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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第2幕 Variation in Corruption
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第69話 佳境

 平民区画へ転移を果たしたゼラとメイ。


「メイ、これは君の仕業?」

「知らない」

「じゃあ誰かが先に動いたってことか。 それなら、まずは物資の回収をしようか。 折れた足じゃ如何ともし難いからね」

「うい」


 平民区画で正気を保っている人間は皆無と言って良い。 そんな環境で自在に動くことができるのは昨日今日モルテヴァにやってきた者か、魔法使いくらいなものだろう。 それだけリセスの魔法影響は凄まじく、混乱に巻き込まれて死傷した住民の数は今なお増え続けておる。 その一方で、狂うことのなかった住民は恐怖で隠れて息を潜めるしかなく、結果的に現在の平民区画で動けるのは魔法使いだけということになる。


 同時期、フエンは平民区画を俯瞰していた。


「リセスとかいう女が移動した範囲は軒並み荒れているです。 管理部門はエスナの担当なので内陸を重点的に見ておくです」


 エスナの魔法で引き起こされた雨空は姿を見られないようにするには都合が良く、フエンに効率的な活動を促していた。


「……ん?」


 フエンの眼下には見慣れない人物が二人。 フエンの記憶には無い青年と少女だ。 それだけならまだ問題はないのだが、二人は明らかに目的地があるような動きをしているのが見て取れる。


「あれは確か、手配書の……?」


 フエンは青年の方に見覚えがあった。 とりわけエスナが気に掛けていた人物のため、それはすぐに分かった。 もう一人には覚えがなかったが、二人とも魔導書を引っ提げているため油断ならない人物なのは間違いない。


「分かってはいたけど、容赦ないです」


 ゼラはフエンが見ている前で、住民を魔法で難なく殺害した。


「騒ぎを待って行動を開始したですか? いずれにしてもエスナの知らせるべきです」


 そうしてエスナと再度接触を果たしたフエンだったが、どうしてかカチュアと戦う流れになり、痛手を追う羽目になっている。


「《雷撃ライトニング》」

「やっぱり引き受けるんじゃ──」


 フエンは憎々しげな表情を浮かべつつ、ポケットを探った。


「──なかったです」


 カチュアの攻撃を目前にして、フエンの手にはエスナから受け取った物体が握られている。 エスナが作成したそれは、消耗品として使用されることを想定した魔導具。 グロテスクな青黒さを呈したビー玉ほどの大きさの球体。


『使用するタイミングは慎重にね。 フエンちゃんとは接続リンクが形成されてるから問題なく機能するはずだけど、効果自体はまだまだ不安定なの。 カチュアを止めるのが無理そうなら、迷わず逃げてね』


 フエンはエスナの言葉を思い出しながら、迷わず球体を飲み込んだ。 直後、カチュアの攻撃が再びフエンに降り注いだ。


『私の《断絶セヴェレンス》を込めた魔導球。 闇属性の性質によって、対象へ一時的に断絶効果をデバフとして付与できる。 本来は内側から外側への魔法影響を遮断する目的で作ったのだけれど、これは逆応用を意図したものよ。 具体的な効力は──』


 轟音とともに、フエンの身体を電撃影響が蹂躙した。


「……ダメージゼロとは流石です」


 しかし、《電撃》が一度目と同様の結果をフエンに与えることはなかった。


『──接触した単属性攻撃を一定量無効にするわ。 込めたマナ総量に依存するから、それだけ注意して』


(一発で遮蔽がゴッソリ削れたです……。 カチュアの攻撃が座標指定型ならこの威力も頷けるですが、指向性を伴わない下級魔法でこれをやってるならバケモノです。 さすが上級魔法使いとして本来は撤退を選択するところですが……)


 フエンは落下を続けながら、指先を魔導書の目的のページに差し込んだ。


(何もせずに撤退するのは勿体無いです。 この状況は、自分の力量確認とエスナの魔導具の効果確認に使ってやるです)


「《浮遊フロート》」


 解除されていた浮遊状態が再度展開され、フエンの身体が地面ギリギリで静止した。


「──!?」


 フエンは遠目にカチュアの驚きを見て取った。 この動揺の時間は有効に使うべきだ。 フエンはその判断のもと即座に浮遊を解除して地面に降り立ち、膝を屈めながら魔導書を捲る。


「《風刀ナイフ》」


 フエンの手に生成されたのは、極限まで刃を薄く形成して切れ味に特化させた風の小刀。 刃の大きさと強度は《風刃ブレード》に劣るが、《風刃》を中級まで昇華させた歴とした応用魔法だ。


 フエンの足元が爆ぜるように砕けた。 《風爆エクスプロード》と《空歩エアロ・ステップ》の応用で生まれた、中級魔法《爆歩バースト・ステップ》。 異常に引き上げられたフエンの機動力は、数歩でカチュアの元へ辿り着くことを可能にする。


「っ……《雷撃》!」


 魔法戦闘では、一瞬の油断が致命的になる。 カチュアが一種類の攻撃魔法を使用している間に、フエンは魔導具による遮蔽と武器、そして機動力を総動員している。


 フエンは頭上にマナの高まりを感じ取った。


(さっきは回避はできなかったですけど、座標指定型の魔法だったら今の機動力で回避できるはずです)


 そう思うフエンの背後で発生した雷撃は、彼女が想像した通りの挙動を示さなかった。


「!?」


 雷撃は真下の降り注がず、フエンの辿った軌道そのままにうねり、彼女の機動力を上回って衝撃を叩きつけた。 しかし未だダメージは生じていない。 フエンは魔導具の効果に感動しつつ、カチュアの魔法理解を進める。 


(繊細な挙動が可能で、なおかつ今までと同程度のダメージを与えてくる時点で決まりです。 カチュアの攻撃は座標指定の攻撃特化型で、あの時空中で発動させた魔法が前提となって機能しているです。 恐らく、必中か何かの付加効果があったはずです。 カチュアの性格特性も知れたので、ひとまずは上々です)


「そうと分かれば、短期決戦あるのみです」


 フエンは砂塵を振り撒きながら変則的な動きで地面を蹴った。


 フエンの手にした風の刃が、彼女の機動力に乗せられてカチュアの元へ。


「お前には恨みはないですが、消えてもらうです」

「……少しあなたを侮って、いたようです」


 カチュアが落下死を免れてポーションで治癒を開始しているとはいえ、到底万全な状態とは言えない。 その上フエンに対する魔法攻撃が効果的ではないとあっては、不利を取り戻す一手間が必要になる。 したがって──。


「──無理をするしかないようです。 《過渡放電ディスチャージ》……」


 フエンが刃を振り抜いた。 しかし、空を切る。


 刃の軌道にカチュアは居なかった。 刃が切り裂いたのは、舞い上がった土と木の葉のみ。


 フエンが見上げると、頭上の木々を蹴って機敏に跳ね回るカチュアの姿があった。


 決定的なダメージを負うことなく一時的に逃げ果せたカチュアだったが、その表情は苦しげなもの。


「ぎ、ぁッ……」


 カチュアが小さく悲鳴を漏らす。


 カチュアは脚の皮膚が大きく裂け、筋線維も激しく断裂している。 これは電気信号を用いて運動神経を無理矢理に操作したことが原因で、関節の可動域と筋肉の荷重限界を超えた運動がもたらす当然の結果だ。


「人間では困難な動き。 多少はお前に無理を強いられているです。 でも、どこへ──」


 フエンは木々の中にカチュアの姿を見失った。


「《雷撃》」


 フエンの耳に、どこからかカチュアの声が届いた。 直後、木々の間を縫うようにして攻撃が走り抜けた。


 フエンの周囲がバチリと光る。 樹木が数本、内側から爆ぜるようにしてその幹に亀裂を生んで煙を上げている。


「──ちっ。 一度決めきれなかっただけで一気に形勢が動くです」


 短期決戦を想定したフエンの思考に焦りが生じ始めた。



          ▽



 未開域を南に抜けたユハンたちが見たものは、死屍累々の戦場だった。 これは多数の魔物が活性化してモルテヴァに迫らんとした結果だが、予め想定されていた事態だったため町への被害はほぼ皆無と言って良い。 その代償として、ハンターを主力とした者たちが大きく被害を受ける形となっている。


 ユハンのチームが未開域に入ったタイミングで町を出発したハンターたちだったが、動員された人数の多さから仕事の重要性を認識していた。 そして彼らの予想通り、組織された部隊が半壊するほどの事態まで進展していた。


「どーすんの? あいつら行っちゃったけどー」


 未開域の対応を任され、事実上ユハンのチームに放置された調査隊一行。 レイシは暇そうに形だけの警戒を続けていた。


「俺様たちが足手纏いなんだろ」

「なに拗ねてんの? みっともなーい」

「黙れ……!」

「こっわ」


 ラフィアンはゼラとの一戦後からすこぶる機嫌が悪い。 レイシはお構いなしにいつも通りなため、それが尚更彼の怒りを助長する。


「レイシ、その辺にしておけ」


 やれやれといった様子でヘリオドが言う。


「ヘリオドも元気なら手伝ってきたらー? ゲニウスも働いてるよ」

「我はすでに給料分以上働いた。 お前らのように逃げ帰ったわけではないのだからな」

「なんか嫌味な感じー」

「……ところで。 我は最後に戻ったのだが、調査に赴いた他の連中についてはどうなってる? 何か聞いていないのか?」

「……」


 他の連中とは、この場にいないウルとホン、そしてズロワの三名。


 ラフィアンは何も言わない。


「リヒトがウルのとこに出向いたとは聞いたけど、黙して語らずー。 何か知ってるっぽかったけどね。 リヒトの負傷具合からして、多分全員死んでるんじゃないかな。 ウルは疫病神って言われてたし、今回はウルの番だったのかもねー」

「随分と軽いな。 だが、死んだのなら仕方がない。 ラフィアン、次のメンバーを見繕っておいてくれ」

「怪我人に容赦ねえなァ……。 おいレイシ、俺様のチームと合流しろよ」

「考えとく。 まぁ、ゲニウスは提案を拒絶しないとは思うけどー」


 ハンターは寿命が短い職業だ。 チームメンバーが欠けるのは大して珍しいことではなく、チームの合流・解散も同様だ。


「ハジメは入れないのか?」


 ヘリオドがポツリと漏らす。


 ラフィアンは渋面を作りながらヘリオドを見た。


「おい、何を言ってやがる……?」

「あいつはなかなかに有用だったがな。 まだまだ荒いが、伸び代はある」

「あー、ダメダメ。 あいつの左目見たけど、やっちゃってるから危なそう」

「「……?」」


 ラフィアンとヘリオドの頭上にハテナが浮かんだ。



          ▽



「爺、その男がそこまで重要か?」


 ユハンとリヒトの背後では、モノがハジメを肩に抱えている。


「先程は連中が居って言えなんだが、其奴は禁忌を犯したようで。 左目を見たが、しっかりと刻印がされておった」

「左目……。 ああ、なるほど。 理性の壁を越えるとは常軌を逸しているな。 その精神性は評価に値するとは思うが、一体どのような禁忌を犯した?」

「状況からの判断は難しいですな。 相当数の殺人か、食人か……。 未開域で可能な行為ではないですがのう」

「魔人に与した連中でさえ“左道”に入っていないというのに、理解に苦しむな」


 魔法使いは、そに根源的な性質を反映して右目もしくは左目の網膜に魔法陣を刻むことがある。 これは角膜へ外付けに施す魔導刻印とは大きく意味合いが異なる。


 左目に魔法陣を発現させた者を左道、右目の場合を右道と呼ぶ。 古くは邪悪の左道、恩恵の右道とも言われ、魔法使いの善悪を判断する指標として用いられていた。 現在は闇属性=悪と断ずることすら困難なため、善悪の判断には用いられていない。


 何を極めれば右道や左道に至れるかは解明されていない。 しかしそこへ至った者は何らかの体系を完成させたことが明らかなので、偉人の証明として見做されることが多い。 それでも右道は一般的に肯定的なイメージでは捉えられておらず、禁忌を超えた者を指すことが大半だ。


「左様ですな。 ひとまず研究対象として保護を優先しましたぞ」

「ご苦労」


 モルテヴァがはっきりと見えてきたあたりで、ユハンは違和感を覚えた。 リヒトはその様子を見て口を開いた。


「町の上空に高濃度のマナを感知できますな。 上位の魔法使いか魔人あたりの仕業だと推察しますぞ」

「あれは魔法によるものだったか。 では、ゼラが関与して何かを引き起こしているということか」

「町に向かった確証はありませんが、町の様子からすると間違いなさそうですな。 魔物を放流するだけが目的とも考えづらい。 それ以上に問題は、あの外観ですがのう……」


 ユハンがゼラに逃亡を許した後、ここに至るまでの間に二時間弱が経過している。 逃した直後からゼラが動き出していたのなら、すでに彼の目的は完遂されている可能性が高い。


「若、ゼラが今更動き出したのはどうしてだと思われますかな?」

「準備が整ったからだろう。 私たちが未開域に連れ出されたことが決定的だったな。 急ぐぞ」


 結果的に、ユハンらがモルテヴァに到着したのは騒動も佳境に入ったあたりだった。


 建造物は悉く破壊尽くされ、区画の境界は意味を成さず、まともな人間はほとんど生き残っていなかった。 いや、まともではない人間だけが残されていたと言うべきか。


「ユハン、罪人どもを処分する。 我を補助せよ」

「父上、これは一体どういうことだ」

「説明は後に行なう。 まずは事態の収拾が先決だ」

「誰がこれをやったと聞いている」

「奴らが暴れ回った結果だ」


 頑なに詳細な説明をしようとしないロドリゲス。


 ユハンは一度嘆息し、語気強めに問いただす。


「住民を異形化させるとは聞いていないぞ?」


 ただでさえ混沌とした状況がここから更に荒れるのは、火を見るよりも明らかだった。

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