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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第3章 第2幕 Variation in Corruption
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第60話 未開域調査

「魔石というのは、それぞれ生物だったり土地由来のマナが含まれているわけ。 モルテヴァでは魔石の中の不純物──不必要なマナを取り出して、純度の高い魔石を精製しているのね。 それらを装備だったり魔導具だったり、様々な部分に応用させて発展しているのがモルテヴァという町の特徴ね」

「魔石は使うなって言われたんですけど、使うって意味がわからないんですよね」

「誰に言われたの?」

「えっと……魔法の師匠に」

「師匠がいたんだ? えっと、使うっていうのは魔石のマナを肉体に取り込むということね。 もしくは魔導書に取り込むというのもあるわね」


 いつもの夜だが、今日のハジメとドミナは性行為に狂っているわけではない。


 ハジメには個人的な目的が、そしてドミナには任務があり、腕輪の解析は互いに必須事項となっている。 とりわけドミナには時間制限があるので、解析を急ぎたいのは彼女の方だ。


 現在はドミナがハジメに基本的な知識を授けている場面である。


「魔導書に取り込む……? 体内に取り込むのは分かるんですけど」

「研究段階で具体的な効果は不明なんだけど、魔導書にマナを取り込むと性能が向上するらしいのよね。 でも重大な副作用があるから、好き好んで使用する人はこのモルテヴァには居ないわ。 だからハジメ君の師匠は正しいわね」

「ますます分からないですね。 性能向上も意味不明ですし、副作用ってのも初耳です」

「知らないのも当然ね。 だけど知らなければ死に直結する知識よ。 魔法の階級は魔法使い本人の資質と魔導書の性能が加味されたものだから、マナを取り込んで本人及び魔導書の技能を上げようとする輩がいるのよね。 擬似的に魔法技能は向上するかもしれないけど、外部のマナは不純物だから、そんなことを続けてると肉体は変質して頭もおかしくなるって話。 どう、分かった?」

「情報量が多すぎて……」


(ナール様もパーソンさんもそんなこと教えてくれなかったぞ? 魔導書の性能云々も何も知らねぇんだけど)


「じゃあ今度はハジメ君のことを教えて? 例えばあの時使ってた魔法とか」

「他言無用でお願いしたいんですが……」

「ええ、心配しないで」

「あれは俺の固有魔法で、術式とかマナを掴んで動かすことができる……みたいな感じです」

「要領を得ないわね」

「とにかく俺は、魔法を使ってこの腕輪の魔石の数だったり術式を探してました。 ドミナさんが目撃したのはその場面ですね」

「そうなのね。 それで、何か分かったの?」

「あの時は分かりませんでしたが、奴隷区画に行ったときに腕輪が機能する瞬間を見まして、そこで一つ発見がありました。 ただ……」

「どうしたの?」

「試すためには、誰かの腕輪で魔法を発動させる必要があるんですよね。 俺の魔法はどうやら起動中の術式しか掴めないので、誰かが実験台になる必要があります」


 ハジメは当初、腕輪に《改定》を作用しさえすれば術式を使用できると思い込んでいた。 しかしこれまで《改定》で掴んでいたのは発動された魔法だけであり、発動を前提とする以上、腕輪が生じさせる罰則を誰かが受けている状態でなければならないのだ。


「ハジメ君は腕輪によって人がどうなる場面を見たの?」

「定かではないんですけど、たしか自殺意図によって全身が痙攣するような瞬間を見ました。 ご存じですか?」

「ああ、あれね。 あれは相当な苦痛によって自傷・自害を考えることすらさせないくらいの効力らしいから、私は受けたくないしハジメ君も受けるべきではないわね。 試すとしたら殺してもいい人間とか、奴隷とかかしら?」

「……!」


(ドミナさん、殺していい人間とか平然と言ってるな……。 怖いんだけど)


「どうしたの?」

「あ、いえ……。 俺はあまり人に試したいと思えないので、できれば腕輪をどこかで入手できればなって思ってるんですが。 難しいですか?」

「ハジメ君も見たことがあると思うけど、誰かが死んだりすると真っ先に回収されるようなものだから、余分に入手するって基本的に不可能なのよね。 隠し持ってたりしたら捕まっちゃうし。 もし手に入るとしたら、失踪事件を手引きしてる人間からしか無理そうね。 あれは腕輪ごと人間を失踪させてるから、もしかしたらってだけの意見だけど」

「ドミナさん、そんな人物と関わりがあったりします?」

「残念、ないわね」

「じゃあ、大型魔導具に細工するとかはどうですか?」

「あれに関わることができるのは町の中でもかなり上位の魔法職員か、領主くらいなものよ。 モルテヴァの根幹に関わる部分だから、見つかれば一発で死罪ね」

「手詰まりですね……」


(殺してもいい人間、殺すべき人間も俺は知らない。 誰かを実験材料にするのは俺の倫理観的に無理だしな。 それで言うと、オースティンには悪いことしてしまったな……。 ポーションで良くなってくれてるといいけど)


「腕輪があればハジメ君は何ができるの?」

「そこに込められた魔法は、おそらく全部発動させられます」

「本当? ハジメ君の魔法ってすごいのね」

「凄さは俺も実感してるところです。 でも、あれ……?」

「どうかした?」

「気になったことがあるんですけど。 腕輪が魔法を発動させてるなら、そこにはマナが必要になりますよね? それってどこから供給されてるんですか?」


(もし腕輪に含まれるマナに限界があるなら、害のなさそうな魔法ばかりを発動させたりしてマナを枯渇させれば解除も可能なんじゃないか? 爆発するのさえも封じられたら、あとは物理的に破壊する手段さえあればいいってことになる。 おや? 俺って天才じゃね?)


「魔石にはマナの放出と貯蔵、相反する性質があるのよね。 もし腕輪の中の魔石がその辺りの性質を十分に発揮できるように設計されてたら、環境中に存在するマナを吸って永久に機能し続けることになっているかも。 というかそうなっているはずよね」

「あー……。 何かの手段でマナを枯渇させられれば腕輪の解除もできると思ったんですけどね……。 そう言えば、腕輪が爆発することというのは事実なんですか? 実際に見たこともないし、どう爆発するかも想像つかないんですけど」


 ハジメは腕輪爆発の話を、犯罪抑止のためのハッタリだと思っている。 もし本当なら住民はもっと怯えててもいいはずなのに、もはや腕輪を肉体の一部として考えてすらいるからだ。


「実際にそれに似た現象は起こるわよ。 なんていうのかな、禁忌を犯した人間は魔導具と一緒に手足とか首、顔面が広範囲に消し飛んでしまうの。 だから表現は少し違うかもしれないけど、爆発という認識で問題ないはずだわ」

「起こるんですか……。 こっわ。 例えばハンターが町の外で腕を失うようなことがあれば、その際も爆発するんですか?」

「外部任務でそうなった人の話は聞かないわね。 おそらく何かしらのタネがあるんだろうけど。 でもそうね、魔物に回収されてしまった腕輪を狙うのはアリかもしれないわね。 ただし、町が全部の腕輪の場所を把握している可能性は十分にあり得るから難しいはずね」

「ドミナさんも詳しくは知らないんですね」

「私は所詮ギルド職員だからね。 町の運営に関わることのできる人間は一握りよ。 ハジメ君の関わりがある人間で言うと、アンドレイあたりかしら。 あとは出入管理部門の人間くらいかな」

「出入管理部門?」

「腕輪を付けられたでしょ? あの大型魔導具を扱う人間の所属が出入管理部門。 彼らは個人で集団を制圧できるくらいの魔法使いだから喧嘩売ったらダメよ?」

「ドミナさんよりも強いんですか?」

「強さの方向性が違うからなんとも言えないけど、単位時間あたりの攻撃力とか制圧力で言ったら私なんて彼らに手も足も出ないわよ。 あそこに侵入して魔導具を奪うくらいなら、魔物に奪われたハンターのそれを探す方が安全よ」

「そんな魔法使いがいるんですか……。 やばいっすね」


 出入管理部門──それは、城門の衛兵と同様に町の出入りに関する検問・防衛を主な業務内容としている。 特に多数の人間による暴動だったり魔物の急襲において、制圧能力が期待される部門でもある。 ここに所属する人間は奴隷区画以外の三区画にそれぞれ一人ずつ。 平民区画のカチュア=テザー、商業区画のデミタス=ラクリマ、そして貴族区画のエクセス=ナクロ。


(奴隷区画で反乱が起こった時に邪魔になるのがあの3人なのよね。 代わりの人材は見つからないだろうし、できれば早急に処分したいところ。 あれらを無力化できていれば、ユハンは大半を外部任務で過ごしているし大きな障害はなくなるはず。 それにしても私とリセスだけじゃ色々と難しいわね。 協力者が必要な段階かもしれないわ。 でもハジメ君を引き込むにはこっちの事情を話さないといけないし、焚き付けるための動機も用意しないといけないのよね。 ハジメ君の信念を刺激する状況っていうと、エマが殺されることかしら? それっぽく彼女を殺してみたら、町を恨んで協力してくれそう? バレた場合のケアが……うーん)


「──ドミナさん?」

「……ああ、うん、何?」

「いえ、返事がないのでどうしたのかなと」

「考え事してただけだから気にしないで。 とにかく、腕輪を入手できたらエマって子を町の外に逃すことも可能になるだろうし、まずはその辺りから攻めましょうか。 そうね……私は町の中で入手方法がないかを考えるから、ハジメ君は外部任務でその機会を探してみて。 もし入手できなくても、どこに回収されているのかが分かれば強奪することも可能かもしれないから。 あと、回収に関わる人間の特徴なんかも覚えてくれると助かるかな」

「分かりました」

「私たちのどちらも難しそうなら、犯罪者とか死刑囚を使うことも考慮しないといけないから、その場合は覚悟してね」

「……はい」


(やっぱりハジメ君は人を傷つけることに抵抗があるようね。 エマが死ねばその辺りの考えも変わってくれるかな? その場合、殺すメリットは浮かぶんだけど、デメリットを想定できないのが懸念点なのよね。 それによってハジメ君が使い物にならなくなったら面倒だし、エマを殺すのは最後の手段として取っておきましょう)


「多くのハンターを返り討ちにしている強力な魔物ほど、ハンターを食い物にして魔導具を取り込んでいる可能性が高いわ。 そいつらの生息域が分かれば、排泄物から見つけ出すこともできるかもしれない。 私も今の今まで気にしてこなかったことだから全部推測でしかないんだけど、未開域の奥地であれば魔導具の回収も容易じゃないし、そこに転がっていてもおかしくないわ」

「そのためには俺の力量を上げて、危険度の高い任務に参加できるくらいになっていないといけませんね」

「そうね。 だから、これまでの生活とやることは何ら変わらないはずよ。 機会はいつ訪れるか分からないから、このことは常に念頭に置いておいてね」

「了解しました」


 ドミナが積極的な情報提供と協力を推し進めるほどに、ハジメからの信頼感は高まっている。 ドミナはそれを十分に感じており、彼女の任務が順調に推移していることに軽い安心感を覚える。 それとともに、ハジメをどこまで操ることができるのかという不安もある。


(私が下手に介入したらハジメ君が暴走する危険性も十分にあり得るのよね。 極力私はサポートに徹して、困った時の舵取りをするのが最適なのかな? リセス以外と仕事したことがないから、考えることが多くて疲れるわね。 まぁ、これからも肌を重ねてもっとハジメ君を虜にしてしまえばいいか)


「じゃあ今日はこのくらいにして……ね?」

「……はい、お願いします」



          ▽



「あれあれ? こいつってこの間のー……誰だっけ?」

「ちょっとは人の名前を覚えないか。 いつもレイシが済まないね」

「別に構わない」


 ハジメが身内以外と話す時はなるべくナメられないように口調に気遣っているが、そうするとどうしてもぶっきらぼうな話し方になってしまう。 普段敬語が多いだけに、その切り替えが難しい。


「まさかニュービー、君が今回のメンバーとはね。 前回以来だけど、調子はどうだい?」

「上々だ」

「それは何よりだね。 揃ったことだし挨拶と行こうか」


 ハジメが今回参加するのは、危険度の高い未開域調査任務。 これに際し、ソロのハジメ、ウルのパーティ、その他四人組のハンターが集結。 計八名で任務に挑む。


「リーダーを務めるウルだ。 ボクは前衛で、レイシが後方支援、ゲニウスが治癒を担当する。 他にも細かい役割はあるが、それは道程で確認してほしい。 ボクからは以上だ」

「そんじゃあ、次は俺様だな」


 そう言って注目を引いたのは、浅黒い肌でプロレスラーのような筋肉質な体つきの大男。 身長は190cm程度で、腕と大腿がハジメの腰ほどの太さがある。 髪は剃り込みの入った白の坊主頭で、危険域に向かうにもかかわらず上裸のスタイルだ。 もちろん防具は揃えているが、それらは直接素肌にバンドで固定されている。 武器は両手にゴツゴツしいナックルダスターを構えており、バリバリの前衛だということが一目でわかる。


(ああ、こいつはギルドでいつも威張り散らしてる奴だな。 いつも小馬鹿にした視線ばっかり俺に送ってくる嫌な男だ)


 ハジメは彼をざっと眺めた後、背後に控える3人の連中に目を遣った。


 一人は小柄な女で、頭から膝あたりまでスッポリと覆う迷彩風の外套を纏っており、手先と足先、そして顔面くらいしか露出部分はない。 ただ口や鼻は布のようなもので覆い隠されているため、実質的に見えているのは目元だけだ。 ハジメが女と判断したのは、華奢な手足と目元、そして緑色の前髪が全て束ねられて三つ編みとなって後ろに束ねられる、それだけの理由だ。 身体のシルエットは全く見えないため、声でも聞かなければ男女の判断は難しい。


「俺様はラフィアン、前衛だ。 ヘリオドが前衛で、ホンが斥候、ズロワが後方支援を行う」


 ヘリオドと言われた男は長身でやけに怒り肩のシルエットで、腕が妙に長い。 モジャモジャの茶色の髪の毛ともみあげ、そして顎髭・口髭が全て繋がっており、背中に長槍を携えた異様な風態の人物だ。


 ホンは先ほどハジメが確認していた小さな女性。


 ズロワはポマードで固めたような青い髪をぺったりと額に撫で付け、ちょび髭すらも同じように固められている。 ローブを纏って杖を構えるのはまさしく魔法使いらしい外見であり、顔面には不敵な笑みを貼り付けている。


(全員が全員マトモな見た目じゃないな。 ハンターはマトモから遠ざかるほど長命とは聞くけど、歴戦のパーティってのはみんなこんな感じなのか? とにかく両方とも役割がしっかりと考えらえれた構成をしているな。 俺がパーティを組むとすると、どんな職業を入れるかな)


 ハジメがそんなことを考えていると、ラフィアンから次だという視線を受けた。 またもそこには侮蔑が混じっているように感じられるが、常日頃から侮られているのでもはやあまり気にならなくなっている。


「俺はハジメ。 役割は遊撃だ」

「チッ……! もっと分かりやすく説明できねぇのかよ!?」


 早速ラフィアンがハジメに絡み始めた。


(うるっせぇなぁ……。 ウルの時はそんなこと一言も言わなかったくせによ)


「前衛としてある程度敵を引っ張り回せる。 後方から支援可能な魔弾を撃てる。 支援魔法を使える。 これでいいか?」

「よくねぇなァ。 ここで役割を明言させた意味は、パーティとしてどう動くかを明確化するためだ。 何でもできるみてぇな言い草だけどよ、てめぇのそれは中途半端に何もできないのと同義だろうが!」

「それはお前の勝手な判断だろ? できないかどうかは見てから決めろよ」

「うっぜぇな、口答えしやがってよォ! それぞれ役割がはっきりしてるってのに、てめぇのは全部被ってんだよ。 てめぇができることなんざ、他の連中はてめぇ以上の精度でやれるに決まってんだろ! 分かりやすくっつったのは、てめぇに特化した役割を示せって意味だろうが! んなことも分かんねぇのか、ドカスがッ!」

「……俺ができるのは後方支援だ」

「ハッ! 言っとくが、てめぇの役割なんぞ他で事足りてる。 自信を持つのは勝手だけどよ、出しゃばって邪魔だけはしてくれんなや……? そもそも、てめぇは被虐民を庇ったとかで気色が悪いし臭っせぇんだよ。 俺様の周囲数十メートルには近づいてくんな」

「……」


(こいつ、好き放題言いやがって……。 周りの連中も同じ意見かよ、クソッタレ)


 怒気を含んだ大声を吐きかけられ続け、威圧感からハジメは萎縮してしまった。 また周囲の人間が誰もラフィアンの暴言を止めもせず冷たい視線を送るばかりだったので、ハジメは孤立していることを明確に意識させられた。


「ウル、こいつを突き返せねぇのか?」

「ギルドが斡旋したってことは、何かしら使えるんだろう。 もし使えなかっても死ぬだけだし、ボクもあまり期待はしていないから死んだとしてもパーティとしてダメージは少ない。 総合的に見て邪魔にはなっていないよ」

「だとよ? 良かったな、ドカス」

「ニュービー、良い働きを期待しているよ」


(あー、うぜぇ……。 ウルも期待してるとか言って俺を馬鹿にしやがって。 見てろ、俺が役立つところを見せつけてやる……!)


 そう意気込んで始まった開拓任務。 和気藹々としたものを期待していたハジメには予想外の展開だが、新人に対する反応などこのようなものだ。 殴る蹴るの暴行を受けなかっただけマシだったとも言える。 そもそも命の掛かった仕事で和気藹々などは臨むべくもなく、実力のわからない相手ほど警戒するのは当然のこと。 初っ端の挨拶で適切に役割を提言できなかったハジメは、その時点でパーティ活動での期待などされていなかった。


「はぁ……はぁ……」


 ハジメはラフィアンの言いつけ通りパーティの後方をついて歩く。 前方を歩く彼らについていくだけで精一杯だ。


(こいつら体力ありすぎだろ……。 警戒しつつ戦闘も一瞬で終えて、それでいて疲れすら見せないって)


 差を見せつけられ、内心でハジメは落ち込む。 今のところハジメが活躍できる場面はなく、その機会さえも他の面々が与えてくれる様子はない。


 陣形はゲニウスとズロワを中心に、ラフィアンとヘリオドが前方を進み、そのやや後方を前衛・支援可能なウルが追随する。 左翼をレイシが、右翼をホンが警戒し、後方はハジメの担当だ。 とはいえ迫ってくる敵を全て屠って進んでいるので後方から敵が迫る様子はなく、ただただハジメがお荷物の時間が続く。


 道中、ハジメはメンバーの無駄とも思える行動を何度も見かけた。 敵がいないのに派手に魔法をぶちかましたり、ラフィアンは怒りからなのか、あたりの木々を殴り倒していたりもする。 ハジメは意味がわからなかったが、下手な質問は首を絞めるだけなので疑問として留めおくだけとした。


「ハジメ殿」

「えっと、なんだ?」


 ズロワが顔だけを後ろに向けてハジメに声をかけてきた。


「木枝を踏み鳴らすのはやめていただきたい。 無警戒に考えなしに歩いているのは貴郎だけですぞ?」

「すまん……」


 ほっほっほ、と笑いを交えつつ言ってくるだけズロワから険悪な様子は感じられない。レイシとホンもハジメを一瞥だけして、ズロワと同意見だというような視線をぶつけてきている。 ハジメはこういった細かい部分を次々に指摘され、あらゆる部分で彼らに劣っていることを実感させられて、不快感が蓄積していく。


(あー、そうかよ。 でもレイシとホン、そんな意思表明はいらねぇっての。 ズロワは言わされてるだけなのか知らないけど、 言われないと気づかないことが多すぎるし、嫌味でも言ってくれるだけマシってもんか。 くそ、役に立てねぇ……)


 魔物はどうしてか前衛にばかり迫っていく。 その大半は当然のように前衛だけで処理され、たとえ数がいても最後衛のハジメにまでは回ってこない。


 もちろんハジメも《夜目ナイトアイ》を使って広範囲を索敵しているし、身体強化魔法によってすぐに動ける準備もできている。 それなのに敵を発見するのはレイシやホンの方が早いし、前方の敵でさえ非魔法使いのラフィアンとヘリオドが先に気づいている。 そのためハジメだけが一歩出遅れ、動き出そうとした頃にはすでに状況が開始されてしまっている。 そんな中で動いたとしても状況が掻き回されることは明白だしラフィアンからも言われていたことなので、自重するほかない。 そしてハジメには役立たずという結果だけが叩きつけられることとなる。


(魔法が万能って思ってたけど、本職のハンターの感覚の方が鋭いのかよ。 レイシは光属性の魔法が使えるから優秀なのはもちろんとして、ホンは仲間でもいるかいないか分からないくらいの物音の立てなさだな。 雑音を消して他の連中の感覚を邪魔しない配慮も含まれてるっぽいな。 それで言うと、さっきまでの俺はお荷物どころか邪魔しかしてないし、仲間ですらなかったわけだ。 そりゃ嫌な雰囲気にもなるわな。 はぁ……自己嫌悪がやばい)


 それでもハジメは仲間を観察しながら動きを真似ていく。 邪魔にだけはならないように心掛け、せめてお荷物程度の立ち位置は確保しておかないと今後の仕事にも大いに響いてくる。 ハジメの使えなさがハンターギルド内で広まれば、他者と関わることによる成長の機会さえも失われてしまう。


(レイシとゲニウスは光魔法だけど、方向性が違うだけで役割はグッと変化するな。 二人とも一応攻撃魔法は使えるわけで、そのくせ俺よりも攻撃力はあるんだよな……。 あとはラフィアンのパーティの面々も知っておきたいな)


「ここで一旦休憩した後、本格的な調査に入る。 メンバーの厳選はこちらでするから、それまで君たちは休んでいてくれ」


 数時間の行軍を終え、各々身を落ち着けた。 そこはとりわけ落ち着いた場所でもなく、ひたすら続く樹海の中にある木々の少ないスポットというだけ。 光が差し込むかと思いきや、それほど明るくもない。 ただ、未開域上空は常に黒雲に覆われていて樹海はほぼ暗黒の世界のため、それに比べればオアシスのような安心感を得られる場所でもある。


「ふぅ……」


(何時間歩いた? こんな足場が悪いなら、もっとしっかりとした靴を揃えておくべくだったな……。 同じ時間を登山した以上の疲労がある。 よくもまぁ、こいつらは緊張感を維持したまま長時間動けるもんだな。 そこは素直に尊敬できる)


 ひどく疲れているのはハジメだけで、他の面々は装備や物資の確認に余念がない。 少し離れた場所ではウルとラフィアンが話し込んでおり、これからの工程の擦り合わせをしているところだ。


「ねーねー、疲れすぎじゃない? こっから本番だけど役に立てるの?」


 レイシは疲れを一切感じさせない呑気な顔でハジメを上から覗いている。


「ああ……大丈夫だ」

「ふーん。 じゃあ、いっか。 せいぜい働きなー」


 それだけ言うと、レイシは他の者のところへ絡みに行った。


 レイシの口調はハジメを馬鹿にしているというよりは、生来のものなのだろう。 誰に対してもあのようなくだけた態度で接し、それでいて敵を作るという感じでもない。


(あんなコミュ力は俺には無い。 真似したいけど、ありゃ無理だな。 かといって、俺から誰かに話しかけても建設的な会話は難しいしな……。 やっぱ、他の連中が全員俺を疎ましく思ってる環境じゃ何をやっても上手くは行かないな)


「じゃあ、君たちに本パーティの行動予定を伝える。 まずはここを仮拠点とするため、周囲の木々をひたすら伐採する。 その後は小チームに分かれて調査にあたろうと思う。 その際のメンバー分けを予め伝えておくから、仮拠点作成の最中にでも情報共有を済ませておいてくれ」


 チーム分けは以下の通り。 ウル、ホン、そしてズロワの3人が第一調査隊として北西部を担当。 ラフィアン、ゲニウス、レイシの3人が第2調査隊として北東部を担当。 残ったヘリオドとハジメが、調査隊が出ている間の拠点防衛にあたる。


「今回はチーム同士の交流も任務の一環としているから、変則的ではあるけどこんな感じに組ませてもらった。 何もしないうちから文句は無しだ。 それじゃあ、作業に移ろうか」


 この場所は何時間もかけて辿り着いただけあって、調査が及んでいる限界にあたる。 ここから北部は本当に未開領域であり、魔物の生態や地形すら満足に把握できていない暗黒地帯だ。


 これまで調査隊は何度も派遣されており、未開域内部に人間の拠点を設営し続けることで行動範囲を広げようと模索中だ。 ハジメたちは今回敢えて他の拠点を経由しないルートを選択してきたわけだが、仲間が道中で木々を壊していたのは、どこまで調査の手が及んでいるかを分かりやすくするための目印の意味があった。


(なるほど、そういうことだったのか。 この任務にイラついて無茶してるのかと思ってたわ……)


 ハジメはこれまでの仲間の行動全てに意味が伴っていたことを再認識した。 それと同時に、予想以上に危険性の高い任務に同伴したことも実感している。


(ここまでお荷物だったけど、まずはヘリオドとのコミュニケーションから交流を始めていくか)


 任務に就いて数時間。 これはまだ調査の序盤であり、これから始まる波乱の気配すら感じさせない状況であった。

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