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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第2幕 Variation in Corruption
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第73話 二対二

第3章はハジメの物語が始まると思ったのに、まだまだエスナが主人公すぎる!

 エスナは汗を滲ませ髪を振り乱す。


(鬱陶しいほどに高い回避技能ね)


 エスナの《断天弾雨セヴァー・バレッジ》を以てしても、デミタスを捉えることは叶わなかった。


 攻撃開始から数分が経過し、すでに商業区画はまともな建造物を残さないまでに崩壊し、瓦礫ばかりになっている。 それでもデミタスは被弾することなく回避を続け、着実にエスナの残弾数を減らしている。


 エスナが腕を振るう。 が、弾幕の範囲が狭い。


(もうガス欠……? 慌てて仕上げたから強度に振り過ぎたのはあるけど、モルテヴァ全土に振っていた雨を集めてこれなら非効率と言わざるを得ないわね。 こんなに回避されるなら、もう少し強度を落としても良かったかしら。 こればかりは修練が必要ね。 そろそろ断絶付与も時間切れだから、まずはこの男を──)


「《催涙弾バレット》」

「っ……!」


 ついにデミタスから反撃が飛んできた。 エスナが前面に展開していた障壁が削れる。


 エスナの視力は徐々に回復しつつある。 それでもなおデミタスが催涙性の魔弾を撃つのは、それが効果的に働くことが分かっているから。 これはエスナも理解していて、ガスを吸い込めば効果が延長されるのは十分に予測できる結末だ。


(こちらの観察を続けながら回避もしていたってことか。 あまりにも抜け目ないわね。 魔法無しで私を追い詰めるなんて、さすが上級魔法使いってところかしら)


「今度はこちらの番だ」

「そうみたいね。 続きをしましょう」


 エスナはマナを上空に爆発させた。


 再び雨がしんしんと降り始める。


「お前のマナは無尽蔵か?」

「そんなわけないでしょう。 人間なんだから当然限界はあるわ」

「ぬかせ」

「確かめてみたら?」


 デミタスは勝つ気でいるが、エスナが防御に回れば勝ち切れないことも理解している。 マナ容量の面で、魔人に比べれば単なる人間であるデミタスは大幅に負けている。 だからこそ効率的なマナ運用を極めたわけだ。


(己れの最大の機会はエスナを撃ち抜いた一撃目だったな。 あれを逃した時点で、己れが後手に回るのは当然の流れ。 この不利を払拭するには、己れがリスク犯すか、もしくは外因的な変化が必要になる。 ただ、己れの性格的にリスクを取るのは得策ではない)


 今現在はデミタスの攻撃のチャンスとはいえ、だからと言ってエスナ打倒のチャンスとは言えない。 デミタスが攻でエスナが守のため、ここから行われるのは無意なマナ消耗合戦だ。


(動くのは今ではない。 己れはすでに大半の手札を見せてしまっているため、エスナの隙を生むことは難しい。 あるとすれば、エスナが意図的に生み出した隙に乗ってやるくらいか?)


 デミタスが狙うなら攻守交代の場面だが、その瞬間までエスナが継戦を許してくれるかどうか分からない。 そのため、一気に攻めるか時間を掛けるかで考えあぐねている。 すると──。


「……む?」


 貴族区画から何かが飛来した。


 衝撃はデミタスとエスナの間で爆発し、両者とも警戒心から一気にその場を飛び退いた。


「領主……?」


 先に気がついたのはエスナ。


「与えられた仕事もまともに熟せんのか、馬鹿が」


 相当な威力でロドリゲスが着地しており、即座に状況を理解した彼はデミタスに向けて暴言を吐いた。


「これはロドリゲス様、面倒な場面に──」

「御託はいい。 後ろの阿呆二人も纏めて処理して結果だけで示せ」


 ロドリゲスはそれだけ言い残すと、地面を蹴って更に破壊痕を刻む。 彼の身体はそのでっぷりとした体格には似合わない速度で弾き出され、衝撃波と石片が後に残された。


 直後、地面を叩く音が三発。 ロドリゲスが先程まで居た場所に黒い魔弾が撃ち込まれている。


「見かけによらず速すぎ……って、君たちまだやってたんだ? ご苦労なことだね。 一生そうやってるといいよ」


 続いて聞こえるのはゼラの声。 ロドリゲスを追うようにして宙を駆け、上からデミタスとエスナに興味深そうな視線を送っている。


 ゼラの背後にはやはりメイが乗っており、空中に一瞬だけ魔物を召喚させることで彼の足場にしている。 魔物は踏まれるたびに砕け散り、薄い破片を散らかすだけだ。


「ゼラお前、領主様を?」

「エスナって言ったっけ? 後ろのエクセスは君に任せるよ」

「は? 何を──って、新手ね」


 エスナが急いで視線を移すと、ゼラの言葉通り一人の浅黒い精悍な男が地面を駆けてこちらに向かってきているところだった。 恐らくは魔針であろう魔法をゼラに向けて乱射している彼だが、エスナが射程に含まれたのか、デミタスもろとも関係無しに魔法をぶっ放し始めた。


「クソジジイが」


 デミタスは見えた対象に呪詛を吐いた。


 広範囲に攻撃が散布され始めたとあって、エスナとデミタスは緊急的に回避行動に移る。


「はっはっは! どこ見て突っ立っておる?」

「あんたはさっさと死んだほうがいい」


 笑っていられる状況でないにも関わらず、エクセスは笑顔に真っ白い歯を浮かべながら、両手から無数の針を飛ばす。


「面倒なのがっ、追加されたわね」


 派手な音を立てて魔針がエスナの足元に突き刺さる。


 正確無比な連射攻撃に、エスナは慌ててステップを踏み回避に徹する。 これが正常な頃の商業区画なら対処も容易だっただろうが、エスナが建造物を悉く破壊してしまっているために身を隠す場所が無い。 そうこうしていると対応に遅れ、エクセスの接近を許すハメになっていた。


「あー、これはエスナ一人じゃ無理そうだ。 メイ、援護してやって。 僕はロドリゲスを追う」

「うい」


 この状況を見て、今まさに平民区画へ落下しつつあったゼラが方針を変更した。


 ゼラはそのまま自由落下に任せて姿を消し、メイだけが弾かれたように飛び出した。


「《召喚サモン》」


 メイは狼型の魔物を召喚すると、商業区画の端に着地した。 すぐさま魔物の背に乗って、一気にエスナの元まで駆ける。


「ゼラ一人だけなら、ロドリゲスさんも大丈夫ということにしておくかねぇ。 というわけでデミタス、囮になってくれ」

「巫山戯てる場合じゃないんだが?」

「仲間割れかしら。 こちらとしては好都合だけど」

「エスナ、こっちにマナ寄越す」

「いきなり何なの?」

「デミタス、あんまり二人を近づけさせるんじゃねーぞ?」

「そう思うならあんたがやれ」

「従わなければお前も敵になっちまうけど、どーする?」

「エスナ、黙って動くの」


 全員が二対二の団体戦の始まりを予期した。


「「まったく……」」


 エスナとデミタスの嘆息が一致する。


 デミタスがグッと身を屈めた。 ダン、と力強く地面が蹴られ、デミタスが一瞬でエスナへ肉迫した。


「あなたも大変ね」


 デミタスは小刻みにエスナの周囲を移動し、背後へ回る。


「そうだな。 《催涙空間ラクリメント》」


 デミタスを中心として広範にモヤが展開される。


 メイと分断される形でモヤが広がりを見せていたため、エスナは素直にその場を離れた。


「あなたが意味のない行動を取るとも思えないから、逃げさせてもらうけど──」

「《麻酔針ニードル》」

「──なるほどね。 挟撃……じゃなくて選手交代か」


 エスナの背後にあった断絶障壁が叩かれている。 またすぐにデミタスがメイの元へ向かったこともあって、エスナは彼の意図を理解した。


「デミタスめ、言いつけ通りにしろってのに」

「今度は高齢者が相手ってわけね。 範囲制圧性能の高さが出入管理部門の十八番らしいし、どんな能力かしら」


 デミタス対メイ、エクセス対エスナで戦闘が継続される。



          ▽



(最善はジジイがエスナを倒すことで、次善はジジイを犠牲にしてでもエスナの隙を作らせること。 だからエクセスに情報を渡す必要は無いな。 せいぜい己れの役に立ってくれ)


「己れが相手だ。 子供だろうと容赦はしないからな」

「邪魔する人嫌い」


 勢いそのままに駆けるデミタスの蹴りがメイに向けられた。


「わっ」


 メイは魔物の背を踏んで飛び上がり、蹴りはその中間を掠めるように抜けている。


 メイは空中でくるりと回ると魔物の背に再び騎乗し、デミタスを無視してエスナの方面へ。


「おいおい、己れは無視か。 《催涙針ニードル》」


 魔物が左右に素早く跳ねた。デミタスの攻撃を、メイは後ろを振り返ることすらなくひょいと躱している。 彼女の進行方向には、先程デミタスが拡散させた催涙のモヤが依然残ったままだ。


「突っ込む気か……?」

「《悪食ビザー・イート》!」


 メイの手にマナが集中し、彼女はモヤの直前で動きを止めた。 そのまま手のひらでモヤを掬うように動かすと、再びデミタスから逃げるように走り始めた。


「混ぜ混ぜー、混ぜ混ぜー」

「何かをしているな。 なんだ……?」


 何やら楽しげに口ずさむメイに対し、デミタスは怪訝さを隠さず表情に出した。


「まぁいい、《凝集アグリゲーション》」


 デミタスはメイに少し遅れるようにモヤのそばまで戻ると、モヤを全て手元に集めた。


「《催涙刃ブレード》」


 モヤは高性能の魔刃へと姿を変える。


 “等級変換ダウンブースト”──それは、空間型魔法や設置型魔法を下位階級の魔法に変換する方式。 元となった魔法の強度や規模を維持したまま、より下位の魔法を発動させるというもの。 エスナがデミタスを参考にして完成させたのもこれで、彼女は無数の雨を高強度の魔弾に変換していた。


 デミタスは機動力を最大限にメイの背を追い続ける。


 メイの召喚した魔物は小型ということで細かな動きには対応している。 しかし脚力という点ではデミタスに劣っており、こう視界の開けた商業区画では彼に軍配が上がる。


「わっ! 怖いおじさん来たの」


 デミタスの魔法は一見使い所に困るところが多そうだが、案外少数戦闘にも多数戦闘にも応用が効き、彼も自身の魔法に少なくない信頼を置いている。 出入管理部門に求められる範囲制圧はもちろんのこと、一発当たれば相手の機能を潰せるのが何よりもの強みだ。


 闇属性を構成する性質は、精神操作、状態異常、陰影そして代償。 それらは闇属性の根本たる束縛の性質を細かく分類したもの。 その中でも状態異常と陰影は直接的な接触だけで効果を発揮できるため使い勝手が良く、ゼラの精神操作のようにややこしい手順を踏まないで済む。 だからこそデミタスは自らの魔法に自信があり、それが魔法の可能性を後押しする。


 デミタスは魔刃を思い切り斜めに振りかぶった。


 メイは先程よろしく飛び上がって回避したが、魔物の方は回避が間に合わずに刃を浴びてしまった。


(脆いな。 つまり奴の召喚物は、強度よりも規模──召喚数に重きを置いているわけか。 数で押してくるだけであれば対応は余裕だろう。 もし高強度の魔物を召喚するのだとしても、普段使いの魔物がこの程度であれば、己れの魔刃だけで問題は無い)


 砕け散る魔物の感触から、デミタスは一瞬でメイの魔法を看破していた。


 余裕を感じたことでデミタスの肩の力が抜け、むしろ思考を冷静にさせる。


 デミタスは足場を失ったメイの着地地点をしっかりと確認しながら、蹴り出す脚にグググと最大限の力を込めた。


(着地を狩れば仕事は完了だ)


「できたの! ぽんっ! 《合成魔獣シンセ・アニマル》」


 仕留められると確信していたデミタスの思考を邪魔するように、メイが想定外の動きを見せていた。 気づけばメイは空中で身を翻し、両手をデミタスに向けている。


「!?」


 突如、デミタス視界を埋めるように真っ白い何かが現れていた。 見たところそれは、これまでメイが召喚していたものよりも遥かに大きく、モコモコの羊のような形状をしている。 それでも頭部は恐ろしい魔物のそれで、チグハグさが垣間見える。


 障害物の出現に、デミタスは対処の優先度を目の前の物体に移した。


(目眩しか? だが、これが奴の切り札なのであれば作業が一つ増えるだけのこと。 奴の魔法特性上、身を隠すような能力が無いことは透けている。 気に掛かるのは奴が先程己れの魔法に触れていたことだが、この魔物が催涙特性を得ていたとしても己れには効かん。 つまり、これを斬り伏せれば次の一手で終わる)


 デミタスは少しだけ慌てた様子を見せたが、あくまでも冷静に魔刃を振るった。 強度の高い魔物の出現を予め想定していたため、それが彼には可能だった。


 刃が魔物を確実に屠るべく流れ、


「む……──ッぐ!」


 なぜかするりと抜けた。


 デミタスの思い描いていた結末が訪れず、彼の思考が一瞬止まった。 直後、デミタスは激しい痛みを覚えた。


「な、にッ……!」


 白い魔物の牙がデミタスの首から肩にかけて深々と突き刺さっている。 魔物の重量もあってか、デミタスは押し倒されるように後方へぐらついた。 その間にメイは地面に降り立っている。


「わっ、とっ……ぁで!?」


 魔物の向こう側で、着地の上手くいかなかったメイが派手に顔面からすっ転んでいる。 デミタスの耳にもそれはありありと理解できた。 魔物の対処が問題なければ確実にメイを切り裂けていたことに彼は口惜しさを覚えるとともに、目の前の問題に怒りさえ感じている。 これがなければ彼は恐らく勝っていたのだ。 しかし結果は結果。 後手に回ってしまったことが現実だ。


(想定を大きく外したか……! 直前のあれは催涙特性ではなく無効耐性の取得を意図するものか。 だとすれば、奴は反撃型の魔法使い。 こちらから攻めていた時点で奴の術中だったというわけだな。 一見弱そうな動きも、全て計算されたものというわけ、か……!)


 ギリギリと徐々に深まる牙の痛みに思考は狭まり、デミタスは仕方なくリスクを受け入れることとした。


「離、せ……《異常変換コンバート・アブノーマルエナジー》!」


 デミタスの魔刃が掻き消え、彼の身に吸い込まれた。 かと思えば、激しい衝撃が魔物の内側から生じ、その身体が跳ね上げられた。 そのまま一秒ほど対空し、粉々に砕け散る。


「あー! 酷いことするの!」


 ぶつけた顔面から鼻血を垂らしたメイが地団駄を踏む。 せっかく作ったのに、などと喚いている。 その時、デミタスがむくりと起き上がった。


「……ぅげ、ぇ!?」


 メイの身体が大きく浮き上がった。 胃液が無理矢理に胃から押し出されている。


 デミタスが予備動作もなくメイに接近し、拳を彼女の腹に叩き込んでいたのだ。


「ゔ、ぇ……《シフ──」

「喋ると位置が割れるぞ。 気をつけた方がいい」


 デミタスはメイを追うように飛び上がり、最後だと言わんばかりに言葉を吐きかける。


「──ぎ、ぁッ……!」


 メイの魔法は完成せず、無慈悲な蹴りによる追撃が彼女の骨を砕いた。


「まずい、な。 これでは追えん」


 メイが地面に叩きつけられる音がしなかった。 ということは、彼女は平民区画ないしは壁外へ飛ばされてしまったということ。


 そのまま着地したデミタスだったが、その目は十全に機能していない。 涙が溢れ、視界が潰されているのだ。 これは彼が魔法を身体能力に変換した結果であり、催涙効果を負うことで可能となった代償行為だ。


「……どうにも冷静さを欠いているようだ。 それでも、一時的にとはいえ障害を一つ取り除けたのは変わらない。 ジジイの手助けをするのは癪だが、エスナを挟撃するか」


 デミタスは音だけを頼りに、静かにエスナへと迫る。

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