ生活が続くとは限らない。


(地図は後回しだな。 帰るためにはまず生きていなきゃならんし、生きるためには労働が必要だ)


「帰りてぇ……」


(だけど、帰ったとしてもやりたいことって無いな……)


 無為な人生を過ごしてきたことはハジメ自身も分かっている。 大学までエスカレーター式の中学校に入れた時点で勉強はやめたし、今まで部活動や習い事すらしたことがない。 その上、将来やりたいことがなかった。 来年から就活か、などと考えながらダラダラと過ごしていた矢先にこの状況だ。


「ハズメー」


 レスカが勝手に扉を開けて入ってきた。 すでに夜のため扉向こうは光源が乏しく、机の上にポツンとランプが置いてあるだけだ。


「ハジメ、な。 どうした?」

「ハズメ、────」


 レスカは何かを言って食器を持ち上げると、それらを向こうの部屋に置きに行ってくれた。 それくらいならやるのに、ともハジメは思ったが、エスナのことを考えてやめた。 今は怪我人よろしく静かにしていた方が良いだろう。


「ん!」


 すぐにレスカが戻ってきて、その手には木の枝が握られている。


「何これ?」


 ハジメが手にとっていじってみると、やけに柔軟性がある。


 どうするのだろうとハジメが見ていると、レスカが徐に枝を齧り始めた。


「食後のおやつ……?」

「──!」


 なおもレスカは木の枝を齧る──というより、しがんでいる。 どうやらハジメも同じようにせよということらしい。


 ハジメは見よう見まねで木の枝を奥歯で噛んでみせた。


「……ん……ん? ッ──にがっ!?」


 異常なほどの渋みが枝の内側から溢れてきた。 思わず枝を吐き出す。


 ハジメが泣きそうな目でレスカを見ても、彼女はニヤニヤしながら木の枝をしがんでいるだけだ。


 ハジメは自分だけの罰ゲームではないと分かって、もう一度枝を口に含んだ。 かなり苦まずいが、レスカと同じ動きをする。


 これはチューの木枝というもので、歯磨きと口臭消しを合わせたような効果がある。


 どこまでも原始的な生活に、ハジメは辟易とするしかなかった。


 その夜──。


(隣の物音は消えたな……)


 ハジメは音を立てないようにゆっくりと扉を開け、忍び足で部屋を見て回る。


(テーブルが一つと、椅子が四つ……。 台所らしき場所と壺がいくつか……)


 質素で余計なものがなく、必要なものも足りていない印象だ。


 ハジメは壺が気になったので上に置いてある蓋をどけて中を覗いてみた。 しかし何の匂いもしない。 杓が置いてあったので掬ってみると、どうやら中身は水のようだった。


(これ以外特に目ぼしいものはない、か……)


 ハジメは泥棒を企てているわけではない。 見知らぬ環境に好奇心が湧いてしまっているだけだ。


 ハジメは外に出ようとする。


(引き戸か。 ご丁寧につっかい棒を掛けてるってことは、一応防犯意識があるんだな。 完全にご近所さんを信用し切ったド田舎ではないらしい)


 ここもハジメは音を立てずにつっかい棒を動かしていく。


 ギギ──ィ……。


 扉はどうしてもガタ付きがあり、音を完全に消すことはできなかった。


 ハジメはゆっくりと扉を閉め、行くあてもなく村を見て回る。 トイレに行く際に少し村の様子を見ることはできたが、あいにく中心部には向かわず森の方面だったので詳しくは確認できていないのだ。


(山が真っ暗で不気味だな……。 よくこんな場所に村を作ったもんだ)


 夜ということもあって生活の灯は皆無だが、村から出入りできる道沿いに櫓があり、そこには火が炊かれている。 今も誰かが警備などをしているのだろう。


(見つからないように……)


 こう暗いと、ハジメがライトを照らしていたのは間違いだったと実感できる。


 暫く歩き回り、ざっと大まかな建物の配置などは確認できた。 夜中に出歩くような人間がいないこともついでに確認できる。


 では戻るか、と。 ふとハジメは空を見上げた時──。


「……ッ!?」


 異常事態にハジメの心臓が跳ねた。 見たものがあまりに信じられなくて、言葉を無くしたままフラフラと人の居なさそうな場所へ。


 叫び出したい気持ちを抑え、もう一度それを──それらを視界に入れた。


「なんで月が、二つも……」


 ハジメは吐き出すように呟いた。


 それが月かどうかは分からない。 しかし、夜の空に浮かぶ光源は確実に二つあった。 大小サイズの違うそれらが、真上からハジメを見下ろしている。


 よくよく考えればおかしな話だ。


 一体誰がハジメのような無価値な人間を誘拐する?


 一体何の目的でハジメを何もない荒野に投げ出す?


「ここは、俺の知ってる地球じゃない……」


 急な不安がハジメを苛む。 胸の締め付けに、思わずハジメは膝を落とした。


 ここまでのリアルな痛み、感触、食感など。 様々な感覚がここを現実の世界だと訴えかけてくる。


「はァ……はァ……ッ」


(あいつらは、何だ……?)


 人間の形をしてハジメに接触してくる人間たちは、一体何者なのだろうか。 確かに姿形はハジメの知っている──ハジメと同じ人間そのものだ。 しかし、それは外見だけかも知れない。 人間の似姿をしてハジメを陥れる化け物かも知れない。


「ひっ……」


 ハジメは自分の見ている世界が悍ましい何かに変貌したように思えた。 周囲の民家から様々な視線が向けられている。 そんな不気味さに襲われた。


 ハジメは何度も背後を確認しながら逃げるように家へ引き返した。 姉妹も人間では無いかも知れないが、現時点で最も安全なのはあの部屋しかない。


 ハジメは部屋に戻ってベッドに飛び込むと、簡素な毛布をかぶって震え続けた。



          ▽



「ハズメ、朝ご飯だよ?」


 レスカがハジメの部屋を開けると、彼は毛布の中で動きを見せない。


「ハズメー?」


 何度声を掛けても起きてくることはないので、レスカは諦めて扉を閉めた。


「お姉ちゃん、ハズメ起きてこないよ?」

「うーん……疲れてるんじゃない?」

「そうかなぁ」

「じゃあ朝ご飯は机に置いてあげて、私たちはお仕事にしましょ」

「うんー……」

「どうしたの?」

「なんでもなーい」


 エスナとレスカはハジメを置いて畑に向かう。 彼女らの畑は他の村人は誰も干渉してこないため、意外とやるべきことが多い。


 ここは弱小の村なのだから、大概の仕事は相互協力を惜しむべきではない。 しかし、彼女らの行うことに関しては誰も協力をしない。 それは5年前──エスナが13歳、レスカが10歳だったあの日から。


 その日は猛烈な雨が降り注ぐ異常気象だった。 様々なことが一日のうちに起こり、姉妹の両親は多くの人間を巻き込んで死亡した。


 男手の多くを失った村の恨みは、なぜか姉妹に向けられた。 まだ成人すらしていない姉妹が親の不始末を負うなどおかしな話だが、ラクラ村は成熟した集団ではなかった。


 最終的に、姉妹を処刑することでこの事件に幕を下ろそうという話になった。


 そんな折、エスナが右手に魔導印を宿した。


 魔法使いは希少であり、何をおいても守られるべきだという風潮がこの世界にはある。 これによって村がエスナを処刑することは難しくなり、だからといって10歳のレスカだけを処刑するというのは村の体面としては悪かった。 そのため村は、エスナを搾取子とすることで溜飲を下げようとした。


 村がエスナの勉強のために出費したのも恩を着せるため。 エスナを様々な要素で雁字搦めにし、逃げ出せない環境を作り出すためだ。


「なぁ、今日の畑の水撒きは?」

「すいません、これから向かうところでした」

「言い訳とかいいから早くやれよ」

「はい……」


 エスナに感謝する人間は村にいない。


「あの……今日のお水をお持ちしました」

「そこに入れておいて」

「はい……」

「なんで水瓶いっぱいまで入れないの?」

「すいません、今日はもうマナがなくて……」

「いつもマナマナって。 あたしらが何も知らないと思って適当なこと言ってんじゃないよ!」

「でも……今日はもう難しくて……」

「ふん、使えない子だねぇ!」


 エスナへの対応など、大抵はこんなものだ。 初めこそ毎日涙で枕を濡らしていたが、今では当たり前すぎてエスナは感情が動かなくなった。


(本当に最低な村……。 今度も変な人を押し付けられちゃったし、いつになったらレスカと幸せな生活ができるんだろう……)


「お姉ちゃん……?」

「……あ、えっと、何かしら?」


 エスナは慌てて表情を整える。


 嫌なことを考えながら耕していたら、レスカの言葉を聞き逃しそうになっていた。


「ハズメの様子見てきてもいい?」

「えっと、どうして……?」

「だって朝ご飯のとき変だったから」

「眠かっただけじゃないの?」

「分かんないけど、心配だから見てくる!」

「ちょ……っと、レスカ……」


 エスナが止めるより早くレスカは走り出してしまった。 それはエスナの手からレスカが旅立つような感覚を生じさせ、不意の悲しみがエスナを悩ませる。


(なんで……こうも……)


 また一つ、エスナの心が澱に沈んだ。


「ハズメー?」


 家に戻ったレスカが部屋を覗き込むと、そこには朝とは変わらぬハジメの姿がある。


 食事には手を付けられていない。


「ハズメ、調子悪い?」

「……」

「なにか嫌なことあった?」

「……」

「おなか減ってない?」

「……」

「ねぇねぇ」


 どれだけ話しかけても動かないハジメを見て、レスカは痺れを切らせて彼を揺すった。


 声を掛けている最中も寝息は聞こえなかったし、起きているのは確実。 それでも動こうとしないのは何か理由があるのだとレスカは確信する。


「ハズメ、ねぇなにが──」

「────!」


 大きな音が聞こえた。


 気づけばハジメはレスカは床に倒れていた。 レスカは一瞬何が起こったか分からなかったが、産声を上げる痛みによって頭部を強打したことは理解できた。 頬に手を触れると、赤色で手掌が塗られている。


 痛みでレスカの目に涙が溢れ出ぢたが、それを見るハジメを見て泣き声までは出せなかった。


「どうして……?」


 どうしてそんな目をしているのか。


 レスカがもっと幼い頃、小動物が可愛くて捕まえようとしたことがある。 しかしそれを追い詰めた時、小動物の表情は少し違っていた。 怯えたような必死なような、そんな感情を含みつつ敵意をレスカに向けてきていたのだ。 それでも捕まえようとしたレスカは、小動物の前歯で手を大きく傷つけた。 その時と同じような状況がここでも生まれている。


 ハジメは怯えていた。 得体の知れないものを見るような視線と、レスカを傷つけてしまった申し訳なさが共存していた。


「大丈夫、あたしは──」

「レスカ!?」


 レスカが背後から抱き抱えられる。 声の主はエスナであり、レスカの頭部の傷を見て驚いた表情をしている。 が、その表情も一瞬で怒りに変わり、それは真っ直ぐにハジメに向けられる。


「私の妹に何を!」


 エスナの右手には魔導書が握られていた。 そして左手はハジメの中央を捉え、手のひらには水が渦を巻いている。


「お姉ちゃん違うの! ハズメは──」

「レスカを傷つけないで! 私から妹を奪わないで──え……?」


 半狂乱な叫びから、水弾が射出された。 それはエスナの手を離れた途端に爆発的な膨張を見せ、すっぽりとハジメを覆えるほどに成長していた。


 水弾はハジメを問答無用で壁に叩きつけられた。 行先を失った水飛沫は部屋中を蹂躙し、一部は壁を破壊してしまっている。 余波を受けたエスナとレスカも水浸しだ。


「こんな威力、なんで……」

「ハズメ!」


 エスナが呆然としていると、レスカがハジメに駆け寄った。 必死に介抱しようとしているが、ハジメはぐったりとして動かない。


「私、なんてことを……」


 三者三様の思いが全て空回り、悲しい事件が起こってしまっていた。

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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

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[良い点] 文章が生き生きしていますね。 ハジメ、エスナ、レスカも魅力的です。 これからも読み進めていきます。 時間があるときに感想を投稿しますね!
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