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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第2幕 Variation in Corruption
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第72話 学習する魔の者

「このままじゃ、ジリ貧ね……」


 デミタスが断続的に空間型魔法を発動させて彼自身の姿とマナを覆い隠すせいで、エスナは彼を捕捉することが困難になっている。 ただでさえ両目を使用不能にされているのにマナまで感知できなくされては、戦いができるできないの話ではない。


(それにしても良い手ね。 空間型魔法を展開して、魔弾として打ち出さなかった残りのマナを回収する手立てがあるんだから。 効率重視がこの男の性格特性で間違いないかな。 戦闘に秀でてないって言ってた割に攻撃力が高いのは気になるけど、そのカラクリも概ね理解できた。 これなら私の魔法にも応用できそうね)


 このエスナの考えが動きに出ていたのか、デミタスはより慎重に距離を測るようになった。


 エスナは目が見えていないため、指先だけで魔導書のページを捲る。 そのままピタリと指を止めたのは、何も書かれていない真っ白なページ。


(普通ならあり得ないことをやってるんだけど、私にはリバーさんがついてる。 だから大丈夫。 魔導書は私たちの思いに応えてくれるはず……)


 エスナの右肩口あたりで止まっていた魔人部分が脈動し、その範囲を首元から胸元に向けて少し広げた。


 エスナは言い知れない不気味さを体内に感じ、それ以上に存在感を持ち始める魔導書に感動を覚えた。


「何をするつもりだ?」


 エスナの魔導書が鼓動のように振動を拡散させている。 デミタスだけでなく周囲の構造物にも振動を与えるほどだったので、彼はこの現象に対して警戒心を最大限に引き上げた。


「まずいな、進化の可能性を与えてしまったか……。 かくなる上は──《凝集アグリゲーション》」


 魔法は本人の資質に応じて成長すると言われている。 人生の大きな転機に際して心が大きく揺れ動いて生じる成長が一般的だと言われているが、極限の窮地に於いて生じるものもある。 エスナのこれは当然後者で、それでも自ら意図して方向性を規定しようとするのは異常だと言える。


 エスナは降り注ぐ超速の弾丸を紙一重で回避しながら、魔導書の反応を待つ。


 一発命中すれば致命傷は避けられない弾丸も、魔人のマナ感知能力と断絶障壁を併用すれば然程恐ろしくはない攻撃に格下げされる。


「少し集中力が戻ってきた、かな? そのぶん人間から離れていくのも実感できるけど……」


 デミタスの攻撃が頻度を大幅に増している。 エスナが視界に頼っていないことを理解し、姿を覆い隠すことを止めて攻撃に注力し始めた結果だ。


「己れが必死になって追撃する展開など、これは一体どういうことだ?」


 攻めていると思いきや攻めさせられているという状況に、デミタスは怪訝な表情で呟く。 そしてエスナのマナが上空に向かっていることに気づき、冷静さが少しずつ失われる。


「己れのやり方を見て学んだのか? だが、思い付いたとて本当にできるなどと思えるか?」


 空間型魔法は過程こそ難しいシロモノだが、完成して仕舞えば無類の強さを発揮する。 しかし完成させて終わりというわけではなく、実はまだその先が存在する。


 空間崩壊に伴う代償という反動。 それは一般的に単なるデメリットとして認識されているが、使い方によってはメリットを生む場合もある。


 拘束した敵が魔法空間を破壊したり脱出条件を満たせば、それは使用者に当然の代償を強いる。 直接的なダメージや魔法使用制限という形で。 一方で、使用者が自らの意思で壊す場合は趣きが変わってくる。 ゼラの《悪足掻ストラグル》やリヒトの《空間解除ウィズドロー》など、破壊されたという結果を回避できれば、重い制限を掛けられることはない。


「いや、奴なら成功させるだろうな」

「何をブツブツ言っているの? あなたそろそろ死ぬのだけれど?」

「どうかな。 《催涙弾バレット》」


 魔弾の触れた場所にモヤが広がり、ある種設置型魔法のような効果を発揮するが、エスナはさらりと抜けてゆく。


 精神的余裕はエスナを饒舌にさせた。 これでデミタスはエスナの成功を確信する。


 余裕が慢心を生むと考えてデミタスは攻撃を続けるが、エスナの展開している防御障壁に掠ることすらない。 それもそのはず、周囲の雨水がエスナの知覚として機能し始めている。 これも彼女の魔人部分が侵食を大きくした影響か。


「空間型魔法でそれができるなら、私の設置型魔法でも可能だと思うの。 あなたの魔弾や魔針が本来の限界を超えて強度を発揮できるのは、元になってる魔法の強度を参照しているからだと思うし。 どうかしら?」

「魔法で他人に教えを乞えるのは下級までだ」

「まぁそうよね。 私の魔法を私以上に知っている人なんていないわけだし。 でも一人だけいるのよね。 だからその人に聞いてみるわ」

「……?」

「リバーさん、私を助けて」

「誰に何、を──」


 デミタスはそこから先の言葉を紡げなかった。


 しん、と雨が止んでいる。


 空に残るのは物言わぬ黒雲だけだ。


「──む?」


 ステップを踏みながらクルリと身を翻したエスナとデミタスの目が合った。 エスナは左腕を大きく右に振った構えを取っている。


 デミタスはエスナの魔導書の内側を見た。 先程まで白紙だったページには奇怪な魔法陣が描かれ、開いたスペースを莫大な量の細かな文字が埋めている。


「黒雨を浴びた人間に、私は自由なタイミングで断絶効果を付与できるの。 一時的だけどね」

「なんだと?」


 デミタスは気付いた。 体内からマナが魔導書に流れていかない。 体表面にすら伝播しない。 魔導書の内部には幾許かのマナが残されているが、使用後回収することも難しいのであれば、実質残りのマナだけでエスナの攻撃に対応しなければならないということになる。


「あと、雨は横に降るみたい」


 エスナの背後に、ぽつりぽつりと雨粒のような水滴が出現し始めた。 それらは凄まじい勢いで増え続け、一瞬のうちに数百、数千へ到達する。


「《断天弾雨セヴァー・バレッジ》」


 エスナがタクトを振るうように左腕を右から左へ流すと、それに合わせて無数の雨粒が帯状の弾幕となって駆け抜けた。


「……チッ」


 デミタスは全力で回避行動に移った。 地面を蹴り、滑るような体勢で地面ギリギリを転がると、頭上を雨の弾幕が通り過ぎた。


「反撃は……無理か」


 デミタスはエスナの一攻撃の隙間を狙おうかとも考えたが、その目に飛び込んできた光景を見てその考えを捨てた。


 雨粒の通り道に無数のピンホールが開けられている。 その中で最も広い範囲で被弾した建物は、剣山でも押し付けられたような貫通痕を刻まれていた。 蜂の巣よりも密集した穴だらけ具合で、建物内部を高密度にごっそり削り取られたためか、一瞬で支えを失って倒壊した。


「完全に示唆を与えてしまったわけだ。 そこまで考えが至らなかった己れを……いや、このような事態を想定することなど不可能だろう」


 デミタスは引き続き逃亡を続ける。


 途中、商業区画で逃げ遅れて隠れ潜んでいた壮年男性が慌てて出てきた。


「すまん、妻も一緒なんだ……! どうか……!」

「悪いな。 どうにもできん」

「おい! わしらを助け──」


 ゲリラ豪雨の如く、ザッと雨粒が通り過ぎた。


 恐怖に釣り上がった表情の男性を雨粒が飲み込む。 一瞬でボロボロの肉塊が出来上がり、彼が飛び出してきた建物もろとも全てが蹂躙の憂き目に遭った。 男性の妻も同様の末路を辿っただろう。


「いつまで逃げられるかしら?」


 遠くから煽るようなエスナの声が響く。


「まったく……災害だな。 己れは余計なものを目覚めさせてしまったらしい。 さて、奴の残弾数は如何程かな」


 デミタスが逃げ回るにつれ、商業区画は原型を留めない災禍の現場に変わる。


 ゼラの一撃から戦場と化した貴族区画、エスナが破壊の限りを尽くす商業区画、そして狂人蔓延る平民区画。 もはや、モルテヴァに安息の場所は存在していなかった。



          ▽



「若、これはどういう……?」

「……さあな」


 ユハンはリヒトとモノを引き連れてモルテヴァに帰還した。 奴隷区画から侵入した彼らだったが、平民区画に入って見た光景が想定以上のものだったため驚きを隠せなかった。


 外部から確認していた通り、町を覆う外壁は存在せず、見える範囲は全て何かしらの被害を受けている。 死体も多数散見され、それ以上に気になる異形が町中に蠢いている。


「モノ、若を守っておれ。 儂は情報を集めてくるでな」

「了解致しました」

「若、よろしいですかな?」

「ああ、任せた」

「この坊主はどうしますかな?」

「モノが抱えておけばよい。 では爺、向かってくれ」

「しばし失礼しますぞ」


 ユハンは魔導書を展開し、すぐに状況把握へ移る。


「《君臨レイン》……平民よ、私に情報を齎せ」


 ユハンを中心として、同心円上にマナの波動が拡散された。 その範囲、直径約50メートルほど。 範囲内でユハンを上位者と認識する者に対し、彼は暗示的・指示的な効果を期待することができる。


「反応はありましたか?」

「この周辺に生者は居ないようだ。 移動する」


 《君臨》は上位者としての効力とともに、範囲内の生物を索敵できるという副次的な機能も備えている。


 ユハンは何度か同様の作業を繰り返す。


「どうされました?」

「索敵には引っかかった……が、反応は無いな。 私を認識していないか、私と同等以上の存在か、それ以外の可能性か」

「……前衛はお任せを」


 モノは建物の陰にハジメを横たえ、剣を構えてユハンを守るように歩を進めると──。


「ぐ……ッ!?」


 黒い何かが突如接近。


 モノの甲冑が揺れ、彼女は派手に弾き飛ばされた。


「魔人……いや、なり損ないか」


 ユハンは驚きを外には見せず、あくまで冷静にそう吐いた。 同時に、モノと入れ替わるように現れた何者か──全身を黒く染めた異形が地面に着地した。


 シルエットは人間を思わせるものがある。 目を赤くしてグルルと喉を鳴らし、唾液を吹きこぼしているのは獣の振る舞い。 総合すると、それは人間から遠ざかった何か。 身体が妙に傾いていたりはするが、二足歩行なのは人間だった頃の名残なのだろう。


 異形人間とも呼ぶべきそれは、非魔法使いでも分かるほどに高濃度のマナを全身に纏った。 すると大腿と上腕がはち切れんばかりに隆起し、その脚力で以て地面を踏み抜いた。


 地面の砕ける音だけが残り、そこに異形人間の姿がない。


「……ッ攻撃を禁──」


 もう一度何かが砕ける音が響いたかと思うと、それはユハンの側面あたりに移動していた。 地面を蹴ってユハンの視界から外れ、その後壁を蹴って一気に距離を詰めた形だ。


 ユハンが反応した時にはすでに敵の拳が彼の肩口へ。 拳は、超反応で防御姿勢を取ったユハンの両腕を易々と砕き、それでもなお殺しきれない威力は彼を大きく弾いた。


「ユハン様っ!?」


 叫び、怒りで動き出したモノの目の前で、異形人間はビクリと身体を震わせた。


「まったく……」


 そう漏らすのはユハン。 殴られた空中姿勢から身を翻し、地面を滑りながら着地した。


「だ、大丈夫ですか!?」


 身じろぎ一つしなくなった異形人間を横目に、モノがユハンの元へ駆け寄る。


「ああ、致命傷ではない」


 ユハンは折れた腕をだらりと垂らし、少しだけ息を荒くしている。


「とにかくこちらを!」


 モノは慌ててポーション瓶を取り出し、丁寧にユハンの口元へ運んだ。


「……ご苦労」

「奴はどうなったのですか?」

「上下関係を叩き込んでやった。 直接接触してくる輩など久しぶりだったが、そうでなければ効果がなかったと思うと厄介な存在だな」


 数分の後、ユハンは両拳を握ると徐に動き出した。 そのまま異形人間の元へ向かい、魔導書を展開させてそれに触れた。


「《記憶遡行リード・マインド》……なるほど」

「どうでしたか?」

「ほとんどが意味消失していて読み取れんな。 だが、こうなる直前の記憶だけは覗くことができた」

「こうなる? では何者かがこれを?」

「ああ。 父上だ」



          ▽



「アンドレイ、これで全員か?」


 ハンターギルド長であるネイビスが声を掛けた。


「ひとまずは、といったところだ」


 アンドレイは騒動が生じた瞬間から町の住民──とりわけ商業区画と貴族区画の人間の退避に全力を尽くしていた。 これはモルテヴァに組み込まれた緊急対応項目であり、アンドレイが何よりもまず着手しなければならない業務だった。


 アンドレイは可能な限りの上級市民を連れて町を脱出し、町の南側へと対してきている。 その中には独自に逃げ出してきた平民区画の連中も少なからず居て、こちらはこちらで居心地の悪い思いをしている。 なにせ、ここにいるほとんどが黄色か赤の魔導具を装着しているからだ。 もしここで何かが起こって人員を厳選するなら、真っ先に弾かれるのが平民区画の人間だということが分かっているからだ。


「逃げ遅れた者はどうする? 手が足りんぞ?」


 その逃げ遅れた者の中に平民区画は含まれていない。


「残してきた部下に任せるしかあるまい。 ネイビス、そもそも君がほとんどのハンターを未開域に向かわせたのが根本の原因では? 儂ら組合が対応しなければ、今頃ここにいるのは貴族区画の人間だけだったぞ?」

「こちらに言わせれば、トキス姉妹の離叛がなければこうはならなかったと思うのだが? この状況はアンドレイ、お前の差し金という話も出ているが?」

「何を馬鹿げたことを。 それをしてどんな利益がある?」

「邪魔な人間を消して有利な立場を築くとかな」

「それこそ巫山戯たことを、だ。 組合ではなくギルドという形に固執している君らの方がよっぽど権力に飢えていて醜悪だ。 何もやましいことがないのなら、さっさとハンター組合に変えればいいものを。 意地でもそれをしない、なおかつ先ほどの発言から、君が権力を欲しているのが透けているぞ。 馬鹿が」

「言葉には気をつけろよ?」

「君こそ、普段から町の周囲全域を守っている儂を見くびるな。 立場も役割も有用性も、君など儂の足元にも及ばん。 痛みを知れ」

「なに──が、ぁ……ッ」


 突如ネイビスが呻き声を上げて地面に転がった。 全身を歪めながら、泡を吹いてみっともなく身悶えしている。


「アンドレイ、そのあたりにしておけ」

「ラカツ殿」


 権力者会議の一人、ラカツ。 リヒトと同様に重鎮として数えられる男がアンドレイを制した。


「管理者権限を他者にあまり見せるものではない」


 魔導具を強制的に操作できる管理者権限。 これはロドリゲスとユハン、そしてアンドレイしか持ち得ない超越特権。 アンドレイはこれを利用してネイビスに苦痛──奴隷が脱出を企てた時に生じるもの──に似たダメージを叩き込んでいた。


「これはお見苦しい場面を見せてしまった。 愚者に対する教育として、ひとつ見逃してくだされ」

「それを見たとてどうにかなる話でもないが、今後使い道も出てくるだろうから慎重にな」

「と、言うと?」

「モルテヴァの混乱を収拾させるには、力による統治が必要になるだろうということだ。 もしかしたら、我々の生きている間に元のモルテヴァの姿を見ることは叶わんかもな」

「そうですな……」


 濃さを増す黒雲と外壁の破壊が、ラカツの言葉をより現実のものとした。

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