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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第2幕 Variation in Corruption
78/155

第71話 全区画争乱

 ヒースコート邸、執務室──。


「くそッ、どうなってる!?」


 ロドリゲス=ヒースコートが乱暴に机を叩いた。


「落ち着いてくれよ、ロドリゲスさん」


 男爵という上流階級を前にしても軽口を吐いているのは、出入管理部門の貴族区画担当エクセス=ナクロ。 白髪混じりの長い髪を後ろで束ね、張りのある肌は浅黒く、精悍ささえ感じられる。


「これが落ち着いてられるか! 数十年掛けて仕上げた魔法陣が一瞬でパァになったんだぞ!?」

「また作れば良いじゃないですか。 次回は初回よりも効率的に組み上げられるでしょーよ」

「黙れ! あれだけ緻密で完成された魔法など、もう二度と組み上がらん!」

「そいつは残念ですね。 それにしても、一体誰が外壁の破壊なんて思いつくんでしょーね?」

「他人事のように言うな! それもこれも貴様ら管理部門が職務を怠慢した結果だろうがッ!」

「あーらら、そうなっちまいます? 事前に言ってもらえれば、その辺も調査してましたよ? 予測できなかった時点でロドリゲスさん、あんたの責任だ。 それをうちらに投げんでくださいって」

「あぁ!?」

「おー、こわいこわい。 分かりました、分かりましたから、そう怒りなさんなって。 原因はうちらで処分してくるんで、あんたはここで休んでいてくださいよ。 そしたら、すぐに安心できる──」


 轟。


 突如、執務室の扉が粉々になって吹き飛ばされた。


 すぐに闖入者が室内に足を踏み入れ、エクセスは目を丸くした。


「──結果を……出せなくなりましたわ、はっはっは!」

「笑うな! 警備はどうなってる!?」

「全員殺したけど?」

「ですって。 こりゃ傑作ですな」

「何が面白い!? 貴様は黙って対処に移らんかッ!」


 ロドリゲスが半狂乱に叫び、やれやれとばかりにエクセスが前に出た。


「はいはい、ちゃんと仕事はしますって。 ……ゼラ、久しいな」

「やあ、久しぶり。 ロドリゲスを殺すから、君は下がっててくれる? 特段、君を殺す理由も無いし」

「ロドリゲスさん、帰っていいですかね?」

「ゼラ貴様ァ! 我が育ててやった恩を忘れて町を離れるばかりか、我に楯突くだと!? 貴様それでも人間か!? エクセスもあまり巫山戯ていると承知せんぞ!」

「へいへい」

「いつも通りの醜さで安心したよ。 それでこそ処分のし甲斐があるってもんだね。 とにかく今日はモルテヴァと君たちにお別れの挨拶に来たってわけだ。 立つ鳥跡を濁さずって言葉があるけど、僕はそこまで器用じゃないからさ。 好きに暴れてから帰ることにしたんだ」

「帰る、だと? 貴様の家はここであろうが!」

「結局君は何も知らないんだね。 僕は君に育てられたつもりはないし、本当の親は別にいるんだよ。 今日この日に町を覆う大規模魔法陣が破壊されるのは予想外だったけど、その前に親への手土産として君の仕上げた魔法とか技術なんかは流させてもらってる。 良かったね、人の役に立てて」

「何を言っている……?」

「だから最後の挨拶だって。 世話になったって気持ちもごく僅かにあるし、今後君を生かしていても益は無いから、始末しにきたってわけ。 これは僕が始めた催しだけど、想定以上に色んな参加者が来て踊ってくれてるみたいだからさ。 最後は派手にぶちかまそうじゃないか」

「……エクセス、貴様の命を賭してでもゼラを殺せ。 今すぐに!!!」


 ロドリゲスの言葉を受けて、エクセスがぬらりと身体を揺らした。


「まったく、人使いの荒い雇用主って嫌になるな。 ゼラもそう思わないか?」

「それは同感。 じゃあ……」


 ゼラ、エクセス、ロドリゲスの三名がそれぞれ魔導書を具現化させる。


「始めようか。 ──《負力解放リリース・ネガティブエナジー》」


 先攻はゼラ。 彼の手元で黒いエネルギー塊が一気に膨張した。


 直後、吹き荒れる衝撃。


 邸宅を一瞬で消し飛ばす威力で以て、貴族区画での戦いの火蓋が切って開かれた。



          ▽



「あなたはエマですね?」

「え!? は、はい、そうっす……」


 平民区画を恐る恐る進んでいたエマに掛けられる声があった。


「私はリセス。 姉のドミナがお世話になっています」

「そ、それはご丁寧に……?」

「魔法が効いていないようなので、姉さんの読み通りあなたは魔法使いで間違い無いでしょう。 あなたのことは傷つけないように言われていますので、安全な場所までお連れしましょう」


 エマはリセスの発言に違和感を覚える。


「傷つけない、ように? 安全?」

「すでに平民区画のほぼ全域に私の魔法を振り撒いているので、あなた一人でここは危険です。 しかし私と一緒なら危害も加わりませんので」

「あ、あの……!」

「はい、何でしょう?」

「この状況はリセスさんが作ってるんですか?」

「……? ええ、はい。 それが何か?」


 エマは当然のようにそう言い放つリセスに恐怖した。 ドミナよりもマシかと思いきや、無感情にこんなことをやってのけるリセスの方が異常性は上だったらしい。


「あたしはだ、大丈夫なので……!」


 エマはそれだけ言って行き先も決めず走り出した。


「あら。 まあ、大丈夫と言うのなら大丈夫でしょう」


 リセスはエマの挙動をさして気にせず、つぎの破壊目標である商業区画に向けて来た道を戻り始めた。


「ハァ……な、なんで、魔法使いはみんな……」


 町中がエマを目の敵のようにしていたが、彼らの攻撃目標はエマ自身にだけ向けられていた。 それを除けば彼らは基本的に良い人間で、決して殺されるべき者たちではなかったはずだ。


「みんな、ハァ、あんなに身勝手なの……」


 魔法使いは他者を殺害する権利を持ち、一般市民は殺害されない権利を持たない。 これは貴族が魔法使いだという前提があるためで、この前提が崩されない限り問題は解決されない。


 エマは社会基盤に対してではなく、自身が搾取する側にいることに絶望していた。 本来であればリセスの謎の魔法に巻き込まれて狂人と化していたはずなのに、その身に流れた血だけで理不尽な未来を回避している。 望む望まないに関係なく周囲を不幸にする存在、それが魔法使い。 エマはそう認識している。


「きゃあっ……!?」


 エマが自身の不安定な立ち位置に当惑しつつ目的も無く走り回っていると、倒壊した家屋の隙間から狂人がヌッと顔を出した。


 エマは驚きで足を止めた。 しかし狂人はエマに一切目もくれず、何かに引っ張られるようにどこかへ歩き去ってしまった。


「ここ一帯は私が制御しているので危険はありませんよ」

「あの人に何をしたんですか……?」


 投げかけられた声がリセスのものと分かり、エマは振り向くことなくそう尋ねた。


「少しお手伝いをしていただいています。 私の魔法は致死的な効果を発揮するものではありませんので、これ自体に害はありません」

「でも、そのせいで色んな人が……」


 エマは狂人たちが衛兵などに群がって被人道的な行為を繰り返している場面を目にしている。 逆に返り討ちに遭って生涯を終える者も。


「でもまぁ、仕事ですので。 生きるためにどうしても、という感覚でしょうか。 あまり考えても仕方のないことだとは思いますが」

「酷い事をするのが仕事なんですか……?」

「エマさんは暴力を受けるのが仕事で、私たちは人を殺すのが仕事です。 私も被虐民などという身分はこの町に来て初めて知りましたが、あなたが暴力に耐えるのも私が他人を操作するのも同じこと。 どちらもやるべきことで、内容に差こそあれ、大きな違いはありませんよ」

「ち、違うと思います……」

「違うと思うのなら証明してみてはどうですか? 現状あなたの存在が暴力の肯定そのものであって、なればこそ私の行為も肯定されて然るべきかと。 少なくとも、暴力を受け入れている時点で、あなたは暴力を否定することはできないと思うのですが?」

「あたしが全てを受け入れているとでも思っているんですか……?」

「声を上げないのは受け入れていることと同義ですよ? まさか、現実に耐えていたらいずれ状況が変わるとでもお思いですか? 行動しない愚者に、可能性など一片たりとも転がっては来ません。 行動すれば良好な結果を得られる保証もありませんが、可能性が0と1ではまるで話が異なります。 あなたは前者。 蒙昧な愚者そのものです」


 ドミナ然り、リセスも理想ばかり口にする。 それが分かっていても行動できない者もいるということを、想像できないというような口ぶりだ。 エマの中に、暴力を受けていた時以上のフラストレーションが蓄積していく。 それが荒れた言葉に変換される。


「じゃあどうしろって言うんですか……? 雁字搦めで動けなかったらどうすればいいんですか!?」

「手足を必死に振り乱してみては? 見たところ、あなたは不平を吐く口元しか動いていないようですが?」

「その手足が縛られてるって言ってるんです!」

「それでも指先くらいは動くでしょう。 歯だって爪だって心だって、人間に使える武器は豊富にあります。 それらを全て出し切っていないのに絶望するのはあまりに早計かと」

「か、簡単に言わないでください!」

「行動すすれば良いだけだと思うのですが。 簡単では? ほら、あちらを」


 エマはリセスに促されて騒音の響く方面へと目を向けた。 そこには狂人を薙ぎ払って進む二人の魔法使いが。


「あれは……」

「ゼラ=ヴェスパですね。 この騒ぎに乗じてやってきましたか」

「どうしてあの人が……?」

「さあ? 何か目的があるのでしょう。 皆、何かしらの行動を起こしている。 それなのにあなたは一人で騒いでいるだけ。 その様子では何も変わりません。 ……では、私もこれで。 もうお会いすることはないと思いますが、ご多幸を」


 エマの思い描く魔法使いのとおり、やはり自分勝手に行動を続けるリセス。


「本当に身勝手で傲慢なのに……」


 それを完全には否定しきれないでいるエマもいる。


 現在のエマは、善良な市民にも傲慢な魔法使いにも、どちらにも傾くことのできる不安定な存在だ。 このまま無知を貫いて暴力に耐えるだけならそれも良いだろう。 一方で魔法使いとして大成する可能性も秘めており、それはそのままエマが嫌う存在への第一歩につながる。


「……!?」


 上空の黒雲が広がりを増した。


 闇の中で光が煌めき、炎が照らし、雨風が吹き荒れる。 すでにここモルテヴァは正常な状態を保ててはいない。


「この町はもう……。 そしたら、あたしもここから──」


 時を追うごとにエマの選択肢の幅は狭まってゆく。


 エマが生き残るためには、ここで逃げ出す他ないだろう。 そうでなければ、周囲の狂人よろしく哀れな一般市民としての末路が口を開いて待っている。 しかし問題は、腕に取り付けられた魔導具。 これがあるせいで、エマは絶対に町から離れられない。


 エマが魔法使いとしての力を発揮して自分の身を守れるのなら生き残ることも可能だろうが、魔法の成長など赤子の成長よりも遅々としている。 つまりここで魔法に期待できることなど何も無い。


「──駄目、抜け出せないんだった……」


 エマはやはりここでふと思い出す。


 エマはこれまで、何度も逃げ出そうとは考えた。 しかしそれが叶わないことを毎度思い知らされている。


 ドミナの読み通り、エマの記憶には厳重なプロテクトが施されている。 しかし記憶の蓋というのはそれほど強固なものではなく、何かの拍子に一時的に開くことがある。 今回もその一環で、エマの魔導具が町から脱出不能の特別仕様だということを彼女は思い出していた。


「どうしてこんなことになったんだっけ……──ッ!?」


 その度にエマは追憶の作業に入る。 そしていつも強烈な頭痛で中断される。


「……お母さん……」


 痛みの後に残るのは、亡き母の朧げな記憶のみ。


『エマ、あなたは大丈夫。 お母さんが守っているんだから。 だからこのことを──』


 記憶は焦燥感に包まれた母の表情で途切れる。


「!?」


 本日何度目かになる轟音。 今度はモルテヴァ全土から。


 モルテヴァを覆う外壁が全て外側に向けて倒れ始めている。 同時に平民区画各所では新たな抗争を思わせる叫び声が響いている。


「これなら、逃げられる……?」


 エマは縋るような気持ちで、町の外側に向けて歩き出した。 しかし外壁に近づくにつれ戦闘の色が濃さを増す。


「ひっ……!?」


 エマの足元にゴトリと何かが転がった。 それとともに何者かが一気に接近してきた。


「死ね──って、エマかよ! 危うくやっちまうとこだったぜ」


 それはエマのよく知る奴隷区画の住人ジギス。 彼は大きめの直剣を振り上げた状態で動きを止めていた。


「ジギス、さん……?」

「おうよ。 今からここも殺戮のオンパレードになるからよ。 エマはさっさとここから離れた方がいいぜ」

「殺戮……?」


 ここでエマは思い出したかのように足元を見た。


「ぅわぁ!?」


 そこに転がっていたのは、切断された人間の頭部。 鬼のような形相で表情を固定され、各所の血管が異常に浮き上がったそれは、生前は到底まともな状態だったと思えない。


 エマがジギスの背後に視線を動かすと、首を失った人間の胴体が倒れ伏してブシュブシュと断面から血液を噴き出し続けていた。 ついさっきまで生命活動を維持していたのがありありと分かる。


「言っちまえば掃除だな。 おっと、なんで平民区画の人間まで殺すのかって質問は無しだぜ? お前がそんなことを知っても仕方無ぇからな。 ひとまず奴隷区画の方面が一番安全だからよ、お前はそっちに籠ってろよな」

「どうして動けてるの……?」

「ん? ああ、そういうことか。 俺らがこいつらと同じ状態になってないのはエスナ様のお陰だな。 あの人は水属性だから、生活用水に含まれた異物なんかは除去・解析済みなんだとよ。 俺たちは予めそれを知っていて、住民が何かしらの魔法影響を受けることは想定の範囲内なんだわ。 だからこうしてピンピンしてられるってわけだ」

「でもそれなら、平民区画の人たちも一緒に助けてあげれば……」

「おい、何を馬鹿なこと言ってんだ? 俺たちを見下してる連中なんて全員死んでもいいだろ? それにお前なんかは日頃酷い目に遭ってんだから、こいつらが死んで悪いことなんてねぇよ。 とにかく、こっからは俺たちの時代だ。 朗報を持って帰ってやるから、お前は隠れてな」


 ひゃっほーう、と叫びながら狂人を切り伏せて走り去るジギス。 エマは彼の異常性にドン引きしながら、その一方で彼が何かしら積極的な行動を起こせていることに羨望の視線を送る。


 エマはもう一度死体を見た。 数分の間に心臓の拍出できる容量は底をついたようで、今ではチロチロと弱々しく血液を垂れ流すだけになってしまっている。


「ぅ……」


 非魔法使いの末路がこれなら、このまま逃げ続けるだけで行動を起こせない者の最期もこうに違いない。 エマは死体が自身に重なり思わず後退る。


 ジギス然り魔法使い然り、行動できる彼らは狩る側で、エマは狩られる側だ。 エマが今まで生きてこられたのは、単に自死を選ばなかったからに過ぎない。 ひとたび諦観が心を占めれば、エマもすぐあちら側に向かうこととなる。


「だからって……」


 他者を害してまで生き延びたいとも思えないのがエマの心情だった。


 人生とは生存競争のレール上を走る不安定な車輌だ。そのレールに乗らないで走ろうとすることなどそもそも不可能。 魔法使いや貴族といった強固な車輌は他の車輌を容易に脱線させ、それでもなお留まることなく進み続ける。 他の車輌に追いつかれないためには、自分も前に進み続けるしかない。


 エマの不安は、貴族区画を蹂躙する衝撃派によって飲み込まれた。



          ▽



「ゼラか。 後先を考えん奴だな」


 衝撃がデミタスの背を叩き、これが誰の仕業かを彼はすぐに理解した。 エスナも一瞬だけ貴族区画に目を向け、飛来してきた破片だけを器用に避けた。


「加勢に行かなくていいのかしら?」

「言っただろう? 戦闘向きではない己れが行っても邪魔になるだけだ。 それならお前を引き留めていた方が格好も付く」

「部下がしっかり働いてくれないなんて、可哀想な領主様ね。 あなたはあれが死んでも構わないって言うの?」

「己れが拘っているのはこの環境だ──いや、だった。 住み心地が悪くなれば、より良き場所に移り住むまで。 すでにモルテヴァは復興に数十年を要するほどには破壊尽くされているからな。 もはやここにも領主にも未練などないな」

「あら、あなたの居場所を壊してしまって申し訳ないわ。 でもそれなら、私の相手などせずに新天地に向かえばいいんじゃない?」

「それもそうだが、今後も己れの大切な静寂を壊されては敵わんからな」


 デミタスがポケットに突っ込んでいた両手を抜き出し、丸くなっていた背中を少し正した。 それだけで彼の圧力が増し始める。


「……本当にやる気?」


 エスナは気圧されるようにそう漏らした。


「ああ。 他人の家の小蝿は気にはならんが、己れの家であれば話が別だ。 今後も付き纏ってくることを考慮すると、ここで処分する他ない」


 デミタスは黒い魔導書を再び具現させた。 その瞬間から魔導書はマナを充足させており、凄まじい存在感を醸している。


「あなたの行く先を教えてもらえれば気を遣うけれど?」

「もう喋るな、魔人」


(あらら、本気のようね。 マナの操作速度が異常過ぎるし、この男が上級魔法使いであることは疑いようがないけれど、勝てる気満々なのも怖いわね)


 エスナも仕方なく魔導書を取り出し、右手で装丁の青を黒く染める。


「《催涙空間ラクリメント》」


 デミタスの周囲にモヤのようなものが展開され、あたり一帯を一瞬で白く染める。


「それはさっき効かないって──」

「《凝集アグリゲーション》」


 エスナが言い切る前にモヤが一瞬で晴れた。


 デミタスが掌をエスナに向け、そこには数センチ大の空間に押し込められたモヤの塊が。


「《催涙針ニードル》」

「──ぐッ!?」


 モヤが細い針状に変形したのをエスナが認識したのと、首元に激しい痛みを感じたのは本当に同時だった。


 エスナは本能的に回避に成功していたが、これがなければ脳を貫かれて即死していたはずだ。


 デミタスの射出した針はエスナの気管をギリギリ避けて周辺の筋肉を貫通し、首の後ろから抜けている。


(速、すぎる……!)


 エスナは衝撃で仰け反る最中に何とかデミタスを見た。


 エスナが痛みでほんの一瞬意識が飛んでいる間に、デミタスは魔導書へのマナ注入を終えている。


「虚を突いたつもりだったが、失敗か。 まぁいい、殺し切るまで続けるだけのこと。 《催涙空間》」


 再びモヤが現れ、デミタスの姿がその内側に消える。


(空間型魔法の魔弾変換……!? 展開していた障壁が一発で抜かれた……! それにっ……)


「ぁ、が……ッ《断絶セヴェレンス》……!」


 エスナは痛みを堪えつつ何とか魔法を唱えて断絶の障壁を貼った。


「《凝集》」


 先ほどと同様にデミタスの詠唱が聞こえる。


 そこからすぐに断絶障壁を叩く音があった。 それも今回は一つだけではない。 みるみるうちに障壁がサイズを減じる。


「《断絶》……!」


 エスナは障壁を幾重にも貼り直して、状況立て直しのため逃げに徹する。 そうなるのも無理はない。 なにせ──。


「ご、ほ……発語が維持、されてるの、は奇跡かしら……。 ただ、目が見えないのは、厄介ね……!」


 エスナはとめどなく涙が溢れ、目を開いていられない。


 エスナがデミタスと接触した当初、彼の催涙攻撃は雨による洗い流しと魔人としての魔法防御力で無効化できていた。 今思えば、あの一連の流れは今回のための布石だったのだと理解できる。


「ドミナの話に乗ったのは、失敗だったかしら……ね!」


 打って変わって攻勢が逆転した状況に、これまで一方的な戦いばかりしてきたエスナに焦りの色が見え始めた。

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作者の執筆力に繋がりますので、ギモン・シツモン・イチャモンなど、良いものも悪いものもどうかご意見よろしくお願いします。

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