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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第2幕 Variation in Corruption
68/156

第62話 上級魔法使い

 ヘリオドの槍が魔物の頭蓋を貫き通し、魔物の断末魔が響く。


 待ってましたとばかりに背後から襲い掛かってくる次なる魔物。


 ヘリオドは槍を抜かぬまま息たえた魔物を持ち上げた。 そのまま大きく上への弧を描かせて槍をぶん回し、背後の魔物に叩きつけた。


 二体の魔物は胴体の大半が圧壊し、動き出すことはまず不可能にまで追い込まれた。


 ヘリオドは凄まじい速度で叩き潰した魔物に目もくれず槍を引き抜き、倍する速度で槍を次々に突き出した。 彼の腕の長さも相まって魔物たちは近距離まで迫ることなく頭蓋を突かれて破壊されていく。


 魔物は魔石が弱点にすり替わっているとはいえ、眼球を破壊されて視界を奪われ、脳を破壊されて思考を停止させられてはマトモな動きなど期待できない。 ヘリオドはその悉くを無視し、最も危険の高い魔物だけを処理し続ける。


(ヘリオド、なんて頼りになるんだ……! 俺も負けてられん)


 ハジメは木の上から戦況を俯瞰し、ヘリオドを生かす動きを心掛ける。


「《過重弾タフェン・バレット》! 」


 ハジメは敵の首魁を探しながら、身体が大きく鈍重そうな魔物から優先して魔弾を叩き込む。 闇の中で視界がはっきりしているのは魔物の特性だが、ハジメの《夜目ナイトアイ》で無視できる。 魔物は見られているとは思わないので、ハジメはそこを突くことに成功していた。 ただそれもハジメの方だけで、時間が経つほどに魔物も学習し、ハジメの射線を切る立ち回りさえ見せてきている。


 ハジメは魔弾を撒き散らしつつ、木の上を飛び回る。


「ッ……!」


 飛び出した先で、鳥型の魔物がハジメの目の前に。


「《過重弾》! 《過重弾》! 《過重弾》!」


 魔物は魔弾をモロに受けて地面で圧壊した。


「──っぶねぇ……!」


(1匹に三発って効率が悪すぎる。 俺を狙う奴が増えてるし、こいつら意図的に俺をヘリオドから遠ざけてきてる。 各個撃破したいんだろう。 足元のこいつらも鬱陶しいし、どうするか……)


 ハジメの眼下10メートルほどの地面には、常に大量の魔物が犇めいている。 これらは跳躍力が足りず、木を登ってもハジメに撃ち落とされることをすでに理解している。 そのため無駄な死を選ばず、確実にハジメを殺せる位置に陣取っているというわけだ。


(魔物の想定外はヘリオドが単品で強すぎたことだな。 俺の支援魔法でヘリオドは完成してしまっている。 だから先にイレギュラーの俺を処理したいってわけだ。 動物以上には頭は回るようだけど、単調なのは助かるな)


 バサバサと大きな羽音が複数聞こえてきた。


(増援か……。 明らかに盾として起用されてる大型の鳥と、背後に何匹かいやがるな。 向こうの思惑に乗ってやるしかないか)


 未開域は木々が乱立した樹海で太陽光を遮ってしまうほどのため、ハジメの頭上を飛び回る存在は基本的に存在しない。


「《過重弾》!」


 回避する気すらない大型の鳥魔物は魔弾を受け、落下していった。


 しかし問題はここから。


 盾としての用途しか与えられなかった魔物が撃墜されたのを皮切りに、十羽以上の小型の鳥が魔弾を撃った隙を見て飛び出した。


(速い……!)


 敵の総数を確認する暇もなく、ハジメの視界を小型の鳥が覆う。


 ハジメは咄嗟の判断で身を屈ませると、背負っていた黒刀を右手で握りつつ左腕で顔面を防御した。


「ぅぐ……があッ!? こいつ、ら……!」


 武器を構えるより前に、激しい痛みがハジメを襲った。 右腕と左腕には深々と鳥が突き刺さり、ハジメは思わず武器を取りこぼしてしまった。 加えて身体が大きく仰け反り、足を踏み外しそうになった。 落下しなかったのは、咄嗟の判断が間に合ったからだろう。


 反撃にまでは至らなかったハジメの様子を見て、地面の魔物たちも興奮の色を見せてくる。


(黒刀が──ああクソ、届かない……!)


 落下してしまうことを恐れたハジメは指先で追うのを諦め、周囲を旋回する魔物に注意を移す。 ついでに突き刺さったままダメージを刻み続けている二匹の魔物をそれぞれ握り潰した。


(身体強化を抜けてくるか……。 最初から捨て駒の魔物然り、俺を落下させることだけに特化した攻撃を繰り出してくるこいつら然り、本能には生きること以上の憎しみがあるってわけか。 厄介だな……)


 ハジメは痛みを我慢しながら致命傷だけを避けるよう振る舞う。


「ぐっ……うッ……」


 鳥型の魔物たちは攻撃方法をヒットアンドアウェイに切り替え、ダメージ蓄積を狙ってきている。


 一方のハジメは防御に徹することで、断続的にやってくる攻撃もなんとか我慢することができる。 しかし高所から落とされないように耐えるだけで精一杯のため、そこから反撃にまでは至らない。


(痛いけど、なんとか目線で追えるようになってきた。 こいつら、考えているようで動きは単調だな。 だけど、俺がヘマをやれば一瞬で足元を掬われる可能性は十分にある)


 魔物の攻撃は、ハジメを落下させようと彼の脚ばかり狙う。 ついでに顔面を狙ってくることはあるが、屈んでいれば大きなダメージを負うことはない。 とはいえ、鬱陶しいことには変わりはない。


(なるほど。 ヘリオドが冷静なのは魔物がこういった性質だからと理解できているからか。 最適を求める魔物だからこそ、動きを読むことができれば対処も容易ってわけだな)


「最適な動きしか選択できないってことは、俺の能力を知っていないって言ってるようなもんだけどな……《改定リビジョン》」


 ハジメは動き回る一匹の体内マナを掴んだ。 途端、変則的な動きを見せた魔物は速度を減じぬまま大木の一つに激突した。


「馬鹿が。 全部落として──って、判断が早いな……」


 ハジメが次なる敵に狙いを定めようとした時、魔物に動きがあった。 ハジメによる魔弾以外の攻撃手段を見て、魔物たちが一気に散開して距離を取り始めたのだ。


(チッ……こいつらのことだ、すぐに対応してくるだろうな。 それに対して俺ができることは何だ……?)


 ハジメが次を想像していると、魔物たちは示し合わせたようにヘリオドの元へ一目散に向かっていく。


「あいつら、意思疎通も無しにどうやって……? いや、今はヘリオドが先だ……!」


 そうこう言っている間にも多数の魔物がヘリオドに群がりつつある。


 ハジメは枝を蹴りながら助力を急ぐ。


「ヘリオ──ん……?」


 敵が増えてもヘリオドに焦りは見られない。 それどころかハジメを一瞥する余裕さえ垣間見える。


 ヘリオドは両手に武器を構えた。 これまでは直槍だけで相手をしていたが、それだけでは間に合わないという判断からだろう。 左手には直槍を、そして右手にはこれまで使用してこなかった斧槍を。


 ハジメがヘリオドの新たな戦闘スタイルに期待していると、彼から聴きなれない単語が発せられた。


「《残像アフターイメージ》」


 大量のマナが出現し、消費される瞬間がハジメの目に映った。 マナの発生源はヘリオドで、マナを纏っているのが斧槍だ。


(魔法だと……? ヘリオドは魔法使いじゃないから、斧槍が魔導具……っつか、魔法武器ってことか!)


 ザン──!


 刺突だけで対応していたヘリオドが、ここに来て斬撃を備えた。


 最も多くの敵が襲いかかってくる正面に向けてヘリオドは斧槍を振るっていた。


 斬撃音と同時に、多数の魔物から断末魔と血飛沫が上がった。 しかしこれを受けても魔物たちに動揺は見られない。 先程のハジメに対する攻撃と同様に、魔物のそれは犠牲覚悟の行動だからだろう。 攻撃モーション後を狙うのは、もはや魔物たちには一般的な攻撃手段らしかった。


 一瞬で蹴散らされた魔物に引き続いて、なおもヘリオドを目掛けて飛び掛かっている魔物たち。 ヘリオドはこれを無視するように、斧槍を振り抜いた動きの流れで背後の数匹に向けて直槍を突き刺した。


「ヘリオド……!?」


 ハジメはヘリオドの動きの違和感に驚きの声を上げた。 ダメージを少なく見積もるのであれば、正面の方から対処すべきだとハジメは思ったからだ。 そちらの方が敵の数多いし、いくら戦闘に長けたヘリオドと言えど無視はできない数だ。 しかしなおもヘリオドは別の方向に斧槍を振るっている。


 更にハジメを驚きが襲う。


 ヘリオドを強襲しようとしていた魔物の群れが何も無い空間で切り裂かれていた。 それらは正面からヘリオドを攻撃しようとしていた群れの残りであり、彼の一撃目を逃れた一部だった。


「ハジメ、我の斬撃の軌道に入るな。 残像に切り裂かれるぞ」


 どこから対処すべきか迷っていたハジメに、ヘリオドから注意喚起が飛んだ。


(……なるほど、斬撃が残るのか。 それならヘリオドの動きも納得だ)


 《残像》は、ある動きを空間内に一定時間反映させるというもの。 今回はヘリオドの斬撃が反映され、空間内に武器の切れ味と威力が残ることとなった。 よく目を凝らして見れば、空中に斬撃の軌道が残されているのが分かる。


 ヘリオドに飛びかかる魔物たちは想定外の斬撃によって切り裂かれ、それを掻い潜ったとしても槍によって頭蓋を貫かれる。 そんな光景が次々に繰り広げられ、それでも魔物の数の減りは遅々としたものだ。


(俺の役目は、あくまでヘリオドのサポートだな。 変に気を遣うと邪魔になりかねん)


「《過重弾》!」


 ハジメは付近の大木の上に立ち止まると、群れの大きそうな場所に向けて魔弾を撃ち続けた。


 ヘリオドによる不可視の攻撃とハジメによる遠隔攻撃が続くことで、魔物の動きに統率が失われ始めた。


「我のことはいい。 お前はこの群れを操っている存在、もしくは監視している存在を探せ。 それさえ潰せば、この程度一瞬で瓦解する」

「あ、ああ……分かった」


 思考の端で何となく理解していたことをハッキリと告げられ、ハジメはヘリオドとの力量の差を痛感した。 戦闘負担の大半がヘリオドに重くののし掛かっているにも関わらず、頭脳労働ですら彼に優っていない。 怪我の度合いもヘリオドの方が大きいものの、まだまだ継戦能力は彼に軍配が上がるだろう。


 空中から迫り来る鳥型の魔物を何とか対処しながら、ハジメは周囲を俯瞰した。


(ああ、くそ……。 どこまで行っても他人と自分を見比べて劣等感を拭えない。 だけど今はそんなことは考えてる暇はない。 急いで敵の目を探さねぇと……!)


 あちこち見渡しても、そうすぐに目的のものが見つかるわけもない。 ここは鬱蒼とした密林の中で、なおかつ陽の届かない暗闇の中だ。 《夜目ナイトアイ》を使えない人間であれば周囲の探索などできるはずもない、と考えたところでハジメは一つ気付いたことがあった。


(敵は多いけど、どこにこんな数が隠れてた? 発生源を探す方がいいんじゃないか? 敵の目が潜んでいるんじゃなくて、生み出してるやつが近くにいるのでは……?)


 最初は地上の魔物ばかりだった。 しかしハジメが空中戦に逃げ込んだ際、都合よく鳥型の魔物が出現し始めた。 初めから準備されていた可能性もあるが、それにしては対応が早すぎる。


(魔物にも思考があることは重々承知してるけど、あの動きは統率がされすぎているんだよな……。 魔物以上に思考の優れた存在──例えば、人間とか魔人とか……。 あと気になるのは、どうしてこの数をヘリオド一人で対応できているんだ? 一気に数で潰せるはずだと思うんだけど、これはヘリオドが強すぎるだけなのか?)


 などと考えつつ、ハジメは魔物たちの上空を飛び回りながらヘリオドへの最低限の支援だけを続ける。


 ヘリオドを中心として、そこからある程度離れたタイミングで魔物の数がグッと減少しているのが見てとれた。


(このあたりは魔物もまばらだな。 それに、グルグルと同心円上に動き続けてる魔物も気になる)


 ヘリオドの元へ向かっている群れとは別に、全く関係のない動きを見せている魔物も散見できた。 それらは敵の支配下に収まっていないだけなのか、それとも意図して妙な動きを続けているのか。


(ヘリオドから100メートルは離れたが、それでも追ってくるやつはいるな……)


「チッ、邪魔くせぇ……!」


 また一匹、鳥型の魔物がフラフラとハジメに突貫を仕掛けてきた。 ハジメは動きをよく見てナイフを構え、その魔物を切り裂いた。 ナイフはその頭部にめり込み、ものの見事に魔物を二つに分解した。


「人型の敵は見当たらないな。 やっぱり考え違い──え……?」


 たった今処分した魔物だが、ハジメにはほとんど手応えがなかった。 対して気にせず次の行動へ移ろうとしたわけだが、目の端で捉えた事象がハジメの足を止めさせた。


「あれ……? 今の魔物、どこいった?」


 確かにハジメがその手で切り裂いた。 それからたった数秒のことなので魔物の残骸がどこかしらに確認されるはずだが、宙にはその断片すら見当たらない。 試しに地面に降りて確認しても、魔物が飛散したであろう軌道上にその痕跡は一片たりとも視認できない。


「俺の見間違いか……? 《夜目》があるから見落としはないはずなんだが……くそ、魔物連中は反応が早いな」


 ハジメが地面に降り立った途端、ヘリオドの側から四足歩行の魔物が複数近づいてきた。


(鼻が良いのか、目が良いのか。 獣の性質は分かんねぇな)


「《過重弾》」


 ピンポン球程度の大きさの魔弾が射出され、四匹いた魔物の一匹が地面にめり込んでグシャリと潰れた。


 ここまでハジメは、魔弾を撃ち出す際に様々な工夫を加えている。 ただ単純に放出するのではなく、大きさを変化させてみたり、込めるマナの量を増減させてみたり。 これはフエンが行っていた特訓を模倣したものであり、試行錯誤が魔法に大きく影響することをハジメは知っている。


 今回は魔弾の大きさは限界まで圧縮させたものだったが、それが功を奏したのか回避されることなく敵に命中した。


(視認性を下げる意味でも魔弾の圧縮は必須だな。 よし、残り三匹)


 ハジメは新たに武器を取り出した。 これはモルテヴァの鍛冶屋で手に入れたもので、50センチほどの片刃と柄だけのシンプルな一品。 元となった魔石の色を反映しているのか、刃は黒掛かった紅色をしている。 ダスクから貰ったダマスカスナイフとは違って軽くしなやかさがあり、マナの伝導率が恐ろしく高い。


「《強化リインフォース》、《重量操作コントロール・ウェイト》」


 ハジメは武器──紅刀と呼称しているこれに、二つの魔法を付与させた。 マナ伝導率が高いおかげでマナは一瞬で武器全体に染み渡り、十全にその機能を発揮してくれる。


「《過重弾》」


 魔物が目先10メートルほどにまで近づいているタイミングだったので、今回の魔弾は見事に躱されてしまった。 それでも三匹がそれぞれ三方向に散ったこともあって、ハジメは端の一匹に向けて地面を蹴った。


 《強化》による身体能力向上と《重量操作》による体重減少、そしてこれまでの単純な肉体強化の影響により、ハジメは一瞬で魔物に肉薄した。


 ハジメが勢いに乗せて腕を振り抜くと、紅刀は魔物の身体で引っかかることなく通り抜けた。


 攻撃のあまりの速さに、一拍置いてから魔物の身体にズレが生じている。


(手応えが、無い……?)


「……!?」


 ハジメが背後を確認すると、二つに分断された魔物は地面に到達する前に粉々に砕け散っていた。 魔物の体色と同じ黒紫色の粒子が舞い、そのまま跡形もなく消え去った。


(さっきの魔物と同じか……。 やっぱり何かあるな)


 ハジメは近場の一匹に向けて紅刀を投げた。 こちらも攻撃モーション中だったので、紅刀は回避されることなく魔物の身体に吸い込まれた。


(ぶっつけ本番だけど……)


 刃が刺さった瞬間、ハジメは紅刀に込めてあったマナを魔物の体内で一気に拡散させてみた。


「《重量操作》……って、またかよ!」


 ハジメの期待通り、魔物は体重を極限まで増大させて圧壊した。 これも先程の魔物と同様に粒子となって霧散している。


「まぁいい、あと一匹」


 最も離れた位置の魔物に狙いを定め、マナを放出させた。


「《改訂》」


 ハジメが魔法を発動させた時、魔物は既に5メートルほどにまで近づいていた。 それでも《改訂》は魔物の魔石を探し当て、脳と同時にその内側のマナを乱させた。


 くぐもった呻き声と共に、魔物の身体がぐらついた。


 ハジメは地面に転がった紅刀を拾うと、最後の一匹の首を刎ねた。 ついでに魔物の腹を切り裂き、魔石を引き摺り出す。


 魔石が離れた瞬間、魔物はようやく人間の脅威ではなくなる。 だからハジメはいつも魔物の頭部を先に切断するし、即座に魔石も取り出すようにしている。 聞いた話によれば、頭部を失った魔物の爪で殺されたハンターも過去には居たとか。


「……ふぅ、こいつは本物だったか。 偽物……って言うのが正しいか分からないけど、本物と見分けが付かないんだよな。 この程度の数で危なっかしいのもな……っと、そんなことを言ってる場合じゃない」


 ハジメは木を蹴って頂上付近まで登ると、本来の目的を思い出して枝を蹴った。



          ▽



 鎧の放つ金属音がゼラの耳に届いた。


 全身甲冑──見知った人物の登場にゼラの表情が濁る。


「うーわ、モノかよ……最悪なんだけど。 よりにもよって、何で君がここに来るのさ」

「いきなり失礼ですね。 ですが、間に合ったようで何よりです」

「君が居るってことは、ユハンとあのジジイも来てるよね。 あーあ、あまりのもタイミング良すぎない?」

「罪人を追っていたところ、偶然にもここを見つけたまで」

「罪人?」

「それを教えるつもりはありません」


 ゼラの足元には、血に塗れた三人が転がっている。 その中でもラフィアンが最も外見的に損傷が大きく、そこにレイシ、ゲニウスと続く。 三人とも息も絶え絶えといった様子だが、死亡してはいないようだ。


 ゼラの使用した《幻覚世界サイケデリア》は、対象の五感を含む全ての感覚を狂わせてしまう“空間型”魔法。 そんな空間においてもラフィアンたちが長時間生きていられるのは、ひとえにゲニウスの治癒魔法が効果を発揮しているからに過ぎない。


「何でもいいけどさ。 とりあえずこいつら殺すから、少し待ってくれない?」

「いいから黙って捕まりなさい!」


 モノは剣を構えると、問答無用でゼラに迫った。


 ゼラは足元のラフィアンたちとモノの間で視線を行き来させると、舌打ちしながらその場から飛び退る。


 追いかけるモノと、逃げ回るゼラという構図が続く。


「《闇弾バレット》」


 ゼラのその場凌ぎの魔弾は、モノによって一瞬で切り裂かれた。 続くモノを狙った魔弾も、彼女の鎧に触れた瞬間に霧散している。


「無意味なのは重々承知しているでしょう?」

「これだから魔法の効かない脳筋は嫌なんだよ」

「であればマナの無駄ですから、魔法の解除をお勧めしますが?」

「それはできない。 ラフィアンたちの行動を許しちゃうからね」

「では精々足掻いてください」

「慢心は足元を掬うよ? 《負力徴収レヴィ・ネガティヴエナジー》」


 ゼラの魔法発動を皮切りに、再び追走撃が始まった。


 モノは特殊な体質により、マナおよび魔法の影響を一切受け付けない。 だからこそ《幻覚世界》を自在に闊歩できるわけだが、それ以外は身体能力が高いだけの人間だ。 それでも攻撃力の低い魔法使いにとってモノは天敵になりうる存在で、ゼラにとっても例外ではない。


「攻撃してこないのですか?」


 モノは全力での疾走し、重厚な大剣を片手で振り回す。 重い甲冑を着込んでいる姿からは考えられないほどのスピードから繰り出される攻撃は凄まじく、そんな必殺の一撃が連発され続けている。


「動きを止めたら死んじゃうでしょ。 もうすぐ溜まるから待ってよ」

「溜まる……?」

「負力が、ね。 さぁ、そろそろみたいだ」


 逃げ回っていたゼラが突如動きを止め、背後を向いてモノの方へ相対した。


「小細工など──」

「《負力変換コンバート・ネガティブエナジー》」


 ニヤリと嗤うゼラの元に、黒いモヤが収束していく。 それらは空間に渦巻くラフィアンたちの痛み苦しみ、負の感情を形にしたもの。


「──何……ッ!?」


 振り下ろしたはずのモノの剣が宙を舞っている。


 モノが生じた現象の意味を理解するより速く、ゼラの拳が彼女の頭部に突き刺さった。


 モノの兜が弾け、勢いは彼女自身をも吹き飛ばす。


「おやおや、その顔が魔法無効化の代償かい? 醜いったらないね」

「き、貴様……!」


 曝け出されたモノの顔面は、人間のそれとは違っていた。 彼女の顔面の左半分ほどが黒く醜く変貌し、異形と化している。


「僕が以前のままだと思ってた? 最近じゃ、魔法使いは前衛張れなきゃ生きていけないんだよ。 覚えておきなよ化け物」

「許さん……!」


 負力から肉体強化を得たゼラ。 モノ相手では本来無意味なはずの魔法を物理に変換することで、不利を跳ね除け肉体的な優位まで獲得している。


 拳撃でモノを物理的に引き離したゼラは、即座に標的をラフィアンたちに変更している。


「まさか最初から……!?」


 モノが驚いている間にもゼラは転がっている三人に迫り、ラフィアンの胸部を踏み潰した。


 一方その頃、ウル陣営では──。


「ゴ、ホ……ッ……。 ウル、殿……な……ぜ……」


 ズロワが激しく吐血しながら驚いた表情のまま背後を見遣れば、そこには冷笑したウルの顔があった。


 岩の槍がウルの手元から発せられ、ズロワの心臓部分を大きく貫いている。


「なぜってそれは……ボクが君らをここへ招き入れたからだよ。 君の肉体は後で有効活用してあげるから、さっさと息絶えるといいよ」

「ホン殿……逃……ゲェ──」


 身体から槍が引き抜かれ、ズロワは力無く地面に叩きつけられた。 そんな彼が最後に見たものは、魔人と思しき存在に捕らえられてピクリとも動かないホンの姿だった。


「そん、な……」


 ズロワは失意のまま血の海の中で息絶えた。


「良かった。 ホンは無事捕らえてくれたみたいだね。 さすが、空間型の魔法は有能だ」


 ウルが敵対行動を示した際、最も早く反応したのはホンだった。 この時ホンとズロワはウルの《要塞フォートレス》に擬似的に閉じ込められている状態だったが、ホンの小さな身体はそこからの脱出を可能にした。 しかしこの空間から逃げ出すことは叶わなかったようだ。


「捕ラエタゾ」


 ホンを無力化した人物──全身を黒く染めた魔人から、濁った声が発せられた。


 魔人は細身の男性のシルエットで、低級の魔物のような肉体の異形化は見られない。 それに言葉も流暢で、外見以外は人間と遜色はない。 それこそが魔人の特徴であり、人間に近しい者ほど強力な能力を秘めている。


「助かるよ。 こっちはこれで完了だから、あとはゼラとメイが上手くやってくれているかどうかだね。 メイの担当は実質ヘリオドだけだし、ボクはゼラの応援に向かうかな。 君はズロワに魔石を埋め込んで実験を行なってくれ。 魔法使いの死体は貴重だから、丁重な扱いを期待するよ」

「了解シタ。 コノ女ハ、ドウスル?」

「ああ、言ってなかったね。 女を捕まえるのは二次的な計画として置いてあったんだけど、捕まえられたなら実行すべきだと思うから伝える。 その女は君への贈り物だと思ってくれたらいい。 君ら魔人の繁殖能力を確かめる意味でも、良い感じに使ってくれ」

「……?」

「君の種でホンを孕ませてくれって意味だよ。 ホンは一般人だから魔人の苗床には不向きだと思うけど、鍛えられてるから肉体的には強靭だ。 ポーションを飲ませたりしながら実験を続ければ良い結果が得られるかもしれない。 そしたら君ら魔人の繁栄の道も見えて来るだろうからね」

「我々ニハ余リ関心ノ無イ内容ダガナ」

「おや、そうなのかい? まぁ、ホンは別に死んでも構わないから、本番のための実験材料として使ってくれればいい」

「本番トハ?」

「魔人を繁殖させられる母体は、魔法使いだとボクは思っている。 とりわけレイシは光属性で、魔人との相性を確認するにはピッタリの実験材料だと思うんだよね。 肉体相性と属性相性、あとはどんな交絡因子があるのかを──」

「待テ」

「──どうしたんだい?」


 ウルと魔人がマトモではない内容の会話を続けていると、突如魔人が警戒心全開に遠方を見つめた。


「敵ダ」


 魔人の言葉と同時に、霧の中からとある人物が姿を現した。


「ほっほっほ」

「リヒト=アルゼン、か。 随分な大物が迷い込んだようだね。 こんな奥地にどうしたんだい? 迷子なら帰り道をお教えしようか?」


 モルテヴァの最長老、リヒト=アルゼン。 先代の領主からヒースコート家に仕える上級魔法使いである。


「迷い込んではおらぬよ。 儂は意図してここに辿り着いておる。 その過程で随分と物騒な話が聞こえたものでな、盗み聞きさせてもらっていたのじゃ」

「ズロワが死ぬ前から隠れていたのかな? それなら魔法使い同士、仲間思いもあったもんじゃないね」

「到着したのは今しがたじゃよ。 それでも会話内容は一語一句聞き逃しておらんがの」

「うーん、これは厄介な場面を見られてしまったね。 黙っていてくれるなら、命までは取らないんだけど?」

「それは無理な相談じゃな。 元々儂らは貴様を捕まえるためにここまでやってきたんじゃからのう」

「へぇ……。 ちなみにどんな容疑かな?」

「内乱罪じゃの。 しかしたった今、国家転覆罪に罪状が格上げされたところじゃ」

「色々心当たりがありすぎるから否定はしないけどね。 ……それで? ここでやり合おうって言うのかい?」


 魔人を側に置いているからか、ウルは一ミリも焦った様子を見せない。 本来リヒトのような上級魔法使いに矛先を向けられれば、大抵の存在など平伏す以外の選択肢は持ち合わせないと言うのに。


「魔人はもとより、そちらに与した段階で貴様を逃す道理は無いからのう」

「それは残念だよ。 貴重な上級魔法使いをここで殺さなきゃならないなんてね」

「虎の威を借る狐じゃのう」

「何とでも言えばいいよ。 この空間で君ができることなんて高が知れているからね。 なんなら、ボクが相手してあげようか?」

「この空間? 何を言っておる?」

「分からないのかい? 魔人の作り出した空間型魔法を突破する方法なんてありはしないんだよ」

「しょうがない、勘違いを正してやろう……《爆発エクスプロード》」


 それは一瞬だった。


 気づけばリヒトの右手には赤熱したような魔導書が握られており、彼の左手がウルと魔人に向いていた。


「ッ──《岩壁ウォール》!」


 ウルの魔法が間に合ったのは、リヒトを内心ナメつつも警戒心を残していたからだ。 これによってダメージを最小限に軽減できたが、激しい爆炎は防御を貫通してウルと魔人を問答無用で吹き飛ばしてしまっていた。


「下級魔法でこの威力だと……!? あの老人……容赦が無い、な……?」


 リヒトの魔法発動によって視界を奪われたウルだったが、全身の痛みを我慢しつつ目を開くと、景色が一変していた。 乱立していたはずの木々は根こそぎ焼失し、数十メートル単位のクレーターが地面に刻まれていたのだ。


 ウルの隣には、全身を焼かれた魔人の姿があった。 どうやら防御が間に合わなかったらしい。 それでも魔人は呻き声一つ上げず立ち上がった。 その手に抱えられていたホンさえも、魔人ほどではないが重度の火傷を負わされていた。


「ホンごとやるとは……」

「来ルゾ、構エロ。 ココハ既ニ、奴ノ領域ダ」


 死ななかったことに安堵したウルだったが、魔人の言葉によって緊張感を持たざるを得なくなった。


 魔人の作り出したはずの空間が喪失してしまっている。 加えて周囲はリヒトのマナによって満たされ、その範囲はウルの知覚できる距離を遥かに超えてしまっていた。


 続くリヒトの発言も、ウルの警戒心を最大限に引き上げるファクターとなった。


「貴様らを人間社会への脅威と断定する」


 ウルは知っている。 かつてオリガ=アウローラという魔法使いが、魔法威力を上昇させる方法として対象を限定する手段を用いていたことを。 リヒトのそれもオリガの手法に酷似しており、上級魔法使いが用いれば何が起こるかは想像がつかない。


「まずい……! 早くリヒトの魔法を阻止するんだッ!」


 ウルは自身では間に合わないと判断して、魔人に向けて叫ぶ。 しかし魔人が動き出すより早く、リヒトの冷徹な声が被さった。


「遅い。 ──《業火ブリムストウン》」


 放たれた炎は、リヒトを中心に半径100メートル以上の距離を一瞬で飲み込んだ。


 未開域の一帯は、地獄へと変貌した。

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